攻めのセシリア守りの旋焚玖、というお話。
ブザーが鳴り響いたと同時に、セシリアは後方へ下がりながらレーザーライフルを顕現させる。構えた先にて立ったまま、その場から動こうとしていないのは当然、【たけし】を纏う旋焚玖である。
「まずは挨拶代わりですわ!」
照準を旋焚玖に合わせ、迷う事なく引き金を引いた。レーザーが光の矢となり、旋焚玖へと一直線に迫る。
熱量を持った光の矢を前にして、旋焚玖の佇まいはまさに泰然自若。落ち着き払った表情から何を考えているのか、セシリアはまるで読めないでいた。
(避けようとしない!? いえ、それ以上にあの表情は…! 織斑さんですら、最初は焦りが見て取れましたのに!)
(きたきたきたきたよぉぉぉぉッ! ホントに始まっちゃったよぉ! 何の躊躇いもなくレーザー撃ってきたよぉ! あらやだ、もう目の前まで来ちゃってますね。レーザーって凄いよねぇ、速いよねぇ)
その場から一歩も動かぬ旋焚玖。
だが、上体は動かぬ事を拒絶。
右手を中段に構えて開手し、掌を上へ。
同じく開いた左手は、右肘の下に添えさせる。
その動きの意図に気付いたのは千冬のみ。
―――掌自ら球を成し、防御完全とす。
「フッ……!」
迫り来るレーザーを旋焚玖は受けの最高峰"廻し受け"で見事打ち払ってみせた。
「んなっ!? う、腕だけで弾いてみせたですって!?」
驚の表情を浮かべるセシリアに対し、それまで無の表情を保っていた旋焚玖の口角が、ここにきて吊り上がった。
「矢でも鉄砲でもレーザーでも持って来いやァ…!」
(廻し受けいけるやん! どうだオラァッ!! あ、そうだ、ダメージは……うわははは! 俺の予想通り微々たるモンで済んでるぜ! あ、でも一応確認しておこう)
「ほれ、もう1発撃ってきな」
「言われずとも…!」(挑発的な物言い…! いいですわ、マグレかどうか確かめさせていただきますわ!)
再び旋焚玖へと放たれるレーザー。
今度は廻し受けの姿勢を取らず、旋焚玖はただ両腕を前で交差させるのみに留めた。そう、何の工夫も無いただの防御姿勢だ。
「ッ……!?」
「むっ…?」(今度は単純にガードしてみせただけ…? それは素人が選びがちな、一番ダメな防ぎ方ですわよ)
打ち払った時とは違い、旋焚玖の両腕に伝わる確かな衝撃。
(うおぉぉッ…! これがレーザーを真正面から受けた衝撃か! 両腕でガードしてもこのインパクトかよ…! 無理やり三戦立ちしてなかったら、防御してようが呆気なく吹っ飛んでたな)
威力の測りも大事だが、今一番知りたいところはそこじゃない。旋焚玖はすぐさまダメージのチェックに入る。その数値を目にした旋焚玖は、小さく拳を握ってみせた。
(やったぜ。思った通りだ。最初もさっきも、レーザーには触れているのにダメージの入りが全然違う。足が動かねぇってンなら捌けばいいってこった!)
「……何やら嬉しそうですわね」(主車さんは何かを試していた…? 一体何を…? いいえ、セシリア! ここで下手に悩んでしまったら、それこそ主車さんの思う壺ですわ! 主車さんが何を企んでいようと、わたくしはわたくしの試合運びを心掛けましょう)
セシリアの背後に浮かび上がる四機のビット。彼女の思うがまま、自在に操れる【ブルー・ティアーズ】最強の十八番の登場だ。
「……もう出してきたか」(早いよ! もうちょっと1本で慣れさせてくれよ! いきなりレーザープラス4とかズルいぞ!)
「織斑さんとの試合を経て、わたくしの内に潜む慢心は消えましたもの!」(これまでわたくしが持っていた、男だから…という固定概念。少なくともアナタと織斑さんに、その気持ちを抱くつもりはもうありませんわ!)
「慢心、環境の違い」
「は?」
「気にするな。しかし、出し惜しみを拒むそのセンス……嫌いじゃない」
「うふふ、武を嗜む主車さんなら、きっとそう仰ってくれると思っていましたわ!」
視線を交わせ、笑みを浮かべる2人。
(好きじゃないし嫌いだよ! もっと出し惜しんでくれよ! こっちは初めての実戦なんだぞ! 検査の時も俺は試合してないんだからな!)
興が乗ってきたのか、セシリアの調子も見るからに上がってきている。その証拠に、セシリアお気に入りの常套句も飛び出してきた。
「さぁ主車さん! 踊りなさいな! わたくし、セシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の奏でる円舞曲で!」
「凄絶にか!?」
「凄絶にですわ!」
華麗に右腕を薙ぎ振るってみせた。
彼女の背後を浮遊していたビット達が命令を受け、旋焚玖へとレーザーを放ちながら迫りゆく。
「きたか…!」
(ひぇぇぇッ! レーザーがいっぱいだよぉ! 1、2、3、4…! 廻し受けで打ち払っちまったら、どうしてもその後に隙が出来る…! オルコットがライフルを撃ってこないのは、その隙を狙っているからか!)
実際、旋焚玖の読みは当たっていた。
単純に攻め手を増やす誘惑には駆られず、相手の動きを読みつつ、狙いを定めて最後は自らで撃ち抜く戦略を立てられるのが、イギリス国にて代表候補生まで登り詰めたセシリアの実力だった。
対する旋焚玖の思考は、即座に廻し受けの選択を消去。
「さぁッ! どう対処してみせますか!」(ビットを相手に先程の豪快な捌き方は命取りですわよ、主車さんッ!)
捌くと弾くは同義。
(強い力はここでは不要。大きく弾くは愚策、小さく軌道を変えるだけでいい…!)
旋焚玖はレーザーの勢いにあえて逆らわず、眼前まで引きつけたソレを横から掌で軽く押してみせた。
軽く押しただけ。
むしろ触れたと称しても良いレベルだった。それなのに、旋焚玖一直線へと趨っていたレーザーは、セシリアの目論見を外し、大きく軌道を逸らされる事となった。
◇
「……なぁ、一夏。主車が何をしたか分かるか?」(軽く……いや、無造作と表現しても良いような。私にはただ手を添えただけにも見えてしまった)
「全然分かんないゾ」
「ブフッ…! オイ、そのアホ顔でこっちを見るな、笑わすな。私は真面目に聞いてるんだ」(今のも篠ノ之流柔術なのか? その割にはまるで武の型には見えなかったが…)
「俺だって真面目だって! でもあんなモン見たら、目が点になるに決まってるだろ!」(俺は篠ノ之流柔術を知らねぇし……千冬姉はどうなんだろ?)
◇
「織斑先生、今のって…」
「ああ、力の作用だな」
旋焚玖のしてみせた事は、武であり武でないモノでもある。旋焚玖は2度目のレーザーを両腕で受けた時、身を以てその強さを体感していた。レーザーの威力を。真っ直ぐ進んでくる力の強さを。
「進む力が大きければ大きいほど、横からの力には弱いですもんねぇ」
「軌道を逸らすくらいであれば、力は要らんしな。しかも対象はISのレーザーときている。だからこそ、あんな軽い振りだけで大きく逸れたんだろう」
大人組の2人は、流石に格が違った。
◇
(避けるでもなく弾くでもなく、僅かに触れて軌道を逸らすですって…!? わたくしの【ブルー・ティアーズ】がそんな方法で防がれるなど初めてですわ! というか、どうして主車さんは無手のままなんですの!? 武器はどうしましたの!?)
せめて声を上げて驚かないのが、セシリアの意地だった。
だが、目は口ほどに物を言うもの。観察眼に長けている旋焚玖は、セシリアが「うせやろ?」的な心情にあるのを見破っていた。
「どうした、オルコット……もう終わりか? まさか怯んだ訳ではあるまい」(撃ってこいオラァッ!! 動けねぇ俺の代わりにお前が展開を作るんだよ!)
【たけし】もとい【打鉄】には近接用ブレード【葵】とアサルトライフル【焔備】が標準装備されているのだが、旋焚玖はこれを使用する事を拒否。というか単純に、武器の出し方が分からないでいた。まどマギばかり観ていた代償である。
故にセシリアのように距離を取られてしまうと、自分からは何も出来ない。故に故に攻撃ではなく口撃するしかなかった。展開のために。
「当たり前ですわ!」(今のはマグレ……? いいえ、希望的観測は即ち油断に繋がる…! 主車さんは狙って防いでみせた! そう考えて臨むのです!)
たったの1度で見極めたりはしない。
セシリアは平常心を保つ事を意識しながら、再びビットに命を下す。すぐさまビット達もセシリアに呼応し、独特の唸りを上げてレーザーが放たれた。
前方から複数のレーザーが旋焚玖を襲う。
「そうだッ! どんどん来い!」(前から集中して放っている今がチャンス…! いや、今しかチャンスはないだろう、今の内にレーザーの軌道に慣れねぇと!)
先程のレーザー4本とタイミングや照準に多少の誤差はあるものの、ほぼ旋焚玖の前方からしか放たれてこない。学習能力の高さも相まって、より余裕を持って軌道を逸らさせる旋焚玖。
「くっ…! やはりマグレではありませんのね…! ですがッ…!」
ビット4機に加えて、セシリアは更に自分の手に持つライフルからもレーザーを放ちに奔る。これで旋焚玖に襲い掛かる光の矢が5本になってしまった。
「だから何じゃい!」(4本が100本になった訳じゃねぇだろ! たかだか1本増えた程度で脅威になる鍛え方してねぇわ!)
撃つ!
撃つ!
撃つ!
逸らす!
逸らす!
逸らす!
「くっ……この短時間で完全に見切られた…!?」(わたくしと【ブルー・ティアーズ】が放ったレーザーが悉く…! 主車さんの身体に届く前に、全て阻まれしまう…!)
もう認めるしかなかった。
セシリアは、目の前で繰り広げられている事実から目を背けず、しっかりと旋焚玖の防衛力の高さを受け止めた。しかし心は折れず。
何故なら、セシリアは旋焚玖の難攻不落っぷりに畏れを感じながらも、同時に……いや、それ以上に憤りを感じていたからである。
(主車さんは試合が始まってから、まだ1歩たりとも動いていませんわ!)
見るからに眉を潜めるセシリア。
確かに彼女が不審がっても仕方ないかもしれない。彼女の目からすれば、ここまで自身の攻撃を見切っておいてなお、対する主車が回避を選択せず腕での軌道逸らしに留まっているのだから。
(軌道を逸らしたとしても、僅かながらにダメージは入っている筈ですわ! それでも避けようとしないとは! なんたる横着! なんたる傲慢ッ!)
最善の手を尽くさないのは、手を抜いていると同じ事。試合う前に全力で闘うと約束したというのに、それがこの現状はどうだ。セシリアは主車に裏切られた気分に駆られていた。
「がんばれ~~~! 旋焚玖~~~!」
『どういうつもりなのか』と旋焚玖を責めようかとしていた矢先、声を張って応援する一夏の姿がセシリアの目に止まった。
(……織斑さんは真摯にわたくしとの試合に臨みましたわね。ふむ……そんな彼やブリュンヒルデの称号を持つ織斑先生から信頼されている主車さんが、あからさまな手加減などするでしょうか…?)
セシリアは自身が激昂しやすい性格である事を自覚していた。元はといえば、この試合も3日前に行われた一夏との試合も、始まりは自分の浅慮な発言からだった。彼女は自身の言動を悔いていたのだ。
反省は出来ても、中々急には直せないのが人の性格である。現に一夏の姿が視界に入るまで、セシリアは旋焚玖に対して沸騰しかけていたのだから。
だが、沸騰する前に水を掛ける事が出来た。このリカバリーの早さこそ、セシリアの成長の証と言えよう。自分の考えをもう一度見直すというのは、簡単なようで案外難しかったりするものだ。
しかし、今のセシリアにはそれが出来る。
故にセシリアは、改めて旋焚玖への思考を再構築していく。
(手を抜くという行為は、真剣に臨んでいる相手を見下し裏切る行為ですわ。本当に主車さんがそのような事を平気でする人でしたら、きっと織斑さん達や篠ノ之さんから総スカンされている筈ですわよね…?)
けれども根拠はない。
確証もない。
それがゆえ結局は、全てただの推測の域を出ず、セシリアは断言出来ないでいる。セシリアは自信を持って言い切れる程、まだ彼らの事を知らないから。10年来の友であるならまだしも、少年達は10日前に初めて出会ったばかりだという事を忘れてはいけない。
(これも希望的観測なのでしょうか……ですが、根拠に乏しいのも事実ですわ…)
自身の考察が煮え切らない事で下唇を噛むセシリアだったが、そんな時ルームメイトの言葉が、あの言葉が記憶から呼び起こされた。
『主車くん、セシリアに惚れてんだよ。間違いないね。むぁーちがいない!』
(そうですわ! 主車さんはわたくしに惚れている説がありましたわ! 主車さんは『身命を賭してこの試合に臨む』と約束しました。そうしないと、わたくしのプンプンが聞けなくなりますからね! 好きな人のプンプンは是が非でも聞きたいもの!……の筈ですわ! 清香さんもわたくしのプンプンは可愛いって言ってくれてますし。というか、主車さんがわたくしに惚れているのであれば、約束を反故するなどもってのほかですわ! そんな事をすればわたくしに嫌われてしまいますものね! 好きな人から嫌われてしまうのは誰にとっても辛い事! それは女性も男性も同じ! 主車さんも例外ではありませんわよね!)
この間、わずか0.2秒…!
ではなく、がっつり1分以上も唸り、百面相っているセシリアだった。当然、あれだけ撃ち続けていたレーザーも、大人しくフワフワ浮遊しているのみ。
「…………………」(手ェ伸ばしても余裕で届かんぬ)
対峙する旋焚玖もまた、大人しくセシリアを観察しているだけである。無手&動けないで、間合いが届かないのだから仕方がない。
(ここからは逆説的に考えてみましょう。主車さんは横着しているのではなく、実はその場から動きたくても動けないのでは……? そう考えると説明も付きますわ。少し探りを入れてみましょうか)
セシリアは、これまで旋焚玖の前に集中させていたビット達を移動させる。旋焚玖の背後に。
「お、おい、どういうつもりだ?」
「……ッ…! あら、何の事でしょう?」(この試合で初めて主車さんが動揺してみせた!?)
右腕を上げたまま、淑女らしく微笑んでみせるセシリア。対して旋焚玖の表情からは、確かに気が気でない様子が見て取れた。
「うふふ、どうされたのです主車さん? 背後から撃たれては、何かまずい事でもありますの?」(何とかポーカーフェイスを装ってはいますが、明らかに! 明らかに表情が優れませんわ! 10日間だけとはいえ、どれだけアナタと接してきたとお思いですか! 確信此処に極まれり!ですわ! 主車さんはまだ両腕しか動かせない!)
上がった右腕を振り下ろすだけでレーザーが放たれるだろう。有無を言わさず撃たないのは、せめてのもの慈悲か。はたまた、主車が何を言ってくるのか聞いてみたい好奇心のためか。
「後ろから撃つとかハメでしょ? そういうの俺のシマではノーカンだから」
「うふっ! うふふふっ! 何を言うかと思えば笑止!ですわ! 弱点を突くのは卑怯ではなく王道ですってよ! 下手な遠慮は優しさとは言いません! それこそ傲慢と罵られる行為ですわ!」(いきますわよ、主車さんッ! アナタの真価を問わせていただきますわ!)
1機だけなど生ぬるい選択はしない。
【ブルー・ティアーズ】4機全てが、旋焚玖の背中を狙いに絞ってレーザーを放つ。後ろを振り向けない旋焚玖は、為す術もなくレーザーの衝撃を背に甘んじて受けた。
「うわははははッ! 気が合うなオイ!」
ダメージを喰らった者にあるまじきバカ笑いと共に。
(お前なら撃ってくれると思ったぜ…! 最高の加速をありがとよ、オルコットッ!)
衝撃を受けて前のめりにブッ飛んだ旋焚玖の両脚が着地した瞬間だった。その場所が大きく陥没したのは。
(主車さんが消えた!? いいえ、猛然とこちらに黒い影が迫ってきています! ライフルを構えたままで居たのが幸いしましたわね!)
狙いを定める余裕はない。
それでもセシリアは何とか1発を撃てた。
同時に彼女の目に映ったモノがある。それは黒い影の後方にて、砂塵にまみれた搭乗者無しの【打鉄】だった。
「……?」(何故あんな所に【打鉄】が? あっ、ちょっと待ってください…! どうやって主車さんは移動していますの!? 動けないのでは無かったのですか!?)
衝撃を受けて前のめりにブッ飛んだ筈の旋焚玖は、あろうことか宙に浮いている間に【たけし】を完全解除していた。地面をヘコませたのは己が両脚であり、その場に【たけし】を置き去りにしたのだ。
(ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってくださいな! あの【打鉄】が主車さんの纏っていたISだとすれば、今の主車さんは何も纏っていない!?)
「ひょええええッ!? よ、避けてください主車さぁぁぁんッ!!」
オイオイオイ、死んだわ旋焚玖。