【お詫び】
今回を書いていて「あれ、これ順番逆じゃね?」となったので、
誠に勝手ながら話順を入れ替えさせていただきました(話順とかいう謎ワード)
今回が「Mission:5」となります。
成子坂製作所で起きた、ギアの停止事件。
これをAEGiS…それに属する
警察による捜査と合わせて、成子坂製作所の調査が行われることが決定した。
行われるのは現場の点検、保管されているギアの点検、システムソフトウェアのチェックその他。
臨時休業となった成子坂製作所は、朝一番からてんやわんやの騒ぎだった。
「……はあぁ。やっと終わったよ」
長々と続いた聞き取り調査を終え、ジニーは疲れ切った顔で談話室のソファに座り込んだ。
今メンテナンスエリアでは、入れ替わりに楓が調査を受けている。
マギーは……とある理由で、先に調査を済ませていた。
「お疲れー、いやいや、昨日は大変だったねぇ」
「お疲れ様。ちょうど夜露からも連絡が来たわ。元気にしてますって」
談話室には、文嘉とシタラの姿。事前に臨時休業が申し渡されたため、他のアクトレスの姿は無い。
「そっか、良かった」
文嘉からの知らせに、安堵の声が漏れる。
昨日の出撃の後、夜露はすぐに近くの病院へ担ぎ込まれた。
軽度の気管支損傷ということで、そのまま入院している。
学生アクトレスと違って時間に余裕のあるマギーが、今見舞いに行っている所だ。
「……逆に何で2人はいるのかな」
「事務関係は私がやってるからそれで」「ルームメイトについてきただけであります」
敬礼して言い切るシタラに、ジニーは思わず苦笑した。
「ねぇジニー、調査って何訊かれたの?」
「メンテナンスエリアの侵入者の件。私とマギーさんが目撃者だったから」
「非常口ぶち破って逃げてったって奴ね……頭痛くなってきた」
頭を抑える文嘉の気持ちもわかる。頑丈なはずの非常口が鍵を壊されるでも外されるでもなく、文字通り吹き飛んでいたのだから。
「軽くミステリーだよね……爆弾でも使ったのかな」
「扉の反対側は殆ど荒れてなかったし、それは有り得ないわ」
「あ、もしかして……アリスギアを使った、とか?」
「いやいやシタラ、それは流石にないって」
シタラの閃き(?)を、一笑に伏すジニー。
アリスギアの悪用など、ヴァイス誘致罪に並ぶ大罪だ。そんなことをするものなど、流石にいないだろう。
「はぁ……わかんないことだらけだぁ」
3人そろって、ぐたっとソファに身を沈めた、ちょうどその時。
「……そんじゃあ、マギーさんのギアの話なんてどうッスか?」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、整備部の鈴木だった。後ろには他の若手整備士も付いて来ている。
「あれ、向こうはいいんですか?」
「おやっさんが応対してくれてるッス。あそこに居たって、俺たち若手は足手まといになるだけなんで」
ADAの調査なんてわからないッスと、鈴木は苦笑した。
「それで、マギーさんのギアっていうのは?」
「そうそうそれ。これ見てよ、びっくりするから」
女性整備士の富田が、アリスギアのデータシートを映した端末を机に置く。
談話室に集った面々はそろってその画面を覗き込み、一斉に目を丸くした。
分厚い黒の装甲と、大型のブースターを備えた四肢モジュール。
装着するアクトレスを守るかのように、全身に配置されたプロテクター。
データシートに示されたマギーのギアは、明らかにありふれたそれとは異なっていた。
「はえーすっごい。変わった形してんねぇ」
「
「確か高出力化のために開発されたものの、あまりの操作性の悪さに普及はされなかった、だっけ」
文嘉の呟きを補足して、再びデータシート上のスペックに目を移す。
これだけの重量と出力では、アクトレスへの負荷もかなりのものになる。相当な熟練者でなければ、使いこなすのは難しいだろう。
ふと、先日のマギーの独壇場を思い出す。
こんなギアを軽々と扱うその技量を、ジニーはあらためて思い知らされた。
「でもこれ、専用ギアだよね?わざわざこんなギアをオーダーしたってこと?」
「全身装甲は確かに使いづらいそうですが、その代わりに滅茶苦茶タフなんですよ。多少の整備不良があったところで、問題なく動いてしまうとか」
「
そして、気になることはもう一つあった。
「ところで……こっちのウェポンギアが、ずっと気になってるんだけど」
「あー、それはッスね」「叢雲工業が開発を進めていた、新型ギアのプロトタイプです」
答えたのは、談話室に入ってきた楓だった。
「あ、お疲れー。聞き取り調査終わった?」
「はい、問題なく。……もう懐かしいですね、このギアも」
「新型ギアって……不正がバレる原因になったやつ?」
文嘉の問いを、楓は「それとは関係ありません」と否定する。
「もっと以前から計画されていたものです。既存のギアとは違う、先鋭化した性能をコンセプトに、いくつか試作されていました」
「先鋭化っていうか、ただのモンスターマシンに見えるんだけど……」
ジニーがそう溢してしまうほど、マギーのウェポンギアは極端なものだった。
HDMと言われてもおかしくないサイズの、超高出力レーザーライフル「KARASAWA」。
クロスギアの「MOONRIGHT」に至っては、高集束レーザーの塊をゼロ距離で叩き込むという「エネルギー発振型クロスギア」だ。
既存のアリスギアとは一線を画すギミックを計画していたのはさすがはヤシマの傘下企業と言うほかないが……ここまで極端な性能にしてしまっては、扱いづらさは相当なものだろう。
「実際ジニーさんの言う通りでした。私達が性能試験をしたときは、リンでさえギアに振り回されていましたから」
まさか専用ギアにして使っているアクトレスがいたとは、楓も思ってもいなかったらしい。
「……むしろ『FreQuency』と併用したからこそ、こちらの性能も上手く引き出せているのかもしれませんね。なんでわざわざそんなことをしているのかはわかりませんが」
「まったくッス。おかげでこっちは色々苦労させられて……」
眼鏡をくいっとして語った松田の考察に、何故か鈴木が恨み言を漏らした、その時。
「おいお前ら、結論が出たぞ」
整備部長の磐田が、ADAの職員を連れて戻ってきた。
「磐田さん!」「それで、どうだったんですか!?」
詰め寄る面々をまあ落ち着けと諫め、磐田は隣の職員の方を向く。
「……説明、願えますか」
「はい。メンテナンスエリアと全てのギアのシステムを解析した結果、先日運用された比良坂夜露さんのギアに、クラッキングの痕跡が認められました」
外的要因によるソフトウェア破損が引き起こした、突然の機能停止。
それが、ADAが出した結論だった。
その場にいた全員に、動揺が走った。
「No way!! アリスギアがハックされるなんて……!」
「そちらの方のおっしゃる通り、こんな事態は今まで初めてです……正直、こちらもかなり困惑しています」
「まぁ、遅かれ早かれ起こりうるとは思ってたけどさぁ、まさかウチがその被害を受けるとは……」
ADAの職員も前代未聞と答えた事態に、シタラさえも嘆息する。
「一般的なアリスギアのメンテナンスユニットは、AEGiSのデータ収集のためにネットワークを構築しています。ですが今回の場合、メモリ型ツールなどを用いたダイレクトなハッキングと考えるのが妥当でしょう」
「あの侵入者、きっとこれが狙いだったんだろうね」
そう言って、ジニーは思案した。
ドアの破壊にアリスギアを使った可能性。
そしてこんな妨害をする理由があるのは、ジニーの知る限りただ一つ。
(ノーブルヒルズが……?やってることが派手すぎる気もするけど……)
「それで、今後どうなるんですか?
「警察からの指導とは別に、AEGiSとしての見解を通達します。新宿エリアにある、整備施設を保有する全アクトレス事業所に対して、順番に点検とプロテクトの供給を……」
ハッキングもギアの悪用も当然、露呈すればただでは済まない。
「ってことは、まだこっちは動けないのか!?成子坂は他企業との係争下なんだぞ!?」
「いえ、成子坂製作所は明日からの再開を許可されると思います。プロテクトの構築にも、時間がかかりますから」
たかが一企業が、そんな大それたことをするのだろうか?
(一体、何が起きようとしてるの……?)
根拠はない。
だが、ジニーの心は訴えていた。
この事件は、ただの企業間の係争では終わらない——と。
おもむろに、ジニーは立ち上がった。
「ジニー?」
「マギーさんに伝えてくる。そろそろ戻ってくる頃だろうし」
「え、ええ。わかったわ……?」
困惑する文嘉をよそに、事務所を出るジニー。
些か無理やり出てきてしまったと自嘲しながら、日が落ちていく街並みを急ぐ。
ジニーが足を止めたのは、夜露が担ぎ込まれた病院に隣接した薬局の前。
ふうっと息をついて、事務所から持ち出した端末に視線を落とす。
正直これが許されるのかどうかわからないが、それでもこうするしかないと思った。
「ジニー?どうしたの?」
その声に、ジニーは顔を上げた。
青い
夜の東京シャードから、光が消えることはない。
21世紀の都市が再現された街並みは、かつて地球という星の上にあった時と同じように息づいている。
そして、それらを見下ろす展望台の上。
「ちょっと、明日は動けないってどういう事よ!せっかく成子坂を止められたってのに!!」
青いワンピースの腰に手を当て、琴村朱音は握った端末にいら立った声をぶつけていた。
『そうは言われましても、AEGiS立会いの下の点検となっては断れないでしょう。成子坂の妨害には成功しましたが少々、派手に動きすぎたかもしれませんね』
「何よ!忍び込んでハッキングしろって言ったのはそっちじゃない!!」
通話先の男の声に、更に不機嫌になる朱音。
成子坂製作所での事件が引き起こした、AEGiSによる事業所の一斉点検……それが早くも明日、ノーブルヒルズ・ホールディングスを対象に行われることとなったのだ。
『まあ偶然でしょうが、係争中にこれは痛い……向こうには一人、渡りのアクトレスもいるそうですからね』
朱音はふんと、不満げな声を漏らす。
「あんな時代遅れのフリーター、敵じゃないわ!それよりも、本当にあたしたちに勝たせてくれるんでしょうね!」
『勿論。成子坂製作所はここで完全に排除します。我々としても、それが目的なのですから』
その言葉を聞きながら、朱音は一度深呼吸した。
そう、「彼ら」と目的は同じ。
この係争で成子坂製作所を潰す。そのために力を貸すと、「彼ら」はノーブルヒルズの重役に取り入ってくれたのだから。
『予定通り、次のプランへと進めましょう。妹さんはいますか?』
「ええ……天音」
振り返り、白いワンピース姿の妹に声を掛ける。
自分とよく似た顔立ちの少女は、不安げにこちらを見つめ返した。
「う、うん……お姉ちゃん」
「予定通り、あんたの出番よ。これで成子坂に勝ちは無くなるわ」
弱弱しく頷く妹に、朱音はため息をついて踵を返す。
あの黒いギアのアクトレスは予想外だったが、そんなことは関係ない。
——成子坂に勝てれば、なんでもいい。
「見ててね、凪さん。あたしたち……勝ってみせるから」
朱音は瞑目し、誰にともなく呟いた。
Tips「全身装甲型アリスギア」
アリスギア開発の中で生み出された、特殊なギアのひとつ。
エネルギー効率が重視された時代の流れと逆行するかのように、被覆面積を増やして四肢の装甲、ブースターを大型化し、高出力化が試みられている。
結果として出力上昇と容量増加には成功し、また多少の整備不良はものともしない程の堅牢さ(特にこれは今日の繊細なアリスギアにはない利点である)を獲得したものの、総合性能は非常にピーキーなものとなってしまい、アクトレスからの評価は低かった。
最終的にはごく少数のモデルが製造されるに留まり、この様式の専用ギアを運用するアクトレスもほとんど存在しないとされている。
Tips「マギーの義手」
マグノリア・カーチスが、専用ギアと共に成子坂に持ち込んだ義手。
ギア同様ヤシマ重工製のオーダーメイド。東京シャードにおいて一般的な神経接続式のものではなく、ギアと接続することで戦闘中のみ使えるもの。(左肩は固定されているだけになっている)。システム的にはドレスギアのアーム型武装の小型版と言える。
義手としての性能は低く、武器を構えるといった簡単な動きしかできない。それでも大型かつ超高出力の専用ギアを扱うのに必要なのだが、整備、調整が難しく万全の状態で使えないこともあったらしい。