残念だったな、トリックだよ。
(またお待たせして申し訳ございません)
街並みの中を、不意に駆ける風。
その風が運ぶ、破壊の音と鉛色の匂い。
新宿エリアを行く人々が、ふと足を止め空を見上げる。
『ジニー、舞、後方に新手!』
「は、はい!」「Tallyho!一気に落とすよ!」
『シタラ!2時方向距離100、降下ヴァイス3!』
「任せて!ここから狙い撃つ!」
人工の蒼穹を、光芒と爆炎が彩る。
都市に迫るヴァイスを、成子坂のアクトレスたちは次々と破壊していく。
「ラスト!落とすよ――!!」
シタラの握ったスナイパーライフルから放たれた光条が、紅い輝きに突き刺さる。
緑色の燐光を放ちながら爆散したのは、数日前に東京シャードを襲った未確認ヴァイスだった。
『......よし、制圧完了。周囲に敵の反応はないわ』
「よーっし、終わったぁ」
ようやく肩の力を抜けると言わんばかりに、シタラが深く息を吐いた。
「お疲れー、今回は数が少なくて助かったね」
「でも、あの敵......本当に、なんなんだろう......」
同じく緊張を解くジニーの横で、不安げに呟くのは舞。
東京シャードではここ数日、かの未確認ヴァイスと遭遇、交戦する事態が急増していた。それもただ現れるのではなく、通常のヴァイス鎮圧依頼を受けたらその場所に居た、という奇妙な形で。
『AEGiSの調査は続いてるみたいだけど、まだこれといった情報は掴めてない。兎に角、出てきた連中を何とかするしかないわ』
「またデカいのが出てくる前に、何かわかるといいですけど」
まだ腕付きの大型種は再出現しておらず、成子坂によって齎されたデータで対処法も構築されつつある。それでも、得体のしれない敵への恐怖は募るばかりだった。
「それに、こっちはノーブルヒルズのこともあるし......」
『そのことなんだけど。この後、杏奈と真理が情報共有に来てくれるって。向こうも向こうで色々動いてくれてたみたいね』
マギーの何気ない言葉に、3人が一斉に青ざめた。
「えっ」「あっ」「ええっ!!?」
否......シタラだけは、その翡翠色の瞳をらんらんと輝かせている。
「ん?3人ともどうしたの?」
「い、いえ、別に......」「Oh.no......」
そっぽを向く舞の横で、祈るように空を見上げるジニー。
『2人ともよそ見しないで。ぶつかったら洒落にならない』
マギーにどやされ動き出すも、2人の胸中には一抹の不安が燻ったままになっていた。
(宇佐元さん、来ちゃうんだ......)
(......大丈夫かな、色々と)
そして、その不安は見事に的中することとなった。
「それで、サンティちゃんのことを調べたんだけど......!」
「うっはーーーーっ!!」
「彼女、出身はネパールシャードで、それで......」
「杏奈ちゃん、杏奈ちゃん......!」
「ああこらシタラ!」「落ち着いて下さい!!」
杏奈に襲い掛かる小さな暴れ象を、夜露とジニーがなんとか取り押さえる。
「ふわあっ!......はぁ、どちゃくそかわええ......!」
「し、シタラちゃん。気持ちは嬉しいけど、落ち着いて、ね?」
「うっはーーーっ!!なっ、名前っ、呼んでもらえたぁ......!」
興奮冷めやらぬ様子のシタラに、さしもの杏奈も冷や汗を垂らす。
「す、すいません杏奈さん!それで、サンティさんのことは」
「う、うん!頼まれてた通り、彼女が何者なのかを調べてたんだけど」
杏奈が告げたのは、予想だにしないサンティの素性だった。
「彼女はプロよ。ネパールシャードの傭兵団から、AEGiSに引き抜かれたらしいの」
「よ、傭兵?どういうことっすか?」
いまいちピンと来ない様子の夜露。
「......私たちとは
対照的に、ジニーは深刻な面持ちで眉間を押さえる。
「グルカ兵......地球時代から存在する、ネパールシャードの傭兵産業だね。未だ小競り合いを続けてるシャードじゃ、高い戦闘能力を持つ彼らは引っ張りだこだって聞いてるけど」
ヴァイスという共通の敵に脅かされ、母星を捨てる事になってなお、人間同士の争いは絶えない。
アウトランドの介入で兵器の技術レベルこそ地球時代から変わっていないものの、民族や宗教、様々な対立を要因に、小規模な紛争を繰り返すシャードも存在するのだ。
「サンティさんは、そんなところから......」
呟いた夜露は、何かに気づいたようにはっと顔を上げた。
「あのっ、マギーさんって確か元々は軍人さんなんですよね?もしかして昔何か接点があったとか......」
「うーん。考えられなくはないけど、時期がかなりずれてるからなあ。マギーさんが軍にいたのは7年も昔の話だし」
「でも、互いを意識する理由にはなるんじゃないかな。マグノリアさんは有名なミグラントだったんだから、小さいころから存在自体は知っていたかもしれない」
何故世代の違うサンティが、あそこまで「
三者三様に意見は出たが、目の前にはそれ以上の問題が横たわっていた。
「そんな戦闘のプロを相手に、わたしたちはどこまで戦えるか、か......」
ようやく落ち着いたシタラが、悄然と呟く。
「簡単じゃないだろうね。現にこの間のスクランブルで、実力はしっかり見せつけられたし」
「でも......それでも、勝たなきゃいけないです。成子坂を守るために」
この係争に負ければ、アクトレス事業所としての成子坂は崩壊する。
夜露たちの背負ったものの重さは、元アクトレスである杏奈も十分理解していた。
「......だーっから杏奈ちゃん!パワーを私にー!!」
「えっ!?どうしたの急にうわあああっ!」
が、流石にこの暴れっぷりは理解できなかった。
「......向こうは大変そうね、楓ちゃん」
「シタラさんが宇佐元さんのファンだとは知っていましたが......ここまでとは思いませんでした」
そんなシタラの横暴を、真理たちブレーンチームは少し離れて静観していた。
「こちらはもっと大変ですよ。見てください、これ」
ため息をついた文嘉が見せたのは、成子坂とノーブルヒルズ、それぞれが獲得したスコアの最新の集計結果。
「38000対125000......いやはや、ここまで差がつくものかね」
桁一つ違う彼我の差に、真理は思わず苦笑した。自身が現役だった頃にも係争に参加したことはあるが、ここまで点差が開いたケースなど聞いたことがない。
「案件の履歴を調べましたが、あのスクランブル以降、私たちには小型ヴァイスの依頼しか来ていません。逆にノーブルヒルズには、大型の案件が連続して来ています」
「真理さん、これは......」
「まあ、やってるだろうね。同じ手は使ってこないと思ってたけど、こう来たか」
発注段階での操作。それが、真理の出した仮説だった。
不正監査によってポイントを奪う行為は、アクトレスの戦いぶりが衆目に晒される分、疑いの目を向けられやすい。発注段階で依頼を意図的に偏らせることが出来れば、大衆は依頼の内容になど目を向けないだろうから、得点はより強固かつ一方的なものにできる。
「抗議かなんか、出してみる?」
「恐らく無意味でしょう。調査を引き延ばされて、当座を凌がれればそこまでです。
......ノーブルヒルズにとって、監査を行わせた地点で勝ちは決まっていたのでしょう」
「冷静に言ってる場合?このままじゃ、本当に勝てないわよ」
苛立った様子の文嘉を見て、真理は「わかった」と頷いた。
「これに関しては、わたしたちが介入するよ。君たちの勝負に邪魔を入れるわけにはいかないからね。杏奈―!準備進んでるんだよねー!」
「......!」
シタラにもみくちゃにされている杏奈から、何とかサムズアップが返される。
「準備......?」
「まあ、それはお楽しみということで、じゃあ、わたし杏奈を助けて帰るから......」
「あっ......あの、もう一つだけいいですか?」
杏奈の方へ向かおうとした真理を、楓は引き留めた。
「どうしたの?」
「その......マグノリアさんのことで、1つ」
思い出したように辺りを見回す真理。そういえば、日中事務所に居座っている筈のマギーの姿がない。
「何?仕事サボりだしたとか?」
「いいえ、そういうことではないんです!ただ、最近少し元気がない気がして」
楓の言葉に、真理はふむ、と腕を組む。
「あのマギーが元気がない、ねえ。いつ頃から?」
「そうですね……サンティさんが来たくらい、でしょうか」
「ほほう、サンティ、サンティ……っ」
真理ははっと、紅い目を見開いた。
「真理さん?」
「……そう、か。そういうことか」
1人納得したように呟く、真理の表情が険しくなる。
「わかった、そっちもわたしが当たってみるよ。楓ちゃん、情報ありがと」
「は、はい。わかりました」
困惑しながらも頷く楓をよそに、真理はふと窓から見える青空に視線を投げる。
「……変わっちゃったのかな、マギー。私も、貴女も」
誰にともなく漏れ出た声は、喧騒の中にかき消えた。
頑張ってAC語録を混ぜ込んでいくのが今後の目標だったりします
今回はNo.10。