今回、ジニーの絆エピに関わる内容が含まれています。
新宿の摩天楼の中に佇む、AEGiS東京。
成子坂製作所を去ったマギーの姿は、そこにあった。
「……これでよし、と」
実に面倒な話ではあるが、ミグラントの契約というものは事業所とのやり取りだけでは終わらない。
アリスギアという大きな力を個人で所有している以上、その管理組織……AEGiS側への連絡というものもある程度は必要なのだ。
今していたのはアリスギアの管理関係の報告と、成子坂製作所との契約終了の通達。
長い手続きを終え、マギーはAEGIS本部を後にした。
夕日の中を歩いていると、ふとかすかなジェットの音が耳に入る。
空を見上げると小さくではあるが、見知らぬアクトレスが飛んでいくのが見えた。
「………」
彼女は、何処の事業所に所属しているのだろう。
企業に与する在り方を嫌い、ずっとミグラントとして生きてきた——しかし。
(私は、成子坂にいてよかったって思ってます)
脳裏に映る、少女の笑顔。
あんなにも輝いている目を、見たことがあっただろうか。
否、彼女だけではない。
成子坂のアクトレスは、マギーが見てきたどのアクトレスよりも自由に見えた。
「……少し、頑固になりすぎたかしら」
やれやれと頭を振って、また歩き出す。
契約を終了した以上、事務所に戻る必要はない。このまま、借りているアパートへと戻ろうとして、
「……ん?」
信号に止められたところで、ビルのモニターに映るニュースの映像が目に入った。
放送されているのは「東京アクトレスニュース」。しかし、取り上げているのはアクトレスの華々しい活躍ではない。
『この未確認敵性存在に対し、AEGiSはデータベースとの照合を急いでいるとのこと……』
成子坂のアクトレスを襲った、あの謎の敵に関してのニュースだった。
「……やっぱり、話題になってるか」
ため息をついて、信号が青に変わった交差点を渡る。
「あいつらは……どうして……」
歩きながら呟いた、その時。
「マギーさんっ!!」
自分を呼ぶ聞き覚えのある声に、マギーは立ち止まった。
視線の先にあったのは、何処か既視感を覚える光景。
金髪のアクトレスが、こちらを見つめ返して立っていた。
「ジニー?」
「良かった……間に合った」
肩で息をしながら、ジニーは目の前のアクトレスに笑顔を投げた。
「ど、どうしたの?何か手続きに不備でもあったかしら」
「はぁ……そうじゃなくて、さ」
一度深呼吸をして、ジニーは告げる。
「これから、係争で勝った祝勝会があるんだけど……マギーさんにも、参加してほしいなって」
言い切って、少し視線を上げた。
マギーは一度、少し驚いたような顔でジニーを見て。
その青い瞳を、すっと逸らした。
「……優しいのね、みんなは。本当に」
「マギーさん……」
きっと、唇を噛む。
「貴女が考えてること、私にはわかるよ。自分が彼女たちの世界にいちゃいけない……そう思ったんでしょ?」
マギーの目が、もう一度見開かれた。
「ジニー、貴女……」
「うん、私も同じだから。あそこに居ていいのかって、何度も迷ったから」
今まで、ずっと隠し続けていたことを、ジニーは打ち明けた。
彼女たちの見る空。
色彩にあふれた、自由な空。
ミグラントが見ている空は、きっと少し違うのだ。
力によって自由を上塗りした空に、きっと本来の鮮やかさはない。
それは、本当の自由ではないのだから。
そして、それはバージニア・グリンベレーも同じ。
あの日からずっと、少女の見る空に色はなく。
灰色の空に描いた偽物の色は、どうあがいたって偽物のまま。
「だけど……どうしても、憧れちゃうんだ。彼女たちと同じ空が見たいって、来る日も来る日も……そう思っちゃうんだ」
そのために、自分は飛ぶのだと。
いつかは成し遂げることが出来ると、信じているのだと。
「前に話したよね、『ブルー・マグノリア』に憧れたって。
あんなふうでもいいから、自分の思いで飛ぼうって、誓ったんだ……だから」
道外れに咲いていた、あの青い花のように。
「だからお願い……マギーさんも、諦めないでほしい」
自由を求める事だけは止められないのだと、ジニーは訴え……
「……誰も、断るなんて言ってないでしょ?」
「へ?」
平然とそう答えたマギーに、ジニーの目は点になった。
「負けたわ。まさか、貴女たちの方から手を伸ばしてくるなんて」
やれやれと首を振るマギーの横で、ジニーの色白な顔がかあっと赤くなる。
「Blew it……私ってばなんて恥ずかしい話を……」
「まあまあ。良い励ましになった」
そのまま頭を抱えたジニーを、よしよしと慰めるマギー。
2人の行き先は、成子坂製作所に変わった。
「はぁ……マギーさんが突然いなくなったりしなければ」
「それ完全に八つ当たりの気がするのだけど……一応言っておくけど、私だってあんなふうに消えたかったわけじゃないわよ?ただ立場上長居するわけにいかなかったってだけで」
「そう簡単にさよならできるほど、成子坂の人たちは冷たくないよー」
「……そうね、本当にそう。貴女たちを甘く見てたわ」
そんなことを話しながら戻るうちに、いつの間にか成子坂製作所が見えてくる。
「ふひぃ……あ、あれっ!マギーさんにジニーさん!?」
事務所の前ではどういうわけか、薄紅梅の髪の少女がへたり込んでいた。
「あ、夜露!Mission達成だよ!……って、大丈夫?」
「連れてこられちゃったわ。……というか、どうしてそんなに疲れてるの?」
妙にぐったりとした様子の夜露を見て、不思議そうに顔を見合わせる2人。
——彼女がずっとマギーを探して近辺を駆けずり回っていたことなど、2人には知る由もないのだった。
そして、夜。
「……まあ確かに、親切な企業もいくつか見てきたけど」
事務所の前で振り返ったマギーは、目の前の光景にため息を吐いた。
「社員全員で見送りされるなんて、本当に初めてだわ」
「仕方ないでしょう?これで全員になっちゃう程度の規模なんですから」
集まった面々を見渡して、アクトレス最年長のゆみが苦笑する。
ミグラントも加えて行われたささやかな祝勝会の後、誰からということもなく、気づけばこうやって見送りに集まっていたのだ。
「マギーさん、短い間でしたけど……本当に、ありがとうございました!」
仲間たちの前でもう一度、夜露はマギーに感謝を伝える。
「もうお礼は十分もらったわ、夜露」
マギーはそう答えると、右手で夜露の肩を優しくなでた。
「貴女たちみたいなアクトレスと出会えて、一緒に戦えて、本当に良かった。
……どうか、負けないで。何が起こっても、自分の信じたものを諦めないで。私に言えるのはもう、それだけよ」
もう一度顔を上げ、マギーは目の前の人々を見る。
志に生きる大和撫子が。
自由を願うピースメーカーが。
寡黙なエトワールが。
いつも元気なスナイパーが。
アクトレスたちが力強く、こちらを見つめ返していた。
「……うん。それじゃあ、私はこれで。機会があったら、また空で会いましょう!」
満足したように頷き、マギーは踵を返す。
「Yes……いつか、きっと!」
ジニーの声に右手を振って答えながら、渡り鳥は今度こそ本当に、成子坂を去っていった。
「……そういえば、結局分からなかったっすね」
マギーの背中が見えなくなったころ、夜露はなんとなく、隣にいたジニーに尋ねた。
「何が?」
「マギーさんが、成子坂の味方してくれた理由です。色々考えたんですけど、ここまで助けてくれた理由っていうのが思いつかなくて……」
「Hum……私は何となく分かるけどなぁ」
端末を取り出して、ジニーはニュース記事のスクリーンショットを夜露に見せる。
「暇な時間に、ちょっと調べてたんだけど……前にも一人、成子坂を助けてくれたミグラントがいたらしいんだよね。ほらこれ」
画面を覗き込んだ夜露は、数秒後に目を丸くした。
「これって……」
「うん、『ブルー・マグノリア』が最後に契約してたのは、成子坂製作所だったんだ」
はっきりとした根拠はない。
でも、ジニーの中には確信に近いものがあった。
あの渡り鳥がもう一度、成子坂を助けるために戻ってきたのだと。
「……なんて、虫のいい話があるのかは分からないけど」
「……私は、信じてみてもいいって思いますけどね」
笑ってそう答えた夜露に、ジニーもつられて微笑んだ。
NEXT CHAPTER
——これは、成子坂が追い詰められていく最中の話。
フリーランスに戻ったマグノリア・カーチスは、今日も細々と営業中。
連日の報道を気にかけつつも仕事をこなしていた彼女の前に、ある日ジャーナリストを名乗る一人の女が現れる。
「なんかこそこそ嗅ぎまわってるみたいだけど。昔の名が泣くわよ?『ブルー・マグノリア』」
その名は、神宮寺真理。
かつて、成子坂製作所でに所属していたアクトレスだった。
「7年前のこと。貴女なら、何か知ってるかなーって」
「悪いけど、私はそんなことの為に戻って来たんじゃない」
「青い木蓮」は語る。あの時、何が彼女から翼を奪ったのか。
そして何故今、成子坂に現れたのかを。
「——どうして、貴女は戦い続けるの?」
「好きなように生きたいの。好きなように死ぬために、ね」
Chapter2「BLUE MAGNOLIA」
——誰もが、生きるために戦っている。