旋焚玖たちは覗き見る、というお話。
「がんばれ♥ がんばれ♥」
しかし厄介なモンを引き受けちまったな。鈴がまだ日本に居た頃、俺もよく親父さんとお袋さんとは交流があった。一夏たちと一緒に、鈴の家に飯食いに行った事も何度もあるし、逆に鈴の家族が俺の家で飯を食った事だってある。
「がんばれ♥ がんばれ♥」
鈴の家は商店街の中にあったから、道場からの帰り(逆立ち歩き)には、よく俺もご両親からは声を掛けてもらったもんだ。たまにそのまま夕食をご馳走してくれた事もあったし。
「がーんばれ♥ がーんばれ♥」
そんな訳で、家族間交流でいくと織斑姉弟を除いたら、凰家が一番多かったと思う。それだけ俺も親父さんやお袋さんとは交流を持っていたと自負しているが……いや、しているからこそ、まだ信じられないんだ。
あの仲の良かった2人が「がんばれ旋ちゃん♥ がんばれ旋ちゃん♥」だぁぁッ、もう!
「さっきからうるさいっす、乱さん!」
連呼してんじゃねぇよ!
なにちょっとハマッてんの!? なに楽しそうにいろんな言い方試しちゃってんの!? そういう無垢なノリで言う台詞じゃないって多分!
「ぶー! 旋ちゃんがもう1回って言ったんじゃん!」
そんなに言えとは言っていない。
おかげでこちとら罪悪感がうなぎ昇りってます。
で、何の話してたんだっけ……ああ、そうそう、だからね、乱の言葉は信じるけど、それでもやっぱりこの目で2人を見るまでは、まだ何とも言えないってのが本音なんだよ。
「親父さんとお袋さんは家に居るのか?」
「んーっとね、おばさんは居ると思うよ~……って、おばさん! ただいまぁ!」
乱が俺の後ろにブンブン手を振る。
それに倣って俺も振り向いた。
「うふふ、おかえり乱ちゃん。それに旋焚玖くんも元気そうね。遠いところからよく来てくれたわ」
「お久しぶりです、お袋さん。すみません、俺のワガママで……ご迷惑をお掛けします」
半年ぶりに会うお袋さんに頭を下げる。
せめて最低限、これくらいはしておかないといけない。正直、土下座したかったけど、それをやってしまったら俺が離婚の話を知ってるって、お袋さんにバレちゃう可能性もあるからな。
「なぁに、改まって。全然気にしなくていいってば。それに鈴も旋焚玖くんが来てくれて喜んでるでしょうし……あら、鈴は…?」
バカ!って叫んで上に行っちゃってます。
さて、何て言えばいいかな。
「えっとね、えっとね……鈴姉なら忘れ物したって、自分の部屋に戻ったばかりなの!」
おお、中々やるな乱。
下手に誤魔化すより、そっちの方がよっぽどいいわ。
「そう? なら貴女達も上がりなさいな。後で鈴の部屋に美味しいお茶、持って行ってあげるわ」
ま、遅かれ早かれ、鈴とはこの後も絶対に顔合わす事になるんだ。乱もついて来てくれる事だし、変な空気になる事もそうそうないだろ。
「それじゃあ、お言葉に―――」
と、俺たちも2階に上がろうとしたところで、店の扉が開かれる。外から入ってきたのは鈴の親父さんだった。
「あ、おじさん! おかえり!」
「おかえりなさい、パパ」
む……普通にお袋さんは出迎えたな。っとと、俺も挨拶しておかないと。
「おかえりなさい、親父さん。お久しぶりです」
「おお、旋焚玖くん! 来たか来たか! 元気そうで何よりだ、あっはっは!」
豪快に笑ってみせる親父さんも元気そうだ。
それで言うとお袋さんだって同じに見えるが。
「あのね、パパ。これから旋焚玖くんと乱ちゃんは鈴の部屋に行くそうだから、お茶を用意してあげようと思うの」
「そうかそうか! なら俺はママのお茶に合う絶品の団子でも作ってやろうじゃないか!」
「うふふ、そうね。私もパパに負けないお茶を淹れるわ」
んんん?
夫婦仲は普通に良好に見えるが……いや、まぁ俺が居るからってのもあるか。確かに他人の前で露骨に態度に表すような人たちじゃないしなぁ……でも、これだと乱の思い過ごしって可能性もまだ無きにしも非ず…?
「うん! じゃあ、アタシと旋ちゃんは2階に上がってるね!」
乱が俺の腕をぐいぐい引っ張っていく。
いや、別にいいんだけど。
この子誰にでもこんな感じなのか? 中2って言えば思春期やら何やらで難しい年頃だと思うんだが、異性への肉体的コミュニケーションにあんまり抵抗がない子なのかな。別にいいんだけど。
乱に連れられる形で階段を上がって行く。
上に着いたところで、乱が止まってこっちを振り向いた。え、なに…?
「静かに……旋ちゃんもアレを見たら、離婚の話を信じるよ」
「む……」
どうやら乱も、俺が半信半疑である事に気付いていたらしい。実際のところ、親父さんとお袋さんが2人きりになった時、どんな感じになるのか。それを一緒に覗き見ようって事らしい。
俺と乱は2階まで上がりはしたものの、こっそり1階近くまで降りていく。気配を消すのは任せろー。親父さんとお袋さんの様子を階段のカドからこっそり拝見。ここからなら2人がこっちを見ない限りバレはしないだろう。
「ペラペーラ、ペラペ」
「ペペペラ、ペラーリ」
Oh……中国語だ。
そりゃそうか、2人が日本語話してくれてたのは、俺が居たからだもんな。しかしこれは困った、俺の並み外れた語感センスでも完全翻訳は無理だぞ。
「アタシが通訳したげるから安心していいよ」
「頼む」
乱の有能っぷりがハンパねぇ。
ここからは乱の翻訳付きでお送りします、の前に……な、なんか親父さんとお袋さん……ガンくれあってません…?
「……なんだ?」
「……なにが?」
「なに見てんだよ」
「アンタこそなに見てんのよ」
え、怖ッ…!
2人とも怖ッ!
さっきまでの感じはいずこへ!?
くっ……これは確かに険悪な感じがビンビンだ…! やっぱり2人は離婚を考えるほど仲が悪くなっているのか…!
「お前が先に見たんだろ」
「アンタよ」
えっと……すごく見つめ合ってる。まるでメンチの切り合いみたいだ……街の不良かな?
「おまえだろうが」
「アンタよ」
「おまえだよ」
「アンタよ」
近い近い!
デコをグリグリし合ってるって!
2人ともやる事が若いなオイ!?
「おまえだ!」
「アンタよ!」
「俺か!?」
「私よ!……あっ…!」
勝ち誇った顔になる親父さん。
悔しそうに顔を歪めるお袋さん。
え、なにこれは……?
(……おい、乱…?)
(なによ、翻訳に忙しいんだから声掛けないでって)
いやいや、その翻訳にツッコみたいんだって。
(オイ、あの2人、仲良さげじゃないか?)
(はぁッ? ちゃんと聞いてたの? めっちゃ口喧嘩してたじゃん)
口喧嘩っていうか……んっと、口喧嘩…なのか?
いや、でもなぁ…?
何か思ってたのと違うんだけど……。確かに此処は日本じゃないからなぁ……お国柄っていうか、中国じゃこういうのが夫婦喧嘩の主流になってるのかな?
「もう話し掛けないで。私はこれからあの子達に美味しいお茶を淹れてあげるの。アンタの団子が霞むくらい美味し~いお茶をね」
「ハハッ、無茶言うなよ。どうしてそんな無茶を言うんだ?」
「あ゛?」
あ゛ってお袋さん……貴女そんな濁点な話し方しないでしょ…!
「なんだァ?」
お、親父さんも…!
そんな好戦的な伺い方しない人でしょ!?
(お、おい乱…! やっぱり仲悪いぞこの2人!)
(だからそう言ってるじゃん! 離婚の危機なんだってば!)
マジか……あんな温厚な2人がここまで険悪になっちまうなんて……やべぇ、こんなのどうやって解消させろって言うんだ…? 今更ながら、すげぇ痛惜の波が押し寄せてきやがる……選択肢と共に在る事を…!
俺がどれだけ歯痒い想いに苦念していようが、2人の口論はヒートアップしていくばかりだ。
「せいぜい覚悟してなさい。アンタからたんまり慰謝料ふんだくってやるんだから」
「ふん。なら俺はその倍額請求してやるからな」
「はぁ!? 何でアンタも慰謝料貰おうとしてんのよ!?」
「当たり前だよなぁ? 優秀な弁護士雇ってやるから、お前こそ覚悟してるんだな」
「なら私はアンタの倍優秀な弁護士雇ってやるんだから」
「はぁ!? それは反則だろ!? 正々堂々こいよ!」
「アンタに言われたくないわよ!」
(……おい、乱…?)
(なによ、翻訳に忙しいんだから声掛けないでって)
(やっぱりこの2人、仲良くないか?)
(はぁッ? ちゃんと聞いてた!? 2人共、超怒ってるじゃん!)
「これだけは言っておくけどね、鈴は私が連れて行くから」
「寝言は寝て言え。鈴は俺の娘だ」
む……なんか雰囲気変わったか…?
どうやら2人が一番揉めているのは鈴の親権についてのようだ。親にとってはそこはやはり譲れない部分なのだろう。だが、それだけ2人は鈴の事を大事に想っているとも言えるな。
「私の娘よ。去年の誕生日の時だって『ママとパパ、どっちの方が好き?』って聞いたらママって言ってくれたんだから!」
ふぅむ……お袋さんの方が実は一歩リードしているのか。
「一昨年はパパって言っただろ!」
む?
「一昨々年はママって言ったわ!」
えぇ…?
「その前はパパだったぞ!」
「その前はママだったわよ!」
隔年じゃねぇか!
アンタら多分それ、鈴に気ぃ遣われてんぞ!?
(あのね、鈴姉が言ってたの。どっちも好きって言ったら、2人共余計に対抗心燃やすから、もう交互に言うようにしてんだって)
やっぱりじゃねぇか!
今年はどうなんだオイ!? あ、まだアイツの誕生日じゃねぇや。いや、このままじゃ2人共嫌いってアイツの性格なら言いそうでもある。
「もう話しかけないでちょうだい。アンタのせいで折角の美味しいお茶がマズくなっちゃうわ」
「それは元からだろ」
「あ゛ァ?」
「やんのか?」
ま、またギスギスしてきた…!
この2人の状態を俺が止めるの?
修復しろって?
え、どうやって…?
しかも短期決戦なんだろ? いや、長期とか無理だから。そんな長いこと滞在してられるか、ここは中国だっての。日本じゃないんだっての!
「お茶淹れる前に少し運動するのもありねぇ」
「ハッ…! 返り討ちにしてやるよ」
おいおいおいおい!?
何で2人して腕捲りし始めてんの!? なに、そういう流れなの!? 拳で語る的な感じになってんの!? 2人とも格闘経験ないだろ!?
(おじさんもおばさんも中国人で料理人だよ? カンフーの達人に決まってるじゃん)
嘘つけ、なんだその誤認識!?
アレか!? 外国から見た日本レベルか! 忍者とか存在してねぇし、ハラキリもしねぇから! 俺だって中国人はみんな酔拳が使えるとか思ってねぇから!
(中国人と料理人がセットなの。ここ大事!)
(えぇ……マジなんですか、乱さん…?)
あ、アカン…!
んな事言ってたら、もう臨戦態勢ってるぞ!?
どうするどうする…!
俺はまだ見守っていていいのか!? これも2人の日常茶飯事の域なのか!?
夫婦仲の修復なんざ内容が内容なだけに、しっかり作戦を練って実行する予定だったのに…! もしかしてそんな猶予もなかったりするんじゃないのか…!?
【主車旋焚玖こそが最強。2人に武威を示してやる】
【修復するなら今しかない。かねてから隠しておいたあの手を使うッ!】
あの手の内容を言えよぉ!
あの手がいいよあの手が(ネタバレ)