選択肢に抗えない   作:さいしん

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一夏の強さ、というお話。



第86話 形勢逆転~アリーナ編~

 

 

観客席から生徒たちが脱出できた頃、アリーナでも次の局面を迎えようとしていた。

一夏とヴィシュヌの作戦は、至ってシンプルなものである。接近戦を得意とするヴィシュヌがゴーレムに仕掛ける。狙いはゴーレムに隙を作らせる事だ。それを見計らって【白式】の【零落白夜】で一夏が一撃必殺する。

 

作戦が開始され、幾ばくかの刻が過ぎたが。

 

「くっ…!」

 

「ヴィシュヌ!?」

 

既に【零落白夜】を顕現させている一夏は思わず叫ぶ。

ブンブン振り回す長い腕を避けきれず、両腕で防ぎにいったヴィシュヌだったが、彼女の想定を超す重さにより後方へと吹き飛ばされてしまったのだ。

 

慌てて近寄ろうとする一夏をヴィシュヌは静止させる。

 

「集中を途切れさせないでくださいッ!」

 

「……ッ…」

 

「私なら大丈夫ですから。それに、次で必ず隙を作って見せます…!」

 

それは虚勢には聞こえぬ力強い言葉だった。まだまだ知り合って間もない一夏に、その真偽を図る事は出来ない。故に、少年は少女を信じる事にした。

 

「……おう! 待ってるぜ!」

 

「ええ!」

 

スラスターの出力を利用してゴーレムに飛び蹴りをお見舞いする。ヴィシュヌのこの攻撃は既に4度目だ。そして、ゴーレムはこれまで3回ともしゃがんで回避し、右腕を薙ぎ払って反撃してきた。

 

「……ッ…やはりですか…!」(4回目もしゃがんでからの右腕で反撃…! これでほぼ確信しました。このISはずっと一定の規則に沿って行動している…! アレをされたらこう、コレをされたらこう、という風なマニュアル的な動きに支配されています。なら――ッ!!)

 

それは何の工夫もない下段蹴り。

先程躱された飛び蹴りと同じく、既に何度も放っている攻撃だった。一つだけ違う点があるとすれば、全くと言っていい程、その蹴りに力は込められていなかった。

 

ゴーレムは当然(?)上昇して回避する。なのに、ヴィシュヌとゴーレムの目線の高さは同じ。否、ヴィシュヌの方が高い。

 

「知っていましたよ、そう避けると!」

 

避けられたのではない。

上に避けさせたヴィシュヌは、既に二の矢を放っている。力ない下段蹴りから一転、ゴーレムが上へ回避するより早く自ら上昇。上がってくる頭にピンポイントで足を踵から振り下ろす。

 

「……ギ…!?」

 

ここに、初めてヴィシュヌの攻撃が当たった。

上から脳天部に衝撃を受けたゴーレムは、地面への墜落を余儀なくされる。

 

「(チャンスはここしかない…ッ!)一夏、今です!」

 

「おう!」

 

相手は一夏よりも格上である。

闇雲に突っ込んだところで成功する可能性は高くないと言えよう。しかも、咄嗟に搦手を用いられるほど、一夏は場数を踏んでいない。

 

それでも一つだけ。

まだ見せていない技があった。

ここ1週間、ひたすら練習して習得した技を。

 

「うおおおおッ!」(イメージするのは旋焚玖の縮地!)

 

披露するは今――ッ!!

 

「……速い…!?」(あの加速は…!)

 

一夏はISに触れてまだ日も浅く、さらには【雪片弐型】というブレードしか武器を持たぬ以上、戦術的に変化球を投げるのは難しい。ならば、と千冬から授かった技。IS運用における加速機動技術のひとつ【瞬時加速】である。

 

スラスターから放出したエネルギーを再び取り込み、都合2回分のエネルギーで直線加速を行う、いわゆる溜めダッシュなのだが。

 

 

 

 

『そうではない! 内部でエネルギーを圧縮して一気に放出するんだ!』

 

『(´・ω・`)』

 

千冬から原理を教わり、実際に試してはみるものの、中々上手く出来ずにいた一夏はしょんぼり顔である。

 

『そんな顔しても姉には通じんぞ! ああ、そうだ、旋焚玖の縮地をイメージしろ。ISを付けているか、いないかだけの違いだ』

 

『なるほど!』

 

千冬の千冬による一夏のためのナイスな例えにより、一夏は見事【瞬時加速】を習得するに至った。

 

 

 

 

「いくぞぉぉぉッ!!」

 

後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に取り込ませ、圧縮を。溜め込んだエネルギーをもう1度放出する。その際に得られた慣性エネルギーを利用して、一夏の纏う【白式】は爆発的に加速してみせた。

 

臨戦態勢の整ってないゴーレムへと一直線。

【零落白夜】を灯す【雪片弐型】で横薙ぎ一閃。一夏は縦ではなく横の斬撃を選んだ。地に足が着いた状態での回避方法は限られてくるからだ。しゃがむかジャンプか後方へ下がるか。

 

そして、状況的にそこから更に絞られる。

この超スピードで迫られ、バックステップする余裕はない。横薙ぎの高さからして、しゃがんでも必ず当たる。もしゴーレムが避けるのなら、上空へ逃げるしかない。だが、そこには既にヴィシュヌが待ち構えている。

 

「貰ったァ!!」

 

自信をもって薙ぎ払った一夏の斬撃は――。

 

「……ギ…!」

 

「んなぁっ!?」

 

上体を反らす事で避けられてしまった。いや、反らしたという表現は相応しくない。背中を後ろへ90度折って回避したのだ。

 

「コイツ、やっぱり…!」(ありえねぇ! 今、背骨から折っていったぞ!? もう間違いない、コイツに人間は乗ってねぇ、無人機だ!)

 

2人の疑惑は確信に変わる。

しかし、事実を突き止めた代償は大きい。ゴーレムを前にして、一夏は無防備な姿を晒してしまう。

 

【雪片弐型】を構えるよりも早く、一夏の眼前に左拳が添えられる。この至近距離でゴーレムが選択した攻撃行動はビーム砲撃だった。

 

「うげ…しまっ……」

 

「くっ…!」(ダメ、私の位置からじゃ間に合わない…!)

 

ゴーレムの腕に光が集まる。

ゼロ距離とも言える近さでビームを顔面に喰らえば【白式】も終わりだ。場の流れはゴーレムが完全に掌握し、ヴィシュヌも直に墜とされるだろう。

 

「そんな未来、わたくしが変えて差し上げますわ!」

 

刹那、観客席から【ブルー・ティアーズ】の4機同時狙撃がゴーレムの片腕を打ち抜いた。

 

「……ギ…ギ…!?」

 

マニュアルにはない第三者からの狙撃を喰らい、腕まで落とされたゴーレムは、初めて動きに迷いを見せる。それは一夏たちの目からも明らかだった。

 

「一夏さん! もう一度【零落白夜】を!」

 

勝機はここにあり。

動きが鈍い今なら確実に当たる。

 

「ああ!……ッ…な、シールドエネルギーが…!」

 

肝心の一夏の表情が曇る。

先のヴィシュヌとの試合、そしてゴーレムとの闘いにより、一撃必殺を持つ【白式】のエネルギー残量はもう残り僅かとなっていた。この状態で【零落白夜】を顕現しようとしても、果たして上手く形成できるのだろうか。

 

一夏に一抹の不安が過る。

そこにセシリアからのプライベート・チャンネルが飛んできた。

 

『旋焚玖さんから伝言ですわ。「お前なら勝てる」ですってよ』

 

「……!……へ…へへ…!」

 

【雪片弐型】を握る両手に自然と力が込められる。

 

(エネルギーがもうない? へっ……寝ぼけた事言ってんじゃねぇッ!!)

 

ISには無限の可能性が秘められている。

(一夏の旋焚玖に対する)想いは時として常識を覆す。

 

「出てこい零落白夜ァ!!」(残量なんて関係ねぇッ!!)

 

 

一夏に残量なんて関係なかった!!

 

 

一夏の鼓動に呼応するように、輝きを失いかけていた【雪片弐型】に再び光が宿る。刃に纏う眩い光の結晶は、明らかに先に形成した【零落白夜】とは異なっていた。

 

「なっ…! なんて力強い光…!」

 

「これが……一夏さんの力ですの…!?」

 

【ワンオフ・アビリティー】は、IS個体特有の能力。そして、その能力の如何はISはもちろん操縦者のメンタル面にも大きく左右される事が多い。技術面よりも精神面に重きを置かれるが故の結果だった。

 

「これならいけるッ!!」

 

初めて一夏がISに触れた時に感じた以上の一体感。集中力が数十倍にも跳ね上がったかのような高解像度の意識。そしてなにより、全身から沸き立つような力を感じる。

 

(旋焚玖が勝てるって言ったんだ。なら負ける筈がないッ!!)

 

一夏の太刀は、ゴーレムに残るもう片方の腕を見事斬り落とした。

 

「ギ…!?……ギ……ギ……ギ……」

 

両腕と共にバランスを失ったゴーレムは、膝から折れるように前へと倒れ込むのであった。

 






クロエ:むむむ…。

旋焚玖:なにがむむむだ!


これにてクラス対抗編終わり!(閉廷)
次回は事後処理的なお話です。

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