選択肢に抗えない   作:さいしん

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命名者は・・・というお話。




第38話 あだ名

 

 

 

 入学式から夜も明け、今日は2日目だ。

 心なしか昨日よりかは、クラスの俺に対する視線も少しは和らいでいる様な気がする。しかしなんだな、俺は俺で昨日より気を緩めているせいか、改めて教室内の空気感ってヤツを身に受けている状態だ。

 

 なんていうかね、教室全体がね、とってもいい匂いなの。なんかね、全体的に甘いの。誰だよ女子校は香水プンプンで臭いとか言った奴。いい香りしかしねぇよ、ひゃっほぅ! IS学園に来て初めての良い事である! ここ1ヶ月はムサい野郎に囲まれてたからなぁ……その分、癒され効果も倍率ドンだぜ、むひひ。

 

 とか何とか思ってたら、1時間目の授業が終わりました。まぁ授業内容を要約すると、ISはブラジャーなんだってさ。なんか山田先生がそう言ってました。うん、やっぱりあの人は乳メガネでいいかなぁって思いました。

 

 そんでもって、変わったのは俺への視線だけじゃなかった。

 

「ねえねえ、織斑くん!」

 

「はいはーい、しつもんしつもーん!」

 

「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」

 

 授業が終わるやいなや、クラスの大半の女子生徒が一夏の席へと詰めかける。なんか我先にって感じだ。昨日の入学式と同じ学園寮での生活を経た結果ってヤツか。きっと昨日みんな(オルコットを除く)が大人しかったのは、様子見だったんだろう。

 

「いや、一斉に聞かれても分かんないって!」

 

 フッ……まだまだ甘いな一夏よ。

 俺なら余裕で聞き分けられるぜ? 

 

 アレくらいの人数から一斉に声を掛けられて、正確に判別出来るのは歴史上でも俺か聖徳太子かってな。ハハハ、どうだ? 俺は凄いだろう? 誰も俺ンとこには寄ってこないけど、俺は聖徳太子並みにスゲェ男なんだぜ?(守られるメンタル)

 

「…………………」

 

 俺もあんな風に声掛けられてみたいなぁ……。

 なんてな。こうなる事は入学する前から分かってたし、今の教室には俺以外にもボッチが居るもんね! 

 うへへ、前の篠ノ之もボッチなう! 後ろのオルコットもボッチなう! 真ん中の俺はボッチッチ! もうアレだな、3人でボッチ同盟組むのも良いな!

 

 休み時間は15分もある。一夏が女子達に捕まっている以上、ずっと無言で居るのも暇を持て余してしょーがない。俺も篠ノ之かオルコットに声を掛けてみようか?

 

「旋ちゃん、旋ちゃん」

 

「……む」

 

 そう呼んでトテトテ俺の方にやって来たのは、昨日俺が絡んだ苗字が難しい不良だった。さっき授業の前に自己紹介で名乗ってたな。のほとけほんね、だったか。布仏でのほとけって読むらしい。

 

「えへー、しののんも一緒におしゃべりしようよ~」

 

 しののん?

 ああ、もしかして篠ノ之の事か?

 

「う、うむ」(や、やった…! これで旋焚玖とも自然に話せるぞ!)

 

「篠ノ之の知り合いか?」

 

「ああ、寮の部屋が同じなんだ。本音はあだ名を付けるのが趣味なんだとか」(『しののん』というのは少しアレな気がするが、あだ名で呼んでくれる友達が出来たのは素直に嬉しかったりする)

 

 なるほど。

 だから俺の事も『旋ちゃん』ってか。

 

「そうなのだ~。これからは旋ちゃんって呼んでもい~い?」

 

 

【いいよ】

【だめだい】

 

 

 いや、別にいいんだけどね。

 だた何となく、選択肢が出てくるのも分かると言えば分かる。既に俺を旋ちゃんって呼ぶ子がいるし。別にかぶっても良いんだけど……なんか違うんだよなぁ。

 

「だめだい」

 

 深い意味はないけどね。

 何となくよ、何となく。

 

「ふぇ~? ダメなの? どぉしてどぉして~?」

 

 

【俺をそう呼んでいいのは世界でたった1人だけだ】

【旋ちゃん呼びは乱ママだけのモンなんだい!】

 

 

 深い意味はねぇツっただろが!

 そこまで特別感持ってねぇよ!

 

 【上】は無駄に意味深だし【下】なんてマザコンじゃねぇか! 絶対にツっこまれるって! 乱ママって誰?って聞かれるって! 言えないって! デュフフ、年下の女の子ぉ…とか開き直れるメンタル持ってねぇから!

 

「……俺をそう呼んでいいのは世界でたった1人だけだ」

 

 誰かは聞かないでね。

 

「ほうほーう、もう誰かが『旋ちゃん』って呼んでるんだね~」

 

「まぁな」

 

 誰かは聞かないでね!(念押し)

 

「……ちなみに誰から呼ばれているんだ?」(少なくとも私は聞いたことがない。私の記憶が正しければ、コイツの両親も旋焚玖と呼んでいた筈だ。気になる……旋ちゃんだと? とても仲が良さそうじゃないか!)

 

 聞かれちゃった。

 でも言いたくないでござる。

 名前を言うのは簡単だ。「乱って子に呼ばれている」とだけ言えばいい。ただ、次に繋がるのは高確率で「乱ってどんな子?」的な内容に広がっていくだろう。そうなればアホの【選択肢】が、高確率でアホな【選択肢】を捻出してくるに決まっている。

 

「……秘密だ」

 

「む……」

 

 言ったら、年下の女の子をママ呼びしてる変態だってのがバレちゃうよぉ! 入学2日目でそれは普通に嫌じゃい! 絶対に教えぬぅ!

 

「秘密なのか?」(どうして隠す必要があると言うのだ! そんな秘匿案件でもあるまい!?)

 

「秘密だ」

 

「どうしてだ?」

 

 な、なんだよ、どうしてそんなに食いついてくんだよぅ。

 

「どうしてもだ」

 

「むぅ……分かった。ならこれ以上は聞かない」(くっ…! き、気になる…! 私の知る旋焚玖は聞いてない事までペラペラ包み隠さず話す男だ。それだけに余計に気になってしまう! だがしつこく聞いて嫌われるのはヤダ)

 

 な、何か鬼気迫るモンがあったが……どうやら乗り越えられたようだ。正直、そこまで気になられるとは思ってなかったから焦ったぁ…。

 しかし篠ノ乃は何でそこまでグイグイきたんかね。アレかな、変態の気配でも察知したとか? 質実剛健な奴だし、そういうのにうるさそうだしなぁ。

 

「じゃあじゃあ~、違うあだ名を~……むむむ~、思いつかないよ~」

 

 布仏が、ぬわーんってな感じで揺れている。

 主車旋焚玖だもんな。あんまりあだ名を付けやすい名前ではないと自分でも思う。

 

 

【布仏のかわりに篠ノ乃に決めてもらう】

【布仏のかわりにオルコットに決めてもらう】

 

 

「オルコット」

 

「な、なんですの? わたくしは今、次の授業の予習で忙しいのですが」

 

 嘘だゾ。

 お前さっきしゃべってる俺らのことチラチラ見てただろ。予習で忙しいなら、どうして見る必要なんかあるんですか? ないよなぁ? 当たり前だよなぁ? 

 

 ボッチ道を進む必要など無し!

 お前もおしゃべりしようぜ!

 

「俺のあだ名を決めてくれ」

 

「は、はぁ!? どうしてわたくしがそのような事を!」(き、昨日からこの人の積極性は一体なんなんですの!? どうしてわたくしに声を掛けてきますの!? そんな気軽に話すような仲でもありませんわよね!? むしろ昨日の流れからして、わたくし達は険悪な仲になっている筈ではありませんの!?)

 

 何となくなんだよなぁ。

 別に嫌なら断ってくれてもいいけどね。話し掛けるなって言われたら俺は話し掛けないし、オルコットがホントに予習に集中したいって言うなら、それ以上は言わんよ。

 

 

【挑発してその気にさせてやる】

【だだをこねて甘える】

 

 

 【上】一択だコラァッ!!

 俺を甘えん坊キャラにしようとしても無駄だぜ! 俺が甘えんのは乱ママだけなんだよ!

 

「おやおや、イギリスの代表候補性様はあだ名も付けられないと申すか」

 

「な、なんですって…?」

 

 うわ、明らかに頬がピクったぞ。

 オルコットさん……もしや煽り耐性0説ですか? この時点でもう濃厚レベルに入っていると思うんですが。

 

 一応、もうひと押ししてみよう。

 

「ああ、いや忘れてくれ。どうやら荷が重かったらしい」

 

「なぁッ…! わ、わたくしにはあだ名を付ける能力が無いと仰りますの!?」

 

 オルコット煽り耐性0説確定。

 

「まぁまぁ、予習の続きに勤しんでくれよ」

 

「このセシリア・オルコットに! 入試主席のわたくしに! 予習など不要に決まっていますでしょうッ!! いいですわ、あだ名を付けて差し上げますわ!」

 

 予習の必要がないとな。

 つまり、そこから導き出される答えは?

 

「……1人ぼっちは寂しいもん「お、お黙りなさいなぁぁぁぁッ!!」失言だったな、すまん…」

 

「い、いえ……わたくしも大声を出して申し訳ありません」(くっ…! 真面目に謝罪されると対応に困りますわ…! 主車旋焚玖……やはり厄介な男ですわ!)

 

 つい心の声が漏れてしまった。

 いかんいかん、そういうのは心の中だけで留めておかないと。それが処世術の1つだ。

 

「で、俺のあだ名で何か良いモンはあるか?」

 

「……そうですわね、出来れば数日時間を頂きたいのですが」

 

 真面目か!

 

「そんな本格的じゃなくていいよ~」

 

「そうだな、こういうのは思い付きで良いと思うぞ」(私なら旋焚玖に何て付けるだろうか……むぅ……案外難しいかもしれん)

 

 ま、篠ノ乃の言う通りだろう。

 あだ名ってのは変に吟味するモンじゃないと思う。

 

「主車旋焚玖……ふむ…………『チョイス』というのは如何でしょう?」

 

 お前それ『選択』じゃねぇか!

 

「いやいや、オルコットさん。流石にそれで呼ばれるのは抵抗あるっていうか…」

 

 チョイス~、おーいチョイス~とか呼ばれんの?

 普通に嫌なんだけど。

 

「ふんふむ……チョイス…ちょいす……ちょいす~…? よし! 今日から『ちょいす~』って呼ぶよ~!」

 

 ま、マジか…?

 オルコットの言葉にティンときたのか、布仏も満面の笑みでバンザーイってるし決まってしまったっぽいのか? ひらがな読みでも結構キツいんだけど。

 

「ふふん。光栄に思う事ですわ。わたくしにあだ名を付けられる栄誉を!」

 

「あ、うん…………うん……」

 

 お前もなに満足気な顔してんだよ。

 優雅にやったった感出してんじゃねぇぞ、全然イケてねぇんだからな? これから俺は布仏に『ちょいす~』って呼ばれる宿命を背負わされたんだからな? お前のせいで背負わされたんだからな。

 

 分かってんのか、おう? 

 おうコラ。

 

「しののんは何か思いついた~?」

 

 そ、そうだ!

 まだワンチャン残ってるじゃないか! 篠ノ之がナイスなあだ名さえ言ってくれりゃいいんだ! 琴線に触れるあだ名を、いっちょ頼むぜい!

 

「そ、そうだな……センタック…というのはどうだろう?」

 

「おぉ~、それもいいね~」

 

「ふむ……中々ですわね」

 

「……………………」

 

 コイツらの感性やべぇ。

 嫌な予感がする俺は、とりあえず『センタック』で画像検索…………お風呂ポンプと給油ポンプがヒットしました。

 

「俺の事は『ちょいす~』と呼んでくれ!」

 

「ほーい」

 

「ふふふん。流石はわたくしですわ」

 

 そんな事はない。

 

「むぅ……」

 

 そう頬を膨らませてくれるな篠ノ之よ。後でちゃんとポンプな画像見せてやるから。それで俺の気持ちも分かってくれい。

 

「しののん、ちょいす~、で、あとは……」

 

 布仏がオルコットを見る。

 まだコイツのあだ名が決まってなかったか。もうウンコとかでいいんじゃね。

 

 

【ウンコ】

【ウンコはイカンでしょ。せめてうんちで】

 

 

 真に受けてんじゃねぇよバカ!

 そういう気遣い要らねぇよバカ! なにが【せめて】だ! それならもっと違うヤツ出せよ! なにちょっとフォローしてやった感出してんの!? お前のアホな気遣い全然意味ねぇからな! 

 

「うんち」

 

「はぁぁぁッ!? い、今なんと仰いました!? あ、あ、あなた、このわたくしに向かって何てコトを言いましたの!?」

 

「ただの便所宣言だゴルァッ!! 生理現象だオラァッ!!」

 

「ぴゃっ!? そ、それならさっさとお行きなさいな!! レディに聞こえる様に言うなんて下品にも程がありますわ!」

 

 ごもっとも!

 だが、うんち呼ばわりされるよりゃマシだろがい!

 

「一夏ァッ!!」

 

「な、なんだ!?」

 

 一夏の周りを囲んでいた女子連中がビクッとなる。

 知るか! 

 散れオラ!

 

「連れション行くぞゴラァッ!!」

 

「お、おうよ!」(た、助かったぜ! 何でもかんでも聞いてこられて困ってたんだ、サンキュー旋焚玖!)

 

 

 入学2日目。

 旋焚玖は今日も逞しく生きている。

 

 





話が進まないんだよなぁ、選択肢のせいでよぉ!


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