信じられるのは、血に濡れたこの手だけ。
飛び込んでいくしかないんだ。
私の魂はそこにしかないんだから。
だから、もう。
もう、後戻りはしない。
真理が予想した通り、「有澤重工」の旧アリスギア倉庫に、彼女の姿はあった。
「おーい、マギー」
「......真理?どうしてこんな所に」
「あんたが何か悩んでるなら......まあ、正直悩んでるあんたなんて想像つかないけど、ここにいるかなーって思って」
マギーの横に立ち、目の前の古いギアハンガーを見る。
大破したまま安置された、全身装甲型アリスギア「Fragrant」。
マグノリア・カーチスが「
「迷ってるの?今更になって?」
マギーは答えない。
その代わり、左の空隙を埋めるように回された右腕が、真理の問いを肯定していた。
「私は......私は、ずっと諦めたくなかった。でも、それは許されないことだった。
私がこの場所にいる資格なんて、もうとっくに失っていたくせに」
マギーの言葉の意味を、真理は分かっていた。
一度死にかけるほどの大怪我をして、ボロボロの身体で必死に立ち上がって、逃れられない適正低下にさえも抗って。マギーが今もなおアクトレスでいられることは、殆ど奇跡に近いことなのだ。
だが果たして――それは、正しいことなのか。
「マギー、もうアクトレスを降りたわたしには、あんたの苦しみは分かってあげられないかもしれない、けど」
正しいことかどうかよりも、大切なことが一つある。
「忘れないで。成子坂のみんなは、まだ貴女を必要としてる。アクトレスちゃんだけじゃない。磐田さんも隊長も......わたしと杏奈も」
「えっ......?」
マギーの青い瞳が、見開かれた。
「......やっぱり、気にしてたんだ。ストイックな態度してる割には、かわいいところあるじゃない」
「べ、別にそんな......ただ、彼女たちにとっては今が山場でしょう?だから......」
「まあそれはそうだけどさ。そんなことより大事なことがあるでしょう?」
彼女が自分の戦いに迷いを覚えるとすれば、自分が本当に成子坂の力になっているのか、有り体に言えば自分は役に立っているのかというところだろうというのは、簡単に想像がついた。それだけ、彼女にとって成子坂は大切なところだからだ。
だけど。
「大切なのは、あんたが戦いたいかどうか。あんた、何のためにミグラント続けてるのよ」
「それは......」
「わたしは、アクトレスでいることよりも大事なことが出来た。杏奈もそう。けど、あんたは違うんじゃないの?
問いかけられたマギーの視線が、もう一度ギアハンガーに向けられる。
「......そうね。私は、私はまだ戦いたい」
それは一人のアクトレスが、鋼の腕に込めた真実だった。
マグノリア・カーチスの、何にも縛られない願いだった。
真理の言葉で、何が変わったのかは分からない。
だが、次の出撃では「トライステラ☆」と出て欲しいという成子坂からの要請に、マギーが躊躇することはなかった。
「『FreQuency』、起動。久々ですけど、大丈夫そうですか?」
「問題ないわ。毎度毎度、ありがとう」
「は......はい。頑張ってください」
少々面食らった様子の整備士を見て、そういえば、昔は契約先の整備士にこんなことは言わなかったな、と気付く。
歳を取ったからだろうかとも思ったが、向こうから返された笑顔を見て、すぐにその思考をかき消した。
(彼らの優しさに、私は救われてきた。7年前も、そして今も)
「マギー、ちょっといいか」
アイドリングに入ったギアの影から、整備士長の磐田が顔を出す。
「知っとるかもしれんが、お前さんのHDMは動かせない。この間の強制駆動で色々とイカれちまったみたいだからな」
説明する磐田の声は、少々不機嫌にも聞こえた。シャード体制黎明期からの貴重な遺産であるオーバード・ウェポンを壊されたかもしれないとなれば、技術屋として黙っていられないのはマギーにも察しがつく。
「それに関しては、後でちゃんと責任を取る。無茶をこいたツケは払うわ」
「別に俺はそんなこと求めねえよ。あのHDMは書類上、お前さんの個人所有なんだから……まあ、勿体ねえとは思うがな」
「私はHDMなんて切り札より、こっちの方が大事だと思うけど」
言って、ギアを介して神経接続された左腕を軽く振って見せる。マギーからすれば、この義手こそが生命線だ。
『あー、あー、本日は晴天なり......聞こえてる?』
通信端末からシタラの芝居がかった声が聞こえてきたのは、ちょうどその時だった。
チームリーダーからの調整信号のつもりなのだろう。シャード船団の端から端まで遅延なく通話できるのが当たり前になった今でも、無線通信のマイクテストは忘却から逃れ、文化として根付いている。
「こちらジニー、聞こえてるよ」
「こ、こっちも、問題ないよ......」
「こちらマギー、大丈夫よ......ねぇ、皆」
3人の視線が集まった。ギアにさえぎられて見えないが、そう感じた。
「ありがとう。私に、戦う場所をくれて」
口をついて出てきたそれは、心からの感謝だったのだが。
『へ?い、いや......だって手伝うって言ってくれたのはマギーさんですし』
気負いこんでるのは自分だけであり、彼女たちは何の気もなかったのだというのは考えてみれば当たり前のことだったが、マギーがそれに気付くには数秒の時間を要した。
「......い、いえ、なんでもないわ。忘れて、忘れて頂戴」
気恥ずかしくなって目を逸らした拍子に、隣の金髪のアクトレスと目線が合う。
困惑するシタラと舞をよそに、ジニーだけはクスリと笑って、こちらにサムズアップまで返してきた。
憧れと安堵と、少しばかりの諦観が混ざったような笑顔だった。
『い、いよっし!それじゃあ行くよ!』
「メインシステム、戦闘モードに移行!ブルー・マグノリア、出るわ!」
黒鋼のアリスギアが、旧成子坂の人々がマギーに託した力が、鮮やかな青の火を灯す。
光の翼を広げ、渡り鳥が再び、飛翔する。
異常、としか言い表せない光景が広がっていた。
シャードの空に侵入した数体のヴァイス、そしてそれを追うように現れた、大きな目玉のような異形の機械。
ヴァイスの攻撃を意に介さず、それはヴァイスを、人類の敵を呆気なく蹂躙し、焼き尽くす。
そして、新たな敵を求めたのか――ゆっくりと旋回した紅い目玉を、アリスギアの高出力レーザーが貫いた。
『あいつら、また......!』
「放っておくわけにはいかない。一気に片づける!」
エネルギーライフルを巨鳥の嘴の如く嘶かせ、マギーは先陣を切った。
飛び交う光線を身を翻して躱し、あるいは大型装甲版で受け止め、お返しと放った「KARASAWA」の一撃が数体の小型種をまとめて撃ち抜く。
『マギーさん!!』
シタラの悲鳴が響く。一拍遅れて、マギーのレーダーに小型種の自爆特攻を示す高エネルギー反応が灯る。
「大丈夫!」
左腕をハンガーへと振り上げ、抜刀。身体ごと薙ぎ払われた「MOONLIGHT」の光刃は、直撃寸前の小型種を真っ二つに斬り裂いてみせた。
雷火と爆炎の中を、マギーと「FreQuency」は駆け抜ける。
誰よりも力強く、誰よりも自由に。何にも縛られることなく空を往く、傲岸不遜な渡り鳥。
それこそが「
そして、再起したマギーを試すかのように、それは現れた。
『マジか......!腕付きの大型種を確認!』
狙撃用の広域索敵装備を備えたシタラが、驚嘆とともにその襲来を伝える。
通常のギアによる攻撃を無力化し、アリスギアを一撃で屠る剛腕を振るう大型種。AEGiSからも要注意対象として指定された、最悪の敵。
『どうするマギーさん、誰もHDMは使えないよ』
ジニーの声に答えず、バイザーに映ったレーダーに視線を走らせる。
大型種を示す敵性反応、そして新たに現れた2つの
「......まさか、こうもいいタイミングで来てくれるなんて。大丈夫よ皆、あいつは『彼女』が墜とす!」
声高に告げた、その瞬間だった。
『よーし、さっさと片づけるよー!!』
やかましい声が全員の端末に響くや否や、数体の小型種がレーザーに焼かれ爆散した。
『What!?』『ええっ......!?』
聞き覚えのあるその声に、ジニーと舞は驚愕し。
『真理さんと......杏奈ちゃん!!』
通信越しのシタラの声が、歓喜の色に染め上げられた。
『いやーごめんごめん!皆と一緒に出るはずだったんだけど、杏奈に合うスーツの在庫探すのに手間取ってさあ!』
『な、なんてこと言うの真理ちゃん!予備のギアとのマッチングに時間がかかったんですっ!』
新式のアクトレススーツに身を包み、汎用ギアを纏って現れたのは、神宮寺真理と宇佐元杏奈。
『せっかくマギーが話つけてくれたんだから、いいとこ見せてくよ、杏奈!』
『はいっ、先生!宇佐元杏奈、いっきまーす!!』
嘗て「メリーバニー」と呼ばれた伝説のアクトレスが、それぞれの望んだ明日を勝ち取るために参戦した。
『杏奈、あいつの誘導お願い!』
真理への返答の代わりに、杏奈のギアがスピードを増して突進する。
ならばと、マギーは「KARASAWA」を構えなおした。
「トライステラ、宇佐元杏奈を援護!小型を彼女に近づけさせるな!!」
『Wilco!!』『了解!乱れ撃つぜ!!』
周囲の小型種が次々撃ち落とされる中で、急接近した杏奈の銃撃が大型種へと叩き込まれる。
当然、大型種の豪腕は杏奈へと向けられ、そして。
「真理ちゃん!!」「オーケー!!」
気は熟した。そう告げるかのように、真理のギアが一際眩く輝いた。
熟練のアクトレスの中には、エミッション・コアとの同調時間の長大化により、通常のアリスギアにはない特殊な能力を引き出せる者が存在する。
「パスは通った!隊長、HDMの発動承認願う!」
そう。例えば、彼女のような。
それは起動直後のエミッション・コアへの同調率増大による、瞬間的な高エネルギー放出現象。それこそ、1度だけならHDMを駆動できるほどの。
これが、この状況を真理だけが打開できる理由——通常のアリスギアが効かない大型種を駆逐する切り札に他ならなかった。
「よぉっし、まとめて片づけるよー!」
召喚されるのは、真理が腰掛けられるサイズの
親機たる大型砲台からはさらに無数の子機が射出され、敵にビームの雨を降り注がせる。
そして、真理の予測通り。杏奈を狙っていた未確認種は全周囲からの攻撃に目標を見失い、ついにその動きを止めた。
『とどめは皆で......ぶちかませえッ!!!』
真理と、真理の駆る親機砲台が、同時に咆哮を上げた。
大威力ビームによって敵の次元隔壁に生じた風穴に、一拍遅れて全員の一斉射撃が突き刺さる。
空に咲いた紅蓮の花が、決着を告げた。
それはこの戦いの決着であり、
個人的にけっこう気に入った文章が書けたのですが、どうでしょうか。