選択肢に抗えない   作:さいしん

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箒さん勘違う、というお話。





第5話 私が見誤っていた男

 

 

「今日、アイツが来るのか」

 

 道場で一稽古を終えた私は、タオルで汗を拭いながら少し休憩に入る。

 

「主車旋焚玖……フン、私には関係ない」

 

 学校で何か騒がしい事が起こると、決まってその発端はコイツだ。クラスのムードメーカー的な存在だと言えば、確かに聞こえはいい。

 

 実際、主車はクラスの皆と分け隔てなく接しているし、一夏も主車の事を一緒に居て楽しい奴だと言って、最近はよく遊んでいるようだ。そのたびに私も一夏から誘われるのだが、ずっと断っている。

 

 私は主車があまり好きではない。

 

 普段は物静かで大人しいのに、急に訳の分からない事を言ってきたりするところが特に苦手だ。一夏の奴はそれが面白いと笑うが、私は揶揄われている気がして、正直笑えない。変な事を言ってきたと思ったら、学校では習っていない私達には難しい言葉も使いだしてくる。その行為がまるで主車から見下されているように感じてしまうんだ。

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは」

 

 だから、関係ない。

 コイツがここの道場へ来ようが、私には関係ない。私は入口で靴を脱ぐ一夏達を視界に入れないよう、稽古を再開するのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「なぁ、篠ノ之」

 

「……なんだ」

 

 主車が声を掛けてきた。

 無視する訳にもいかず、返事をする。ただ、どうしても気持ちが先行して、ぶっきらぼうな形で返してしまう。出来れば私に構わないでほしいのだが……。

 

「俺と1つ、手合わせをしないか?」

 

「なんだと?」

 

 コイツは一夏と隅っこで、基本の型稽古を習ってたんじゃないのか? そんなに早く終わるような内容でもない筈だぞ。

 

 私はコイツに指導していた千冬さんを見てみる。

 

「……(コクッ)」

 

「む……」

 

 頷くって事は、どうやら千冬さんもOKを出したようだ。もしやコイツ、初心者じゃないのか……? 確かに普段の言動からして、只者ではない気はしていたが……そういう事ならやってやろうじゃないか。

 

「両者、構えッ!」

 

 千冬さんの号で私と主車が竹刀を構える。

……ふむ、構えは中々堂に入っているな。どちらにせよ、手を抜くつもりはない。本気でいかせてもらう…!

 

「始めッ!」

 

 小細工は好かん。

 真正面から最短最速でいくッ! 防げるものなら防いでみろッ!

 

「……面ッ!!」

 

「へぶぅッ!!」

 

「え?」

 

 当たった。

 素っ頓狂な声が出てしまうほど、それはそれは簡単に。

 

「お、おいっ、旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 膝を突いて頭を摩っている、めちゃくちゃ高速で摩っている主車に一夏が駆け寄る。え、えぇ……あ、千冬さんが驚いた顔してる。え、ホントに大丈夫なのか?

 

「……もう1本だ」

 

 立ち上がった主車は静かにそう言った。

 むぅ……気でも抜いていたのか…?

 

 まぁいい。

 私のやる事は変わらん。

 コイツな何を思っていようが、全力でやってやる。

 

 再び千冬さんの号で私は地を蹴った。

 

「胴―――ッ!!」

 

「ぐへぁッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

 膝を突いて脇腹を摩りまくっている主車に駆け寄る一夏。いや、ちょっと……えぇ~…? 千冬さんは……どうして無言なのだろうか……。

 

「……もう1本だ」

 

「む……」

 

 

.

...

......

 

 

「……小手ッ!!」

 

「いでぇッ!!」

 

 い、痛いって言ったぞコイツ。

 というかもう何回目だ? もういいんじゃないか…? 今まで全部一合で済んでたから、そんなに負担はないが、それでも流石に疲れてきたぞ……。

 

「……ふむ、もう十分だろ旋焚玖」

 

「はいッ!! もう十分ですッ!!」

 

「うわビックリした!? めちゃくちゃ元気じゃねぇかお前!」

 

 私も驚いた。

 あんなに何度も私に竹刀でヤラれたのに、何故ここまで笑顔で居られるんだ。一夏だって私と初めて手合わせした時は、目に見えて悔しがっていたのに。男の癖にプライドがないのか…!

 

「よし、では少し休憩して……そうだな、竹刀の素振りから始めようか」

 

 千冬が旋焚玖に素振り稽古の仕方を教える。

 前に進んで一振り、後ろに下がりながら一振り。この二振りを篠ノ之道場では1本として数えている。

 

「……という感じだ、分かったな?」

 

「千冬姉、俺も一緒にするんだよな?」

 

「ああ。だが旋焚玖はただでさえあれだけ試合をしたし、そもそも今日は初日なんだ。これを100本して今日は上がろう」

 

「……1000本の間違いだろ、千冬さん」

 

 主車の言い方は、まるでその場から離れようとしていた私の耳へ、わざと届かせるような……挑発めいた物言いだった。

 

 これだから私はコイツの事が好きになれん。素人が1000本も出来る筈がないんだ。出来もしない嘘を平気で吐く奴は嫌いだ。

 

「ほう…!」

 

 いやだから……どうして千冬さんは、そんなに嬉しそうなんですか!? いつものしかめっ面は何処へやったんです!? 怖いから言わないけど!

 

「なら1000本してみせろ。一夏はどうする?」

 

「よ、よぉし…! 旋焚玖がするなら俺もやってやるぜ!」 

 

「言ったな一夏!? 絶対だからな! 最後まで一緒だからな!? なっ、なっ!」

 

「お、おう? 何か急に必死になったな」

 

「フッ……はしゃぎおって」 

 

「……ふん」

 

 私はとても嬉しそうに頷く千冬さんをスルーし、その場から離れる。

 

 どうせすぐに音を上げるに決まっている。その時こそコイツに言ってやる。剣術をナメるなって。遊び感覚でやるのなら、もう此処へ来るなって引導を渡してやる…!

 

 

.

...

......

 

 

「だあぁぁぁッ! もうダメだっ、腕が痛ぇッ!」

 

 どうやら500を超えたところで一夏がギブアップしたらしい。私はアイツらから背を向けてずっと稽古をしていたので、見てはいなかった。だが、一夏が一本一本声に出しながら振っていたので何となくは把握できていた。

 

 主車の声は聞こえてこない。

 フン、やっぱりだ。どうせもう音を上げ……ッ!

 

「……!……!……!……!」

 

 隣りでゼヒゼヒ息をしている一夏には目もくれず、黙々と……いや、一心不乱に竹刀を振っている、だと…!? そんなバカな…! アイツは初心者じゃないのか!? 私だって初めての素振り稽古じゃ、あそこまで続かなかったのに…!

 

 自分の稽古を止めて、主車が行っている素振り稽古を見つめる。お世辞にもキレがあるとは言いにくいし、どちらかと言えば不格好な素振りだ。

 

「旋焚玖が気になるのか、篠ノ之」

 

「ッ……べ、別に…」

 

 それまで主車の様子を見ていた千冬さんが、不意に声を掛けてきた。

 

「フッ、まぁいい。アイツと手合わせして、お前はどう思った?」

 

「……弱すぎます。初めて手合わせした一夏の何倍も弱かったです」

 

「ククッ、手厳しいな」

 

 何がおかしいのか、千冬さんはクツクツ喉を鳴らして笑う。この人がこんな楽しそうに笑うなんて初めて見るんだけど、アイツのどこに千冬さんは気を許したんだろう。

 

「千冬さんは違うんですか?」

 

「いいや、同意見だ。実際、剣の才能は無さそうだ」

 

……才能、か。

 嫌いな言葉だ。

 

「で、いつまでお前はアイツを見てるつもりだ?」

 

「ふん、どうせもうすぐ音を上げるに決まってます。それまでは見てやりますよ」

 

「そうか」

 

 千冬さんと並んで、アイツの素振りを見続ける。

 500が600に、600が700に。アイツは無心で竹刀を振り続けている。

 

 そして……800本を迎えたところで異変が起きた。素振りを続けるアイツの表情に、苦悶の色が浮かび上がってきた。

 

「お、おい、旋焚玖…! お前ッ、手から血が出てるぞ!?」

 

「!?」

 

 手の皮が剥けたのか…!?

 いや、それだけじゃない、あの様子じゃマメを潰したな…!

 

「も、もういいだろ! 別にここでヤメたって誰も責めねぇよ!」

 

 痛みを押し殺した顔で、それでも素振りをヤメようとしない主車に、一夏がヤメさせようと詰め寄る。そうだ、止めてやれ一夏! 私もそこまでする姿なんて求めていない!

 

「止めるな一夏ッ!!」

 

「なっ!? 千冬姉!?」

 

「何を言ってるんですか、千冬さん!?」

 

 そんなバカな…!

 遊び感覚でするなとは確かに思ったけど、でもッ……ここまでする事じゃないだろう!?

 

 千冬さんはその場から動かない。

 ただ、静かに主車に問い掛けた。

 

「私達に止めてほしいか? そうなら遠慮せず頷け」

 

「……!……!……!……!」

 

 千冬さんの問い掛けに、主車は頷かなかった。

 本気でコイツは1000本までやるつもりなんだ。

 

「……そうか、なら私は最後まで見てやる」

 

「お、俺も見るぜ旋焚玖! いや、応援するぜ! ガンバレガンバレ旋焚玖!」

 

 千冬さんと一夏の言葉を受け取り、アイツの表情にも俄然気合いが入ったように見えた。私は……。

 

 

.

...

......

 

 

「はぁッ…! はぁっ、はぁッ……!」

 

 素振り稽古を1000本終わらせた途端、ガクッと座り込んだ主車の元に一夏が駆け寄り、その後ろからゆっくりと千冬さんも歩み寄っていく。

 

「すげぇよ旋焚玖! ホントに1000本しちゃったぞ!?」

 

「大した根性を見せてくれる。そんなに手をボロボロにしてまでな」

 

「そ、そうだ! 誰か救急箱を「そこをどけ、一夏。私が手当する」へ……箒…?」

 

 身体が勝手に動いていた。

 主車への労わりの心があった訳じゃない。ただ、どうしてもコイツに聞きたい事があったんだ。

 

「どうしてこんな事をした? 竹刀も持った事のない奴がいきなり1000本も素振りをすれば、こうなるに決まっている…! お前なら分かっていた筈だぞ…!」

 

 そうだ。

 コイツは私や一夏の知らない事を、たくさん知ってる奴なんだ。普段、あれだけ難しい事をペラペラ話すコイツが、手がボロボロになる予想はつきませんでした、などとは言わせない…!

 

「俺は……自分が言った事は最後までしなきゃならないんだ……絶対に……」

 

「……そうか。お前は強いんだな」

 

 千冬さんの言う通り、コイツには才能はないのかもしれない、とても不器用な男だ。だが自分の言った事を最後まで貫き通せる強さを持っている。才能なんて言葉が霞むくらい、心の強さを持つ男だったんだ。

 

「そんな事はない」

 

 謙遜か……私はこの男を見誤っていたんだな。

 

 主車旋焚玖……か。

 

 






次話はこの話の旋焚玖くん視点から始まります。

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