Phase:1「To give surrender, my soul is wandering.」
突如爆発を起こした月面遺構と、そこから湧き出たおびただしい量の無人兵器。
再び混沌の坩堝と化しつつあった戦場からアクトレスを救い出したのが、人類の不倶戴天の敵であるはずのヴァイスであったのは、まさに皮肉の極みだった。
まるで月面遺構の爆発に引き寄せられたかのように――あるいは、何物かに誘導されたかのように――突然現れたヴァイスの軍勢。
その姿を見るや否や、無人兵器はその開発目的に従い、攻撃の矛先をヴァイスに変えたのである。
双方が潰しあうどさくさに紛れ、アクトレスたちは何とか撤退することには成功したのだった。
激戦から帰還した成子坂の面々にとって、未帰還と思われたマギーとジニーからの連絡があったことは何よりの朗報だった。尤も、余りにも予想外な彼女の現在地には驚かされることになったが。
「いや、AEGiS神奈川って、どうしてそんな所に?」
『マギーさんを連れて逃げてる途中に、AEGiSのアクトレスさんに捕まって、そのままここまで連れてこられたんだけど......わたしにも、何が起きてるのやら』
真理がモニターへ向かって尋ねると、アクトレススーツ姿のままのジニーが苦笑する。どうやらラウンジのような所でビデオ通話をしているらしく、整った白人系の顔は鮮やかな夕日に照らされている。
AEGiS神奈川があるのは無論神奈川シャード、東京シャードの真後ろに位置するシャードである。なので比較的近い位置ではあるわけだが、それでもその間をアリスギアだけで行き来するのは決して散歩感覚で出来ることではない。
『途中で私のギアが復帰したから、ずっと引っ張ってもらうことには成らなかったのが不幸中の幸いだったわ。それでも、こんなに長く飛んでたのは初めてだったけど......』
ジニーの隣でそう呟くマギーは、流石に疲れているようだった。
『私たちはここで待機って言われてるけど、真理、そっちはどうなってるの?』
マギーに尋ねられ、真理は後方......人気のない事務所を指し示す。
「こっちも、AEGiSから指示があるまで待機。まだ残ってるアクトレスちゃんもいるけど、9時には終業になってるから適当に帰すって......あぁそうだ、これ見て」
後ろを向いた拍子に目に映ったスクリーンを、自分の身体をどかしてカメラに向ける。
映っているのはレーダーマップのようだが、索敵範囲も反応の数も、アクトレスが普段の業務で利用しているものとは比べ物にならない規模だ。
『それって......』
「AEGiSの広域索敵のデータが、全事業所にリアルタイムで公開されてるの」
『ねぇ真理さん、もしかしなくてもこれって......ヴァイスと無人兵器の反応だよね』
口を挟んだジニーの問いに、真理は一言「その通り」と肯定した。
「見れば分かるけど、圧倒的に無人兵器が優勢よ。作戦司令部の見立てじゃ、半日もすればヴァイスは全滅するって。そうしたら......」
『私たち人間と、無人兵器の全面対決......ってことね』
マギーの言葉を最後に、重苦しい空気が双方を覆う。
『......覚悟は、出来てるよ』
『ジニー......』
臆することなく、いつも通りの不敵な笑顔さえ浮かべて、ジニーは告げる。
『正直、今凄くワクワクしてるんだ。最初はくだらない係争から始まったのに、いつの間にか東京シャードの一大事になってるんだから。こんなエキサイティングなこと、楽しまずにはいられないよ』
「......っはは!言えてるわ、ジニー!」
真理は思わず噴き出してしまった。
考えてみれば、自分だって最初は成子坂を利用するだけしてしまおうと思っていた。なのに彼女たちに巻き込まれて、いつの間にかこのざまだ。
それでも、そんな今の時間も悪くないと、そう思えている。
「貴女は?マギー」
画面に向かって呼びかけると、マギーはその鋭く整った顔をにこりと緩めた。
『......私も。ただの依頼だと思ってたのに、こんなことになるなんて』
3人とも、気付けば笑顔になっていた。
それぞれが全く違う目的で戦いに身を投じながらも、今こうして同じ思いで戦っていることが、とても奇妙で......だけど、嬉しかった。
「それじゃあ......せいぜい戦い抜きましょうや、最後まで」
真理の言葉に、2人のアクトレスは強く頷いた。
成子坂との会話を終えたマギーは、ジニーとも分かれ、整備エリアへと向かっていた。
AEGiS神奈川とは言ったが、正確には今2人がいるのはその専用ステーション、AEGiS直属のアクトレスのギアが置かれているハンガー兼整備場だ。都会のシャードはAEGiSの建物が市街地のど真ん中にあるため、このように郊外に専用の施設を保有していることが多い。
一度整備場に入ってしまえば、小奇麗なエントランスから打って変わって、無骨な施設の中で大勢の作業員が仕事に追われている。主に先ほどの戦いから帰還したアクトレスのギアを修理しているようだったが、中央の大型ハンガーにまるで主賓のように収められているのは、紛れもないマギーの専用ギア「FreQuency」だった。
そして、そのすぐそば。
作業員の邪魔にならないようにか少し離れた位置で、浅黒い肌の少女がじっと、ギアハンガーを見つめていた。
「サンティ」
マギーがそっと声をかけると、少女は小さな肩をぴくっと震わせて振り返る。
「ブルー・マグノリア......」
「さっきはありがとう。貴女も無事でよかった」
サンティの右に並んで立つと、その小さな身体が徐に肩を寄せてきた。
マギーは一瞬驚いて、その行動が自分の失くした左腕の分の隙間を埋めようとしていたことに気付いた。
「貴女......」
サンティは何も言わない。何も言わずに、視線も動かさずに、しかしその温もりを、こうしてマギーに預けている。
整備作業の音だけが淡々と響き渡る中で、マギーは意を決して口を開いた。
「......1年くらい前かしら。AEGiSからの依頼で、インストラクターの手伝いをしたことがあったの。新しく所属することになったアクトレスの基礎訓練だったかしら」
「そう......なんですか」
「ええ、それでね。もう20になるかくらいのアクトレスが殆どの中に、貴女くらいの女の子が居た記憶があるの。とても綺麗な、でもナイフのように鋭い、翡翠色の目をしてた」
もう一度、サンティに視線を向ける。
こちらを見上げる、綺麗な翡翠色の瞳と目が合った。
「......やっぱり、貴女だったのね。初対面であんなに突っかかられてから、ずっと引っかかってたの」
「あの時の態度は謝ります......でも、あんなに気付いてもらえないとは思いませんでした」
「ごめんなさい、昔のことだから中々思い出せなくて。でもどうして、あんなにケンカ腰だったの?」
マギーが問いかけると、サンティはむっとしたまま視線を逸らした。
「......貴女に」
「?」
「貴女に......もう戦って欲しくなかったんです」
予想だにしなかった答えに、マギーはその時、本気で呆気に取られてしまった。
「ノーブルヒルズとの係争で、貴女がブルー・マグノリアとして表舞台に出てきたとき、本当に驚きました。あの時AEGiSで見た義手をつけたアクトレスが、あの伝説のミグラントだったんですから。
だからこそ......今もこうやって戦おうとしてるのが、信じられなかったんです」
「サンティ......」
「貴女は、戦場を変えただけのワタシとは違う。こんなに傷ついてなお、戦いを求めていた......それが、ワタシにはとても恐ろしかった......だから」
言葉が途切れる。
全てを吐き出しきれないまま、サンティは俯いた。
何故、彼女はそうまでして戦うのか。サンティには、その理由はとっくに分かっていた。
結局、自分たちは同類だったのだ。元軍人のマギーも、傭兵のサンティも、相手が人からヴァイスに変わったというだけで、戦いから目を背けることは出来なかった。
そして、今マグノリア・カーチスが此処にいるのは、彼女が戦う事を肯定してくれた人がいたから。肯定して、支えてくれる人が居たからなのだろう。
もしも彼女が戦う事をどこかで否定されていたら、彼女の人生はそこで終わっていた。そのことに、サンティは気付いてしまっていた。
「ワタシは、貴女を止めたかった......でもそれは、ワタシの思い上がりだった」
だから、サンティに言えたのはそれだけだった。
マギーは瞑目し、サンティの言葉を噛みしめていた。
そう、彼女は何も間違っていない。
「......貴女は、優しいのね、サンティ」
だから、マギーに言えたのはそれだけだった。
今回出てきてかませになったヴァイスの皆様ですが、
ノーブルヒルズ関連のシナリオで出てきたあいつらです(申し訳程度の元シナリオ要素)