良識ある大人はお優しい、というお話。
「主車旋焚玖くん。好奇心で聞く事を許してくれ。率直に今、君はどんな気分なんだ?」
どんな気分……?
見るからに権力の上に立ってます的なおっちゃんと今、対面しているこの状況についてか? そもそもISを起動させてしまった事にか? いかにも研究員してますって白衣着た連中に、検査と称して身体中を隅々までアレコレされた事にか? 注射がちょっとチクッとしたわ! 千冬さんが見てたし何でもない風を装ったけどな!
「気分はまぁ……正直、まだ実感がないと言えばいいですかね。自分も聞かせてください、これから俺はどうなるんすか? おためごかしは要りません。誤魔化し無しでお願いします」
おっちゃんが俺の後ろに控える千冬さんに視線をやった。おそらく、色々と話してしまって良いのか、の確認だろう。
「ふむ……どうやら思っていたより聡い子らしい。分かった、それも含めて説明させてもらおう。男性である君がISを起動させた事で、君の将来にレールが敷かれたのだ」
何の?
決まっている、ISに携わるモノ全てだ。俺の高校も大学も、就職先も全てIS関連である事が決まったんだ。ただそれでも理想図だと思う。
「それは分かっています。俺が聞きたいのはそんな曖昧な部分じゃないんです」
俺はそんな確認がしたくて、大人しくしているのではない。一般人の俺が、今後どんな扱いを世界から受けるのかを聞いているんだ。
「千冬さんが居る前で聞くのもアレですけど……俺と一夏は違うんですよね?」
「旋焚玖……」
あらやだ、千冬さんらしからぬ悲し気な呟き。でもごめん、そこだけは今のうちにはっきりさせておいてほしい。今聞いておくのと、IS学園に入学してから、アレやコレやと待遇の違いとかを見せられるのとでは、俺のメンタルへの影響の仕方が変わってくるんだ。
「言いにくい事をズバッと聞いてくれる。だが、問われたらこちらも答えるしかあるまい」
そうそうズバッと言ってくれ。
変に気を遣われるより、そっちの方が俺もありがたいわ。
「男性でISを唯一起動させた2人。だが……君が察する通り、君達の立場はまるで違うモノになる事が予想されている。何故なら……」
「俺は平凡な家庭の人間で、一夏はブリュンヒルデの弟だから……でしょう?」
「……ッ」
千冬さんが背後で身体を強張らせた気配がする。だから俺もちゃんと言っておく。
「安心してください、千冬さん。俺と一夏は親友です。これからも。何があっても。それだけは絶対に変わりませんよ、俺たちは」
「……旋焚玖」
あらやだ、千冬さんらしからぬ嬉しそうな呟き。だがこれは俺の本心だ。俺の言葉に嘘はない。立場が変わろうが周りの反応が変わろうが、俺と一夏はダチなんだ。俺たちの関係は誰にも壊させねぇよ。
「ふむ……ある程度、覚悟は出来ているみたいだな。なら、ざっと羅列していこう。君と織斑君の置かれた環境の違いを―――」
おう、ドンと来いッ!
.
...
......
「……―――とまぁ、だいたいこんなところか」
「……なるほどざわーるど…」
そんなに羅列しろとは言っていない。
いやまぁ分かってたけどさ、改めて第三者から言葉にされるとヘコんじゃうね。メンタルの強さに定評のある俺でも結構Oh…ってなっちゃった。主に世間の視線的な部分で。ま、別にいいけど。だいたい想像ついてたし。
「とりあえずアレですか? モルモッターになりたくなければ、しっかりISの技量を身に付けろ、と。要約すればこんなところですか」
「だいぶ端折っているが、概ねその通りだな。ああ、あと刺客にも気を付けるように」
それはついでみたいなノリで言っちゃダメな案件だろ!? 身の危険的な意味でいくと、それってすごい重要な話だろぉ!
「まぁ君ならそちらの方面に関しては、さほど心配してはいないがね」
「む……」
「いやはや、君の身体検査の結果は私も目を通させてもらったが……一流の科学者たちが目を丸くしていたよ。ハハッ、彼らの言葉を借りれば、君の筋密度は常軌を逸しているらしいぞ?」
え、えへへ……あざーっす(恍惚)
褒められるのは素直に嬉しいです。
「先程もSP達を相手取り、大立ち回りを披露したそうじゃないか。君に投げられた者が言っていたぞ? 何をされたかまるで分からなかった、とな。普段、どんな鍛え方をしているんだい?」
言っても信じてもらえないもん。
でも、強いて言うなら。
「うまい食事と適度な運動」
「ほう」
「ふむ」
後は―――。
「想像上のカマキリとかと闘わされる事……ですかね」
「…………………」
「…………………」
微妙な静寂が部屋を包み込む。
嘘じゃないもん、ホントだもん。
「ハッハッハ! なるほどなるほど、企業秘密ってヤツか。強くなる秘訣なんてそうそう簡単に明かしたくないよなぁ!」
ホントの事だもん。
嘘なんてついてないもん。
「ふふ……私は信じているぞ。旋焚玖は頑張り屋さんだもんな」
生温かい目して言ってんじゃねぇよ! 頑張り屋さんとか言うなよ! 幼児扱いかコラァッ!! いやオイ、なに手ェ伸ばして……あ、引っ込めた。
「………………チッ」(すぐにバレる嘘をつく見栄っぱりな旋焚玖の頭をナデてやりたい……が、人前では出来んのが口惜しい…)
ヒェッ……急に不機嫌になるのヤメてくれませんかね…。
「さて……説明も一段落済んだ事だし、移動しよう。君のIS適性を測定して、今日は終わりだ」
「適性……? 筆記試験的なヤツですか?」
当然だが、ISの知識を俺に求められても何も答えられる自信ねぇぞ。
ISとは何か? とか聞かれても、なんかスゴいヤツとしか書けねぇぞ? 風刺きかせていいなら女尊男卑の根源って書くけど。いや書かないけど。
ただでさえ女子高への入学が決まってんのに、そんな事まで書いちまった日には余計フルボッコにされるわ。
「試験用のISで慣らし運転をしてから、簡単な実技試験だ。分かりやすく言うと模擬戦だな」
千冬さんが教えてくれた。
え、模擬戦って、誰かと戦う的なアレですか? 私、素人ですよ?
「あくまで適正値を出すためだ。別に勝ち負けを競うものではないさ」
気負う必要はないと、肩をポンッと叩いてくれた。あらやだ、今日の千冬さん、とっても優しい。んでもって、2人に連れられる形で地下まで降りて、何やら広い空間に到着と。どうやら此処で模擬戦とやらを行うらしい。
「む……」
既に誰か居るぞ……あ、乳メガネだ。
「紹介しよう。山田真耶くんだ。私と同じIS学園の教員だ」
さらっと言ったけど、千冬さんも教師ってたんですね。一夏はまだ知らんのかな。後でアイツにも聞いてみよう。
「主車旋焚玖です……えっと……主車旋焚玖です」
いきなり紹介されても知らんわい。
何話していいか分かんねぇよ。教師って事はこれから学園でもお世話になる可能性が高いんだし、乳は見ないでおこう。せめて自発的なセクハラは控えておかないとだ。
「先程もお会いしてますし、そう緊張しないで大丈夫ですよー」
ああ、そうだった。
途中からこの人、空気になってたっけな。っていうか、よくよく考えたらこの乳メガネが諸悪の権化じゃね? 俺でなきゃ見逃しちゃう貫手を、この人が見破ったのがきっかけだし。いや別に怒ってないですよ、ハハハ。
「山田先生がお前の模擬戦の相手をする。の前に、まずはコレに乗らないとだな」
千冬さんたちに誘われるがまま、置かれてあるISに俺も近寄る。しかし改めて近くで見るとデカいな……中々に圧倒されるサイズだ。前世にはこんな乗り物無かったし、実際マジで乗るとなるとドキドキしちまうな。
「このISは訓練用でIS学園にも配備されてある通称【打鉄】です」
黙れ乳メガネ。
「まずは乗ってみろ。初期化も最適化も必要ない」
専門用語はヤメてください。
とりあえず、言われた通りに足を突っ込んでみる……おぉッ…!?
カシュンカシュンと小気味の良い音で俺に纏わりついてきた…! 中々に鬱陶しいな!?
「ククッ、違和感などすぐに無くなるさ」
ま、マジっすか?
買ったばかりの靴みたいな感じなんですけど、いずれ馴染むモンなんか?
「よし、では好きに動いてみろ」
「はい…………む?………むむ…?」
動かない。
「えっと……主車くん?」
黙れ乳メガネ。
動かねぇんだよ乳メガネ。見りゃ分かんだろ乳メガネ。
「……おい、どうした?」
「むむむぅ…………むんッ!」
あ、動いた。
人差し指がクイッて動いた。
「……お、織斑先生…」
「ふむ……これはアレだな…」
◇
この光景は当然モニター室でも通して見られている訳で。その部屋には先程、旋焚玖に説明を行った者や研究員を始め、他にも政府関係者が揃っている。
「……動かんな」
「人差し指は動いたらしいですよ?」
「それは動いたと言っていいのかしら」
それぞれが何と言っていいのか分からない、といった空気である。当然、この中には女性も多く居るのだが、そんな彼女達ですら「これだから男はダメなんだ」とバカにするのも気が引ける程だったらしい。
「て、適正値が出ました!」
そんな空気を壊すように、1人の研究員が声を張った。
「いや、それはいくらなんでも早くないか? まだ主車くんはクイクイしてるだけなんだぞ?」
「ですが、その……実際、出ちゃいましたし……結果は、見ての通りです…」
旋焚玖の適正値が表示されているディスプレイに皆が集まる。
「……これは…」
「なんてことだ……」
「あの子……IS学園でやっていけるの…?」
政府の人間であれば、誰しもが理解している。ISを起動させてしまった男性に、これから降り掛かるであろう理想と現実を。故にこの時ばかりは、此処に居る皆が旋焚玖に同情したという。
◇
『あー、主車くん。適正値が出たが……どうする?』
マイクを通して、さっきのおっちゃんの声が聞こえてきた。どうするって何が? 俺まだ何もしてないんだけど。
「結果は?」
俺の代わりに千冬さんが聞いてくれた。
『……「E」だそうだ』
Eって言われても分かんないんだけど。
IS素人の俺には目安が知りたいところだ。
【車で言えばどのくらいだ?】
【パワプロで言えばどのくらいだ?】
お前その聞き方好きだよな。
ま、いいけど。パワプロのメーターで言ってくれたら俺も理解しやすい。ここは千冬さんに聞いてみよう。
「パワプロで言えばどのくらいだ?」
「……Gだな」
ウンコじゃねぇか! それって最低レベルって事だろぉ!? え、そんな感じなの!? 嘘つけよ! あ、でも、そんな感じで合ってるのか。全然動かせてねぇもん、俺。
【車で言えばどのくらいだ?】
【クラウドで言えばどのくらいだ?】
何でまた聞き直すんだよ。もう俺はウンコって分かったから聞かなくていいじゃん……結構テンション下がってんだぜ、俺…? いいもん、今度は乳メガネに聞いてやるもん。
オラ、アホな質問に戸惑いやがれ!
「クラウドで言えばどのくらいだ?」
「……バスターソードですね」
割とあっさり答えやがった…!
「でも、それも初期武器レベルって事ですよね…?」
言葉が違うだけで最低能力値って事には変わらないんだよな、ふへ……ふへへ……ふへへへへ……ふぇぇぇぇぇ……ッ。
うへぇぁ……やっぱ俺ってそんなモンだよなぁ……勘違いしちゃいかんよ、俺は俺だもんなぁ……でもさ、こんなんだけどさ? 何だかんだ言ってさ? IS起動させちゃった訳じゃん? 世界でたった2人な訳じゃん? そんなのさ……期待っていうか、妄想しちゃうじゃん、男だったらやっぱさ?
学園でさ? クールなやれやれ系気取っちゃってさ? でもってカッコ良くIS乗り回してさ、ブイブイ言わせてさ、女たちにキャーキャー言われちゃうとかさ? ちょっとだけ……ほんのちょっぴり……じゃない。
ホントはめちゃくちゃ期待してたのにぃぃぃぃッ!! なんなんだよもぉぉぉぉッ!! もう嫌だぁ! IS学園なんか行きたくないよぉ! こんなんで言っても笑われちゃうよぉぉぉぉ!
「だ、大丈夫ですよ、主車くん!」
へぁぁ……?
「バスターソードは確かに初期装備の武器ですし、パワプロのGも初期能力です」
そら見たことか!
やっぱりダメダメなんじゃねぇか!
「主車くんは大きな勘違いをしています。ここから上がれないとは言っていませんよ。私も織斑先生も…!」
「む……」
「山田先生の言う通りだ。むしろ私はこの結果も予想出来ていた」(篠ノ之道場で初めてコイツの武を見た時の事を思い出す。まるで才能の欠片も見当たらなかった……だが、旋焚玖はそこから這い上がれる男なのだ。私はそれを知っている…!)
そ、そうなの?
「たった1人でここまで強くなれたお前だ。それはISでも変わらん。私はそう確信している」
「千冬さん…!」
「そうです! 私も精一杯サポートしますから! 一緒に頑張りましょう!」
「ち……山田先生…!」
これは紛れもない教育者の鑑。本気でそう言ってくれているのが、熱い教師魂がジンジンに伝わってくる…! もうこの人を悪く思ってはいけない。むしろ今まで貶してすいませんでした。
「俺……頑張ります…!」
そうだ。
俺にはそれしかねぇんだ。
頑張って道を切り拓くしかねぇんだ…! バスターソードがなんだ! 俺はアルテマウェポンになるぞオイ!
「ちなみに一夏の適正はどれくらいだったんですか?」
「ん? アイツはBだったな」
「……クラウドのリミット技で言うと?」
「メテオレインですね!」
一夏しゅごい……。
「さぁ、気合も入っただろう? 慣らし運転の続きだ。まずは歩けるようになれ」
「ういっす! なんかコツとか教えてくださいよ!」
俺も負けてらんねぇからな!
いつまでもウダウダしてるのは性に合わねぇってよ!
「そうだな……こう…ガションガションって感じでだな」
「…………………」
「…………………」
「山田先生! お願いしますッ!」
「は、はい! お任せあれですッ!」
「あ、お、おい……冗談で言ったんだが……」
旋焚玖の成り上がり物語が今、始まる予感。
【悲報】千冬姉渾身のギャグ、スベる。