マギーと真理が出会った、その翌日。
真理は、とある知り合いに電話をかけていた。
『真理ちゃん?どうしたの?』
「お疲れ様……ニュース、見たよ。災難だったね」
通話の相手は宇佐元杏奈。「東京アクトレスニュース」のMCであるアナウンサー、そして真理のアクトレス時代の戦友でもある女性だ。
……昨晩のことである。
「東京アクトレスニュース」の最後に、宇佐元杏奈がMCを降板することが、ほかならぬ杏奈自身によって伝えられた。
「……やっぱり、ニュースで成子坂に味方したから?」
多分ねと、不満げに答える杏奈。
『別に慣れたことだけどさ……わたしはただ、成子坂所属のアクトレスにまで影響が及ぶのは嫌ですねー、って言っただけなのに』
真理は思わず笑ってしまった。なるほど、杏奈らしい理由だ。
子役として芸能界に入り、テレビの企画でアクトレスを始め、そして引退後はニュースキャスターとして日々アクトレスのことを報じ続ける……画面の中の彼女は常に、アクトレスのそばにいた。
昨日のマギーではないが、彼女もまたアクトレスたちの自由を願う存在の一人なのだ。
「それで、これからどうするの?」
『この空気が収まるまでは、表立って動けないからね……せっかくの長期オフだし、普段できない事でもしようかなって』
ふふふっと、電話口から漏れる不敵な笑い声。
「じゃあ……マスコミの方と成子坂のみんなの応援、任せていいかな。わたしが行くと警戒されちゃうからさぁ」
『わかった。あんまり危険なことしないでね?』
「はいはい。それじゃあ、また」
通話を切り、歩き出す。
「さて、と」
歩みを進める真理の前に見えてきたのは、アクトレスの元締め……AEGiS東京。
「用があるか分からないけど……念のため、ね」
青空を衝くビルを見上げ、真理も不敵な笑みを浮かべた。
『不正疑惑問題が取り沙汰されております、成子坂製作所ですが——』
モニターの中で、男性アナウンサーが事務所の映像を指し示す。
『アクトレス活動の際に無気力戦闘や怠慢な行動を繰り返し、ヴァイスによる被害が増大していると、AEGiS内部からの告発が——』
「……全く、下らない捏造報道もあったものですね」
会長席に置かれたモニターを消し、地衛理は来客用のソファの方へ声を掛けた。
「あら、どうしてそう言い切れるの?」
わざとらしく首をかしげたのは、ソファに座った金髪のアクトレス……マグノリア・カーチス。
何故フリーランスの彼女がここに居るのかと言えば、地衛理自身が依頼のついでに招待したからなのだが……
「彼女たちとは一度、戦ったことがありますので。成子坂は決して、あのような報道をされる企業ではありません」
マギーの対面に座り、地衛理は小さくため息をついた。
「……正直に申し上げて、悔しいです。こうして、アクトレスが利用される様を現在進行形で眺めているのは」
「そうね……私も見ていられない」
覇気なく心中を吐露した地衛理に、マギーは同情の言葉を返した。
彼女とて、まだ高校生の少女なのだ。こうして同業者が苦しむ様を見せつけられるのは、そう簡単に耐えられるものではないだろう。
そして彼女のやるせなさと怒りは、マギーもまた感じているものだった。
真理と再会してから数日。「東京アクトレスニュース」から杏奈の姿が消え、成子坂に関する報道もさらにエスカレートしている。
あの後真理を通じて聞いたところでは、杏奈は成子坂に直接応援に出向いたそうだが……この状況では、成子坂のアクトレスのストレスも相当なものだろう。
「……すみません、私ともあろう者が、弱気なことを言ってしまって」
自嘲するように呟くと、地衛理はマギーを見て微笑んだ。
「不思議です。赤の他人なのに、貴女には何でも話してしまえそうで」
「……なるほど、誰かに相談したかったんだ」
気恥ずかしそうに目をそらした地衛理を見て、マギーも思わず笑ってしまう。
「いいのいいの。私も何だか、貴女のことは放っておけないわ。似たもの同士、ってことなのかしら」
そしてマギーは、地衛理に成子坂の協力者について語った。
「……あまり詳しいことは言えないけど、昔の友人が手を貸してくれることになったわ。成子坂を助けられないか、色々調べてくれてる」
「マグノリアさんの、ご友人が……?」
「それに。今こそまだメディアによるバッシングだけど、成子坂がこれでも折れないなら次に来る手は予想がつくわ。そうなれば、私の出番も出てくる」
マギーは立ち上がり、だから、と言葉を継いだ。
「安心……はさせてあげられないけど、今は任せて。あの子たちを助けたいって大人は確かに存在する。それだけは覚えておいて欲しい。私に言えるのは……それだけ」
踵を返し、マギーは歩き出す。
「……マグノリアさん!」
立ち去るマギーの背に、地衛理は叫んでいた。
「以前貴女に言われたことを、ずっと考えていました。私は何がしたいのか、そのために何ができるのかを」
「……」
「私は……私も、この流れと戦います。私にできる方法で」
振り返ったマギーと、視線が交差する。
2人の戦士は、静かに頷きを交わし合った。
数分後。
「ったく、ここの雰囲気は慣れないわ……」
マギーは逃げるように、聖アマルテアの校舎から飛び出した。
(というか元叢雲の子、この学校だったなんて……!向こうは気づいてないみたいでよかったけど……!)
危うくすれ違いかけた青髪の少女の姿を思い出し、外壁にもたれかかって息をつく。
電話がかかってきたのは、その時だった。
端末に映し出された相手の名は——「神宮寺 真理」。
「もしもし、何か分かった?」
『もしもしマギー?よーやく割れたよ、この流れの手を引いてる『黒幕』』
真理が見つけたという情報は、まさに事件の核心に迫る真実だった。
『……とは言っても、薄々予想はついてるか』
「まあ、とりあえず一番怪しいのは誰って言われれば……ね?」
苦笑するマギー。端末の向こうで、真理も同じ顔をしている事だろう。
「『黒幕は——』』
「「ノーブルヒルズ・ホールディングス!!?」」
「そう。琴村姉妹が所属してるあの会社が、この騒動の黒幕みたいなのっ」
事務所を訪れた杏奈によって告げられた名に、成子坂の面々はそろって目を丸くした。
「……それって、どこまでがあいつらの仕業なの?」
「どこまでも何も、全部よ全部。成子坂への嫌がらせから、わたしの降板までっ」
ジニーの問いに、両腕を広げて答える杏奈。
「成子坂に負けたのを根に持って、こんな嫌がらせをしてたってことですか!?」
「夜露ちゃん、それだけで大企業が動くとは思えません。それにあの会社に、そこまでの力が……?」
首をかしげる楓の横で、文嘉が1人相槌を打った。
「そうか……!ノーブルヒルズが手掛けてるのはシャード開発事業。まだ新興の会社だけど、既に東京シャードの都市開発にも成功してるわ。民間企業への影響力も小さくない筈よ」
「その通り!広告出荷量も多いから、マスコミへの発言力も強いみたいで……あそこの圧力で降板が決まったって、スタッフさんがこっそり教えてくれたわ」
「じゃあ、テレビや新聞なんかの嫌がらせも……」
「うん、そっちは真理ちゃんが調べてくれた。テレビ以外のメディアのバッシングも、ノーブルヒルズが手を引いてるみたい」
ノーブルヒルズ・ホールディングス。
かつて成子坂と戦った敵を中心に、「流れ」は一気に集束していく。
「そして、その目的は……」
「……私が連れて来た時に、双子は言ってました。成子坂を潰しに来たって」
ノーブルヒルズの目的を、夜露は……成子坂のアクトレスは知っている。
(あんたたちが独占してる指定業者エリア、そのすべてを頂いてあげるわ!)
「先の係争は、赤坂エリアだけを賭けた勝負でしたが……」
「今度は成子坂を直接狙ってきたみたいだね。成子坂の信用を落とすだけ落として、指定エリアを丸ごと奪い取るつもりだよ、あいつら」
そう言ったジニーの拳は、固く握りしめられていた。
否、彼女だけではない。
世間からのいわれなきバッシング、孤立し追い詰められていく状況……アクトレスたちの怒りと苦しみは募るばかりだった。
「……アクトレスを辞めたわたしに言えるのは、こんなことくらいだけど」
そんな彼女たちに、杏奈は優しく声を掛けた。
「アクトレスでいられる期間は、限られてるから……みんなには、悔いのないアクトレス活動をして欲しい」
「杏奈さん……」
「アクトレスでもない大人の都合なんかに、振り回されないで。わたしは……わたしたちは何時でも、みんなの味方だから!」
笑って言い切った杏奈に、夜露たちの顔もふっと綻ぶ。
「……今いないっすけど、シタラさんがいたら大変なことになってましたね」
「シタラ、杏奈の大ファンだもんね……100%暴走してたよね……」
脳裏に浮かんだ「放送事故」という言葉に、夜露とジニーはそろって苦笑した。
「——と、盛り上がってるところ、いいかな」
入り口から声が聞こえたのは、その時だった。
全員の視線が集まった先にいたのは——、ドアに手を当て事務所を覗き込む、銀髪の女性。
「真理さん!?」「真理ちゃん!?」
「こんちわー。耳より情報、もう一つ持ってきたよ」
事務所に上がり込み、手に持っていた端末を机に置く真理。
「ほらこれ。ノーブルヒルズが近々、成子坂に『特命随契監査請求』を出すみたい」
「特命随契監査請求」
真理の口から告げられた単語に、アクトレスたちの表情が硬くなる。
「ここが、勝負どころ……成子坂全てのエリアをかけた、大勝負になるよ」
——事態は、大きく動こうとしていた。
次回、Chapter2最終話。
Chapter1と同じく、短めのパートを明日月曜、22時に投稿します。