「ん…む…?」
覚醒したトウガの視界に広がったのは、見慣れない天井であった。
感覚的に、自分がベットの上に横たわっていることが確認でき。周囲に視線を向ければ、個室と言えるスペースに自分がいるベット以外に床頭台しか置かれておらず、鼻孔をくすぐる薬品の匂いも合わさり、ここが病院であると推察された。
「む?」
上半身を起き上がらせると、視界に新たなか影が入り込む。
「すぅ…すぅ…」
丹精を込めて編まれた最上級の絹のようにツヤを持つ金色の髪に、十代半ばに差し掛かかったばかりの幼さの抜けきらない無垢で可憐な少女が、自分のいるベットの側に置かれたパイプ椅子に腰かけ、背もたれに寄りかかりながらすやすや寝息を立てていた。
それは、暫し前に彼の副官となったメアリーであり。年相応にあどけなさが残る寝顔と、女性として同姓すら見惚れる程に神秘的なまで調和された風貌と相俟って、ただ眠っているだけであっても、まるで、絵画の世界から切り取ってきたかのかと錯覚してしまいかねないまでに幻想的な光景であった。
「んぅ…?」
思わず見入っていると。重たげに彼女の目蓋がゆっくりと開かれていき、眠たげに目を擦ると視線が合った。
「……」
「……」
覚醒しきれていないのかボ~っとした様子でこちらを見つめるメアリーに、こういう場合どう反応すべきか経験のないトウガはそれを見返すことしかできず、何とも言えない空気となってしまう。
「…おはよう」
「!!ちゅ、中尉ッ。起きられたんですか!!どこか具合の悪いところはありませんか!?!?」
トウガが取り敢えず挨拶してみると、ハッキリと覚醒したメアリーは跳び上がるようにガタンッと音を立てながら椅子から立ち上がると、不安そうに詰め寄りながら顔を覗き込んでくる。
「…問題ないから落ち着いてくれ少尉」
メアリーの顔が間近にまで迫り、その澄み切った目に気恥しさを覚え直視できず、思わず視線を逸らしながら宥めると。安堵したように息を吐きながら、へたり込むように椅子へと腰かける。
「…少尉。ここは連邦領なのか?」
「はい。あの戦闘の後、中尉は丸二日眠っていたんです。その間にクイーン・オブ・アンジュ―は目的の港に到着しました」
「そうか…。――それで、我が部隊の損害は?」
できるだけ平静を保ったつもりだが、果たして普段通り振舞えているだろうかと不安になるトウガ。
その言葉を紡ぐのにこれまでの人生において、最も勇気を振り絞っただろう。
答えを聞くことを拒もうとする弱さを心の奥に押し込め、じっとメアリーと向き合う。
対する彼女は俯き、言葉を選ぶかのように沈黙してしまうが。
「メアリー」
俺は大丈夫だ。だから話してくれ、と伝えるように力強く呼びかけると。メアリーは意を決したようにズボンのポケットから何かを取り出し差し出してきた。
「ドレイク中佐が、回収できたのはこれだけだったと。後は遺体も見つけられなかったって…」
涙ぐみながら言葉を紡ぐ彼女の手に乗るのは、3つのドッグタグであり、その1つにはウェルフの名前が刻まれていたのだった。
「…そうか」
タグを受け取りじっと眺めるトウガ。初めて持った部下達であり、弟や妹のようにさえ想っていた彼らが死んだことに悲しみと虚脱感に襲われるも、――その目から涙が流れることはなかった。
辛くとも、戦時下である以上覚悟はしていたことであり、敵とて同じように苦しみながらも、守るべきもののために戦っているだけなのだと――聡明であるが故に、だからこれは仕方のないことなのだと頭で理解してしまうのだ。それでころか、既に現実を受け止め戦争だからと割り切ろうとさえしてしまっているではないか。
敵を憎むことはおろか、悲しんでやることもできない己に唖然とすることしかできないトウガの耳にすすり泣く声が聞こえてきた。
「メアリー…」
自分も泣く訳にはいかないと堪えようとしていたのだろうが、表情こそ引き締めようとするも、耐え切れずポロポロと涙を零していくメアリー。
辛く泣き叫びたいだろうに、こんな自分に懸命に付き添おうとする彼女に。トウガは肩に手を置くと、そっと引き寄せて抱きしめていた。
「良い、いいんだ。君は泣いていいんだ」
「――!!」
解きほぐすように耳元で囁くと、堰を切るかのように声をあげて泣き出すメアリー。
「皆、皆…いなくなっちゃった…!!あんなに頑張ったのにッ。生きて帰ろうって約束したのに!!」
嗚咽漏らしながら、仲間への想いを吐き出していく彼女を、片手で抱きしめながら、もう片方の手で頭を撫でながら静かに耳を傾けるトウガ。
「好きだって…ウェルフ、私の…こと…好きだって言ってくれたのに。まだ、返事を返してなかったのに――!!」
取り返しがつかない後悔を背負ってしまった彼女を、トウガはただ抱きしめてやることしかできなかった。
「…ごめんなさい。我慢しなきゃいけないないのに私…」
暫くして泣き止んだメアリーは、疲労感からトウガの胸元に寄りかかりながら謝罪の言葉を口にする。
「いいよ。俺の分まで泣いてくれたんだから、ありがとう」
そんな彼女を抱きしめながら頭を撫でると、心地良さそうに目を細めるメアリー。
「メアリー」
「何、トウガ?」
「生きよう。ウェルフ達の分まで、それが生き残った俺達の務めだから」
「うん」
決意の籠ったトウガの顔を見上げながら頷くと、メアリーは猫がじゃれつくように顔を彼の胸元に押し付ける。
それを拒むことなく受け入れるトウガ。暫く互いの温もりを感じていると、不意にメアリーが顔を離し上目遣いで口を開いた。
「ねえ、トウガ」
「ん?」
「秋津島皇国にはゆびきりっていうのがあるんだよね?」
「ああ。良く知っているな」
「えっと…。トウガと仲良くなりたくて、ロイド主任に秋津島皇国のことを教えてもらったことの中にあったの」
話している内に、気恥しさで顔を赤く染めると、再び胸元に顔をうずめて隠そうとするメアリー。
そんな仕草に口元に笑みを浮かべると、トウガは右手の小指を差し出す。
「約束だ。この戦争、一緒に必ず生き残ろう」
「うん。約束だよ」
差し出された小指に、メアリーが自身の右手の小指を絡めると。互いに唱えごとを紡いでいく。
「「指切拳万、嘘ついたら――」」
「針千――」「一万本呑ーます!」「あれ?多い…」「指切った!」
従来の決まった文言に、トウガが困惑している間に契りを結んでしまうメアリー。
「あの…」
「約束だからねトウガ!」
訂正を求めようとするも、腕の中で満面の笑みを浮かべる少女に、まあ、死ななければいいか、と思うことにするトウガであった。