想定通りにクイーン・オブ・アンジュ―を捕捉したターニャら二〇三大隊。
その巨体さに圧巻されるが。為すべきことのために攻撃を開始するも、情報部からもたらされた情報よりも多くの護衛に歓迎される事態となった。
やはり奴らは給料泥棒かッ!部隊一同心を一つにし罵りながらも、敵の優秀さを逆手に取り鬼ごっこの鬼役だと思い込んだ相手の懐に飛び込み混乱を誘発し突破に成功。残る障害は直掩の僅かな部隊のみとなり、成功への光明を見出した矢先、ターニャの探知術式が覚えのある反応を捉えた。
「!この反応…。この間の未確認魔導師かッ!」
直掩の中に全身を装甲で包んだ異形の存在が混じっているではないか。先の不意打ちでやたらデカい反応がありもしやと考えていたが、当たってはほしくなかった。
これ以上ない程喜べない再会に思わず舌打ちしていると、副官のセレブリャコーフが声を張り上げる。
「いかがします中佐!?」
「やることは変わらん!大隊各員一斉射!薙ぎ払え!!」
こちらと真正面からぶち当たろうと言わんばかりに、異形魔導師を中心に密集している敵部隊に術式弾をの雨をプレゼントしてやる。
敵陣地すら吹き飛ばす一撃を真正面から浴び、跡形もないだろうと誰もが思う中、信じがたいことに未確認魔導師どころか僚機らすら無傷ではないか!
「耐えた!?」
「嘘だろッ!」
通信越しに部隊内で動揺の声が漏れ聞こえる。彼らと対峙した敵国部隊も同じような反応をしていたのだが、常に与える側だった彼らが知らぬうちに同じような体験をしているとは、これ以上ない皮肉とも言えよう。
「反撃来ます!!」
「ッ!」
自分のいる隊列中心のみを狙った一斉射に、ターニャは顔を顰めながら防殻の出力を上げて耐える。幸い自分も部隊も被害はないも、爆煙で視界が一瞬だが塞がれてしまう。
敵の出方を警戒しながら煙幕を突き抜けると――眼前に異形魔導師が両手に魔導刃を展開させていた。
「なッ!?!?!?」
咄嗟に魔導刃を展開した銃剣で振り下ろされた刃を受け止める。
突撃型と銘打った九七式ですら不可能な加速力に、瞠目する間もなく刃が押し込まれていく。
「(パワー負けしている!?九七式がか!?!?)」
宝珠核の同調という、言わばエンジンの複数搭載によって従来品を隔絶した性能を持つエレニウム九七式、これを超えるのは自分の持つ九五式だけという『常識』の崩壊に、『神』をの名を語るあの悪魔共の影さえチラついてくる。
「中佐!」
セレブリャコーフが放った術式弾が、頭上を越えて異形魔導師に襲い掛かる。乱戦でも誤射の可能性の低い己の幼い体躯は有り難いものだった。
相手が上半身を逸らして回避した隙に蹴りを入れ距離を取ろうとするも、直ぐに距離を詰められてしまう。
「こいつ、私を人質にする気かッ!!」
何度距離を取ろうとするも、張り付いて離れない異形魔導師。次々と振るわれる刃を受け流していくターニャだが余りの連撃に、完全に防戦一方となる。
隙を見て短機関銃で弾幕を張ると、後退しながら何と魔導刃で次々と弾丸を斬り払っていくではないか!
「正気かッ!?」
下手をすれば大惨事では済まない芸当を躊躇いなく行う相手に、驚愕の声を上げてしまう。その間にも敵機は懐に潜り込もうと弾切れになるのと同時に踏み込んで来る。
デコイも駆使し、一撃加えるごとに前後左右に回り込んで来る敵機に、僚機らが誤射を恐れ援護できないでいるのだ。
おまけに、自分を守ろうと部隊全体の足並みが乱れてしまい衝撃力が完全に殺されてしまった。大多数相手に乱戦でかき乱す、203が最も得意とする戦法で主導権を握られているのもまた皮肉であろうか。
「ええい、他の奴らもバカスカとうっとうしい!」
第二中隊所属のグランツが苛立ち気に怒鳴る。
対象に張り付いている連中が精度など知らん!と言わんばかりに遠距離からターニャ以外目がけて術式を次々撃ち込んで妨害してきているのだ。
「いい加減離れろ、ストーカーが!!」
このままでは埒が明かないと判断し、ターニャは至近距離で爆裂術式を展開。自分ごと巻き込んで相手を引き剥がす。防殻で爆発は防ぐも、防ぎきれなかった熱量が肌を焼き、衝撃が全身を走り激痛を訴えて叫んでくる。
だが、その甲斐あり異形魔導師を引き剥がすことに成功。諦めまいと食い下がろうとしているのを隊員らが割って入って追い払う。
素直に引き下がる相手に違和感を覚え観察すると。装甲に亀裂こそ入っているも存外損害はないように見えるが、防殻を発生させていた左腕が不自然に垂れ下がっていた。
「イカれたか。とはいえそれだけで済んでいるとはな」
先に一斉射を受け止めたことが相当負担になっていたらしく、今の一撃で異常をきたしたらしい。それでも戦闘行動が可能な耐久力にはうんざりすらしてしまうのだった。
「中佐殿ッ!振り切った奴らが迫って来ております!」
「チッ第四中隊で足を止めろ!時間を稼ぐだけで構わん!!」
「了解!お任せを!」
意気揚々と応えてくれる第四中隊隊長のノイマン。
長距離航行で疲弊している上で完全に待ち伏を喰らうという最悪の状況だが、幸いにも部隊の士気はいささかにも衰えていなかった。
「(左腕…イカれたな)」
左腕の状態を確認したトウガは思わず顔を顰める。
関節部のモーターが焼き切れてしまっており、最早防殻を頼ることはできなくなってしまった。
「(エネルギーも僅か、ヴェスパーは使えんか)」
更に初撃を防いだ際にエネルギーの大半を消耗してしまっており、稼働限界が迫る中トウガは後退するどころか敵目がけて突撃していく。
通信でドレイクら海兵魔導部隊がこちらに向かっているとの伝達があり、それまでの時間を稼ぐためである。
『中尉駄目です後退を!』
「(すまないスー少尉。散々偉そうなことを言ったが、やはり俺は指揮官に相応しくないようだ!)」
部下を置いて指揮官だけが吶喊する。教導隊の隊長にでも知られればどやされるだろう失態を敢えて敢行する。未来ある若者を護るため、ただその一心であった。
『ッ!』
背部に直撃を受け破損したヴェスパーをパージする。デコイすら使用できない状態では、百戦錬磨であるラインの悪魔率いる大隊の弾幕を避けきれず、次々と被弾していくのであった。
「お、おい。あれいくら中尉でもやばいって!助けに行かないと!!」
「でも、ここから動くなって…!」
「それに私達が行っても足手纏いにしかならないよ!」
敵部隊を撹乱こそしているも、徐々に被弾していくトウガに、義勇軍部隊の面々は焦りと苛立ちを募らせていた。
援護こそ行っているも、射撃のタイミング等を見切られてしまったのか、敵はさして気にしていない様子でトウガに攻撃を集中させていた。
「駄目…」
被弾し傷ついていくトウガの姿に、メアリーは父を失った時と同じような恐怖感に包まれていく。彼がいなくなってしまう、あの温もりが再び失われようとしていると感じた時。彼女の体は自然と動いていた。
「駄目ええええええェェェエエエ!!!」
トウガの元へ向かおうとする彼女を、仲間達が制止しようとするも。メアリーは止まることはなかった。
爆裂術式で敵の視界を塞ぎながら、ラインの悪魔へ肉薄しようとするトウガ。
迎撃すべく短機関銃を向けられると、相手の顔面目掛けライフルを投げつけ即座に発振機を手にする。
ラインの悪魔は回避よりも攻撃を優先したようで、僅かに顔を逸らすだけで額にライフルを当てながら引き金を引いてくる。
無数の弾丸が迫って来るも、僅かに照準がブレた影響でできた弾幕の隙間に強引に飛び込むトウガ。いくつか被弾し装甲を削られるも、懐に潜り込むことに成功する。
魔導刃を展開させようとするも、発振機は何の反応も示さず沈黙してしまう。
「(――ッエネルギー切れか!!)」
ライフルに回す分の余力が尽きたことに歯噛みしていると、ラインの悪魔が短機関銃を突きつけてくる。
「さようなら」
淡々と事務作業でも片づけるように、何の感慨も感じさせない顔で引き金に指をかけるラインの悪魔。
トウガは最後まで抵抗しようと発振機で殴ろうとするも、当然ながらそれより引き金が引かれる方が早かった。
引き金が引かれるその瞬間。ラインの悪魔の体が激しく揺さぶられる!
「ヤメロォォォォォオオオオオ!!!」
突撃してきたメアリーがラインの悪魔に体当たりをぶちかまし、取っ組み合いながら離れていく。
突然のことに驚くも、ラインの悪魔はすぐにメアリーを引き剥がすと至近距離で短機関銃を浴びせかけた。
「何!?」
だが、どれだけ撃ち込んでも彼女の防殻は抜かれることなく、全弾撃ち込んでも健在なことに、ラインの悪魔は馬鹿な!と言わんばかりに驚愕する。
「この悪魔めッ!」
お返しと言わんばかりにライフルをラインの悪魔へ向けると、光学術式を展開。銃口に収束される魔力光はこれまで見せたことのない輝きを放っていた。
「墜ちろォォォォォオオオオオ!!!」
放たれた術式は回避こそされたものの、衝撃でラインの悪魔を吹き飛ばし、眩い光跡を描くと雲を切り裂き四散させてしまう。彼女の持つ魔力量では、ここまでの出力は出せない筈であった。
「(これはあの時と同じか!?)」
前回の戦闘で、ネクストを跳ね除けようとした時と同じ現象に目を見張るトウガ。
「あ…?」
だが、宝珠が耐え切れずオーバーロードを起こしたのか、鼻や口から血を噴き出すと体が傾いていく。
「スー少尉!?」
遂には落下してしまったメアリーを受け止めるトウガ。気絶こそしているものの、息遣いに乱れはないことに安堵する。
しかし、態勢を立て直したラインの悪魔は、鬱陶しいといわんばかり顔で銃口を向けてくる!
トウガは彼女だけでも守ろうと抱きしめ背を向ける。最も防殻も張れない以上、そんなもの気休め程度にしかならないのだが。
「やらせるかァァァァアアアア!!!」
そんな彼らを守るように飛び出して来たウェルフが、ライフルを連射しながらラインの悪魔へ突撃していき、他の者達も彼に続いて敵部隊に突撃していく。
「貴様ら何をしている!?誰がそんなことをしろと言ったァ!!!」
「中尉ばっかりにいカッコはさせませんよ!」
「あなたに会えて良かった!ご武運を!!」
果敢に挑んでいくも、彼我の戦力差は覆しようがなく。赤子の手を捻るように次々と撃墜されていく義勇兵ら。
「ラインの悪魔ァ!!覚悟ォッ!!!」
ラインの悪魔は難なく回避すると、纏わりつく羽虫を払うかのように短機関銃を発砲する。
「ガッ!?」
放たれた弾丸は防殻ごとウェルフの体を貫いていく。だが、血反吐を吐きながらも彼は止まることなく突き進んでいく。
『よせェ!!ウェルフゥッ!!!』
彼が何をしようとしているのか気づいたトウガはあらん限りの声で叫ぶも、ウェルフは止まることなく意図的に魔力を暴走させながらラインの悪魔に組み付く。
トウガは止めようと手を伸ばし彼の元へ向かおうとするも、飛行するだけの余力もなくなったネクストはシステムに従い徐々に高度を落としていってしまう。
「
ウェルフはそう告げると、ラインの悪魔ごと暴発した宝珠の魔力爆発に巻き込まれ閃光に包まれていった…。
『――――ッッッ!!!』
伸ばした手は何も掴むことなくただ空を虚しく切り、慟哭を木霊せるトウガ。
海面に着水したトウガの目には、爆煙の中からすり傷がついた程度の損害しか受けていないラインの悪魔の姿が映される。
相手は不快に顔を歪めながらトウガらに視線を向けると、ハッとしたように別方向から飛来した術式弾を回避する。ドレイクら海兵魔導部隊がようやく到着したのである。
猛攻を受け海に叩き落とされる者がいる中、統制を失わず離脱していくラインの悪魔その部隊。それを海兵魔導部隊が地の果てまで逃さんと言わんばかりに追撃していく。
――誰もいなくなった空には、ただ己の無力を嘆く男の慟哭が響き渡るのみとなるのであった…。