選択肢に抗えない   作:さいしん

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良心と両親、というお話。



第22話 鈴の葛藤、乱の応援

 

 

『あたしにはもう好きな人がいて……旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの……ごめん……だからアンタの気持ちには応えられないッ…!』

 

 中国に帰る直前、あたしは旋焚玖にそう言った。

 あの時の、旋焚玖が悲しげに頷いてみせた表情を……あたしはいまだに忘れられないでいる。

 

 旋焚玖に自分の気持ちを打ち明けた…ううん、押し付けた事への後悔はない。そうしないと、あの時のあたしは旋焚玖に揺らいでしまいそうだったから。日本に来て、あたしが初めて好きになった人は旋焚玖じゃなかった。

 

 一夏。

 気さくに話しかけてくれて、一緒にバカやって、男子にイジめられていたあたしをカッコ良く助けてくれた。その時に惚れてしまったんだ。あたしは一夏が好きなんだって、自然とそう思うようになった。

 

 なのに……!

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 一夏が休みの時、チャンスだと言わんばかりにあたしに絡んできていた男子を追い払った男がいた。ずっと、バカでアホで変態な奴だと思っていた旋焚玖だった。いきなり出てきて、やっぱりアホな事を言った。こんな時までフザけるな、って思った。

 

 でもその後、一夏とは全然違うやり方であたしは守られてしまった。自分で自分を殴っておいて涙目になっているアイツは、変に強がっていた。

 そんな旋焚玖を見て、あたしはどうして笑えようか。男子たちがあたしに、これ以上手出しさせない為に、わざわざ自分を傷付けたアイツをどうして笑える?

 

 実際、あれ以来、あたしが男子たちから揶揄われる事はなくなった。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 最初はフザけるなって思った言葉なのに。

 今では思い出すだけでドキドキしてしまう。あたしはあの日を境に旋焚玖も意識するようになってしまった。

 

 ただの騒がしいバカ。

 そんな印象を抱いていたあたしだけど、旋焚玖を観察していたら気づいてしまった事がある。旋焚玖はバカな時と静かな時の差がとてつもなく激しい奴だった。

 

 バカな時はホントにバカだ。世界一バカなんじゃないかって思うくらいアホな言動に突っ走る。でもアイツが多く語らない時は違った。

 なにかで困っている奴が居たら、アイツは何も言わずさり気なく手伝ったり、時には引き受けたり、助けたりもしていた。

 

 そんな時、決まって旋焚玖は言うんだ。『気にするな』って。一度、気づいてしまったら、もうダメだった。旋焚玖の魅力に惹かれる気持ちが、日に日に増していくのを感じた。

 

 あたしは一夏を好きになったのに。

 誰かを好きになるって気持ちは、そんなにコロコロ変えていいものじゃないと思う。そんな思いが、旋焚玖への想いに蓋をさせたがる。

 

 

『旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの』

 

 

 あたしは嘘をついた。

 そう断言しないと、旋焚玖を好きになってしまうから。このままじゃ2人に心を寄せる事になってしまうから。そんなのは駄目…! 

 だから……あたしの勝手な理由で、あの日、旋焚玖に伝えたのに…! 旋焚玖を悲しませてまで友達だって、言い聞かせた筈なのに…!

 

 

「旋ちゃん、正座だよ!」

 

「は、はい…」

 

 プリプリ頬を膨らませる乱の前で、旋焚玖は大人しく正座してる……うん、来ちゃったのよね、ホントに……こんな早く会うなんて思ってもなかった。それに……。

 

「これからはもう、いきなり大きな声を出しちゃダメだよ?」

 

「ああ、そうだな…」

 

「ん! 分かればいいの!」

 

「いや、おい…」

 

 あたしってこんなに嫉妬心が強い女だったんだ……。

 

「おぉ~! 旋ちゃんの髪ってサラサラだね!」

 

「そ、そうか…」

 

 旋焚玖は戸惑いながらも、乱に頭を撫でられる事を拒まないでいる。旋焚玖があんなに戸惑っているところなんて、日本では見た事がなかった。旋焚玖の新たな一面を簡単に引き出してしまう乱に、あたしは嫉妬してしまっている。

 髪を撫でている事に対してじゃない、旋焚玖にあんな表情をさせている事に対して、あたしは……ッ…~~~ッ!!

 

 乱がこの前言っていたっけ。

 あたしが一夏と旋焚玖の名前を呟くのは7:3だって。本当に……? こんなにもイライラしちゃっているのに…?

 

 分からない。

 もうどっちがどっちなのか、分かんなくなってきてる…! 

 せめて一夏が此処に居てくれたら、2人を比較……うぅ…比較って嫌な言葉よね。なんだか旋焚玖と一夏を天秤に掛けるみたいで……いや、実際そうなんだけど……乙女としては抵抗あるのよ…!

 

「鈴姉も旋ちゃんの髪触ってみる~?」

 

「え!? あ、あたしも…!?」

 

 くぅぅぅ……なに豪快にキョドってんのよぉ…! 

 クールになれ、あたし! 変に意識しちゃダメよ…! あたしが1人で気まずい思いをするのはいい。でも旋焚玖までそれに巻き込んじゃダメなの!

 

 普段のあたしを思い出せ。

 普段のあたしなら、こういう時どうするの? 特に気にすることなく「うわ、ホント! アンタの髪ってサラサラなのねぇ!」って感じで撫でてあげる筈よ…!

 

 すぅぅぅ……ふぅぅぅ……!

 そうよ、自然な感じで……しょうがないわねぇって、少し気怠い感じを醸し出しながらいきましょう!

 

「しょ、しょうがな…―――」

 

「俺は鈴に撫でてほしい」

 

「―――ッ、な、なぁッ……!」

 

 なななっ、何で今…!

 どうして今! そういう事を言うのよ!? アンタそういう事言うキャラじゃないでしょ!? なのに! どうしてッ! こ、このタイミングで…! 

 あたしが一歩踏み出そうとしていた、その隙間を縫うような絶妙なタイミングでぇッ! そんな事言うのよぉッ!

 

「な、撫でる訳ないじゃない! バカぁッ!!」

 

 真っ赤になってる顔を見られたくなくて。あたしが意識している事を旋焚玖にバレるのが恥ずかしくて。

 

 あたしはその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「あ、鈴姉!?」

 

 何だかプンスカプンな感じで、鈴は2階へと駆け上がって行ってしまった。いや、俺のせいなんだろうけど……どっちが良かったと思う?

 

 

【俺は鈴に撫でてほしい】

【俺は鈴にナデナデされたい】

 

 

 女子に頭を撫でてもらうのをねだってる時点で、もうキモいのは確定してる。後はどっちがマシかって事だよ、言葉のチョイス的な意味で。

 ううむ……まだナデナデの方が冗談っぽくなったかなぁ……いや、でも『ナデナデ』って。15の男が言ってもキモさが倍率ドンするだけだろ。

 

「むぅ……鈴姉、行っちゃったね」

 

「怒らないのか?」

 

 鈴スキーな乱の事だし、まぁた怒られるのも覚悟していたんだが、乱からはそんな気配は感じられない。

 

「怒んないよ。今のは別に変な言葉じゃなかったもん」

 

「変態っぽくなかった?」

 

「だいじょーぶ!」

 

 そうか……乱がそう言うんなら間違いなさそうだ。あ、ついでにこっちの判定もお願いしようかな。

 

「ちなみに『ナデナデされたい』だったら?」

 

「キモーーーい! それはダメだよ旋ちゃん! うんにゃ、よくそっちを言わなかったね! 褒めたげるー!」

 

 やったぜ。

 俺の選択は間違ってなかったんだぜ。いつも通り【選択肢】が間違ってたんだぜ。でもそれはそれ、これはこれだ。鈴にちゃんと謝りに行かねぇとな。

 

 いや、謝ったらまた変に気まずくなるんじゃ……それも嫌だなぁ。中国まで来て気まずい空気を自分から作っていくのは避けたい。かと言って、このまま放置するのも違う気がするし……うむむむ…。

 

「あのね、旋ちゃん。鈴姉は別に怒ってないよ」

 

「……む…?」

 

「鈴姉は今ね、ちょっと気疲れしてるんだ。だから、なんていうか……精神的にマイッてるんだよね」

 

 精神的に?

 そういや、俺が来た時は少し元気がなかったようにも思える。鈴にしては大人しい声で迎えてくれたもんな。

 てっきりそれは、気まずさからきてるモンだと思ってたんだが……違うのか?

 

「……旋ちゃんなら言ってもいいかな。あのね…? 実はちょっと前からね、鈴姉のパパとママからね……離婚の話が出てきてるの」

 

「……なんだって?」

 

 あの仲が良かった親父さんとお袋さんが? 少なくとも俺が見てた限りじゃ、険悪な感じは無かったけど……ってそうか、他人が居る前じゃ見せんわな。子供じゃあるまいし、2人とも良識のある立派な大人だ。

 

 っていうか、正直聞きたくなかった。

 他人様の家庭内事情って聞かない方がいいんだよ、暗い内容だったら尚更な。乱も別に言わなくていいのによ、かえって鈴に気ぃ遣っちまうじゃねぇか。まぁ自然体で接するけどさ。

 

「アタシが今、鈴姉の家に居るのもね? アタシのママが少しでも鈴姉の傍に居てやれって。一番ツラいのは鈴姉だからって」

 

 えっと……結論から言うと、だ。

 もしかして俺……最悪のタイミングで来てしまった? 

 

「アタシもね、何とか鈴姉のパパとママを仲直りさせようって頑張ったんだけど、無理だったの…」

 

 何で親父さんも電話の時に断らなかったんだよ、そんな時期に俺が来ても迷惑なだけで……いや、鈴の親父さんもお袋さんも気遣いのできる人だったっけな。きっと、父さんの言葉を無下に出来なかったんだろう。

 

 や、やべぇ…!

 そう考えたら、余計に顔合わせ辛いぞ…? まだ親父さん達とは会ってないけど、絶対これから会うじゃん…! ポーカーフェイスだ、自然体でやり過ごすのだ俺よ。そういうのは得意だろ…!

 

 俺は何も聞かなかった。

 俺は何も知らないテイで普通に過ごして、普通に日本に帰ろう。うん、それが一番だ。

 

「でも……もしかしたら…」

 

 ん?

 

「もしかしたら、旋ちゃんなら……旋ちゃんなら…! あの2人を止められるかもしれない…!」

 

 何言ってだコイツ(『ん』抜き言葉。旋焚玖が素になった時、たまに出る語法)

 

 全く以て、意味不明なんだけど? 

 何故そう思うのか。初めて会ってから、まだ数時間しか経ってないのに、どれだけお前が俺の事を知ってるって言うんだ?

 

「奇抜な行動をしてみせる旋ちゃんなら…! 常識に囚われない旋ちゃんなら! 行動力の塊な旋ちゃんだから! アタシはお願いするんだよぅ!」

 

 それほど俺にお詳しかったとは、お見逸れしました。もはや完敗の域です。

 だからってOKする訳ねぇだろバカ! 他人様の家庭問題に土足で関わったらダメなんだよバカ! 分かってんのかバカ! おいバカ! バカママ!

 

 

【「がんばれ♥ がんばれ♥」って言ってくれたら引き受けよう】

【女の言葉には黙って頷く。それが真のダンディズムってやつだ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 コイツが一番バカだった!

 お前ホント何考えてんの!? 乱にいったい何を求めてんの!? 

 

「がんばれ、がんばれ…って、言ってくれたら引き受けよう」

 

「……旋ちゃん…?」

 

 乱さんが変な生き物と遭遇したような目で俺を見てきます。でも、それでいいのです。幻滅されようが、何を思われようが、俺は絶対に引き受けたくないのです。

 

「語尾に♥を付けるのを怠るな」

 

 すかさず倍プッシュだ。

 これを言うのは年頃の女の子はキツいだろ? っていうか、普通にキモいだろ? こんな変態に、そんな重要な頼み事はしてはいけない。

 

「なるほど、旋ちゃんを応援すればいいんだね! 分かった!」

 

 あら純粋無垢。

 意味合いが違うんですよ、乱さん…! でも貴女は分からなくていいのです、だから言わないで…!

 

「がんばれがんばれ~! じゃないや、えーっと……♥な感じだから、んーっと…」

 

 そんなこと言わなくていいから(良心)

 

「がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 い、言わせてしまった。

 穢れ無き少女に言わせてしまった。

 

「……ああ、分かった」

 

 良心の呵責がやべぇ。

 それでも言わせてしまったのは事実なんだ。乗り気じゃねぇけど、俺も出来る限り何とかしてみる、か。

 

 

【その前にもう一回言ってもらう】

【今度は自分も言ってみる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:がんばれ♥ がんばれ♥


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