「あっほら、昨日の出撃が取り上げられてるよ」
上機嫌な杏奈の声に、真理はPC画面からテレビのほうへと振り返った。
「日刊東京AEGiSニュース」事務所の応接スペースにある小さなディスプレイには、シャードの空を駆ける成子坂のアクトレスたちが映っている。
勿論、彼女らとともに活躍しているミグラントの姿も。
「自分が降板させられた番組を、よくそんな嬉しそうに見られるよね......」
「それはそれ、これはこれ。成子坂のみんなが活躍してるのが、きちんと報道されてるのが嬉しくて」
「あー、そうね。それは確かに」
当初の問題だった成子坂への偏向報道だが、気付くとここ最近はめっきり見なくなった。
杏奈が必死に手を回していたのはもちろん、未確認ヴァイス撃退への貢献が最たるものだろう。急増したかの敵性存在の出没と、それを最前線で撃ち払う成子坂製作所という構図は、図らずも人々の信頼を取り戻す一助となっていた。
「目下最大の懸念事項に助けられてるってのは皮肉だけどね......」
「まあ、ね......というか真理ちゃん、さっきから何読んでるのかな?」
長椅子から立ち上がり、遠慮なくPC画面を覗き込む杏奈。
映っていたのは、なんてことの無いネットニュースの1ページだった。
「『大江戸シャード構想、法案成立ならず』......あぁ、例の無茶苦茶な再開発計画かあ」
東京シャードであれば2010年ごろの東京の街並みを、埼玉シャードは少し遡って1970年代......というように、ムーンシャード船団はシャードによって異なる「時代」を再現しているという特徴がある。データ上の記録だけではなく実際に生活水準を再現することで、より確実に地球時代の歴史・文化を守り抜くためだ。
このシステムを利用しようと打ち出されたのが、「大江戸シャード構想」だった。
東京シャードの文化レベルを、海外人気の高い「江戸時代」に設定し、観光資源にする......そんな大逸れた計画が、真剣に議論されていたのである。
「勘弁してくれって話よねー、全く。200年以上前の暮らしをいきなり再現しろとか、無茶苦茶にも程があるよ」
疲れた様子で、ぐったりと机に突っ伏す真理。計画が通らなかったのは、今まさに真理が言った内容が全てだ。
「大方、シャード開発に関わってる企業の差し金だろうね。最近再開発がお盛んだし......」
そこまで言って、杏奈はあっ、と声を上げた。
さっきまで真理の身体で遮られていた、小さなサブモニター。
どうやら独自に集めていたらしい資料には、ある企業の名前が綴られていた。
「ノーブルヒルズ・ホールディングス......え、まさか」
「そのまさかだよ、杏奈。大江戸シャード構想自体は、いくつかの企業が協力して提出されたものだったけど......取りまとめ役になっていたのは、ノーブルヒルズだったみたい」
思いがけないところから見つかった、奇妙な符号。
それは一見、こじつけにしか見えないものだが......しかし。
「......ねぇ、真理ちゃん、最近増えてる未確認ヴァイスって、被害状況どうなってたっけ」
「んーちょっと待ってね......あった。広域に出現したときに、迎撃から漏れたやつが起こしたのが数件。東京シャード以外では、被害どころか遭遇報告すら上がってないね」
そして、何よりも忘れてはいけないことがもう一つ。
「......こいつらが、シャードに出てくるようになったのってさ」
「ノーブルヒルズと成子坂の、最初の係争からだねえ......」
突っ伏した姿勢のまま、真理は大きなため息をついた。
「言っとくけど、ノーブルヒルズと未確認ヴァイスを結びつけるものは無いからね。確かにどっちも動き出したのは同時期だし、あいつらが東京シャードを派手に壊してくれれば、大江戸シャード構想を通す大義名分は出来るけど、関係あるかは分からないからね」
「それ、疑ってますよって言ってるようなものじゃん......」
杏奈の呆れた指摘も尤もなのだが、ここまでの符号があると、疑わずにはいられない。
だが、両者のつながりは見つかっていないのは、自分自身で言った通り。
「「うーん......」」
2人でなずんでいると、不意に携帯から着信音が鳴り出した。見れば、番号は成子坂の四谷ゆみ。
「はいもしもし。どうしたの?」
『もしもし真理さん?今すぐにこっちに来て。例の未確認ヴァイスの正体が割れたわ』
「......はぁ!?」
それは、真理の眠気を吹き飛ばすには十分すぎる急報だった。
「ちわっす、ゆみ。連絡ありがと」
「ああ来た来た。あれ、杏奈も一緒なの?」
「こんにちは、ゆみさん。たまたま一緒にいたもので」
2人を出迎えたゆみとともに、事務所へ入る。
「真理が来るのを待ってる間に、別件を済ませてるとこ。ほらあれ」
「......以上が、成子坂で試験運用してもらう試作HDMの概要よ。整備部はADA職員と協力して、担当するギアの再調整をお願いします」
ゆみが指さした先。成子坂の面々が集まった前で、鳳加純がプロジェクターを使って何かを説明している。傍らには、「トライステラ☆」と同じ制服を着たアクトレスが一人。
「ゆみさん、あの子は?」
「加純さんが連れてきた補充要員の、文島明日翔ちゃん。桃陰総合の3年生」
おっとりとした雰囲気の少女は、よく見ると肩に一匹の文鳥を乗せたまま、加純の話を聞いている。
「おーい皆、こんちはー」
「あ、真理さん!加純さん、真理さんたちも来ましたよ!」
こちらの声に気づいたらしく、最前列からぴょんぴょんと小さな頭が跳ねる。あの髪色は夜露だ。
「こんにちは。お手伝いのジャーナリストさん。先日の救援依頼への協力、ありがとう」
「別に、たまたまアリスギアが使えたから手伝っただけだし?」
茶化すように言う真理に、加純はふっと笑みを投げた。
「それじゃあ、本題に入りましょう」
プロジェクターの映像が切り替わる。
映し出されたのは、東京シャードの一角を襲う、かの未確認ヴァイスの群れ。
「先月あなたたちが遭遇し、そして今月に入って急激に交戦件数が増加しだしたこの未確認敵性存在について、AEGiS東京はアウトランドを通じて、全シャードに情報提供を要請した。交戦記録は無いか、過去の記録に残っていないか......とにかく全て。
そしてついに、奴らの正体が判明したわ」
一呼吸置いて、加純は告げる。
「地球時代の人々が、ヴァイスに対抗するために造り出した無人攻撃兵器。オーバード・ウェポンのシステムを応用して、エミッション・コアを使い潰す特攻兵器......それが奴らの正体よ」
俄かには信じられなかった。
「アリスギア以外に、ヴァイスと戦う兵器があったんですか!?」
「いやいや、そもそもなんでそんなものが今になって出てきたの?地球時代の兵器がどうしてムーンシャードに......」
「落ち着いて。最初からきっちり説明するわ」
声を上げる成子坂の面々を宥め、加純は話を進める。
「そうね、まずはなんでそんなものがこの東京シャードに存在するのか、から行きましょうか。みんな、月面遺構は知ってるかしら?」
頷く者が半分、無言で目を合わせる者がもう半分。
「シャードを切り出したときに月面にあたる部分に遺された、地球時代の建造物。だよね」
「神宮寺さん、正解。そしてそんな月面遺構は、実はこれまでしっかりと調査されたことがないの。シャードの表面に置いてけぼりにされた昔の建物なんて、気にするほどでもないと思われてたってわけ」
するとそこで何かに気づいたように、アクトレスの一人が手を挙げた。
「あら、どうしたの?えっと......」
「成子坂製作所の、小芦睦海です。あの、もしかしてなんですけど」
小柄な黒髪のアクトレスは、ぽつりと、
「......その月面遺構に、無人兵器の格納庫みたいなのがあった、とか」
「......鋭いわね。まさにその通りよ」
再びプロジェクターが切り替わる。
次に映し出されたのは、東京シャードの外壁近くだった。細長い直方体の形をしたシャードの、小さい方の面にあたる部分だ。
「この......まあ、言ってしまえば東京シャードの『船尾』の部分ね。ここに昔、無人兵器の工場と格納庫が存在していたことが分かった。その中に遺棄されていた無人兵器が何らかの理由で起動したというのが、AEGiSの出した仮説よ」
そこまで言って、加純は小さくため息をつく。
「早くしっかりとした調査をしたいところなんだけど、遺構に遺された兵器の規模が分からない以上、簡単に手出し出来ないのが現状。アクトレスを向かわせるにも、危険な任務になることは避けられないから」
「あの、それなんですけど」
割り込んだのは、最前列で話を聞いていた楓。
「どうして、かの兵器はわたしたちを襲うのですか?同じヴァイスを倒すための兵器なら、協力することはできないのでしょうか」
「残念だけどそれは無理よ、楓。あいつらの行動パターンを解析したら、これまた厄介なことが分かってね......あれはヴァイスをというより、高次元エネルギーを探知して襲い掛かってるらしいの。つまり奴らにしてみれば、ヴァイスもアリスギアも一緒ってこと」
「ちなみになんだけど、あいつらによる被害は特に、ギアを扱う施設やその近傍に集中してる。高次元エネルギーを狙うっていうのは、多分マジだよ」
加純と真理から告げられた真実に、楓は力なくうなだれる。
「そんな......どうして、そんなものを作ってしまったんですか?」
「分からない。AEGiSも総出で情報をかき集めたとはいえ、地球脱出前後の記録はどうしても少なくなってしまうの。現状で分かったのはここまでよ」
加純が言葉を切ると同時に、事務所が静寂に包まれる。
無理もない、と真理は目を伏せた。まさか敵の正体がかつての人類が造ったものだったなど、誰が受け入れられようか。
「......なるほど、大体わかったわ」
だが、その中でも。
「青い木蓮」だけは、力強く立ち上がった。
「要するに、大元を叩くか出てきたやつを全部潰せばいいんでしょう?奴らは現存する数より多くなることはないんだから」
「ブルー・マグノリア......それは、そうだけど」
「だったら、何を恐れる必要がある。こちとら居なくなるかも分からないヴァイス相手に、何世紀も戦い続けてるんだから」
挑戦的な青い瞳が、加純へと突き刺すように向けられる。
「それで、私たちはどうすればいいのかしら?東京最強?」
「......現状は変わらず、出現した無人兵器の駆除を。近いうちに正式な調査任務を発令するために、AEGiS中が準備に動いてるわ」
そこまで言って、加純は気付いた。
こちらへと向けられる少女たちの視線。彼女たちの瞳に宿った、歴戦のミグラントにも負けない闘志に。
「気付かなかったけど......みんな、いい目をするようになったわね」
ふと、彼女たちと初めて会った時を思い出す。
叢雲工業の後を継ぎ、東京シャードの最前線を担うことになったあの日から。
加純の期待通りに......否、それ以上に強くなっていると、確信した。
「貴女のおかげかしら、ブルー・マグノリア?」
「私は少し手伝いをしただけ。彼女たちが、最初から持っていたものよ」
マギーの言葉に、加純は満足そうに笑った。
「じゃあ、私はこれで。明日翔、後は宜しく」
「はい~。成子坂で頑張らせていただきます~」
事務所の扉の前で、加純はふと振り返った。
「あと、これは仕事に関係ない、個人的な話なんだけど......」
軽く握った拳を、アクトレスたちに向けて。
「ノーブルヒルズとの係争、応援してる。負けないでね」
元気いっぱいな「はいっ!!」という斉唱を背に、加純は成子坂を立ち去った。
アリスギアにヘンなの集団を出す理由はかなり考えたんですけど、
この辺りが一番しっくりくるかなと思いました。
どうでもいいんですけど、何時ぞやのイベントでシャードの全景が出た時は驚きましたね。あんなにきれいに切り出されてるもんだとは思いませんでした。