「すみません、色々ご迷惑をおかけしました、隊長」
運転席の隊長にお礼を言って、夜露は数日ぶりに成子坂製作所の前に立った。
今日は怪我で入院していた夜露の退院日。荷物やら何やらを両親に任せ、夜露は隊長の運転する車で事務所まで戻っていた。
両親には無理はするなとさんざん言われてしまったが、とにかく今の状況が気になって仕方なかったのだ。
事務所のドアに手をかけ、はあっと息を吐く。
よし、と呟いて、何時ものように扉を開け、
「お久しぶりです!比良坂夜露、復帰しました……もぎゅっ!?」
「うわああああああ!夜露~~~!!」
小さいけど大きいシタラのダイレクトアタックを喰らった夜露は、そのままもんどりうって倒れ込んだ。
「し、シタラ先輩!?どうしたんですか!?」
「ったく……お帰りなさい、夜露。何が起こってるのか説明するわ」
見かねた文嘉がシタラをどかし、夜露を助け起こす。
そして夜露は、文嘉もつい先ほど聞いたという現状を伝えられた。
昨日、ノーブルヒルズが単独で出撃を強行したこと。
出撃した双子の妹の方——天音が成子坂の出撃予定区域に迷い込み、救援要請を受けたこと。
その共同作戦による撃破ポイントが、全てノーブルヒルズに加算されたことを。
「そんなのおかしいっすよ。大型ヴァイスが全部、向こうに取られでもしたんですか?」
「なわけないでしょ、逆よ逆。大型はこっちが殆ど持ってったはずなのに、ポイントは全部ノーブルヒルズに入ってるの」
「AEGiSからの通達によれば、ノーブルヒルズの方が作戦に貢献していたという判断とのことですが……撃破ログが記録されている以上、こんな結果にはならないはずです」
答えた安藤も、納得していない表情を浮かべている。
「むむぅ……あの双子の仕業っすかね」
「そんなわけない……って言い切れないのが歯がゆいわ」
そう言って、ため息をつく文嘉。
「最大手だった叢雲に代わって、落ちこぼれだった成子坂が活躍してる。この状況を快く思わない勢力が、AEGiSに働きかけてるんでしょ」
「……ノーブルヒルズは、その尖兵役ってわけかぁ」
なんすかそれと、夜露は頬を膨らませる。
「それじゃあ、どうやっても勝てないじゃないですか」
「全くよ。こっちはミグラントまで雇ったってのに」
憤慨する2人。
その中でシタラが、ふと疑問を投げかけた。
「……あのさ、そのマギーさんなんだけど」
「シタラ?」「先輩?」
「わたし、ちょっと考えてたんだけど。なんでマギーさん、成子坂の味方をしてくれたんだろうって」
珍しくおちゃらけた様子もなく、率直に尋ねるシタラ。
「それは……係争に乗じて稼ぎたかったんでしょう?」
そんなシタラに一瞬面食らいつつも、文嘉は当然のようにそう答える。
この意見には、夜露も異論は挟めなかった。
マギーが来たばかりの頃に怜が同じことを言っていたが、マギーにとってこの係争は、純粋に稼げるチャンスなのだろうと思っていた。
しかし、シタラは違う意見を持っている様子だった。
「んーでも、さっき文嘉が言ったみたいに、わたしたちって業界から見れば嫌われ者なわけじゃん?そんなとこにわざわざ雇われに来るかなって」
夜露と文嘉は、はっと顔を見合わせた。
「全然気にしてませんでしたけど、言われてみれば……」
「情勢より、古参であることを優先した……?でも……」
単純に勝機か、古参であることの信用か、はたまた成子坂の方が稼げると踏んだのか。
理由は色々考えられなくもないが、現状が現状である。
「……なんだか、マギーさんに悪いわね」
「そうですね、信用して来てくれたのに……」
「うん……」
やるせなさに、3人でため息をついた時。
「ん、出撃指示よ。準備して……っ」
端末に目を通した文嘉の表情が、ぴくりと強張る。
「共同作戦依頼ね、これ。依頼元はノーブルヒルズ」
「うっわ……」
思いっきり苦い顔をするシタラ。こんなもの、罠以外の何でもない。
「これ、断れないんですか?」
「残念ながら直接依頼の無視は信義則違反よ。今の状況だとリスクが大きすぎる」
事業所にも面子ってものがあると、文嘉は苦々しく答えた。
「仕方ないですね。すぐに準備を……」
「あ、隊長が夜露は病み上がりだから出さないって。またトライステラ☆で行くよ」
もう一度むくれる夜露をよそに、出撃準備を始めるシタラ。
「言うまでもないけど、気を付けてね、シタラ」
「んー。じゃあ、また後で」
どこか力なく事務所を出ていくシタラを、夜露は何とも言えずに見送った。
同刻、メンテナンスエリア。
「あら?」「「あ」」
整備ハンガーの前で、マギー、ジニー、楓はばったり落ち合った。
「こんにちは、2人ともギアの準備?」
「専用ギアのチューンアップが終わったって聞いて、楓と確認しに来たんだ」
ジニーは答えて、いそいそと制御端末の方に歩み寄る。
「——流石に、ここまでされるとは思わなかったわね」
まるでジニーたちの心情を見透かしたかのように、マギーは振り向くことなく口を開いた。
「そう……だね」
「……やはり、ノーブルヒルズの仕業でしょうか」
「新鋭の一企業に出来る事とは考え難いわ。成子坂が気に入らない勢力がAEGiSに取り入ってるんでしょう」
これだから企業の連中はと、吐き捨てるように呟くマギー。
彼女の方も、成子坂が逆風にあるという認識はあったらしい。
「どうにか、出来ないのかな……」
「……難しいでしょうね。成子坂に味方してくれる勢力が、AEGiSにあるのならあるいは、ってところかしら」
成子坂に所属して日の浅いジニーは、そのあたりの事情はよくわからない。
だが文嘉やゆみといった古参のアクトレスの様子を見る限り、その見込みは薄いだろう。
「厳しいなぁ……」
ジニーが呟いたちょうどその時、個人用端末が音を立てた。
「あ、任務取れたって……うわ、ノーブルヒルズからの共同出撃依頼だ」
何それ、と眉をひそめるマギー。
「気に入らない……断れないの、それ?」
「そういうわけにもいかないみたい。またトライステラとマギーさんで出てってさ」
「……了解。隊長さんに言われたら断れないわ」
不満げな様子で準備を始めるマギーに、ジニーもついていく。
「……じゃあ楓、また後で」
「あっ……はい。頑張ってください」
楓は一人、不安げな顔で2人を見送った。
「交戦座標到着。もう始まってるわね」
「数は多くない……突っ込んで私たちで抑えよう!」
ジニーと舞を前衛に、交戦区域へ突入する。
確認できたのは小型ヴァイスが数体。そしてそれらと交戦する、汎用ギアを纏ったアクトレス。
「チッ……!」
見覚えのあるその姿に小さく舌打ちしながら、ボトムギアのレーザーでヴァイスの群れを吹き飛ばす。
「っ!大型が来るよ!」
シタラの声と同時に発生する、大型のワープドライブ。
現れたのはヘビ状の大型ヴァイス「サーペント」。立ち位置に気を付ければ手ごわい相手ではない。
「手柄はこっちが……なっ!?」
ショットギアを構えたジニーは、直後目を見開いた。
ノーブルヒルズのアクトレスが後退していく。
まるでサーペントの相手は任せるとでも言わんばかりに、2人は連なって表れた取り巻きの方へと向かっていった。
「Damn it!!どこまでバカにすれば……!!」
「ジニーっ!」
毒づいたジニーへと、サーペントの体節から放たれたレーザーが殺到する。
「Sit!!」
1、2発もらいながらも急旋回し、レーザーをやりすごす。
「誘導して!私とシタラで撃ち抜く!」
「Yes sir!!」「はっ、はいっ!」
ショットギアで牽制しながら、舞と共にとーペントの前に回る。
サーペントがジニーたちを狙う動きを見せた瞬間、その体節を2本の光線が貫いた。
「ヒット!」「決めるわ!」
体勢を崩したサーペントへと、マギーのギアの脚部装甲が突き刺さる。
蹴りに次いで繰り出された斬撃が頭部を熔斬し、サーペントは爆散した。
「反応なし……終わったみたいね」
「……成子坂のアクトレスって、結構いい仕事するのね」
「っ……!!」
不意に響いた声に、全員が一斉に振り向く。
ノーブルヒルズのアクトレス……琴村朱音が、ジニーたちを見下ろすように飛んでいた。
「昨日の出撃、助かったわ」
「よく言うよ。勝ちに急いで妹を危険に晒しておいて」
ジニーの憎まれ口を無視して、朱音はマギーの方を向く。
「貴女が、成子坂が雇ったっていうミグラント?凄い腕らしいじゃない」
「……どうも」
呆れたような顔で応じたマギーに、朱音は予想外の一言を告げた。
「うちの社長からお願いされたんだけど……貴女、ノーブルヒルズに来ない?アクトレス事業部は出来たてだから、人手が足りないの」
ジニーは唖然とした。
「……これはこれは、大きく出たわね。今の状況分かってて言ってるのかしら」
答えたマギーの目尻が、バイザー越しにひくつくのが見える。
「ええ、貴女なら分かってるでしょう?『成子坂に勝ち目はない』。それに」
生意気な笑みを浮かべて、少女は続ける。
「今のご時世ミグラントなんて言ってどっちつかずに動くより、何処かに身を落ち着けたほうがいいんじゃないの?……まあ、これは社長が話してたんだけど」
その発言を、ジニーは看過できなかった。
ジニーは……いや、成子坂のアクトレスは知っている。マグノリア・カーチスが1人で戦うのは、誰よりも自由を愛しているからだと。
何にも縛られない、純粋な、人類を守る希望としてのアクトレス——その在り方を守るために、彼女は飛んでいるのだと。
それを愚弄することは、絶対に許せない——!
「いい加減に——!」
その時。
ジニーの張り上げた怒声は、甲高い射撃音に掻き消された。
「えっ——?」
「は——?」
目の前の光景に、本当に目を疑った。
マギーの握った巨大なレーザーライフルが、真っ直ぐに朱音へと向けられ。
一筋の光条が、朱音を掠めて雲を貫いていた。
「——黙りなさい。茶番はここまでよ」
「……へぇ、ミグラントっていうのは、無礼なのが売りなのかしら」
ライフルを下ろし、マギーは少し高度を上げる。
同じ目線で、2人のアクトレスは向かい合った。
「茶番なんかじゃない。会社の連中は金儲けにしか思ってなくても、あたしたちは本気よ」
少女は言う。
「成子坂は、あたしたちが潰す。どんな手を使ってでも」
揺るぎない、確かな覚悟を持った声で。
一体何がそこまでさせるのか、ジニーには分からない——けど。
「……成る程。それなりの覚悟はあるようね」
マグノリア・カーチスだけは、静かにそう言って頷いた。
紅く夕景に染まる空に、冷たい風の音だけが響く。
やがてマギーは、ゆっくりと顔を上げた。
「受けましょう。貴女たちの挑戦を」
ノーブルヒルズと、成子坂。それぞれのアクトレスが見つめる前で。
「今この瞬間から、貴女たちは私の敵——この空から消え去るべき敵よ」
黒翼の渡り鳥は、はっきりとそう告げた。
新宿エリアの一角、AEGiS東京。
「……どうなってるの?」
上階のオフィスで、『東京アクトレスニュース』を見ていたひとりの女性が戸惑った声を上げた。
彼女の名は鳳加純……「東京最強」と謳われる凄腕のアクトレスであり、成子坂製作所を叢雲工業の後釜へと推した一人でもある。
彼女が見ていたニュースでは、丁度宇佐元杏奈が、成子坂の無得点を報じていた。
「救援依頼で戦闘貢献考査が、被救援側に傾くなんて……」
端末を取り出し、同僚の事務局員へと繋げる。
「こんばんは……係争の件、把握してるわよね?」
「……まさかここまで癒着が進んでいるとは。今日の出撃も、成子坂には入っていないでしょうね」
ふと、壁に掛けてあったカレンダーを見る。
係争の期間は明日まで。あと一回の出撃で、全てが決まる。
その後少しだけ言葉を交わし、加純は通話を終えた。
「……厳しいみたいだね、成子坂」
突然かけられた声に振り向く。
暗いオフィスの中で、誰かが立っている。
「そうね……やっぱり気になるの、
「みんな頑張ってるみたいだけどねぇ……みんなだけだと、ここらが山かな」
含みのある言い方に、加純はピクリと眉を動かした。
「……行ってくれるかしら?」
「そうしようかなって。流石に負けられると困るし、それに……」
そこで声の主は、少し間をおいて、
「私は見たいんだよね。あのアクトレスの本当の力を」
ふふんと、もう一度小さな笑いがオフィスに消えた。
「期待してるよ……『ブルー・マグノリア』」
次回、満を持してミグラントが大好きなアレが登場です。