「……それでお前さん、これからどうするんだ」
その日。
全てを語った後に、整備士はおもむろに問いかけた。
「……分からないわ。今の私に何が出来るのかも、何が残っているのかも」
マグノリア・カーチスは答えた。
墜ちた渡り鳥には、もう何も残っちゃいないと。
それは残酷かつ妥当な諦観だった。
企業にとって異分子でしかないミグラント、その最後の砦たる「
もう、自分達のような存在に居場所はない。そう考えるのは当然だった。
——しかし。
「お前さん……本当は、もう一度飛びたいんじゃないのか?」
「えっ……?」
「もし、そう思ってるんなら……俺達が力になる」
その言葉に、マギーは目を見開いた。
「何を……言ってるの?」
「もしもの話だ。だがこれだけは言わせてくれ。
このまま何もせずにいたところで、お前さんはきっとつまらん余生を送るだけ。違うか?」
マギーは、その言葉に同感していた。
何故なら、自分はミグラントだから。
「好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰のためでもなく、自分のために。
——それが、お前さんのやり方だろうが」
マギーは気づけば、包帯の巻かれた右手に視線を落としていた。
自らに残ったものを見つめ——ゆっくりと、右手を握りしめた。
「……そう言われたからってさあ。あの事故の後で本気で復帰する、普通?」
「ふふっ、まあそうよね。普通はあれだけ大怪我して、まだアクトレスを続けようだなんて思わない」
ハンドルを握る真理の呆れた反応に、マギーは思わず笑ってしまった。
2人が工場を後にする頃には、すっかり夜になっていた。
銀の社用車は、明かりも少ない静かな道路を走り抜けていく。
「——だけどね、当たりだったの。あんな目に遭っておきながら、私はまだ戦いたいと思ってた」
車窓から見える夜空を眺めながら、マギーは過去の言葉を肯定した。
事故前後の忌まわしい記憶は、今はもう殆ど残っていない。
ただ、一つだけ。病室のベッドの上から、こんな風にずっと空を眺めていたことははっきりと覚えている。
「どうしてかは分からないけど、あの人は気づいたんでしょうね。
そして……その意思をを肯定してくれた」
それがどんなに大きなことかは、真理にもよくわかった。
もしそこで磐田が何も言わなかったら、
死に体のミグラントを、彼は確かにすくい上げたのだ。
「『好きなように生きて、好きなように死ぬ』ねぇ……確かに、貴女にはそれがお似合いだよ」
あるいは彼、否彼らも……成子坂製作所に残っていた人々もまた、「青い木蓮」に惹かれていたのかもしれない。
それこそついこの間、彼女と共に戦い、自分達の理想を守り抜いた少女たちのように。
「そしてそのやり方が巡り巡って、成子坂を救った……因果なもんだねぇ」
成子坂で自分に食って掛かったアクトレスの姿を思い出し、真理は笑みを浮かべた。
「で、その後3年も何してたの?」
「怪我の治療をしながら、水面下で復帰のための準備を進めたわ。
貴女なら知ってると思うけど、あの事故の後成子坂から出ていった人が、何人かヤシマ重工に入ってたのよ。そのコネを使わせてもらうことにした」
磐田がまず提案したのは、新しい専用ギアの発注だった。
退院後の検査の結果エミッション適性に影響はなかったものの、一度大怪我を負ったマギーの身体では汎用ギアを扱うのに負担がかかりすぎるかもしれない……そこでヤシマ重工に移籍した社員にコンタクトを取り、マギーでも扱えるギアを開発させることを目論んだのだ。
「それが今使ってるギアってこと?よく発注通ったね……やっぱり、昔の名声が効いた?」
「まあ、ね。資金の方も、
ただ皆驚いてたわ。誰も私のこと、あの伝説のミグラントだとは思わなかったみたいで」
「ごめん、それはわたしも思った」
顔を見た時から感じていた覇気の無さを言うと、「それはもう諦めてるから」と断じられてしまう。
「でも、負荷を減らすために全身装甲型なの?むしろ扱いづらいって聞いてるけど」
「出力を落として使えば、普通のギアより楽になる。操作系も最適化されてるから。流石に、オーバード・ウェポンを動かした時は辛かったけど」
でもいい物を作ってくれたと、マギーは何処か嬉しそうに呟いた。
「そっちの目途がついたころに、私も十分動けるようになって。
どうしようかしばらく考えたけど、ヤシマでオペレーターとして雇ってもらうことにしたの」
成子坂で働くことも考えたが、当時の成子坂にはマギーを雇う余裕も無かったそうだ。
「リハビリしながら働いて、専用ギアの調整にも参加して。あっという間の時間だった」
そうして、1年前のこと。
無名のフリーランスとして、マグノリア・カーチスは再起した。
「後はまあ、貴女の知る通りよ」
「……アクトレスちゃんに取材してる中で、フリーランスの存在は確かに話題になってた。
ただ……まさか貴女だとは思わなかったけど」
言いながら、真理は車を停める。
マギーの話が終わるのと示し合わせたかのように、車は「日刊東京AEGiSニュース」の入ったビル前へと到着していた。
「……降りる前に、1つだけいいかな」
「ええ、何?」
ハンドルから手を離し、真理は助手席のマギーへと向き直る。
「貴女と会う少し前に、成子坂製作所に行ってきたんだ。
報道で混乱してるのを利用して、隠してること聞き出そうとしたんだけど……アクトレスちゃんに止められちゃった」
(そっちの都合で、これ以上
脳裏に蘇る、少女の言葉。
それで、真理は思い知った。マギーと共に戦った、彼女たちの覚悟を。
「相手はデカい。味方もいない。そんな状況で、あの子たちは戦おうとしてる。自分達の大切なもののために」
「……ええ」
「わたしには、わたしの目的がある。でも、そのためにアクトレスを傷つけたくはない……あの子たちを見て、そう思ったんだ」
目の前にある深青の瞳。
誰よりも自由を願ったアクトレスの瞳を見つめ、真理は告げる。
「だから、お願い。成子坂を助けてあげて。あの子たちに、あのまま潰れて欲しくないから」
真理の言葉を聞いたマギーは瞑目し、小さく頷いた。
「分かった。でも『お願い』じゃ弱いわ、相応の頼み方をしてもらわないと」
「……『依頼』ってこと?参ったなあ、わたし貧乏なんだけど」
肩をすくめる真理に、マギーは笑って首を振る。
「欲しいのはお金じゃないわ……貴女にも、協力してほしいの。
私みたいなフリーランス一人じゃ、出来ることは限られてる。その点、貴女は色々出来るでしょう?宇宙を駆けるジャーナリストさん?」
「はは、まあね。『東京アクトレスニュース』には杏奈もいるし」
マギーだってアクトレスだ。いくら企業のしがらみから抜け出た存在とはいえ、出来るのは成子坂への直接的な支援だけ。
その点真理なら、ジャーナリストという立場を利用できる。明らかに不審な動きをしている今のAEGiSなら、得られるものは大きいだろう。
真理は頷いて、マギーに右手を差し出した。
「……分かった、わたしも出来ることをさせてもらうよ。それでいいんでしょう?」
「貴女の企みには、今は目を瞑るわ。まずは守ってやりましょう、あの子たちを」
伸ばされた手に右手を重ね、契約成立を告げるマギー。
「じゃあまた。なんかあったら連絡してよ」
ビルの前で真理と別れ、マギーは一人で新宿の喧騒に戻った。
人の行き交う通りを暫く歩き、交差点の赤信号で足を止める。
何気なく顔を上げると、黒い空に星の光が瞬いていた。
都市の光と、ありふれた夜空。
(……あの頃の私には、こんなに綺麗には見えなかった)
真理と話すことで、改めて思い知った。
アクトレスという存在のおかげで、ブルー・マグノリアの世界はこんなにも鮮やかに色づいたのだと。
(あいつらを守ってあげたい……か。ミグラントだった私が、そんな風に思うなんてね)
だけど、その気持ちは本物だ。
企業という枠の中にいながら、自由を謳い上げるアクトレスたちがいた。
彼女たちを支えたいと奮闘する、大人たちがいた。
この景色を守りたいと願う、少女がいた。
(どうせ戦うなら——ね)
信号が変わる。
歩き出したマギーの姿は、すぐに雑踏の中に消えていった。
ここまで思いっきり本編裏話。
まあこの章はそういうコンセプトで作ったんですけどね。