連合王国輸送船襲撃任務にて、甚大な被害を被ってしまった二〇三大隊。
食中毒による交代こそあったが、結成以来1人の欠員の出ることのなかった我が隊で、初めてヴァルハラへ旅立つ者が出てしまったのだ。
誰もが我が身を引きちぎられたも同然の思いで涙を流しており、それはヴィーシャも同様であり。如何なる時も毅然とした態度を崩さない我らが長であるターニャも悲嘆に暮れていた。
だが、戦争はそんな自分達を待ってくれることもなく、次なる戦いへ備えなければならず
上官が作成した補充に関する書類を発送し終えた彼女の元に、カード仲間である航空艦隊の同僚らが訪ねて来ると、この前の負け分だと1枚の写真を差し出してきた。
それには、対象であった輸送船が湾で整備を受けている姿が映されているではないか。
高高度からとはいえ、敵地に飛び込んで偵察することは相応なリスクに晒されることであり。口にこそしないも、自分達にリベンジの機会を与えたいという彼らの好意に、鼻歌を歌いたくなるほどに上機嫌になりながら、ターニャの元へ持っていけば、彼女も喜びを隠せない様子で出撃を決意し、潜水艦隊へ協力を要請。潜水艦による輸送で敵警戒網を潜り抜けた203大隊は隊を二手に分け、一方が陽動をかけている間にヴィーシャはターニャ率いる本命と共に目標へ強襲をかけたのだった。
「嘘…」
誰とも知れず呟かれた言葉が、自分のものであることも気づかず、ヴィーシャは目の前の光景に戦場であることを忘れ呆然としてしまう。
エレニウム九五式――203大隊で使用されている九七式の元となった宝珠核の4基同時同調という、航空機でいうエンジンの複数同時搭載を可能とする革新的技術で開発された宝珠である。
単独では不可能な大規模術式を行使可能とし、従来の物とは余りに隔絶した性能から『神の奇跡』の再現とさえ言われる代物であり。先の任務以外で、203大隊が達成不可能とさえ言える任務の数々を犠牲者無く成し遂げられてこられたのも、その力を用いたターニャのお陰でもあった。
その九五式を起動させたターニャが放った術式は、自分達を阻もうと展開してきた敵魔導師を薙ぎ払う――筈であった。
大気すら震わせるまでに濃密に練り込まれた魔力の塊を、突出した敵の1人が防殻で受け止めると。互いの魔力が反発し合い、その余波が眩いまでの閃光に視界が塞がれてしまう。
閃光が収まり視力が戻ると、砲撃とさえ言える一撃は通過した空間の大気を蒸発させて水蒸気を立ち込めさせ、魔力の残渣が紫電となってその苛烈さを物語るように漂っていた。
その終着点である空間には、受け止めた敵魔導師が何事もなかったかのように佇んでいるではないか!以前南方大陸で交戦したフランソワ残党のエース・オブ・エースクラスの魔導師も、単独で九五式を起動させたターニャの攻撃を防いで見せたこともあったが、決して無傷ではなかったというのに!
自分達だけでなく、防がれたターニャ自身も予想外の事態に動きを止めてしまった間に。敵魔導師がこちら目がけて突進してくると、長年の戦場暮らしで染みついた習性が、手にするライフルを構えさて、術式を展開し照準を定めさせる。指示などなくとも逃げ場など与えぬよう皆が射線を交差させ、合図に備えトリガーに指をかけると同時に――敵の姿が視界から消え去る。
「ッーー!?」
デコイか!?と術式で探知しようとする間もなく、目の前――先頭にいるターニャの背後に現れた。唯一反応できた彼女迎撃しようとは振り返るが、その脇腹を敵魔導士が放った回し蹴りが叩きこまれた。
突進の加速が乗せられた一撃は、十代になって間もない小柄な体躯の彼女を軽々と吹き飛ばしていく。
「中佐ッ!?」
よくも!とヴィーシャは沸騰する怒りを乗せ、取り出したシャベルの先端に魔導刃を展開し、後頭部目がけ振り下ろすも。敵魔導師は振り返ることもなく、左腕から展開された防殻で受け流すと、相手をする暇は無いと言わんばかりに、ターニャ目がけて突進していく。
「このッ」
相手にすらされていないことに、歯噛みしながら片手でライフルから術式を放とうと、別方向から飛来した術式に阻まれる。
「中尉の邪魔はさせない!!」
二十代手前の自分より、一回り年下と見られる少女の敵魔導師が、手にしているライフルの銃剣に魔導刃を展開し突き出してきたので、シャベルで受け止める。
「そっちこそ――」
『ヴィーシャ!!!』
鍔迫り合いをしていると、通信越しに上官が呼ぶ声が響く。
態勢を立て直せてこそいるものの、追撃してきた敵の猛攻に。作戦中にはまず呼ぶことのない愛称で呼びかける程に余裕がないらしい。
『手が離せん、部隊指揮は任せる!!』
応答する間もなく通信が途切れる。できることなら直ぐに援護に駆け付けたいが、眼前には連合王国と連邦の混成が迫っており。どちらも、連隊規模はあるだろう大軍を相手にせねばらなないのだ。
この作戦は、ターニャと九五式頼みによるもの部分も大きいが。元々自分達は
「中隊各員へ、これより第一中隊は当官が指揮を取る!!敵を引き付けつつ後退だ!!上手く食らいつかせよ!!」
『ぬん!!』
トウガが跳びかかりながら振り下ろした魔導刃を、後ろに跳んで避けると、ターニャはサブマシンガンを浴せる。
迫る弾丸の嵐を、トウガは両手にそれぞれ展開させた魔導刃で斬り払いながら一瞬で距離を詰めていく。
「チッ!」
何度目になるかわからない振るわれる刃を、体を逸らして避けながら後退していくターニャ。術式を展開させる間を与えまいと繰り出される猛攻に、苦虫を嚙み潰したような顔で無数のデコイを生成し撹乱している間に、光学術式を展開する。相手の意図に気がついたトウガもヴェスパーを構え、光学術式を展開した。
同時にトリガーを引き、放たれた術式がぶつかり合い爆発を起こし巻き起こった爆炎が互いを覆う。
続いてターニャは誘導術式を起動し、煙幕に紛れさせて発射。視界が塞がれたことで反応がワンテンポ遅れてことが仇となり、全方位から迫る術式に逃げ場がなく次々と直撃していき爆炎に包まていく。
「……」
油断なくサブマシンを構えながら、爆炎を見据えるターニャ。確かな手応えはあったが、九五式と渡り合えるだけの力を持つ相手なだけにこれで終わりだなどどとは思えなかった。
「!」
殺気を感じ頭上に防殻を集中させると、高密度の光学術式の奔流とぶつかり合いその勢いに押され海面へと押し込まれていく。
「主よ、か弱き我らに救いを!!」
吐き気を催す『呪い』を口にすると、九五式の出力が跳ね上がり、強化された防殻で敵の術式を打ち破る。
射線の先に視線を向ければ、ヴェスパーを構えているトウガの姿があり。さしてダメージを受けていないようで、ヴェスパーを格納すると防殻を展開させ、腰部のラックに懸架していたライフルを手にし突撃していく。
それに対しターニャも前面に防殻を集中させ、サブマシンガンを構えると突撃していき、ドッグファイトを繰り広げていく。
互いに射撃を加えながら背後を取ろうと機動する中、ターニャの中で焦りが生まれていく。
九五式は確かに破格の性能を誇るが、稼働時は神を自称する魔物らを賛美させられる上、奴らへの信仰心を植え付けられるという精神汚染をもたらすため、長時間の使用は心理的プレッシャーとなってのしかかるのだ。
これ以上は長引かせられないと判断し、勝負を決めるべく光学術式と誘導術式を同時起動。放たれた光学術式が大気を震わせながらトウガに襲い掛かる。それをトウガは難なく回避するが、続けて迫る誘導術式を素早く高度を下げ、囲むように迫る術式を背後から追うように誘導して海面スレスレを飛びながら、背面に収納したままのヴェスパーを、低出力でマシンガンのように連射し弾幕を張って撃ち落とすか、海面に落ちるように誘導しながら対処していく。
その動きを予測していたターニャは先回し、サブマシンガンを連射。誘導術式に気を取られ反応の遅れたトウガを弾丸が次々と貫いていく。
今度も確かな手応えがあったが、トウガの姿が蜃気楼のように掻き消えていく。
「何!?」
デコイであることに目を見張るターニャ。魔導反応はおろか幻覚術式であるデコイには存在しない質量、熱量も確かに感知されていたため、見破ることができなかったのだ。
「くッ!?」
背後に回り込んでいたトウガの魔導刃の横薙ぎの一閃を身を屈めて避けると、転がり込むようにしながら距離を取りサブマシンガンを撃ち込むが、またもデコイであり本体を見失う。
「質量を持った残像だというのか!?」
次々と襲い来る攻撃を避けながら反撃するが、捉えるのは全てデコイであり、トウガ本体には掠りもせず、加速していく彼の機動を追うように本体と寸分違わぬ反応を持つデコイが生成されていき、文字通り分身しているかのような錯覚に陥るのであった。
「とりあえずは
アンジュ―の格納庫から双眼鏡でラインの悪魔と戦う友の姿を追うロイド。余りの速さに見失いそうになるのを喰らいつきながら、安堵の声を漏らす。
ロイドらが不眠不休でネクストに施したのは、リミッターの解除に伴う負荷への強化であったのだ。
以前に性能の限界値を図るためにリミッターを解除して稼働させた際に、廃熱が追いつかず装甲表面が熱で剥離され
「…だが」
腕に巻いている時計に目をやり、険しい表情を見えるロイド。
元来機械とは、最大のパフォーマンスで稼働し続けると、その負荷に耐えられず自壊してしまうものである。
そして何より、機械が生み出す膨大なエネルギーに、使用者である人間が耐え切れず最悪命を落としてしまうことさえあるのだ。
故にリミッターと呼ばれる、意図的に機能を制限する装置が存在するのだ。いくら強化したとはいえ長時間戦えるものではなく、戦闘が長引いていることで、リミッターを解除していられる限界時間が迫っていたのだった。
「んお!?」
そんな折、爆発音とともに足場にしている船体が激しく揺れ、転びそうになるのを近くにある物に捕まり耐える。
「何が起きた!」
「それが敵兵が潜入したようで、機関部が爆破されたようです!」
「んだとぉ?」
船体後部から激しく燃え上がる炎に周囲が騒然となる中。部下からの報告に、眉を潜ませるロイド。どうやらラインの悪魔含め、交戦している連中は陽動であり、本命は少数のユニットによる破壊工作だったということらしい。
あれだけの戦闘力を持つラインの悪魔がいながら、それに胡坐をかかず自らが捨て駒になりかねない戦略を取る徹底した冷徹さに、畏敬の念さえ覚えるのであった。
余人の介入を許さぬ異次元の攻防を続ける中。互いに眼前で銃口を突きつけ合った瞬間、アンジュ―から巻き起こった爆発によって、トリガーに指をかけた状態で動きを止める両者。
機関部が爆破されたことが通信機から伝わり、敵の狙いと己の敗北を理解したトウガと。部下からの通信で目的を達っせられたことを把握したターニャ。
互いにこれ以上この場で戦う必要がなくなり、暫く銃口を向けあいながら戦意がないことを確かめ合うと。どちらともなく銃を降ろし、ターニャが警戒しながら距離をゆっくりと取っていくのを、同じように油断することなくその場で警戒しながら見据えるトウガ。
追撃を振り切れる距離まで離れると、背を向けて加速し、同じく後退していたヴィーシャらと合流すると離脱していくのであった。
『…敵の手際の良さに助けられた、か…』
各部から火花を散らし始めていた愛機を横目に、深く息を吐くトウガ。
モニターには関節を中心に負荷による限界を告げる警告が表示され、エネルギー残量も尽きかけていた。
更に、トウガ自身が軽減しきれていなかった
とはいえ、その手際の良さで任務に失敗したのも事実であり皮肉でしかないな、と自嘲するのだった。
「トウガ!!」
意識が飛びそうになりかけていると。聞き慣れた声にそちらを向くと、メアリーが慌てた様子で駆け寄って来る。
「大丈夫!?怪我は!?」
『落ち着くんだ。俺は問題ない、そちらは――』
肩をかしながら、心配の余り涙目になっている部下に、トウガは肩に手を置きながら宥めながら、味方の被害を確認しようとする彼の声を遮りながら歓声を声が上がる。
『?何だ?』
何事かと周囲を見ると、ドレイクら海兵魔導部隊がトウガへと賞賛と喝采の声を上げており――いや、彼らだけでなく、顔も合わせたことのない連邦魔導部隊の面々も同様に称えているではないか。
『???』
「私もドレイク中佐や皆無事だよ。あなたが守ったんだよトウガ」
事態が飲み込めずキョトンとしている上官に、思わずクスッと笑みを零すメアリー。
夜が明け姿を現した日輪が、英雄の出現を祝福するようにトウガを照らし。見る者にまるで後光を差すかのような光景を生み出す。
この日、帝国と相対する国家をことごとく震え上がらせきた悪魔を、討ち果たしえる勇者が誕生した日となったのである。