命名者は・・・というお話。
入学式から夜も明け、今日は2日目だ。
心なしか昨日よりかは、クラスの俺に対する視線も少しは和らいでいる様な気がする。しかしなんだな、俺は俺で昨日より気を緩めているせいか、改めて教室内の空気感ってヤツを身に受けている状態だ。
なんていうかね、教室全体がね、とってもいい匂いなの。なんかね、全体的に甘いの。誰だよ女子校は香水プンプンで臭いとか言った奴。いい香りしかしねぇよ、ひゃっほぅ! IS学園に来て初めての良い事である! ここ1ヶ月はムサい野郎に囲まれてたからなぁ……その分、癒され効果も倍率ドンだぜ、むひひ。
とか何とか思ってたら、1時間目の授業が終わりました。まぁ授業内容を要約すると、ISはブラジャーなんだってさ。なんか山田先生がそう言ってました。うん、やっぱりあの人は乳メガネでいいかなぁって思いました。
そんでもって、変わったのは俺への視線だけじゃなかった。
「ねえねえ、織斑くん!」
「はいはーい、しつもんしつもーん!」
「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」
授業が終わるやいなや、クラスの大半の女子生徒が一夏の席へと詰めかける。なんか我先にって感じだ。昨日の入学式と同じ学園寮での生活を経た結果ってヤツか。きっと昨日みんな(オルコットを除く)が大人しかったのは、様子見だったんだろう。
「いや、一斉に聞かれても分かんないって!」
フッ……まだまだ甘いな一夏よ。
俺なら余裕で聞き分けられるぜ?
アレくらいの人数から一斉に声を掛けられて、正確に判別出来るのは歴史上でも俺か聖徳太子かってな。ハハハ、どうだ? 俺は凄いだろう? 誰も俺ンとこには寄ってこないけど、俺は聖徳太子並みにスゲェ男なんだぜ?(守られるメンタル)
「…………………」
俺もあんな風に声掛けられてみたいなぁ……。
なんてな。こうなる事は入学する前から分かってたし、今の教室には俺以外にもボッチが居るもんね!
うへへ、前の篠ノ之もボッチなう! 後ろのオルコットもボッチなう! 真ん中の俺はボッチッチ! もうアレだな、3人でボッチ同盟組むのも良いな!
休み時間は15分もある。一夏が女子達に捕まっている以上、ずっと無言で居るのも暇を持て余してしょーがない。俺も篠ノ之かオルコットに声を掛けてみようか?
「旋ちゃん、旋ちゃん」
「……む」
そう呼んでトテトテ俺の方にやって来たのは、昨日俺が絡んだ苗字が難しい不良だった。さっき授業の前に自己紹介で名乗ってたな。のほとけほんね、だったか。布仏でのほとけって読むらしい。
「えへー、しののんも一緒におしゃべりしようよ~」
しののん?
ああ、もしかして篠ノ之の事か?
「う、うむ」(や、やった…! これで旋焚玖とも自然に話せるぞ!)
「篠ノ之の知り合いか?」
「ああ、寮の部屋が同じなんだ。本音はあだ名を付けるのが趣味なんだとか」(『しののん』というのは少しアレな気がするが、あだ名で呼んでくれる友達が出来たのは素直に嬉しかったりする)
なるほど。
だから俺の事も『旋ちゃん』ってか。
「そうなのだ~。これからは旋ちゃんって呼んでもい~い?」
【いいよ】
【だめだい】
いや、別にいいんだけどね。
だた何となく、選択肢が出てくるのも分かると言えば分かる。既に俺を旋ちゃんって呼ぶ子がいるし。別にかぶっても良いんだけど……なんか違うんだよなぁ。
「だめだい」
深い意味はないけどね。
何となくよ、何となく。
「ふぇ~? ダメなの? どぉしてどぉして~?」
【俺をそう呼んでいいのは世界でたった1人だけだ】
【旋ちゃん呼びは乱ママだけのモンなんだい!】
深い意味はねぇツっただろが!
そこまで特別感持ってねぇよ!
【上】は無駄に意味深だし【下】なんてマザコンじゃねぇか! 絶対にツっこまれるって! 乱ママって誰?って聞かれるって! 言えないって! デュフフ、年下の女の子ぉ…とか開き直れるメンタル持ってねぇから!
「……俺をそう呼んでいいのは世界でたった1人だけだ」
誰かは聞かないでね。
「ほうほーう、もう誰かが『旋ちゃん』って呼んでるんだね~」
「まぁな」
誰かは聞かないでね!(念押し)
「……ちなみに誰から呼ばれているんだ?」(少なくとも私は聞いたことがない。私の記憶が正しければ、コイツの両親も旋焚玖と呼んでいた筈だ。気になる……旋ちゃんだと? とても仲が良さそうじゃないか!)
聞かれちゃった。
でも言いたくないでござる。
名前を言うのは簡単だ。「乱って子に呼ばれている」とだけ言えばいい。ただ、次に繋がるのは高確率で「乱ってどんな子?」的な内容に広がっていくだろう。そうなればアホの【選択肢】が、高確率でアホな【選択肢】を捻出してくるに決まっている。
「……秘密だ」
「む……」
言ったら、年下の女の子をママ呼びしてる変態だってのがバレちゃうよぉ! 入学2日目でそれは普通に嫌じゃい! 絶対に教えぬぅ!
「秘密なのか?」(どうして隠す必要があると言うのだ! そんな秘匿案件でもあるまい!?)
「秘密だ」
「どうしてだ?」
な、なんだよ、どうしてそんなに食いついてくんだよぅ。
「どうしてもだ」
「むぅ……分かった。ならこれ以上は聞かない」(くっ…! き、気になる…! 私の知る旋焚玖は聞いてない事までペラペラ包み隠さず話す男だ。それだけに余計に気になってしまう! だがしつこく聞いて嫌われるのはヤダ)
な、何か鬼気迫るモンがあったが……どうやら乗り越えられたようだ。正直、そこまで気になられるとは思ってなかったから焦ったぁ…。
しかし篠ノ乃は何でそこまでグイグイきたんかね。アレかな、変態の気配でも察知したとか? 質実剛健な奴だし、そういうのにうるさそうだしなぁ。
「じゃあじゃあ~、違うあだ名を~……むむむ~、思いつかないよ~」
布仏が、ぬわーんってな感じで揺れている。
主車旋焚玖だもんな。あんまりあだ名を付けやすい名前ではないと自分でも思う。
【布仏のかわりに篠ノ乃に決めてもらう】
【布仏のかわりにオルコットに決めてもらう】
「オルコット」
「な、なんですの? わたくしは今、次の授業の予習で忙しいのですが」
嘘だゾ。
お前さっきしゃべってる俺らのことチラチラ見てただろ。予習で忙しいなら、どうして見る必要なんかあるんですか? ないよなぁ? 当たり前だよなぁ?
ボッチ道を進む必要など無し!
お前もおしゃべりしようぜ!
「俺のあだ名を決めてくれ」
「は、はぁ!? どうしてわたくしがそのような事を!」(き、昨日からこの人の積極性は一体なんなんですの!? どうしてわたくしに声を掛けてきますの!? そんな気軽に話すような仲でもありませんわよね!? むしろ昨日の流れからして、わたくし達は険悪な仲になっている筈ではありませんの!?)
何となくなんだよなぁ。
別に嫌なら断ってくれてもいいけどね。話し掛けるなって言われたら俺は話し掛けないし、オルコットがホントに予習に集中したいって言うなら、それ以上は言わんよ。
【挑発してその気にさせてやる】
【だだをこねて甘える】
【上】一択だコラァッ!!
俺を甘えん坊キャラにしようとしても無駄だぜ! 俺が甘えんのは乱ママだけなんだよ!
「おやおや、イギリスの代表候補性様はあだ名も付けられないと申すか」
「な、なんですって…?」
うわ、明らかに頬がピクったぞ。
オルコットさん……もしや煽り耐性0説ですか? この時点でもう濃厚レベルに入っていると思うんですが。
一応、もうひと押ししてみよう。
「ああ、いや忘れてくれ。どうやら荷が重かったらしい」
「なぁッ…! わ、わたくしにはあだ名を付ける能力が無いと仰りますの!?」
オルコット煽り耐性0説確定。
「まぁまぁ、予習の続きに勤しんでくれよ」
「このセシリア・オルコットに! 入試主席のわたくしに! 予習など不要に決まっていますでしょうッ!! いいですわ、あだ名を付けて差し上げますわ!」
予習の必要がないとな。
つまり、そこから導き出される答えは?
「……1人ぼっちは寂しいもん「お、お黙りなさいなぁぁぁぁッ!!」失言だったな、すまん…」
「い、いえ……わたくしも大声を出して申し訳ありません」(くっ…! 真面目に謝罪されると対応に困りますわ…! 主車旋焚玖……やはり厄介な男ですわ!)
つい心の声が漏れてしまった。
いかんいかん、そういうのは心の中だけで留めておかないと。それが処世術の1つだ。
「で、俺のあだ名で何か良いモンはあるか?」
「……そうですわね、出来れば数日時間を頂きたいのですが」
真面目か!
「そんな本格的じゃなくていいよ~」
「そうだな、こういうのは思い付きで良いと思うぞ」(私なら旋焚玖に何て付けるだろうか……むぅ……案外難しいかもしれん)
ま、篠ノ乃の言う通りだろう。
あだ名ってのは変に吟味するモンじゃないと思う。
「主車旋焚玖……ふむ…………『チョイス』というのは如何でしょう?」
お前それ『選択』じゃねぇか!
「いやいや、オルコットさん。流石にそれで呼ばれるのは抵抗あるっていうか…」
チョイス~、おーいチョイス~とか呼ばれんの?
普通に嫌なんだけど。
「ふんふむ……チョイス…ちょいす……ちょいす~…? よし! 今日から『ちょいす~』って呼ぶよ~!」
ま、マジか…?
オルコットの言葉にティンときたのか、布仏も満面の笑みでバンザーイってるし決まってしまったっぽいのか? ひらがな読みでも結構キツいんだけど。
「ふふん。光栄に思う事ですわ。わたくしにあだ名を付けられる栄誉を!」
「あ、うん…………うん……」
お前もなに満足気な顔してんだよ。
優雅にやったった感出してんじゃねぇぞ、全然イケてねぇんだからな? これから俺は布仏に『ちょいす~』って呼ばれる宿命を背負わされたんだからな? お前のせいで背負わされたんだからな。
分かってんのか、おう?
おうコラ。
「しののんは何か思いついた~?」
そ、そうだ!
まだワンチャン残ってるじゃないか! 篠ノ之がナイスなあだ名さえ言ってくれりゃいいんだ! 琴線に触れるあだ名を、いっちょ頼むぜい!
「そ、そうだな……センタック…というのはどうだろう?」
「おぉ~、それもいいね~」
「ふむ……中々ですわね」
「……………………」
コイツらの感性やべぇ。
嫌な予感がする俺は、とりあえず『センタック』で画像検索…………お風呂ポンプと給油ポンプがヒットしました。
「俺の事は『ちょいす~』と呼んでくれ!」
「ほーい」
「ふふふん。流石はわたくしですわ」
そんな事はない。
「むぅ……」
そう頬を膨らませてくれるな篠ノ之よ。後でちゃんとポンプな画像見せてやるから。それで俺の気持ちも分かってくれい。
「しののん、ちょいす~、で、あとは……」
布仏がオルコットを見る。
まだコイツのあだ名が決まってなかったか。もうウンコとかでいいんじゃね。
【ウンコ】
【ウンコはイカンでしょ。せめてうんちで】
真に受けてんじゃねぇよバカ!
そういう気遣い要らねぇよバカ! なにが【せめて】だ! それならもっと違うヤツ出せよ! なにちょっとフォローしてやった感出してんの!? お前のアホな気遣い全然意味ねぇからな!
「うんち」
「はぁぁぁッ!? い、今なんと仰いました!? あ、あ、あなた、このわたくしに向かって何てコトを言いましたの!?」
「ただの便所宣言だゴルァッ!! 生理現象だオラァッ!!」
「ぴゃっ!? そ、それならさっさとお行きなさいな!! レディに聞こえる様に言うなんて下品にも程がありますわ!」
ごもっとも!
だが、うんち呼ばわりされるよりゃマシだろがい!
「一夏ァッ!!」
「な、なんだ!?」
一夏の周りを囲んでいた女子連中がビクッとなる。
知るか!
散れオラ!
「連れション行くぞゴラァッ!!」
「お、おうよ!」(た、助かったぜ! 何でもかんでも聞いてこられて困ってたんだ、サンキュー旋焚玖!)
入学2日目。
旋焚玖は今日も逞しく生きている。
話が進まないんだよなぁ、選択肢のせいでよぉ!