―――魔王とは何かと一言で説明するなら。
文明の衰退者である。
神は人類を愛していると人の世の宗教では教えられているが、それは半分正しく半分間違っている。
神は全ての生命を愛している。全ての生命を平等に愛しているが故に、一種の生命の過剰な発展を良しとしない。
故に人類は常に試されている。
停滞を怠慢とするならば、神は怠慢な存在を好まない。
だが同時に人の文明が発展し続け、やがて他の生命を駆逐しだすことを神は好まない。
だからこそ魔王という存在がいる。
だからこそ、魔界という存在がある。
だからこそ、魔族と呼ばれる生命がある。
魔族とは全ての生命の敵とされた
全ての生命と敵しているからこそ、全ての生命を停滞を許されない。
停滞すれば魔族が滅ぼす、それが魔族の役割だから。
けれど発展し続ける文明はやがて他を駆逐する。
人類のように一種族が過剰なほどに力を持ち、生命全体のパワーバランスが崩れそうになった時、その種族に【勇者】が生まれる。
【勇者】はつまり
【勇者】の誕生はつまり神から【魔王】への指示であり、【魔王】が動きだすための目印である。
世界に【勇者】が生まれた時、魔族の頂点たる【魔王】が動きだす。
当たり前だが【勇者】は生まれた直後はまだ赤子であり、【魔王】を倒すだけの力を得るために相応の時を要する。
それまでの期間がイコールで【魔王】の活動期間となる。
【魔王】は【勇者】が生まれたその時から【勇者】に殺されるその時まで地上の全ての文明を等しく滅ぼし続ける。
文字通り根こそぎ、文明を簒奪し、収奪し、破壊し、最終的に滅亡させる。
そうしてどれだけ高度な文明を持った種族も【魔王】によってその力も、勢いも、知恵も、片っ端から破壊し、滅ぼされ、【勇者】が【魔王】を打ち果たしたその時には、その文明は大きく力を落とすこととなる。
故に【魔王】とは発展し過ぎた文明を
停滞させるわけでも無く、崩壊させるわけでも無い。
* * *
「やっべえなあ」
思わず、と言った様子で零したマネキンの一言に視線を向ける。
また何やったんだこいつは、とそんな風に見ていると俺の視線に気づいたのかマネキンが慌てて手を振りだす。
「あ、いや違う違う、別に俺が何かやったわけじゃないから、信じて、トラストミー」
「お前の何を信用しろっていうんだ……やっぱ創り直す時にパンの耳混ぜたのがいけなかったのかな、すっかり馬鹿になっちまって」
「ふぁ?! 待って、待って待って、そっちこそ待って、何? 今何入れたって言った? え? え?」
「やっぱり朝飯の残りで作ったのは不味かったかなあ……」
「ほわっつ?! お願い、魔王様、待って待って」
「何だよ?」
「俺って何で出来てるわけ?! てっきりプラスチックとかそっち系だと思ってたんだけど、え? 何? 俺って実はフレッシュゴーレムだったの?!」
「パンの耳と、あとひき肉、それに卵に……」
「ハンバーグじゃねえか!?」
「それとガソリン」
「ガソリン?!」
「あ、違う、石油だった」
「プラスティック素材?! え、結局俺って何なの? 有機物? 無機物?」
実際のところはそのハイブリッドと言ったところか。
生命創造の魔法によって作られる命は元となる物質に大きく左右される。
材料には相応に意味があり、ただ無作為に混ぜただけでは歪な生命しか生まれない。
「ひき肉はまあ肉体を構成するための文字通りの『肉』。卵ってのはこれから生まれる命、つまり『生命』。パンの耳というかパンは小麦からできてるだろ? 小麦は『豊穣』の象徴だし、無機物の要素を取り入れるための石油。無機物ってのは『命』が無い物質だから生命創造の素材としては作りやすいしな」
「お、おう。一応意味はあったのか……冗談でハンバーグ捏ねてたわけじゃないのな」
「だからお前の体、有機体と無機体があるだろ?」
普段店の中でマネキンになっているので有機体になることは余り無いが、一応そういう変化が起こせる……というか有機体にならないとスマホなんて使えないという当然の話だ。
まあ有機体になっても根本的に『魔法生物』なので食べたり飲んだりと言ったことはしないのだが。
「ていうか結局、何がやばいんだ……何やらかしやがった?」
「いや、だから何もやらかして無いって……ただほら、あそこ」
告げながらマネキンがポージングを崩さないように器用に指先でけくいくい、と店の外を示す。
視線をやれば店の外、まだ寒さの残る雪道の途中、街灯の下で佇む少女を見つける。
「あの子もう一時間くらいはあそこで立ってんだよ……こんな寒空の下でさ」
「…………」
「やっべえなあ、放って置いて大丈夫かあれ?」
「…………」
「……ん? 魔王様?」
少女が俺の視線に気づいたのか、こちらを向き。
にこり、と微笑みを投げかける。
「あ、こっち見た……笑ってる、やっべ、これ俺に気があるってことかな? ずっと立ってたのも実は俺のこと……ウェヘヘ」
少女が歩きだす、こちらへ向かって。
それを見て、見つめ、そうして。
「マネキン」
「はい魔王様?」
「後頼んだ」
「へ?」
即座に転移の術を発動する。
人の世界ではすでに使える者も絶えて久しい魔法だが魔王にかかればこの程度容易い。
そして。
「まあまあ、お待ちになってくださいな」
つまり、発動時点で発動者は情報存在体となり、現在地点と転移先に存在情報を移送している。
それを物理的に掴むのは不可能だ。
しかも掴まれた瞬間、転移が強制的にキャンセルされ、移送していた存在情報は全てこちら側に収束された。
他人の発動した転移術を阻止し、さらに転移先を特定して移送中の情報を戻すなど人間どころか、この世界のいかなる存在にもできる所業ではない。
何せそれは根源に刻まれた情報を直接操作する神業だ。
だから少女はこの世界のいかなる存在足りえない。
そんな神業を行うことのできる存在はこの世界には存在しえない。
だから少女は。
「何やってるんだよ……
少女は、神様でしかあり得なかった。
* * *
一月一日に魔界全体に魔力を普及させている魔結晶に魔力を供給する。
これ自体は毎年やっていることであり、特にどうこうという話ではない。
幸いにして、バイト先の服飾店も一日から三日までの三が日は休業日でありバイトも無いので、それほど急がず帰って来ることはできた。
ただ一つだけ、問題があるとすれば。
「監視者君来なかった?」
「は?」
あの時。
「神器の確認に行ってくるって言ったまま魔界から帰ってこないんだけど」
「…………」
出会った、一人の男のこと。
「魔王様、魔王様」
「…………」
「もしかしてあの時の……」
「いやいや、まさか」
思い出す、あの時のことを。
「まさか……あんな」
―――我こそは天より使命を授けられし神の使徒。
「あんな……」
―――大紅蓮魔双神悪斧伊依瑠なるぞ!
「あんな中二病患者が天使とかあり得ねえよ」
……あ、それだわ。
告げる
「オーちゃん漢字好きだからね。あと最近向こう側のアニメの影響受けたみたいで、五百年くらい前からあんな感じなんだよね……普段は引きこもってるからみんな知らないけど」
「……えぇ」
五百年もあのキャラなのか……。
というか知っている天使なんてあと一人くらいだが、そっちもそっちで天使? って思うような性格だし。
「天使ってもしかして碌なのいない?」
「えー? 私の使徒だよ? 可愛い子たちばっかだって」
「アンタの使徒だから、なんだけどなあ……」
何故だろうと言わんばかりに首を傾げる少女の姿に肩を竦める。
そのままマネキンの肩に手を置き。
「店番頼むな」
告げて転移の術を再び発動させようとして。
「ダ~メ」
再び掴まれた。
「くそ、離せ……存在情報ごと握るなんざ非常識なことやりやがって!」
「だって私神様だも~ん。そのくらい簡単簡単」
「ロートルが! だったら天界で引っ込んでれば良いだろ」
「や~だ~魔王ちゃんってばつめた~い。折角可愛く設計してあげたのに」
「だったら最初のままで良かったんだよ! なんでわざわざ途中で性別変えやがった?!」
「だって~女の子のほうが可愛いかなって思ったし」
「この変態が!」
「魔王ちゃんってば酷いな~」
基本この神様は何も考えていない。
何も考えていないからその時々で思ったように行動するし、気分次第で酷くあっさりと世界を改変してくる。それができるだけの力がこの少女の形をした存在にはある。
何せこの世界の
とは言っても本来は天界に存在しているはずなので、ここにいる少女は端末に使っている化身と言ったところだろうが。
「あ~そーいえばさ? エリちゃんは?」
「店長なら今出かけてるよ。煙草が切れたってイライラしてた」
「煙草は体に悪いのに」
「神様でも?」
「私はともかく、この体には悪いよ……だってこの体、人間体だし」
「え、アバター体じゃなかったの?!」
「アバター体だと存在定理に矛盾起こすことに気づいてね……後で私がいたという存在を修正しておくのも面倒だし、私のための存在を世界中に何人か作って意識を共有させることにしたんだ」
なるほど、と頷く。
そもそも存在定理自体世界中の存在を管理するためのシステムであり、それがエラーを起こすと管理に問題が起きる。
その度に管理者用の天使が泣いていると店長に聞いていたが、どうやらこの神様もようやく学んだらしい。
「というか神様さ、【勇者】まだ生まれないの?」
「あ……どうだろ? 残念ながら私は本体と意識は共有してるけど、知識は共有してないから。
「そうか……まあ仕方ないな」
シナリオはこの世界の文字通りの運命である。
シナリオライターが書いた以上それは決定事項ではあるが、役者が勝手にそれを知って調和を乱せば調停者が出てくる。
「……調停者はちょっと勘弁だしな」
「ちょーていしゃ? って何だ?」
マネキンが首を傾げているが、まあ後で教えてやるとする。
多分全身を震わせて真っ青になるだろうから仕事が終わった後にでも。
* * *
「あ、ところで魔王ちゃん」
「何だよ……今度は」
「今度うちで運営やってるソシャゲに魔王ちゃん出しても良い?」
「……は?」
「マジすか?! 魔王様、ソシャゲデビュー?! ね、ね、俺は?」
「マネキン君? まあ魔王ちゃんの部下その一くらいで良いなら」
「うっひょおおおおお! 俺もソシャゲキャラに!」
「多分キミだと☆3くらいじゃない?」
「え、ざっつ……俺一応魔人っすよ? 将来的には魔王軍幹部くらいの地位っすよ?」
「仕方ないなあ、じゃあ☆4にしてあげるよ」
「やったぜ! 因みに魔王様は?」
「☆6」
「超レアじゃん!!!!!? 3%くらい?」
「ふっ……1%」
「神様の癖にせっけえええええええええ!!?」
……こいつら一体何を言ってるんだ?
首を捻っても答えは出なかった。