負けられない戦いがそこにはある、というお話。
【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに泳いで行こう!】
【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに飛行機で行こう!】
何言ってだコイツ。
泳ぐ? 海を?
どれくらい?
学校のプール何往復分だ?
却下に決まってんだろバカ!
ちゅぅぅぅ~~~~~ごくだぞ!?
真面目な話、泳いで行くのも可能ではあると思う。俺はそれだけの鍛錬を今までしてきたからな(ドヤぁ)
ただそれは水着での話だ。でも海パン一丁で鈴に会いに行ったところでよ。
『お前に会いに泳いで来たぜ!』
『やっぱり変態じゃないの!(誤認)』
埋もれかけていた変態のイメージがまた復活してしまう。それは普通に嫌だ。かと言って、服を着たまま中国まで泳いで行けるとは流石に思えねぇ。服を着たまま泳ぐ困難さを見くびっちゃいけねぇよ。
とりあえず下だ下!
上を選んだ時点で行くのが確定しちまうからな。少なくとも下を選んでおけば、まだ足掻ける。
母さんと父さんが反対すれば万事解決、単純な話だ。大阪と中国じゃ色んな意味でスケールが違うからな、普通に考えたら反対するだろ。ウチの両親ナメんなよ、流石にそこらへんの常識は持ってるわ!
.
...
......
「あら、いいじゃない! 行ってきなさい、旋焚玖。ハイ、これお金ね」
この前と全く同じ返事してんじゃねぇよ!
なんだおま……ちくしょう、流石に心の中でも母さんをお前呼ばわりは出来ねぇ!
母さんおかしくない!?
何でそんなポンポンお金出せるの!? ウチって結構裕福な家庭なの!? 小金持ちだったりするの!?
だ、ダメだ、金銭面でのアプローチは無駄に終わった……なら今度は倫理観で勝負だッ!
「いやいや、ちょっと待ってくださいなお母様。私の話を聞いてくださいな」
「あらあら、お母様呼びは初めてねぇ。今でも週に1回はママって呼んでくれるけどねぇ、うふふ」
やめろぉ!
それは俺の意思じゃないんだよぉ!
「まぁまぁ、それは置いておいてくださいな」
「え、ママ?」
「違うわ! なんだその聞き間違い!?」
やりづれぇ!
母さんみたいなタイプは苦手だ。自分のペースが掴みにくいったらありゃしねぇ! だけど今回ばかりは俺も引かんぞう!
「あのですね、母さん。俺が行きたいって言ってるのは中国なんですよ? 今日みたいに新幹線でぴゅ~っと行くのとは訳が違うんですよ?」
中学3年生が一人で海外に行くなんて危険すぎるよな! それを言ってるんだよ俺はよぉ!
「旋焚玖はとてもしっかりしてるから大丈夫。それに空港まではちゃんと送ってあげるわ」
それなら安心だな!
いや安心してどうする!?
ま、まだだ…!
まだ負けんよ…!
「ただいま~」
と、父さんが帰ってきた!?
まだ母さんも説得出来てないのに…!
「聞いてよ、パパ~!」
「ちょっ、母さん!?」
またかよ!
前と全く同じ流れじゃねぇか!
玄関にパタパタ早歩きで向かう母さんの腕を掴……もうとして、ヤメた。そうだよ、前と同じ流れでいいんじゃないか。母さんが前と同じ事を言ってくれるのがいいんじゃないか!
「ねぇ、パパ。旋焚玖がね、今年中国に帰っちゃった鈴ちゃんに、どうしても会いに行きたいんだって」
よし…!
中々いい台詞で言ってくれた、母さん!
「なんだって? 旋焚玖は今日、箒ちゃんに会いに行ったばかりじゃないか。それなのに次は鈴ちゃんだって?」
うっっっしゃぁぁぁッ!!
そうだよ、父さん!
そこはスルーしちゃいけないよな!? 倫理観作戦はまだ終わってねぇ!
「旋焚玖、どういう事なんだ? お前は箒ちゃんが好きで会いに行ったんだろう? それが済んだら次は鈴ちゃんに? それは人としておかしいんじゃないのか?」
父さんが険しい顔で俺に詰め寄ってくる。
いいよ、来いよ!
この際殴ってくれても構わんよ! いや殴ってくれ! それなら自然に「俺が間違ってた。この話は忘れてくれ」って言えるじゃん!
「旋焚玖ぅッ!!」
「おうよ!」
既に歯は食い縛ってんぜ!…………あぁ?
何でぇ? どうして優しく肩に手を置くの?
「お前は今、人として最低な事をしようとしている」
あ、なるほど。
優しく諭してくれるんですね、分かります。
そういや父さんが俺に手を上げた事なんて一回も無かったしな。周りがすぐ暴力に訴える奴ばっかで、俺もそっちに馴染んじゃってたわ。
「2人の女の子に言い寄るなんて最低だ」
うんうん、流石は父さん。
伊達に母さんを愛しちゃいねぇな!
「だが、それでも……!」
ん?
「好きになってしまったんだろう? それなら旋焚玖の想いを一体誰が否定できる?」
お前が否定するんだよ!
父親だろ!? 息子の二股になに理解示そうとしてんの!?
ついお前って言っちゃってゴメン! いやでも言うわ! だっておかしいもん! それにさそれにさ、何かちょっといいハナシ風に持っていこうとしてない!?
「そうね……恋は理屈じゃないものね…」
ババァコラァッ!
お前も拍車かけてんじゃねぇよ! あとババァ言ってごめんなさい! お前呼びは……もう謝らん!
「旋焚玖の目を見れば分かるさ。2人に惚れてしまった不義に苦悩しつつ、それでも2人を全力で愛そうと決意している瞳だ。パパには分かる」
全然分かってねぇぞコイツ!
なに満足気な顔してんだ、いい事言ったみたいな顔してんじゃねぇぞ!
「そうね。日本では一夫多妻なんて許されない事なのかもしれない。でもこれだけは忘れないで、旋焚玖。ママとパパは何があっても貴方の味方よ」
一気に話飛躍させんなよ!
何でもう結婚的な話になってんだよ!?
そもそも俺と篠ノ之はそういう関係になってねぇよ! 鈴もなってねぇよ! むしろフラれてんだよ俺が! 俺がなぁぁぁッ!!
「ああ、一応聞いておくが、箒ちゃんとは付き合えたんだろう?」
【身体だけの関係に落ち着いた】
【初キッスはレモンの味がした】
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ~~~~ッ!!
「初キッスはレモンの味がしたぁぁぁぁッ!!」
「ハハハ! こいつめ、大声で言うほど嬉しかったんだなぁ!」
「あらあら! 旋焚玖も大人になっていくのねぇ!」
や゛め゛て゛く゛れ゛よ゛ぉぉぉぉ!
ただでさえ親とそういう会話すんのは抵抗あんのに、嘘の報告させんなよぉぉぉッ! 何もしてねぇよぉ! 名前で呼ばれてキュン♥ってしちゃっただけだよぉぉぉッ!
「も、もういいだろこの話は」
「ハッハッハ! 照れるな照れるな!」
や、やめろ!
温かい目で頭撫ででくんじゃねぇよ! しまいにゃドツくぞ!? 今の俺はDV上等だぞコラァッ!!
く、くそ…!
完全に計算違いだった。
まさかウチの両親が、ここまでトンデモ寛容力を持っていたとは……で、でも! 俺はまだッ……まだ諦めないッ!
涙で前がよく見えないが、それでも俺はまだ戦うんだ…!
「それは置いておいて。ちょっと私の話を聞いてくださいな、お父様」
「お父様かぁ! パパ呼びは今でもされ「もうそれはやったわ!」な、なんだよう……反抗期か?」
この似たもの夫婦めが!
「あのですね、父さん。俺は確かに鈴に会いたいとは言ってますが、いきなり家に押し掛けられても迷惑だと思うんですよ」
どうだオラァッ!
俺の常識攻撃はよぉッ!
まだ死んでねぇんだよ、俺の意思はよぉッ!
「確かに急に行くのは凰さんに迷惑が掛かってしまうな」
そうだろうそうだろう!
「中国だし日帰りって訳にもいかないしねぇ」
そうなんですよ!
俺が行くだけで鈴の家族が困っちゃう! それはイカンでしょう、イカンよなぁ! ヒヒヒッ、これじゃあ行けないなぁ! だって鈴のご両親にも迷惑が掛かっちゃうんだもんなぁ!
「電話して聞いてみたらいいんじゃないかしら!」
あ、おい待てい。
それはずるいぞ、発達文明の力に頼るとか、そういうの俺の中ではノーカンだから。
「…………あ~、もしもし、凰さん? 主車です主車……ええ! ええ、そうです! いやぁ、お元気そうで何よりです、あっはっは!」
の、ノーカン……。
父さんが国際電話ってる。行動力早すぎだろ、少しは躊躇えよ。
「いえいえ、まだまだこれからですよ、なっはっは!」
相手はきっと鈴の父親だろう、何やら仲良さげに話してる。
くっそぅ……一夏もだけど、鈴も俺とは家族ぐるみで仲良かったもんな……それがここにきて弊害になるなんて、流石に想像だにしてなかったわ。
「ええ、ええ、そうなんですよぉ! で、どうでしょう? よろしければ、息子をそちらに行かせても……」
断ってくれ親父さん!
アンタの可愛い一人娘が俺に何かされるぞ!?
「本当ですか!? えぇっ、お泊りまでさせていただけるんですか!?」
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
「やったわね、旋焚玖! んもうっ、泣くほど喜んじゃって!」
涙が止まらねぇ……いや、鈴に会いたくない訳じゃないんだ。こういう形で会うのが死ぬほど嫌なだけなんだ。
だってよ……俺、鈴にフラれてんだぜ?
篠ノ之の時とは違う。まだ篠ノ之には全国大会の応援っていう名目があった。だから俺もまだ耐えられた。
今回はそういう名目っていうか言い訳が無いんだ。
いや、確かに転校前に言ってたよ? 中国に来る事があったら真っ先に連絡寄こせって。中国でも引き続き店は開いてるからって(鈴の家は中華料理店を営んでいる)
いやでも……それを理由にしてもキツいだろ、俺の場合。鈴からしたらフッた俺が一人で会いに来たらどう思う?
「うわ、コイツ一人で会いにきたよ、やべぇよやべぇよ」って引かれても不思議じゃないだろ……少なくとも未練たらたらマンだと思われちゃうじゃないか……………それはとっても辛いなって…。
「はい、はい、ああ、それもいいですね! 分かりました、では3日後に……はい、はぁい」
電話が終わった。
それは俺への死刑宣告に等しい。
「鈴ちゃんのお父さんが『どうせなら一夏くんも呼んで一緒においで』だってさ。お金の事は心配するな、父さん達が出すよ」
「!!!!」
執行猶予だオラァッ!!
「一夏の家行ってくるッ!!」
.
...
......
「一夏ぁ! 鈴に会いに行くぞ鈴に………ぁあ…?」
「お゛ぅ゛……ぜんだぐぅ……」
何故、そんなダミ声なんだ…?
何故、マスクを装着している…?
何故、この真夏に厚着をしている…?
「……風邪、引いてんのか?」
「ゲホッゴホッ……インフルった…」
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!
「あ゛……ぜんだぐ…?」
超スピードで近くのスーパーまで駆けていく。
「コレとコレとッ、あとコレもだオラァッ!!」
目ぼしいモノを買って、即行で一夏の家に戻る。
「デコ出せオラァッ!! 冷えピタ貼ってろ!」
「あ゛~~~、ずまねぇ……」
「水分だ! ポカリってろ!」
「んぐんぐ……ぷへぇぁ~…」
「栄養だ! リンゴ食えお前このヤロウ!」
「シャクシャク……ンまい…」
くそっ、他に俺に何が出来る…!?
クソバカ一夏め、こんな時にインフルなりやがって…!
「で、医者から何て言われてる?」
「1週間あんせー」
クソッたれぇ……(諦め)
.
...
......
トボトボ帰宅。
父さんと母さんに一夏の事を話す。
「……そうか、一夏くんはインフルエンザか…」
「う~ん……それなら無理強いできないわねぇ」
ぐぬぬ……こういう時に、無理やりにでも連れていける精神を持てない自分が恨めしい。良心の呵責に負けるボク……ちくせぅ。
~♪~♪~♪~♪~♪
で、電話……一体、誰から…?
「ひぃっ…!」
い、嫌だ、出たくねぇ!
間違いなく要件はアレだもん!
でも出ないと余計に怒られる……ええい、ままよ!
「は、はい、もしもし…」
『ちょっとアンタ! さっきパパから聞いたわよ!? 急すぎてあたしもよく分かってないんだけど!? ちゃんと説明しなさいよね!』
は、半年ぶりの電話なのに情緒もクソもねぇ……。
「いや、まぁ、アレなんですよ、その……まぁアレなんですよ」
『全っ然、伝わってこないわ』
だろうね。
ごめんね、ほんと。
『……一夏も、その…来るの?』
「あー……いや、それがアイツ今、風邪引いててさ……その、なんていうか、俺だけになりそう、です、はい……」
『そうなんだ……あっ、べ、別にアレよ? 今のは深い意味で言った訳じゃないんだから!』
「はぁ……」
深い意味ってなんだろう。
『……アンタ1人で来んのよね?』
うぐっ、やはり来たかこの話が…!
「あー、まぁ……あ、でもやっぱ俺だけじゃ気まずいよな!? この話は別に無かった事にしても」
そうだよ!
ここで鈴に断ってもらえれば!
『だ、誰もそんな事言ってないじゃない! いいから気にしないで来なさいよ! いいわね!? 今更来ないとか言ったらブン殴るわよ!?』
鈴の気遣いが身に染みる。いい子すぎて涙がで、出ますよ……今回ばかりは違う意味でだけど。
「あーっと……じゃあ、お邪魔するわ」
『分かればいいのよ。ああ、あと今ウチに従妹も居るから。アンタが来た時に紹介す……ちょっ、何すんのよ乱!?』
乱?
『くんな変態!』
ブツッ……プーッ、プーッ、プーッ……。
電話は既に切れていました。
鈴より少し幼い女の子の声でした。
見ず知らずの少女に電話口で変態と罵られて……なんていうか……その……下品なんですが……フフ……フフフ…………………勃たねぇよぉ……いっそ、そういう性的嗜好持ってりゃ良かったよぉ……普通にグサッときたよぅ…。
「…………行きたくねぇなぁ…」
乱も居るのか(困惑)