「……何が起こってるの」
呟いたところで近くの席からの視線に気づき、マギーはひっそりと端末で顔を隠した。
夕焼けに照らされた喫茶店。聖アマルテア近くの、生徒にも人気らしい小さな店が、紺堂地衛理が待ち合わせに指定した場所だった。
ため息ひとつついて、マギーは改めて端末に目を落とす。
地衛理から少し遅れてしまうという連絡が来たため、暇つぶしがてらにニュース配信を見ていたのだが——
(成子坂が、不正……?)
「東京アクトレスニュース」が報じていたのは、叢雲工業の不正問題に成子坂製作所が関わっているという疑惑だった。
曰く叢雲が発表予定だった件の新型ギアに、成子坂製のパーツが使われていた——というのが、AEGiSの目に留まったらしい。
暫くニュースを聞いていたマギーだったが、すぐに馬鹿馬鹿しいと端末を切った。
報道の内容は、はっきりと言ってしまえばただのこじつけだ。部品供給をした程度で疑うのならば、それこそ数え切れないほどの中小企業が槍玉にあがるだろう。
ただ——そんな報道をわざわざさせたという事実だけは引っかかった。
(文嘉も話してたけど……やっぱり、成子坂を良く思わない勢力が……?)
「……すみません、遅れてしまいました」
考え込んでいたマギーに、不意にかけられる声。
ぴくっと肩を震わせて顔を上げると、銀髪の少女が此方を見下ろして首をかしげていた。
「マグノリアさん?」
「ああ、ごめんなさい……気づかなかったわ。こんばんは」
ごきげんよう、と挨拶を返し、席に着く地衛理。
「遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいのいいの。生徒会長なんだし、忙しいんでしょう?」
丁度届いたコーヒーを受け取り、地衛理は切り出した。
「では、改めて……聖アマルテア学院生徒会長、紺堂地衛理です。今回、AEGiS経由で調査任務の同行依頼を出させていただきました。ご協力に感謝します、マグノリアさん」
「正直依頼が来た時は驚いたけど、問題なく終わってよかった。……報酬もなかなか悪くなかったし」
茶化すように答えたマギーに、地衛理もクスリと笑みを浮かべる。
「でも、私のことを何処で?」
「勿論、ノーブルヒルズとの係争です。成子坂製作所とは、以前一度戦って以来、交流がありましたので」
赤坂エリアを巡る、成子坂と聖アマルテアとの係争。
聖アマルテアの勝利に終わったそれをニュースで見たことを、マギーは思い出した。
「一連の報道を見ていましたが、正直不安でした。あのまま負けてしまうのではないかと……貴女が成子坂にいて良かった」
「私は大したことはしていないわ。みんなが頑張ってくれたおかげよ」
何故成子坂を心配するのか内心不思議に思いつつも、飄々と笑みを投げるマギー。
「ご謙遜を……さて、本題に移りましょう」
地衛理はそう言って、目の前にした渡り鳥に問いかけた。
「率直にお尋ねします。マグノリアさんは、今のアクトレスを取り巻く環境についてどうお考えでしょうか?」
その問いかけに、マギーは深青の瞳をすっと細めた。
「……どうして、私にそんなことを聞くのかしら」
「貴女がミグラント……システムの外にいる存在だからです」
成る程と、マギーは内心で相槌を打った。
「……ハッキリ言って気に入らないわ。アクトレスが企業の広告代わりになってるのはまだ仕方ないと思えるけど、叢雲の時みたいに体のいい駒にされるのは許せない」
敢えて正直に、マギーは答えた。
正直、かなり危険な回答だった。目の前の少女は聖アマルテアの生徒会長……言い換えれば「北条グループ」の筆頭戦力である。
そんな彼女の前で、企業体制を否定する発言をしたのだ。
注意深く視線を向けるマギーの前で、地衛理は静かに瞑目し、そして。
「……良かった。私も、同じ気持ちです」
その返答で、逆にマギーが驚くことになった。
「……驚いた。北条グループ傘下の学校の生徒会長ともあろう人が、まさか企業体制に反対とは」
「そんな肩書は関係ありません。アマルテアの生徒会長である以前に、私はアクトレスです」
地衛理の目が、すっと細まる。
「人類を守る唯一の盾であるアクトレス……それが企業の道具として扱われる現状に、私も憤りを感じています。
そして……何とかそれを打開できないかと、考えています」
「そのために、ミグラントと接触したかったの?」
地衛理は頷き、1つの単語を呟いた。
「……『
「知ってるわ。7年前、ミグラント世代の末期に現れた
「はい。東京シャード中の企業を渡り歩き、あらゆる作戦で活躍した自由の鳥……そして、私が憧れた人です」
深い青を湛えた地衛理の瞳が、ほんの少しだけ煌めいた。
「当時はまだ幼い身でしたが、はっきりと覚えています。何にも縛られずに、自らの思うままに飛ぶ姿……私はそれに惹かれ、アクトレスになったんです」
「……」
「ですが、実際は違った。私は何も知らないまま、何もできないまま、企業の作ったシステムに組み込まれた……」
テーブルに載せられた地衛理の手が、固く握りしめられる。
「アクトレスを駒にして得る繁栄など、私が求めた世界ではない」
「……それが許せないから、私たちの力を求めると?」
マギーは、昨日の地衛理の目を思い出した。
彼女が戦っているのは、ヴァイスでもライバル企業でもない。
彼女は——この社会そのものと戦おうとしている。
「私が求めるのは企業からのアクトレスの解放、そして自由。そういう意味で、貴女方と思惑は一致している……そうは思えませんか?」
射すくめるような視線が、マギーに答えを促す。
マギーは瞑目し……深く息を吐いてから答えた。
「……いいえ。悪いけど、私はそうは思わないわ」
地衛理の目が、わずかに険しくなった。
「っ……それは、どうしてですか」
「はっきり言って甘い考えよ、それ。ミグラントはきっと、あなたの味方はしてくれないわ」
困惑する地衛理を見て、マギーは続ける。
「どちらに味方したかどうかで、企業間の趨勢すら変わる存在……それだけの力を持ったアクトレスがいた。今から……そう、10年くらい前にはね」
「それが、ミグラント……」
「彼女たちが求めたのは、解放じゃなくて自由だった。いろんな企業を飛び回る奴もいれば、1つの企業からの依頼しか受けない奴もいた。勿論、企業体制に反発してミグラントになったアクトレスもいたんでしょうけど……それは単純に、自分にそうできるだけの力があったからよ」
そこに大義があったかなんて分からないと、マギーは語る。
「そして彼女たちのような存在が出てきてしまったからこそ、企業はアクトレスの固定化、商品化をより強めた……気まぐれに陣営を変えてしまう『不確定な強者』の存在を、奴らは許さなかったの」
声もなく俯いた地衛理を見て、マギーは小さくため息を吐いた。
——かつて誰よりも自由に、このソラを翔けた渡り鳥。
そう、彼女たちはただ、自由でありたかっただけなのだ。
そしてそれは最終的に、目の前の少女が望む解放とは真逆の結果を生んでしまった。
黙りこんでしまった地衛理の手に、マギーはそっと右手を重ねる。
——これだけは、伝えなければ。
「……だから、貴女も躊躇わなくていい。自分のために、自分がしたいやり方で、この世界を変えなさい」
はっとしたように、顔を上げる地衛理。
マギーは頷いて、静かに席を立った。
「……帰るわ。力になれなくて、ごめんなさい」
立ち上がったマギーの目に、こちらを見上げた地衛理の視線が重なる。
「……最後に、1つだけ聞かせてください。ミグラントが去った今……貴女はどうして、このやり方を選んだのですか」
マギーは目を逸らして、答えた。
「……諦められなかったのよ」
その返答で、地衛理の目が大きく見開かれた。
「じゃあ、貴女は——!?」
立ち上がった地衛理の前で、叩きつけるように机に代金が置かれる。
そのまま逃げるように去っていくマギーを、地衛理は呆然と見つめていた。
「……青い、木蓮」
その呟きだけが、静かな店内に消えていった。
「Actress Personal Identification Card」
—アブソリュート生徒会長—
「紺堂地衛理」
誕生日 9月17日
年齢 17歳
身長 167cm
血液型 A型
職業 高校生