苦労人戦記   作:Mk-Ⅳ

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第十三話

クイーン・オブ・アンジュ―をめぐる攻防より数日が経ち。トウガら多国籍義勇軍は停泊している軍港を拠点として受けた傷を癒しながら、次なる作戦に備えていた。

西側との接触を意識していることもあり、併設されている軍病院はずば抜けて充実したものであった。

戦時下でありながら、最前線から遠く離れた施設にも関わらず、専門的教育を受けた医療関係者が定数通り配置されており。数だけでなく、その全てが質的面でも不足なく。

リノリウムの床は綺麗に磨き上げられており、清潔なシーツに、消毒用アルコールの匂いは新しく。少なくとも現在帝国軍主力と対峙している連邦最前線の凄惨極まる壮絶な医療環境に従事する者が夢想することすら諦めてしまったもの全てが整えられていた。

このことが、連邦がいかに西側諸国との連携を重要視しているかの証左と言えた。

だが、どこまでも整えられていたとしても――

 

「おい、おい、頼む!頼む、強心剤を、早く!」

「止めろ…トーマス!ジャクソンはもう眠ったんだ!」

「ドレイク中佐!そんなことを!馬鹿なことを言わないで下さい!ジャクソン!おい、ジャクソン!しっかりしろ!国に帰るんだろう!!」

 

戦時中の病院は、病院であり。息絶えた若い魔導師を前に、なお死を受け入れまいと叫ぶ戦友をその上司が見咎める光景は、日常の一部でさえあった。

そんな見慣れてしまった光景を目の前に、ロイドはいやな大人になったものだと小さく溜息をついていた。

損害を確認しながら、今後について話し合っていた中。騒動を聞きつけ駆け付けたドレイクが、連邦の医官や衛生兵に食って掛かっていた部下との間に割って入ったのだ。

アンジュ―の直掩に当たったドレイクらの部隊は、目立った損害こそなかったが、陽動部隊と見られる敵部隊は、対応に当たった部隊を行き掛けの駄賃と言わんばかりに一方的に貪り喰らっていったのだった。

 

「トーマス中尉!」

「中佐殿、何かの、何かの間違いです!」

「まだ、他にも治療を必要とする仲間は多いのだ。静まりたまえ、トーマス中尉!」

「ですが!」

 

駄々をこねる子供のように泣きわめく部下を、頭を冷やせ!という言をのせてぶん殴り室外に蹴り出すドレイク。

倒れ伏したまま嗚咽を漏らすトーマス中尉と呼ばれていた男性を、彼を案じた同僚らが介抱するのを、ロイドはただ見ていることしかできないでいた。

 

「(兄弟なら、気の利いたことを言ってやれるんだがね…)」

 

お節介焼きが服を着た人間とさえ言われている親友ならば、傷心した彼のためになる言葉の1つでもかけられただろうが。生憎と自分には、見ず知らずの相手にしてやれる器量も度胸もないことに、また溜息が漏れる。

そんな彼の元に、トーマス中尉の対応をしていたに人々に深々と頭を下げ謝罪を終えたドレイクが戻ってきた。

 

「見苦しいところを見せてしまったな主任」

「いえ。戦友を失ったのですから当然でしょう。…仲が良かったので?」

「ああ。亡くなったジャクソン少尉は、トーマス中尉の士官学校からの後輩でな。同じ部隊に配属されてからずっとバディを組んでいたからな…」

「それは、辛いですな…」

 

その話を聞いて、トーマス中尉があれ程取り乱すことを責めれるものなどいようものか。

魔導部隊は、家族のように密接な絆を誇る。誇りと共に断言するのは血よりも濃い交わりであり。苦楽を共にし、共に食卓を囲んできた仲間を失って、平然としていられる者などどれだけいるというのか。

彼が少しでも早く立ち直れることを願っていると。背後から澄んだ女性の声が響いてくる。

 

「失礼ながら、よろしいでしょうか?」

 

声をかけられた方を向けば、二十代前半と見られる野戦陸軍の将校服を纏った女性が、どこか柔らかな視線をロイドらに向けて歩み寄って来ていた。

 

「(いよいよ、政治将校様のおでましかい)」

 

内心でうへぇ、と辟易していることを、おくびにも出さず笑顔で蓋をするロイド。

政治将校――党が軍隊を統制する為に各部隊に派遣された将校のことであり。平等という建前の元、私腹を肥やし、自分達以外を人を人と思わぬ邪悪な共産党の手先として、身内からすら嫌われているとさえ言われている存在である。

資本主義の元、自由・平等を愛するロイドからすれば、生涯において関わりたくない人種であり、連邦に派遣されると決まった時には、本気で帝国を怨んでしまう程であった。

実際、彼女の姿を目の当たりにするや、周囲の連邦人が逃げるかの如く職務に駆け出していくではないか。

 

「失礼、貴女は?」

「リリーヤ・イヴァノヴァ・タネーチカです。政治将校というしがない使い走りですね。下級政治委員で、連邦軍中尉でもあります。どうぞ、リリーヤとお呼び下さい」

 

未だ相手の正体に気づいていないらしく、対応が定まっていない様子のドレイクの問いに、リリーヤと名乗った女性将校は、実に柔らかな物腰に、丁寧な言葉遣いで答える。

 

「…しがない、という連邦語を後で辞書を引いて調べることにしましょう。自分は、連合王国第一海兵魔導遠征団所属のドレイク海兵魔導中佐です」

「よろしくお願いします。ドレイク中佐殿」

 

他意のないといった様子で手を差し出してくるリリーヤに。単なる中尉相手をでない、懇切丁寧な物ごしで応じているドレイク。そんなやり取りを政治将校殿に気取られないよう内心冷めた目で見ているロイド。

合衆国・連合双方の上層部から、政治委員には軍の階級でなく事実上『文民』と見做して対応するように厳命されており。間違っても『問題』など起こさないようにという、共産主義者と手を取り合っている現状の歪さを表した一文も添えられてである。

 

「へえ、どんな(いか)ついダンナが出てくるかと身構えてましたけど。こんな別嬪(べっぴん)さんがいらっしゃるとはありがたいことですな」

「別嬪?」

「おっと失礼。秋津島皇国語で、とんでもなく美人さんって意味ですよ。あなたみたいな麗しい方に出迎えて頂き光栄だ」

 

次いで自分に手を差し出してきたリリーヤに、『詐欺師の共産主義人が、気を利かせられたんですね』と、皮肉を込めた口調で軽くご挨拶をかますロイド。

その発言に、ドレイクがギョッと目を見開いており。彼には心労をかけて申し訳ないが、共産主義に染まった人間と素直に仲良くできる程、お人好しではないのだ。

何より、この程度の冗談も交わせないようでは、どの道協力関係など築けまい。

 

「そ、そんな美人だなんて…。あ、あぅぅ…」

 

『金勘定にしか興味のない資本主義人でも、面白い冗談が言えたんですね』くらいのお返しを期待していたが。予想に反して、リリーヤは顔をタコのように真っ赤に染めあたふたと狼狽えているのだった。

ええ…、とさえ言いたくなる程に、演技でないと確信できる素の反応に。思わずこれどうすんねん?どうしましょう?といった感じで顔を見合わせるドレイクとロイドであった。

 

 

 

 

「――さて、辛いお役目を果たさねばなりません」

 

あれからどうにか落ち着きを取り戻したリリーヤは、コホンッ、と咳ばらいをすると本題に入ろうとする。

なんかもう色々と台無しとなってしまったが、懸命に責務を果たそうとする姿に、大したものだと感心するロイド。

…何とも言えない空気にしたことを責めるドレイクの視線は、気にしないものとする。

 

「お役目、ですか?」

「ああ、語弊のある言い方でした」

 

身構えたドレイクに対し、リリーヤは姿勢を正して頭を下げる。

 

「党員として、党よりあなた方の犠牲と貢献に心よりの同情と哀悼を。個人としても、お悔やみを申し上げます」

「そう言って頂けるならば、幸いです。いただいたお気持ちと、哀悼の言葉があれば、散っていった連中の遺族にも…不甲斐ない指揮官なりにではあるにしても、少しは顔を合わせることができましょう。感謝を」

 

そこで、ドレイクは慎重に言葉を選ぶように続ける。

 

「遅まきながら、貴国の犠牲と犠牲と共闘に対して連合王国の一士官より感謝と敬意を。どうか、受け取って頂きたい」

 

そう、あの恐るべき帝国魔導部隊、ラインの悪魔とその一党に立ち向かったのは多国籍義勇軍だけではない。連邦軍もまた、少なくない犠牲を払っているのだ。

 

「光栄です。戦いに倒れた同志達には、それこそが何よりの手向けとなることでしょう」

 

政治委員に持っていたイメージと異なる、真摯で誠実な言葉。

故にか、ドレイクは留めるべき言葉を口にしてしまっていた。

 

「…このようなことを部外者が申し上げるべきでないのかもしれませんが」

「何なりと仰って下さい。内務人民委員部よりも、友邦の方々のご意見はくれぐれも拝聴するように、と」

「では、一つ。同業者諸君の責任を余り咎めないで頂ければ、と」

「同志大佐殿の処分にお口添え頂ける、ということでしょうか?」

「内政干渉を意図するものではありません。ですが…」

「是非、聞かせて下さい」

「貴国のミケル大佐らもまた、最善を尽くして立ち向かったのです」

 

魔導師は結束を何よりも重んじる。共に轡を並べれば、そこに国という枠組みなどなく、ミケルら連邦魔導師がいかに勇敢に戦ったのかを力説しているドレイク。

立場的に止めに入るべきなのだが、ロイドは静観していた。ドレイク心情を理解していることと、リリーヤという異色の政治委員を見極めるのに都合がいいという打算もあった。無論、本当に危険な事態になりそうであれば止めに入るが。

 

「信賞必罰は党の原則です。ですが、これは戦争です。悲しいことですが、最善を尽くしたとて成功は確約されていません」

 

ご安心下さい、とリリーヤは顔を綻ばせて微笑んでみせる。

 

「同志諸君が、最善を尽くしてくれたと外部の方に評価して頂けるのであれば、お役に立てるかは不明ですが、私から一筆添えさせて下さい」

「率直に言うならば、ありがたい限りながら…よろしいのですが?」

「よろしい、とは?」

 

明らかに危ない橋を自ら渡ろうとしているリリーヤに、ドレイクは思いもしなかったといった様子で問いかける。

 

「リリーヤ政治将校殿、私は貴国における貴女の立場を存じ上げない。しかし、こういった局面において『部外者』の言葉に賛同したことを書面に残してもよろしいのか?」

「ふふふ、なんだか変なご心配をいただいたみたいですね」

 

穏やかな口調に微笑み浮かべるそ姿に、自分の身を案じる意図は微塵も見えない。

 

「大丈夫です」

 

はっきりと断言してみせる口調に迷いもない。

 

「良いことをしたからといって、必ずしも結果がついてきてくれるとは限りません。それは、我が国でも同じです」

 

ドレイクらを見つめる碧眼は澄み切った意思を携え、どこまでも揺らぐことなし。

 

「ですが、それを口実に処分を受けるというのは共産主義のやり方ではありません。弁解の口添えを行うのは、私達の職務と言ってよいでしょう」

「…は?」

 

己の職務を誇るように放たれた言葉に、ドレイクは思わず間の抜けた声を漏らし。ええっ共産主義が人命を重んじるんですか!?!?と言いかけたのを堪えたことに、己を内心褒め称えるロイド。

 

「ああ、帝国のプロパガンダをご覧になりましたか?」

 

そんな彼らの反応に、リリーヤは信じないで下さいませ、と彼女は困ったように苦笑してみせる。

そんな彼女に、ロイドは内心すいません。それ、合衆国も連合王国もというか、資本主義国家はどこもやってますと、吹き出しそうになるのを堪える。

 

「残念ながら、と申し上げなければなりませんね。連邦と母なる党が色々と言われているのは、私も知っています。ですが、事実はご覧になっての通りです」

 

自分を指さし、ついでにドレイクとロイドを指さして女性政治委員は微笑んでみせる。

 

「私達とて、人間です。あなた方の隣人として、分け隔てなくありのまま見ては、頂けませんか」

「…これはお見逸れしました。よき隣人に出会う思いです」

 

ペコリと頭を下げつつ、手を伸ばそうとして、ハッとしたように元の位置に戻すドレイク。連合王国紳士のマナーで、手のひらにキスしようとして相手が文化の違う連邦人であるので思いとどまったらしい。

感服しているドレイクをよそに、ロイドは彼女の背後にいる者の意図が透けて見えたことで、つまらない茶番だと独り鼻で嗤うのだった。

 

「…ところで、特別派遣魔導技術部のトウガ・オルフェス中尉が、どちらにいらっしゃるかご存知でしょうか?此度の作戦で、あなた方友邦国や我が同志の皆様の被害が抑えられたのは彼の奮戦によるものと聞いておりますので、一言お礼を申し上げさせて頂きたいのですが」

「ああ、あいつなら自滅同然のことして死にかけたんで、病室にぶち込んでますよ」

 

最大稼働という、諸刃の剣としか言えない力の代償として。死んでいてもおかしくないと医師に言われる程の肉体的負荷を受けたトウガを、問題ない等ほざく戯言を無視して監視(メアリー)をつけて病院送りにしたのだ。

リリーヤに病室を教えると、彼女は深々と頭を下げながらお礼の言葉と、またお話しましょう、という言葉を残し去っていくのだった。

 

「……」

「共産主義に対する考え方が間違っていた、とか考えてます中佐?」

「む、それは、まあ…実際に話に聞くのと実際に見てみるのとでは違うこともあるからな」

「確かにそれも事実ですがね。こと共産主義には当てはまらないと思いますよ」

「何故、そう思うのかね?」

 

まるで釘を刺すように話すロイドに、訝しむように眉を顰めるドレイク。少なくとも、先程のリリーヤとのやり取りで事前に聞いていた共産主義者とは真逆の、善良なる人間という印象しか抱けないであろうに。ロイドから感じられるのは強い不信感と唾棄すべきという強い意志が感じられた。

 

「あの中尉さんを見た連邦の人達の反応が、全てを物語ってると思いますけどねぇ。本当に共産党が彼女のような人間だけであり、掲げる理想通りのものなら、私やあなたの国の政治家が、帝国と同じようなプロパガンダ拵えてまで警戒なんてしますか?」

「…それはそうだが。なら何故のタネーチカ中尉ような者が政治委員に?恐らく彼女は上流階級の出だぞ?」

 

共産党は平等という名の元、王族、貴族、富豪、聖職者といった特権階級を極一部を除き徹底的に排除していた。

リリーヤの物腰から、そういった出自と見られるが。粛正を逃れた貴族にイヴァノヴァという名に覚えはなく、粛正された系譜の出であれば党に関わることなど許される筈がないのだ。

 

「我々みたいな外部の人間と関わる際に、見栄え良く見せるためにキープでもしてたんじゃないですかね。人間って悪い認識を持っている程、実物を見た際にそれが良いものだとそちらを信じやすいって言われてますし、中佐もそうでしょう?多分そうやって騙された人の口から、『共産主義は言う程悪くなかったよ』って言わせて資本主義国家の民衆を騙すスピーカーにでもしようって腹積もりなんなんじゃないですかね。多分、彼女自身はそんなことに使われてるなんて自覚もないんでしょうけど。まあ、つまり末端の人間だけ見て、その組織を知った気になるのは良くないって話ですよ」

 

ロイドの言い分に、ドレイクはむぅ…と唸るだけで反論できなかった。リリーヤと関わったことで、共産主義への考えを改めるべきかと思っていたが。彼の話を聞いている内に、相手の術中に嵌められている可能性が捨てられなくなっていたのだ。

反論の代わり、と言うものでもないが。話している内に気になったことをドレイクは問いかける。

 

「貴官は技術将校だと思っていたが、何と言うか政治家らしいことを言うのだな」

「ああ、言ってませんでしたっけ?私の実家が財閥の長の家系でしてね。まあ、自分で言うのなんですが、政治にも結構口を出せるお偉い家柄でしてね。その縁で他の企業のお偉いさんや政治家なんかと関わることもありましてね。その中で騙し合う『嫌な大人の世界』ってのを学んだだけですよ。中佐も軍にいてそういう経験ありません?」

「ない――と言えば嘘にはなるな」

 

軍隊に限っても、味方であろうとも欺くことは珍しいことではない。それは連合王国にあっても例外ではなかった。

無論それが祖国を守るために必要であることも理解はできるが、当事者にされることだけは是非とも遠慮したいが。

 

「別に、それが悪いだとか悪だとかなんて言う気はないんですがね。それでも、自分の国の正義を本気で信じている人を利用することに、何の罪悪感も感じない輩だけは気に入らないっていう個人的でつまらない正義感振りかざしてるってだけですよ」

 

面白くもないと言いたげに、ロイドはここにはいない誰かに吐き捨てるように言い放つのであった。


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