選択肢に抗えない   作:さいしん

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おれはちょうつよい、というお話。



第27話 スマブラ(結)

 

 

「「「「………………」」」」

 

「……フッ…」

 

(黒服さんがいっぱいです。こっちは1人ですよ? しかも中坊ですよ中坊)

 

 残した笑みは決して消さない。

 それは虚勢か、はたまた自信か。

 

(どっちもだよチクショウ…! ぶっちゃけ、この数にはビビッてるけど、あの時とは……篠ノ之を助けた時の俺とは違う…!)

 

 あの時、旋焚玖はあくまで巻き込まれた側だった。目の前に突如現れた非日常に対し、覚悟する暇さえなかった。状況が飲み込めない状態で、とにかく箒と逃げる事を最優先せざるを得なかった。

 

 しかし、今は違う。

 

(もう巻き込まれた側に居られねぇ…! とうとう俺自身が渦中になっちまった。ならもうウダウダ悩んでられねぇ…! 覚悟を決める時は今なんだ…!)

 

 対峙している1人の少年と黒服を纏う数の暴力。両者共、このまま延々と睨み合いしているだけに留まる筈がない。少しのきっかけで、静から動へと場が早変わりするのは目に見えている。

 

 問題はどちらが先に動くのか。

 

「……ッ!」

 

(この数だ、受け身に回っちまったらその瞬間終わっちまう! ビビるな竦むな、動け動け動けェ―――ッ!!)

 

 地を蹴り前に出たのは旋焚玖。

 猛然と黒の壁へと駆けていく。20を相手に後手に回ったなら最後、主導権など到底握れるモノではない。ならばいっそ前へ。決してやぶれかぶれではなく本気で勝つ為に…!

 

 箒と共に受けた襲撃事件以来、外出する前は必ず皆伝書に羅列されている実践道具(旋焚玖は七色の道具と呼んでいる)の吟味に余念を無くした事が生きる。胸ポケットに潜ませていたモノを、一番先頭に立つ黒服の足元へ叩きつけるように投げた。

 

 

 パァンッ!!

 

 

 短くも甲高い破裂音が響いた。

 旋焚玖が投げたモノは、以前使った煙玉ではなくただの癇癪玉だ。花火に部類されるモノで、大きな音を立てて遊ぶ、謂わば子供のおもちゃである。

 

 自ら改造もしていないただのおもちゃで、黒服達の鼓膜破壊を狙う筈もない。旋焚玖が欲しかったのは数瞬の隙。先頭に立つ者の目線を、一瞬でも足下へ追いやる事だけが目的だった。

 

「ッ!? な、なんだ…!? 一体なにを…」

 

(そりゃ見ちまうわな確かめちまうわな、本能でよぉッ! だがこれで火蓋を切るのは俺だッ…!)

 

 既に駆けた勢いは十分。

 両膝を折り畳むようにして跳び上がる。

 先頭の黒服が旋焚玖の方へ視界を戻した時にはもう遅い。鋭く突き出した両脚の裏で、胸板を強く蹴られ、後方へと吹き飛された。旋焚玖の狙い通り、後ろに居た者も巻き込みながら。

 

(一喜一憂するのは後だ…!)

 

 蹴りを喰らわせた反動を利用して、後方へバク宙する事で着地にも成功。と同時に膝を折り、力を溜めて素早く前へと再び駆け上がる…! 頭にあるのは自分から最も近い位置に倒れている男の元へ辿り着く事のみ。

 

 相手は20で旋焚玖は1人。ご丁寧にタイマンな空間を20回も作る余裕は今の旋焚玖には無い。時間は限られているのだ。

 ならば一気に数を減らすしかない。旋焚玖が見い出した勝機はそこだった。そしてその狙いを成功させやすいのが先手と…運が良くて次の手まで、と考えての行動だった。

 

「取り囲め!!」

 

「押さえつけろ!」

 

 政府に雇われた者達が、流石にいつまでも固まっている筈もなく。ドロップキックに巻き込まれずに済んだ黒服達が、旋焚玖へと一斉に襲い掛かっていく。まるで黒い壁が四方から押し迫ってくるようだった。

 

 だがそんな彼らを前にして、旋焚玖は再度笑ってみせた。この笑みに虚勢は含まれない。自分に壁が迫りきるよりも早く、目指した場所へと辿り着けたのだから。

 

(やっっっ……たぁ! やったよぅ! やっぱり一喜一憂しちゃうわいな! うへへ、ごめんね黒服のおっちゃん、ちっとグルグルに付き合ってもらうぜ)

 

 旋焚玖は倒れている黒服の両足首を、脇の下に挟み込んむように抱え上げた。

 

「せぇの……ッ、根性入れなおしてやるッ!」

 

 

【篠ノ之流金剛大旋風】―――ッ!!(なんかすごいジャイアントスイング)

 

「あがっ!」

 

「ぐほっ!」

 

「おぐっ!」

 

 振り回した相手の平衡感覚を失わせる事は目的では非ず。疾く力強く廻転させられた男は旋焚玖の武器と化し、四方から迫り来る黒服たちを薙ぎ払った。

 

(グルグルグルグル―――ッと! 俺自身、目が回らねぇのはアレか!? この前のバク転買い出しがここで活きたのか…!)

 

 一旦は旋焚玖を取り囲めた筈の黒服たちだったが、今では旋焚玖を中心にしつつ、後ろへと強制的に下がらせられた。前に出てしまうと旋焚玖が振り回すアレにブチ当たってしまうのだ。

 ペチッと当たるくらい大丈夫だろ? とんでもない、アレで殴られた者は蹲ってしまっている。それほどバカげた威力を誇っていた。

 

 だがいつまでも廻転し続けられる筈がない。旋焚玖が疲れて止まった時こそ、黒服達は一斉に飛び掛かるつもりだ。それを旋焚玖も承知しているからこそ、男を振り回しながら部屋の隅々まで目を凝らす。

 

(ある筈だろ、無いとは言わせねぇぞ! 置いてあるとしたら壁壁壁! 際際際ァッ! あ、あ、あれあれッ! アレだよッ!)

 

 旋焚玖が外出時に持ち運べる七色の道具は、基本的にポケットサイズな物のみとなっている。それより大きいと物理的に無理なのだ。物は試しと背中にフライパンを入れてみたが、普通に痛くてすぐに取った。やはり漫画のようにはいかないらしい。

 

 現状を打破できる武器を見つけた旋焚玖は、不自然に思われないように廻転しながら、少しずつそちらへと距離を縮めていく。

 黒服達は無理に攻めてこない。出口に近づくならまだしも、旋焚玖が進んでいるのは真逆の方向。彼らからすれば、より捕まえやすくなったとさえ言える。

 

「……ッ!」

 

 黒服達から見て、自ら壁際に追い込まれる形を作った旋焚玖は、そこでやっと男を投げ捨てる。その乱雑っぷりから、男たちは旋焚玖がようやく諦めたのだと思った。1人の男が代表して前に出る。

 

「逃げる方向を誤ったな少年。さぁ、今度こそ大人しく付いてきなさい」

 

 背後には壁で窓も付いていない。

 前にはまだまだ無傷の黒服が立ち塞がっている。出口とは対極の位置に立つ旋焚玖にもはや逃げ場は残されていない。

 

(嫌です。この人たちは、もしかしたら篠ノ之が言っていた穏健派の連中かもしれんが、それでも嫌なものは嫌なのです。んで、もう一言加えると……)

 

「誤ったんじゃねェ……これが俺の狙いだ…!」

 

「なっ!?」

 

「「「!!?」」」

 

「施設内に必ず複数設置されてあるモノといえばなーんだ? うへへ、赤いモノはなーんだ!?」

 

 答えは既に旋焚玖の手に。

 赤くて旋焚玖が日頃から持っておきたい物の一つ。大きすぎて物理的にポケットには入れられない七色の道具の一つ!

 

「お、おいッ、旋焚玖!? それ消火器だろ!? マジでシャレじゃ済まされねぇぞ!?」

 

「うははは! 気にするな弾! うひゃひゃひゃひゃッ!」

 

「き、気にするなの意味が分かんないですぅ…」

 

 入口の方まで弾と一緒に下がっているメガネの人から控えめにツッコミが入るが、旋焚玖は何が面白いのかゲラゲラ笑っている。非日常を受け入れた反動か。はたまた自分の狙いが悉く成功した事への悦楽か。

 

「使えるモンは何でも使う。汚ェ手なら尚更だ。それが俺の師の教えなんでな…!」

 

 ピンを指で弾き、あとは噴出させるだけで良い。位置関係もとことん理想的なそれだ。後ろを一切気にせず、前に向かってただ噴射させれば良いだけなのだから。

 

 ここに居る全員が認めるしかなかった。

 今、この場を掌握しているのは、紛れもなくあの少年であると。抗う術も無し、最悪逃げられる可能性もある。

 

 流れは完全に旋焚玖にあった。

 

 

 

 

 

 

 やべぇ…!

 やべぇ……やべぇ、俺……メチャ強ェ…! まだ半分以上残ってるが、負ける気がしない。消火器捨てて、強引に肉弾戦仕掛けても、案外普通に勝てるんじゃねぇかってレベルに達してね、俺……? 

 

 うはっ、うわははは!!

 そうかそうか! そうかよ! 俺はそこまでの域に達してたんか! むしろそうでなくちゃ困るわ、毎日アホみてぇなシゴき受けてんだからなぁッ! 

 

 このまま無双して悠々と帰ってやるッ!

 俺はそれが出来る漢になったんだ! うはは、まずは身体に無害っぽい粉を存分に喰らうがいいわ!

 

「喰ら―――」

 

「……ほう? それで、誰がその後始末をするんだ? お前か旋焚玖…?」

 

 とても聞き覚えのある声がしゅるぅ……っていうか、視界に既に入っているぅ……ど、どうして此処に居るんですか……?

 

「ゲェーッ!! 一夏の姉ちゃんだァーッ!!」

 

 ありがとう弾。

 お前のそのアホみたいなリアクションのおかげで、俺も無駄にテンパらずに済む。んでんで……何でこの人が此処に居るの? 此処で働いている的な感じなの?

 

「……俺の邪魔をする気ですか、千冬さん」

 

「さて、どうだろうな…」(ふっ、ふふふ…! 流石は旋焚玖だ。私が現れても眉一つ動かさんか……)

 

 ヒェッ……な、なんか薄ら笑ってるよぅ…!

 いきなり現れて冷笑るのはマズいですよ千冬さん! とっても怖いっす! ボス臭ハンパないっす! メールでの可愛い千冬さんに戻ってくださいよぅ!

 

 千冬さんは無関係だと思っていいのか? たまたま道を歩いていて、たまたま騒動を嗅ぎつけ、たまたま俺と居合わせた、なんて事はないだろう。千冬さんはブリュンヒルデだ……此処に来たって事はISの関係者ってのが妥当か。案外、学園で教鞭振るってたりするのかもしれない。

 

「千冬さん……俺はこれからどうなるんですか?」

 

「一夏から聞いているだろう? それと同じ事をするだけだ」

 

 同じ?

 同じじゃないだろ!

 一夏には出来なかった事をするんだろぉ!? イタイ事とかするんだろぉ!? 権力に物言わせて一般人を泣かせる気なんだろぉ!

 

「一夏と違って俺にはブリュンヒルデの姉が居ない」

 

 後ろ盾がないんだよぉ!

 怖い人たちにイジメられちゃうよぉ!

 

「……そうだな。だから私もお前と共に付いて行く。それなら問題なかろう?」

 

「む……」

 

 目を光らせてくれるという訳か。

 取調室的な場所で政府の怖い人たちから、尋問は既に拷問に変わってるんだぜ! みたいな事を言わせないように。

 

「それとも……このまま、まだ抗ってみせるか? 私は別に止めんぞ?」

 

「……いいんですか? コレ、使いますよ?」

 

 手に持つ消火器を見せる。こっちはもう吹っ切れちまってんだ。暴れていいのなら暴れさせてもらう。逃げられるのであれば逃げさせてもらう。たとえ相手に千冬さんが加わろうとも、だ…! 

 

「好きにしろ。ただし……」

 

 な、なんだよぅ?

 そんな威圧感出してきてもビビらないぞぅ!

 

「噴射した瞬間、私の拳が顔面にメリ込むと思え」

 

 ハッ…!

 なんだよ、気ィ張って損したわ! んなモン、カウンターで迎え撃ちゃいいだけだ。逆にアンタの脳みそ揺らしてやるよッ!

 

「五反田弾の顔面にな」

 

「ファッ!?」

 

「……弾に?…………ぶほっ」

 

 だ、弾さんスゲー顔になってんぜ!? その顔はヤメろ! 一夏といい顔芸はやってんの!? あひっ、あひゃひゃひゃ! って笑えねぇぞオイ! 弾の顔見ちゃ笑っちまうから見ねぇぞオイ!

 

「俺を脅すのか?」

 

「ああ、脅す。これはスポーツではないからな」

 

 Oh……流石は俺のプチ姉弟子。

 見事なまでに武術家な台詞だ。使えるモノは何でも使う。それが師匠の教え。人質のきく相手には躊躇わず使え。それも師匠の教えだ。俺が千冬さんの立場でも、きっと同じ事を言ってのけただろう。

 

「……降参。良心の呵責には勝てないです」

 

「フッ……スマンな、こんな真似をして」

 

「気にしないでください、千冬さんに落ち度はありませんよ」

 

 

【しかしこのままだと少し癪なので、ちょいと軽くだけ噴射してみる。意外と噴射は楽しかったりする】

【既に負けを認めたのだ。大人しく従うのが漢の矜持である】

 

 

 ほう……好奇心を上手く突っついてきよるわ。確かに一回どんなモンか、使ってみたい気もしないでもない。ちょっとだけならいいかな? ほんのちょっとだけ、ぴゅぴゅっと出すだけで、別に攻撃とかそういうアレじゃなくて。

 むしろそれくらい許されてもいいと思う。これからの俺の処遇を考えたらさ。大丈夫大丈夫、平気平気。掃除なら俺が、あと一夏も呼んで一緒にするから。

 

 っていうか頭が高ェんだよテメェら、あァん? 俺様は世界で2人目のIS起動者なんだぜ、おう? おうコラ? 消火器ぐらい気分で出しても怒られない身分になっちまったんだぜ? おう? おうお~う?(現実逃避) 

 

 

 ぷしゃぁぁぁぁぁぁッ!!

 

 

「ひょわぁぁぁぁッ!?」(現実帰還)

 

 め、めちゃくちゃ出ちゃったぁぁぁぁッ!?

 

「な、何をしている旋焚玖!? 五反田の顔面がどうなってもいいのか!?」

 

 ち、違うんです千冬さん!

 軽く握っただけで、こんなに出るとは思わなかったんですぅ!

 

「い、嫌だぁ! 死にたくない! 死にたくなぁぁぁい!!」

 

「違うぞ弾! そんなつもりじゃないんだ! なんか勝手に出ちゃうんだよぉ!」

 

「さっさと離さんかバカ者! 握ってたら出るに決まっているだろうが!」

 

「違うんですって! なんか凄いんですって、反動がなんかヤバいんですってぇぇぇッ!! 暴れんな、暴れんなよッ! ひゃぁぁッ、すいません黒服の皆さん! ホントもうすいません、調子に乗ってすいませんんんんッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

 結局、弾が千冬さんに殴られる事はなかった。かわりに俺が千冬さんから熱いゲンコツを喰らって、喰らって喰らって喰らいまくって、一応の決着がついたのだった。とりあえず、今日のところは俺も自宅に帰っていいとの事で……。

 

「そんな訳ないだろうが。今から検査だ、説明だ、と色々あるんだからな」

 

「……はい」

 

 

 一夏に続いて世界で2人目の男性IS搭乗者の誕生である。

 

 




生身でも強い旋焚玖くん。
これはISでも無双しちゃいますね(ネタバレ)

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