選択肢に抗えない   作:さいしん

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束さん超勘違う、というお話。



第8話 私を負かした男

 

 

「だあぁぁ…! と、とうちゃ~く…」

 

 逆立ち歩きでよたよた進んでいた俺は、やっと家に帰ってこれた。途中、商店街を通りに抜ける時、何人にも声を掛けられた。

 

「いよっ! 今日も頑張ってんなボウズ!」

 

「おぉ、あれが噂の逆立ち君か!」

 

「流石よねぇ、安定感があるわぁ」

 

 名物になってんじゃねぇよ!

 前から思ってたけど、この世界の奴らは異常光景に寛容すぎるだろ! どいつもこいつも適応能力Sか!

 

 やんややんやと商店街のおっちゃんおばちゃん連中から温かい声援を背に受け、旋焚玖は今宵も逞しく生きている。

 

「あれ……なんで灯りついてんの?」

 

 今夜は両親とも、親戚の家に行ってるとかで帰ってこないって聞いていたが……意外に早く用事が済んだのかな。

 

「ただいま~」

 

「あ、おかえり~」

 

 変なコスプレ女が家に居た。

 え、なにこの人? 父さんと母さんの知り合い? いやいや、ウチの両親はわりかしまともな部類に入っている筈だ。少なくとも、こんなイタイ格好してる女と交友関係はないだろ。

 

「勝手に上がらせてもらってるよ~」

 

 勝手に、とな?

 いや、まだ判断するには材料が少ない。もう少しコンタクトを取ってみてからでも遅くはないだろう。

 

 家に両親の気配がしないとなると、今この家には俺と目の前のコスプレイヤーしか居ないって事になる。まずは出来るだけ言葉を丁寧に伺おう。

 

「貴女様は父さんか母さんのお知り合い様でせうか? あと、どうやってこの家にお入りになられたのでせう?」

 

 キ○ガイだったら怖いからね。伊達に前世で社会人やってませんよ僕。キチ○イに対しては安易にタメ口を利いてはいけないのです。

 

「はぁ? 知り合いな訳ないじゃん。この家にはさっき鍵穴をパパパっとやってハイ終わりって感じで……―――」

 

 

【不法侵入ですよ不法侵入! 警察に通報してやるからなお前!】

【相手は泥棒だ。自ら正義の鉄槌を喰らわせてやる】

 

 

 おぉぉ……比較的まともな選択肢だぁ……。

 このバカ(選択肢)は基本、時と場合なんて考慮する気ないからな。

 

 前者が警察に電話する。

 後者がこの変態コスプレ泥棒女を俺が捕まえる。

 

 って感じか。常識的に考えて前者だろう。そっちの方が穏便に済みそうだし、この女も警察に電話するぞ!って言われたら、ビビッて逃げる可能性にも期待できる。

 

 だが、よく考えろ。安易に常識へ手を伸ばすのもいいが、俺の見た目でそれが通用するか? 小学3年生が『警察に通報しゅる~!』とか言っても、怖がられるとは思わねぇ。それに、警察沙汰を起こして両親に迷惑は掛けたくない。

 

 ここはこの女を軽くボコッて、正論カマして改心させた方が得策か。っていうか相手女だし楽勝じゃん。しかも今の俺ってば、めちゃくちゃ強くなってるし負ける要素皆無じゃん。

 

 ハッ……そ、そうか…!

 理不尽なまでにずっと俺を鍛えていたのは、こういう時を想定していたからだったんだな! 

 

 なら俺も存分に培ってきたモノを使ってやるぜ、と言いたいところだが、相手は女だしなぁ。イタイ服着た泥棒であっても、女に手を上げるのは些か抵抗がある。ここは軽く関節でもキメておくに留めよう。

 

 旋焚玖はけっこう慢心するタイプだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 世界は面白いモノと面白くないモノに二分化されている。面白いから興味対象になり、面白くないとその対象にはなりえない。私を嘱目させられないモノは、私が見ている世界に存在していないのも同じ。

 

 そんな事を昔ちーちゃんに言ったら呆れられたっけ。だけど、こればっかりはちーちゃんが相手でも譲る気はない。興味のないモノをわざわざ相手にするなんて、そんなの労力の無駄でしかない。束さんは無駄が嫌いなの、無駄だから嫌いなの、無駄無駄……。

 

 そんな私が好奇心をくすぐられた。

 ちーちゃんが熱く気に留めている人間が居たなんて初耳だった。そんなのいっくん以外にありえないと思ってたよ。

 

 私の中に眠る好奇の鬼を刺激したんだ。

 その洗濯?とやらには、ちゃんと責任取ってもらわないとね。

 

 それからの束の行動は早かった。

 アレをコレしてソレをナニして、旋焚玖との邂逅に至った今、束の出した結論は『無駄足』の一言に集約された。

 

 肉体はその年齢にしては確かにそれなりなモノとなっているが、だから何なの? 年齢を考慮されている時点で既に凡人の証拠だ。顔も並みときている。将来有望ないっくんとは程遠い。これも凡人の証拠にあたる。

 

 何より、コイツの前に立ってもビビビッてこない。

 ちーちゃんも、箒ちゃんも、いっくんにもあった。束さんをビビビッとさせる、あの何とも言えないワクワクさせてくれるような謎感覚が、コイツからはしない。

 

 はぁ……やっぱり無駄だったね。

 帰ろ帰ろ。洗濯機にコイツ流してか~えろっと。

 

「ねぇ、洗濯機どこ?」

 

「あんな大きい物を盗みに来たのか……」

 

「は?」

 

 なんか呟いたと思ったら、なんかこっちに向かってきた。なんか手首を掴まれたから捻って外してやった。それでもまた掴もうとしてきたから、逆に掴み返してそのまま背中から投げてやった。

 

「おごっ!?」

 

 ざっこ。

 アイツに……えっと、誰だっけ? アレだよ、アレ。篠ノ之道場の当主に1年鍛えてもらってこんなモンなら、やってる意味なくない? いっくんや箒ちゃんだったら、もっと高みにいけてるよ?

 

「そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?」

 

「……………………」

 

「は? なに、その目? 文句があるなら言ってみなよ」

 

「……………………」

 

 立ち上がったコイツは何も言わない。

 ただ、私の目を捉えて離さない。

 

 ふーん……何も言い返せない癖に目だけは睨んでみせて……それでまだ反抗してるつもりでいるんだ? なんてツマラナイ奴。こんな奴の為に貴重な時間を潰してしまった。

 

 なんだか……段々ムカムカしてきちゃった。

 こんなちっぽけな奴をどうしてちーちゃんは高く評価してるんだろう。いや違う、そもそもコイツがちーちゃんを勘違いさせた元凶なんだ。

 

 束さんに無駄足を踏ませた挙句、親友のちーちゃんまで誑かす極悪人め。束さんが成敗してやる! でも普通にヤッたら(物理で殴る)コイツなんてブチッと潰れちゃうし呆気なさすぎて面白くないなぁ……。

 

 そうだ、まずはメンタル面から潰そう♪

 束さんを睨んでいる小生意気な目が逸れたら『プププ、意志が弱いんでちゅね~』って嘲り嗤ってやろう♪

 

 そう考えたら楽しくなってきたかも!? 

 えへへ、にらめっこしましょ♪ 逸らすと死ぬよ♪ あっぷっぷー♥

 

 

.

...

......

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 熱く見つめ合う2人。

 無言で見つめ合い続ける2人。

 

 時計の針を刻む音だけが流れていた。

 時間は既に10時を超えている……って長いよ! もう3時間は経ってるよ!? なにこの子!? 何でずっと見てられるの!?

 

 そりゃあ互いに人間だもの。瞬きくらいはする。でもそれだけ。視線を束さんから絶対に外してこない。だから束さんだって外せない。外したら負けを認める事になっちゃうから。こんな凡人に負ける訳にはいかない。

 

 でも……。

 

「ねぇ、お腹すいたんだけど?」

 

「…………………」

 

 コイツ…!

 

「……ああ、そう…! とことんやりたいって訳なんだ? いいよ、本気で後悔させてやるんだから…!」

 

 勘違いも甚だしい。

 根性だけでは如何ともし難い世界がある。私だって別に精神力を全否定するつもりはないけど、それでも精神力や執念には限界がある。

 

 それをコイツに分からせてやる…!

 

 

.

...

......

 

 

 日付が変わった。

 私とコイツは、まだ視線を絡ませたままで居る。何も喋らず。一言も本当に何の会話も交わす事なく。

 

 初めて知った事がある。

 私は静寂な時が好きだと思っていたけど、誰かと相対してる状態で、どちらもずっと無言で居る時は苦手だったらしい。そもそも、そんな異常な状況なんて早々起こらない筈なんだけどね。

 

 まさかこの天才な束さんに、苦手なモノがあるなんて思いもしなかった。それを知れただけでも、収穫はあったと言える。コイツに会いに来た事が無駄足だったっていうのは否定してあげる。

 

 けど、それと今のこれは別だよ。

 もう私だって引くに引けない。正直、意地になっていると言ってもいい。私が先に折れたら、この凡人はこれからも勘違いしたまま……いや、もっと調子に乗るだろう。

 

 もしかしたら、ちーちゃんにも自慢するかもしれない。そうなれば、コイツへのちーちゃんの勘違いもより加速されてしまう。

 

 

『心の強さをまた証明してしまったな』(ドヤぁ)

 

『す、素敵だ…♥』

 

 

 ゆ、許さない!

 勘違いの連鎖…! 

 何としても私が此処で止めなきゃ…!

 

 でも、実際どうする?

 もう12時を回った。箒ちゃんと同じ小学3年生なら、この時間に起きてるのだってツラいんじゃないの?

 

 いや、待てよ?

 コイツは子供なんだ。もしかしたら、私が先に眠くなるのを期待してる…? 

 

 くふふ……くふふふ…!

 その期待には添えないなぁ!

 私は世界一多忙な篠ノ之博士だよ? 今までだって研究のために、数日を不眠不休で過ごした事なんていっぱいあるもんね!

 

 洗濯敗れたりッ!

 お前の狙いは見当外れだよ~! 

 

 そうと決まれば先に言葉で絶望させてやる。束さんを相手に、無駄な抵抗を思い知るがいいさ!

 

「私がお前より眠くなるとでも思ってる?」

 

「………………?」

 

 ふん、白々しくポカンとしちゃってまぁ。

 

「私はね、1日を35時間生きる女なんだよ……どう? 絶望した?」

 

 あはっ、あはは!

 青ざめてる!

 明らかに青ざめた顔になった!

 

 ほら、折れろ!

 矮小な根性なんか天才には無意味なんだよ!

 

「……1日は24時間ですよ?」

 

「(ブチッ)」

 

 こっ…コイツぅぅぅぅ~~~……!

 折れるどころか、挑発してきただってぇ…!

 

「ふ、ふーん? 随分余裕あるじゃん? やっとまともに口開いた言葉がそれだもんねぇ?」

 

「…………………」

 

 ま、また黙りこくってぇ…!

 絶対負かしてやるんだから…!

 

 この時、束の頭にそれまで持っていた千冬云々の話が消去される。代わりに生まれたのは、目の前の少年を負かしてやりたいという純粋なる想い。誰よりも世界を冷めた目で見ている筈の束が、この時だけは誰よりも熱くなっていた。

 

 そしてもう一つ。

 束は知らなかった自分を知る事になる。

 

 

.

...

......

 

 

「……くっ……はぁ…はぁ…!」

 

「…………………」

 

 落ちていた日が昇り、朝になった。

 コイツが平然としているのはもういい。

 

 どうして私がこんなにも消耗している…!

 ただ、無言で見つめ合っているだけじゃないか! どうしてこんなに体力が削られている…!? 納得できないよ!

 

 篠ノ之束は天才である。

 研究のためなら不眠不休など苦ではない。

 その言葉に偽りは無い。

 

 だが、彼女の言う研究とは詰まるところ趣味の域にある。人は好きな事をしている間は、どれだけ疲れていてもあまり気にならないモノだ。終わってからようやく、気付いてなかった疲れがどっと押し寄せる。だから休むのだ。

 

 旋焚玖と無言のまま対峙する。

 途中から束は、はっきりと自覚してしまった。この状況は苦手なモノだと。

 

 人は苦手だったり嫌いな事を行う時間は、長く感じてしまうモノだ。どうやら天才博士も、それに関しては例外といかなかったらしい。

 

 

 そんな筈ない…! 

 眠くなんてない…! 

 なのに眠い…! 

 しんどくない筈なのにしんどい…! 

 

 今、私は折れそうになっている。

 けどここで折れたら、私が我慢した時間が無駄になっちゃう! 絶対に折れてやるもんか! この私が徒労なんてあってなるものか!

 

 折れかけた心に活を入れ直している時、それは鳴った。

 

 

 プルルルル…プルルルルル……。

 

 

 電話…?

 誰から…?

 コイツは……そっちに見向きもしない。

 

 鳴り響くコール音から留守番電話サービスに繋がる。

 

 

「もしもし、旋焚玖? 母さんだけど~」

 

 コイツの母親か。

 そうだ…! コイツの親が帰ってきたらなし崩し的に勝負を無効に出来る! 早く帰ってこい! 小学3年生を家に1人で置いておくのはいけない事だと思う! もし犯罪にでも巻き込まれたらどうするの! 常識考えろよ常識!

 

「今日帰るって言ってたけど、父さんがどうしても観光したいって聞かないのよぉ。だからごめんね! 帰るのは明日の夜になりそうなの」

 

 そんな……バカな………。

 

 母親からのメッセージはまだ続くが、頭に入ってこない。

 その時、私は見てしまったのだ。

 

 目の前の少年が薄く笑みを浮かべる瞬間を。

 

「フッ……あと35時間ってところだな」

 

「……ッ!?」

 

 コイツは言っている。

 私だけが35時間を生きられる存在だと思うなよって…! 私に出来る事は自分にも出来るって……コイツの眼がそう言っている…! 

 

 私に嘘のハッタリなんて効かない…! コイツは本気だ……小学生の癖に、小学生とは思えない程のスゴ味が……コイツからはやると言ったらやるスゴ味があるッ!

 

「……~~~~ッ、あ~~~~ッ!! もうッ! 分かったよぉ! 私の負けだよ! これでいい!?」

 

「……ッ、いぃぃぃやったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 私が負けを認めると同時に目の前の少年は、両手を上げて涙を流してまで喜んだ。そこまで潔く喜ばれると、負けた私もそんなに悪い気はしないかも……ただ、なんだろうこの気持ち……よく分かんない感情が胸の中で渦を巻いている。

 

「ねぇ……」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「ちょ……え、ちょっと…!」

 

 ぽてりと倒れたコイツは、そのまま寝息を立て始めた。頬をツンツンしても揺さぶってみても、まるで起きる気配がない。それだけ、コイツも限界だったんだ。

 

「……心の強さ、か」

 

 そんな抽象的なモノにこの束さんが負けたなんてね。

 

「主車旋焚玖……お前の事、確かに覚えたから」

 

 私はもう、この男を決して忘れる事は出来ないだろう。

 私に敗北の2文字を刻み付けた男なのだから。

 

 





再び旋焚玖くんの視点に戻ってから始まります。


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