書き始めた当初から、エピローグのタイトルはこれにしようと決めていました。
「爆発した月面遺構内及び東京シャード周辺宙域の、残存敵性反応の完全消滅を確認した――現時刻を以って、『オペレーション・ヴァーディクトデイ』を終了する。作戦に参加した全アクトレス、全企業の協力に感謝する」
東京シャード中のアクトレスに送られたビデオメッセージを、琴村姉妹は薄暗い高架下で見届けていた。
「そっか......勝ったんだね、皆」
安堵する天音の横で、何も言わずに端末をしまい込む朱音。
「......どうでもいい。行くわよ、天音」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ぶっきらぼうに言いながら歩き出す朱音を、天音は慌てて追いかけた。
「オペレーション・ヴァーディクトデイ」が発令されたのとほぼ同時に、地上でもある事件が起こっていた。彼女たちの所属するノーブルヒルズ・ホールディングスに、突如AEGiSと警察による捜査の手が入ったのである。
容疑はアウトランド最大の重罪とされる「ヴァイス誘致罪」......無人兵器と同時に現れた大型ヴァイスの集団は、ノーブルヒルズの人間によって誘導されたという疑惑だった。
当時社外に居た2人は、独断でそのまま逃亡。
「オペレーション・ヴァーディクトデイ」にも参加できぬまま、今までずっと捜査の目から逃げ続けていた。
「......ねぇ、これからどうするの?」
天音のその質問は、もう何度も繰り返されたものであり、
「五月蠅いわね。黙ってついてきなさい」
朱音のその回答も、もう何度も繰り返されたものだった。
「......クソっ」
行き場などないことなど、朱音自身が一番わかっていた。
幼少期を過ごした孤児院を頼ることも考えたが、いきなり上がり込もうものなら職員が不振がるのは明白だ。
何より......あの場所にはもう、
(京さんは、居ないんだから......!)
叫びたくなる衝動をこらえ、必死に足を動かす。
俯いた視界には、もう何も見えていなかった......しかし。
「......前を向きなさい、アクトレス」
「!!」
すれ違いざまにかけられた声に、朱音は反射的に立ち止まっていた。
左手を握る甘音の手が強く握られ、彼女の困惑を伝えてくる。
当然、誰かに気づかれたら逃げる気でいた。しかし、その声は。
「何よ......嘲笑いに来たの?」
「狙ってこんな所で会うわけないでしょう。偶然よ偶然」
ちらりと、後ろを見る。
飄々とした声音に合わせてひらひらと振られる右手。そして、肩から先がない左腕。
「さっき、AEGiSで調べてもらったんだけど。私はもうアリスギアは動かせないって......まあ、薄々そんな気はしていたんだけど」
「......ふん。じゃあ貴女の戦いは、これでもう終わりってことね」
ざまあないわ――と、言葉を続ける間もなかった。
「どうかしら。私は、まだこの生き方を諦めるつもりはないわ」
「「えっ......!?」」
2人の声が重なった。
力なく俯いていたのが嘘のように、朱音は振り返る。
「だって、もうアリスギアは動かせないって」
「ええ。もうアクトレスとして戦うことは出来ない。でも、別の形で戦うことは出来る......そう信じることにしたのよ、私は」
何も言い返せなかった。
成子坂のアクトレスたちには、そんなにも人を前向きにさせる力があったのか......否、むしろ彼女がずっとずっと諦めずに居たからこそ、成子坂も彼女に味方したのかもしれない。
何故なら目の前の「渡り鳥」は、一度翼を奪われて尚、ああして戦っていたのだから。
「じゃあ、私はこれで。成子坂との契約を終わらせないといけないから」
歩き出した背中が、ふと振り返る。
力強い紺碧の眼差しが、まっすぐに双子を見つめる。
「......あなたたちは、進み続けなさい」
最後にそう言い残し、「渡り鳥」は去っていった。
「......天音」
取り残された朱音は、妹の方へと振り返る。
ノーブルヒルズを逃げ出してからずっと、正面から見れなかった顔。
瓜二つの気弱な顔が、まるで自分の本心を映しているようだったから......しかし、今は。
「わたし、まだ諦めたくないから。悪いけど、もう少しだけ付き合ってくれる?」
「......うん!」
不安を必死にこらえた笑顔で、天音は答えた。
双子は、もう一度歩き出す。
救いようのない今から、逃げるのではなく。
どうしようもない未来へ、真っ向から立ち向かうために。
無人兵器という強大な敵が去ってなお、人とヴァイスの戦いは終わらない。
『即応部隊、展開完了』
『突入部隊AからC、速やかに作戦地点への移動を願います』
宇宙に無数の光の轍を描き、何人ものアクトレスが星の海を進む。
彼女たちの目的はヴァイスからのシャード防衛......ではなく、東京シャードの航路上に確認されたヴァイスコロニーの鎮圧。
先の無人兵器との戦い......人々に「
そしてその中には、かの戦いを駆け抜けた少女たちの姿もあった。
「う~~~......」
この作戦のために提供された新型ギアと新型スーツを身に纏い、比良坂夜露は出撃の時を待っていた。
彼女の任務は、陽動部隊によって開かれたルートを突破し、ヴァイスコロニーを破壊すること。3つの突入部隊のうち、最も突破能力が求められる中央第一部隊である。
故に、緊張もひとしおというものだった。
左右に居る他のメンバーが吾妻楓と紺藤地衛理という武人コンビであることも、それに拍車をかけている。
......何か呼びかけようにも、集中している2人に声をかける気すら起きない。
(あぁ、わたしはどうすれば......)
悶々とした時間を過ごしていた、その時だった。
『オペレートを引き継ぎます......皆、聞こえるかしら?』
突然聞こえてきたその声に、夜露は藤色の瞳を見開いた。
「えっ......ま、マギーさん!!?」
『そのテンションだと、自己紹介はいらないかしら。マグノリア・カーチス、AEGiSからの依頼で、突入部隊のオペレーティングを担当するわ。よろしく』
『
さしもの地衛理も、このサプライズには混乱したらしい。
『不満かしら?ヴァイスコロニーの鎮圧くらい、私も参加したことはあるのだけど』
『い、いえ、寧ろ光栄の至りとは思うのですがっ」
珍しくあたふたとした姿を見せる生徒会長の横で、楓は静かに頷いた。
『......良かった。よろしくお願いします、マグノリアさん』
『えぇ、宜しく。皆と直接一緒には戦えなくなったけど、少しでも力になれるよう、全力を尽くす』
楓の「良かった」という言葉の意味に、夜露は少し遅れて気づいた。
先日の契約終了の手続きの席で、彼女がエミッション適性を完全に失ったことは聞いていた。まるで、あの戦いで全てを出し尽くしたかのように。
それでも、マグノリア・カーチスは戦い続けるのだ。
自分自身の手で、未来を描き続ける限り。その在り方を、誰かが認めてくれる限り。
ならば、自分たちに出来ることは。
「......はいっ!行きましょう!マギーさん!!」
彼女が信じたアクトレスとしての姿を、これからも全うし続けることだけだろう。
『――時間ね。皆、まずは作戦通りに。絶対に――勝ちましょう』
『『『了解!!!』』』
空を舞う鳥のように、アクトレスたちは宇宙を翔ける。
未来を勝ち取り――その先へと羽ばたくために。
丸2年、こんな駄文にお付き合いくださり誠にありがとうございました。
アーマード・コアという作品は自分の中で本当に心の支えになっているゲームでして、その感謝やリスペクトを少しでもこの作品から感じて頂けたら嬉しいです。
それでは、今回はこの辺で。
この作品を見てくださったレイヴン、リンクス、ミグラント、あるいは隊長の皆様。
また、どこかの戦場でお会いしましょう。