医師の許可を得たトウガは、メアリーと共に病院を出ると、港湾に接舷しているクイーン・オブ・アンジュ―へと足を運ぶ。
そして、その間に先の戦闘の詳細な報告も受けていたのだった。
「流石に向こうも無傷とはいかなかったか」
「はい。少なくとも5人を撃墜、その他5人近くが再起不能か長期治療を必要とするレベルの負傷を受けたと見られます」
合わせて10人、つまり中隊規模の損害をラインの悪魔率いる部隊は被ったこととなる。軍隊とは損耗を前提としたものであり、人員であろうとも失われればその分補充されるものである。だが――
「ラインの悪魔にとっては悪夢といえるだろうな」
「…戦友を失ったのですから、そうなのでしょうね」
どこか複雑そうな口調で話すメアリー。仲間の仇でこそあるものの、相手も自分らと同じような悲しみを抱いているのだろうと納得はしきれないも、彼女なりに相手の心情に寄り添おうとする姿に、確かな成長を感じ僅かだが笑みを浮かべるトウガ。
とはいえ、まだ視野が狭いことは指摘せねばならないので、捕捉を加えるべく口を動かす。
「無論それもあるが、組織的な面で見てもという意味でもある。恐らくあの部隊はもう以前のような戦闘力は発揮できまい」
「?なぜですか?損耗した分は新たに補充されるだけなのでは…」
「確かにその通りだ。だがそれは、あれだけの練度を持つだけの予備戦力が今の帝国に残っていればの話だ」
帝国は協商連合との開戦から3年も休むことなく戦争を続けており、情報では本来兵役に就かない学徒をも動員して久しく。更に訓練時間の短縮すらも行っており、兵数自体は維持できてはいるのだろうが、その質は比べるまでもなく劣化していると分析されていた。
「とはいえ、脅威であることには然程変わりはないがな」
安心はできないといった様子で、思案するように顎に手を添えるトウガ。
ラインの悪魔の部隊は、大隊の定数である3個中隊に更に1個中隊を加えた増強大隊であり、その内の1つが潰れたとはいえまだ大隊として十分に機能し得る損害しか与えられていないとも言えるのだ。
それに対し、こちらは数だけで見てもその倍以上の損害を出しており、先天性の素質によって代替え困難な魔導兵科において、連合王国軍上層部も頭をかなり悩んませていることだろう。
そんな話をしている内に港湾へと辿り着き、船体の状態が良く見えるようになる。
甲板始め、船体のいくつかに、爆裂術式によって抉り取られてできた風穴が見られ。それらを修復しようと多数の作業着を着た連邦人が作業を行っており、そのための重機や工具が埠頭を埋め尽くしていた。
特に人手が集中している後部の機関部が最も損害が大きく、聞く限り稼働はできるも、最大の売りである巨体に見合わぬ船速は死んだも同然な有様らしい。
「流石にドックでの整備は無理、か」
本来ならドッグでの整備が必要な状態だが。戦艦すら超えるサイズのアンジュ―を収容できるドッグなど世界広し言えど数える程しかなく、このような事態を想定していなかった連邦が手配できないのも無理はないだろう。
とはいえ、人海戦術という力技で対応しているあたり、世界1、2を争う人口を誇る連邦の底力を垣間見た気分であった。
警備員のチェックを終え、設けられたタラップを上がり船内に入ると。特派にあてがわれた倉庫内の一画を目指す。
「よう…。帰って、きたか兄弟…」
ネクスト用ハンガーの前まで来た彼らを、ロイドが出迎えてくれた。――地面にうつ伏せで倒れた状態で死体のように身じろぎ一つせずに…。
「きゃっ!?しゅ、主任、大丈夫ですか!?」
そんな彼に、メアリーが慌てて駆け寄った。良く見れば他の整備員らも同様に力尽きたかのように倒れ伏しており、死屍累々といわんばかりの様相を呈しているではないか。
「…あの戦闘の後から、休まずに整備してくれていたのか?」
ハンガーに収まるネクストに視線を向けると、大破寸前の状態であったのが嘘のように修復されており。真新しい装甲は、主の帰還を待ちわびていたかのように輝きを放っていた。
「それが俺らの役目だからな。それと、『アレ』も使えるようにしておいたぜ」
「できたのか?」
「おう、完全にとは言えんが。お前が大切なものを二度と手放さないためにな、だから嬢ちゃんと必ず帰って来い」
「…ありがとう兄弟。皆も本当に、ありがとう」
友や仲間の献身に、表情の変化こそ乏しいものの、その声音からは感極まった様子が滲み出ていた。
「む?」
そんな雰囲気をぶち壊すように敵襲を告げるサイレンと、それに呼応するように周囲がどよめき重機の駆動音や指示が飛び交う人々の喧騒が、不安と焦燥感に駆られた慌ただしいものに飲み込まれていく。
ロイドもメアリーら周囲の者が突然のことに意表を突かれ固まる中。トウガはすぐさま格納庫から飛び出すと上空を見上げた。
「何だ、何だ!?」
「偵察機、だな。あの形状は帝国のものだろう」
トウガを追いかけてきたロイドらが視線を追うと、1機の航空機が港を旋回しながら飛んでいるのが見えた。
「帝国のマークがペイントされています。間違いないかと」
術式で視力を強化したメアリーに続き、近くにいた見張りから双眼鏡を借りたロイドが航空機へ向けて覗き込むと。機体の後部に帝国の国旗が描かれたペイントがされているではないか。
「チッ、もう見つかったのか!こっちはまだ動けねーのに、手際良すぎんだろ!」
「だからこそ1国で世界を相手に戦ってこれたのだろう。それより戦闘準備だ、敵が来るぞ」
慌てふためく地上にいる者達を尻目に、もう用はないと言わんばかりに一目散に去っていく偵察機を確認すると、トウガはロイドらを連れ足早に格納庫へと戻るのであった。
「パイレーツ01より、09は右翼を13は左翼を中隊を率いて固めろ!!二度と奴らをアンジュ―に触れさせるな!!」
帝国の偵察機が去ってから半日は経過した翌早朝。湾岸に展開したドレイク率いる連合王国海兵魔導部隊は、クイーン・オブ・アンジュ―を背に、迫る脅威に備えるべく防御陣形を形成していく。
探知術式が捉える敵影は30程とこちらに比べれば取るに足らないものだが、その中の1つにライブラリが反応し、『ラインの悪魔』と先日自分達に悪夢を見せてくれた忌々しい識別名を表示してくれるではないか。
「各員、今日は連邦の
するなよ!!」
どこかヤケクソ気味に激を飛ばすドレイク。彼らに並ぶように、連合王国とは異なる装備で身を包んでいる集団が展開しており。協同で護衛任務に当たることとなった連邦航空魔導部隊である。
連邦においてつい数ヶ月前に
連携訓練すら行われていないどころか、顔合わせすらできていない他国の者相手に背中を預けなければならず。
何より信仰を禁じ神の奇跡を操る魔導師は、過去の遺物として徹底的に迫害してきた彼らを突如活用しだした連邦上層部の変容に言いえぬ薄ら寒さを感じてしまうのだ。
『アンジュ―CPよりパイレーツ01へ。3時方向より新たな中隊規模の敵影――、ライブラリに反応あり『ラインの悪魔』ッ!!』
悲鳴混じりに届く報告に、思わず舌打ちしてしまうドレイク。いや、彼だけでなくつい先日自分達を悪夢に突き落とした化け物共の再来に、通信機越しに僚機らからも舌打ちやクソがッといった悪態が響く。
暫し前に別方向から2個中隊規模の襲撃を受け、それが陽動であると見て最小限の戦力だけで対応させたのは正解であった。
「パイレーツ01了解。これより迎撃に移る!」
連邦の指揮官――ミケル大佐へ、前に出て迎え撃つことをハンドサインで伝えると、同じように手を動かし了承の意を送られる。言語が違うため口頭での意思疎通が不可能なため、回りくどい方法しか取れず、歯痒さを感じながらも。職務を全うするため策を巡らすんべく、ドレイクは脳をフル回転させていく。
「ッ――何だ、この魔力量は!?!?!?」
そんな彼を嘲笑うかのように。宝珠に備えられている計測器が異様な魔力の上昇を敵から検知し瞠目してしまう。
瞬く間に振り切れた計器に走る動揺を抑えながら、ドレイクはCPへ通信を急いで繋ぐ。
「パイレーツ01よりCPッ。敵から異様な魔力反応が出て計器がイカれた、何が起きている!?」
『わ、わからない!こちらの計器も振り切れていているんだ!!』
半ば泣き叫びながらも、懸命に状況を伝えようとするオペレーターの声を聞きながら、あの話は本当だったのかと歯噛みする。
情報部から送られた情報の中に、ラインの悪魔は時に観測不可能な魔力量を発揮し神秘的なまでの力を振るうことがあり、回収された戦闘映像を見たフランソワ共和国の軍高官の中から、敵であるラインの悪魔を崇拝する者が現れる事例も起きたというものだった。
「奴は――ラインの悪魔は神の使徒とでもいうのかッ!?」
その話を聞いた時は臆病風に吹かれた者の戯言と気にしていなかったが、目の前で起きている現実に夢であってくれと叫びたくなるのを、軍人としての意地が辛うじて踏み止まらせた。無神論者ではないが、中世でもあるまいにそんなおとぎ話のようなことが起きてたまるかッ!!と己を奮い立たせる。
「怯むな!!ラインの悪魔とて人間だ、不死身なんてことはないのだ!!祖国に残していった愛する者を思い出せッ、何としても我らは勝たねばなんのだ!!!」
目に見えて動揺している部下らに、そして己に発破をかけるドレイク。それに応えるように各々奮起していくが、そんなものは児戯というかのように敵のいる方角から眩いまでの光が放たれる。
「――!!回避だッブレイク!!ブレイク!!あれは絶対に受けるな!!!」
それがラインの悪魔が発現した術式だと気づくのと同時に、ドレイクは本能的にオープンチャンネルで散開と叫んでいた。
一見すれば狙撃術式だが、戦場で鍛えられた直感が更なる警鐘を鳴らし、それに従い目を凝らせば精巧に誘導術式が組み込まれているではないか!見た目に騙され素直に射線から逃げるだけでは蜂の巣にされる代物だ!
1つの術式だけでも常人では単独で展開できない規模のものを、さも当然のように織り交ぜてくる怪物に、百戦錬磨の彼でも流石に心が折れそうになってしまう。
それでも生き残るべく懸命に体を動かすドレイクら海兵魔導部隊に、連邦側もミケルが同じように敵の攻撃の危険さを見抜いたようで部下に回避を取らせ、教本を無視した失速寸前の勢いで飛行軌道を捻じ曲げていた。
それでも迫りくる術式は、彼らの命を刈り取ろうと無慈悲なまでのその牙を向けて迫ってくる。余りの規模の大きさに、これまでか――!?と誰もが死さを覚悟する。
そんな彼らの背後から飛び出して来た1つの人影が、誘導術式が拡散する前に真正面から立ち塞がった。
「なッ――!?」
一瞬、誰かが我が身を犠牲に死に急いだのかと叱責しようとしたドレイクは、これ以上疑うことのないと思っていた我が目を見開く。
飛び出して来た人影は、
人影は踏ん張りながらも徐々に押し込まれていくが、遂には敵の術式が限界を迎え消滅していくのを、ドレイクらは戦場であることを忘れ唖然として見ていた。
『――ご無事ですか、ドレイク中佐?』
「あ、ああ。助かったオルフェス中尉。だが、その姿は――?」
奇跡としか言いようがない偉業をなした当人――トウガが敵から目を逸らさぬよう背中越しに安否を確かめてくる。
騎士の鎧を纏ったような特異な外観は変わらないも、その装甲には普段とは異なる点が見て取れた。
両肩部にある冷却用のフィンを始め、各部の装甲が展開され、それらから発せられる熱によって周囲の空気が暖められたことで蒸気が立ち込めており、それが太陽光を屈折させ彼の周りの景色を歪めさせていた。かなりの廃熱温なのか、全身の廃熱口が金色な輝きを放っており。ラインの悪魔同様これまでより異様な状態だが、頼もしさと安心感を与えてくれるその姿は、魔王に挑まんとする勇者のようであった。
『すみませんが、説明している時間がありません。ラインの悪魔は自分が相手をしますので、他は頼みます!』
そういうのと同時にトウガは突進を開始し。敵がそれを迎撃しようとした瞬間彼の姿が掻き消えたかと思うと、ラインの悪魔の背後から現れる。敵の中でラインの悪魔だけが反応し対処しようと動くのと同時に、振り抜かれたトウガの蹴りが脇腹へと叩きこまれ吹き飛ばすのであった。