選択肢に抗えない   作:さいしん

4 / 158

旋焚玖は全力で考える、というお話




第4話 見透かしてねぇよ、ねぇ

 

 

【へぇ、お前の姉ちゃん弱そうだな!】

【へぇ、お前の姉ちゃんブサイクだな!】

 

 

 ふざけんなよ、マジで。

 なんだこのケンカ上等な選択肢は!? 相手初対面だぞ、オイ! いつもみたいな小学生相手じゃねぇんだぞ、マジで!

 

 学校でもトンデモ選択肢はこれまで何度もあった。旋焚玖がそれを今まで乗り越えてこられたのは、相手が小学生しかも低学年だったからだ。幼子を下に見るつもりは決してないが、アホな選択肢でも『勢い』と小学生じゃ分からない『難解な言葉』を駆使する事で、これまで凌いできたのだ。

 

 しかし、今回ばかりは違う。

 

……相手、高校生じゃん。その場のノリと勢いだけじゃ誤魔化せないじゃん。どうすんの、俺……どっち選んでも無礼なクソガキ確定じゃん。

 

 だがそれでも、どっちか選ばないとずっとこのままだ。時の止まった世界で、自分も動けないまま、意識だけが途切れず続く拷問世界に浸っていなければならない。

 

 前者を選ぶか、後者を選ぶか。

 剣術だか剣道だかの全国大会優勝者を弱いと蔑むか、どう見ても顔の偏差値トップ大学レベルな女性に不細工だと蔑むのか。

 

 結局、どっちも蔑むじゃないか……クソったれぇ(諦めの境地)

 

 

「へぇ……お前の姉ちゃん、不細工だな」

 

 

 悩んだ挙句、後者の選択肢を選んだ。理由などない。どれだけ考えても弁解出来るビジョンが浮かばなかったんだ。どっちを選んでも無礼者が確定するんだし、もうどうでもいいかなって……ああ、お姉さんが目を大きく見開いていらっしゃる。

 

 そりゃそうだ。

 連れてきた友達が開口一発目でブスときたら、唖然とするに決まっている。俺なんかもう、普通に泣きそう。一夏の姉ちゃんに対する罪悪感と、自分への理不尽な境遇で涙が出ちゃう。

 

「なッ!? お、お前! 千冬姉に何て事を―――」

 

 一夏が俺に掴みかかってくる。

 ああ、そりゃそうだ。自分の姉を悪く言われて怒らない弟なんていないよな。もう完全に詰みじゃね? 一夏との友情も終わったっぽくね? 

 

 しかし、意外にも俺は殴られなかった。

 一夏の姉ちゃんが止めたんだ。

 

「私が不細工だと?」

 

「……ッ!」

 

 言葉の淵に怒りは感じられない。

 かと言って、「何をバカな事を」と呆れられている感じもしない。

 

 彼女の言葉に含まれた感情を読み取れ、旋焚玖よ…!

 この世界に生まれてから今まで、ずっと人の眼、人の心を気にし続けてきたのは何の為だ…!

 

 

 この時の為だッ…!(無茶な選択肢から身を守る為)

 

 

 

「ああ、カッコ悪いなアンタ」

 

「お前ぇ!」

 

 やめて一夏くん! 

 拳を振り上げないで!

 

「黙ってろと言ったぞ、一夏!」

 

 よーしよしよしよし!

 ここまで言ったのに、また止めてくれた…って事は…つまり……?

 

「で、そこまで私を悪く言うには理由があるのだろう?」

 

 うッ……しゃぁッ!! オラァッ!!

 やっぱり何か勘違いしてくれてらっしゃる!! ここは乗るしかない、この流れに!

 

「その不細工な殺気が、だ」

 

「……!」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 驚いている、明らかに驚いてるぞ!

 

 殺気?

 んなモン感じられるワケねぇだろ!

 

 たまたま帰りの途中で、一夏から軽く家庭の事情を聞いていたのが功を奏した。聞いていて楽しい気分にはならない話だったが。

 

 一夏達は両親に捨てられたんだと。

 一夏が小学生に上がる前の事だったらしく、親の顔すら覚えてないから自分は悲しくはないと。ただ、そのせいで一夏の姉ちゃんが辛そうで、日常でもピリピリした雰囲気を纏う事が多くなったと。

 

「アンタの事情は知らん。だが、これまでさぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたんだろ?」

 

 そりゃそうだ。

 子供にはまだ難しい話だが、身寄りの無い学生が生きるとなると、苦労する事だらけだ。これまでこの姉ちゃんは、そんなモン達からずっと独りで一夏を守ってきたんだろう。

 

 全国大会で優勝したのも、もしかしたら周りの弊害から一夏を守る一心から付いてきた結果なのかもしれないな。あくまで勝手な俺の憶測だけど。

 

 よく考えてみれば、そんな人に【弱い】なんか禁句中の禁句じゃねぇか! え、選ばなくて良かったぁ……運も味方してるぜ、オイ!

 

 運も流れもきている、後は畳み掛けるだけだ!

 

「だがその相手は……アンタ自身が仕立てあげた敵だろう?」

 

「なんだと…?」

 

 うん、何だろ。

 自分でも何言ってるかよく分かんない。けど、それっぽい事は言えてると思う。達人は達人を知る…的な感じでいくのだ!

 

「アンタ自身の殺気が出会う者全てを敵にする。それに勝っても強いと言えんのか? 一夏が言ってたぞ? アンタは触れたら切れるナイフのように怖いって」

 

「……ッ、それ、は……」

 

 正確には『切れたナイフ』って言ってたけどな。それじゃ某芸人を思い出すから、この状況ではNGだ。……っとと、アホな事思ってる間に、どうやら佳境に入ったようだ。

 

 あとはこのまま流れに任せて「なら私はどうすれば…! どうすれば良いというのだ!?」へぁ?

 

 ちょっ……調子こいたぁぁぁッ!

 Yes or Noの疑問じゃねぇ、What的な疑問できやがったぁぁぁッ!

 

 やべぇよ、やべぇよ、どうすれば良いって聞かれてもどうすれば良いんだ!? えぇい、ちょっと俺が調子に乗ったらすーぐコレだ! 

 

 と、とにかく俺は既に無条件降伏している意を示すしかない!(錯乱)

 

 

「俺は一夏の友達だ。それは何があっても変わらない」

 

 

………ど、どうだ…?

 

 

「……ッ、あ、ああ、あぁぁ…!」

 

 

 この反応は……やったぜ。

 俺は成し遂げたんだ。

 

 俺の平穏は今日も守られたんだ。なんかやたらこの人から見られてる気がするけど……うん、気のせいだ、うん。一夏とゲームしてる時も、ぷち休憩してた時も、トイレを借りようとした時も視線を感じたけど気のせいに違いないんだ。 

 

 

.

...

......

 

 

「ふぅ……それじゃあ、そろそろ帰るわ」

 

「おっ、そうか?」

 

 ゲームをするなんて久々だったが、途中から自分の精神年齢も忘れるほど楽しんでしまったな。

 

「『無双OROCHI3』か……またやりたいな」

 

「ならまた来い。なぁ、一夏」

 

「えっ、あ、ハイ」

 

 う、後ろに居たのか……え、いや、なんか距離近くない? 後ろっていうか背後やんけ。いや言わないけどさ。言ったら確実に面倒な事になりそうだもん。

 

「おお、そりゃいいな! んじゃ今度はこの続きからしような!」

 

「おっ、そうだな」

 

 一夏の笑顔が眩しいぜ。

 でも、そんな一夏のスマイルが霞むほど、今の俺は変なプレッシャーを感じてるんだぜ。今はただ、早くおウチに帰りたいぜ。

 

「おい」

 

「な、なんでしょう…?」

 

「いや、私が通っている道場があるんだが……まぁ、一夏も最近通いだしてな」

 

 え、なに急に。

 話題振るの下手すぎだろこの姉ちゃん。いや、言わんけど。

 

「剣術をメインで教えてくれる道場でな……まぁ何だ。良かったらお前もどうだ? 武道は心身を成長させてくれるしな」

 

 ちょっと何言ってるか分かんない。葡萄にそんな効果ねぇよ、あったらみんな食ってるわ。

 

「おっ、そりゃいいな! 旋焚玖も来いよ!」

 

 行く訳ねぇだろバカ! 汗水垂らしてしんどい思いすんのは、前世でお腹いっぱいなんだよバカ! 分かったかバカ! バカアホ一夏!

 

「ふふ、お前も男なら少なからず興味はあるだろう?」

 

 ある訳ねぇだろアホ! アホ女! 何を知った風な事言ってやがるケツの青い小娘が! お前さっき泣いてた事日記帳に書いてやるからな! なぁぁ~にが悲しくてビシバシ竹刀で叩かれにゃならんのかて! 俺はこの世界じゃ植物のように慎ましく平穏な……―――あ、ちょちょちょ、待ってくれ! 

 

 俺の意志とは無関係に景色がモノクロに変わりゆく。

 この状況でさらに【選択】の刻までくるのですか…?

 

 

 

【ありますねぇ!】

【ありますあります!】

 

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 ここで【強制イベント】かよぉぉぉッ!!

 

 

 ※【強制イベント】……それは言葉が違うだけで、内容は全く同じという、まるで選択する意味を成さないモノであり、稀によくある事だったりする。これを旋焚玖は【強制イベント】と呼び、忌み嫌っている。

 

 

「ありますねぇ!」

 

 

 旋焚玖の平穏はまだ遠い。

 

 





千冬姉からの好感度超上昇。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。