苦労人戦記   作:Mk-Ⅳ

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第十五話

冬将軍の到来によって連邦・帝国戦線は停滞し。互いに越冬に励みながら睨み合うようになる数ヶ月が経ち、12月の終わり――年末を迎えようという中。呼び出しを受けたトウガは、左官級用に設営された宿舎へ足を運んでいた。

指定された部屋の前に到着すると、扉をノックする。

 

「失礼します。トウガ・オルフェス中尉、ただいま参上しました」

「ああ、入ってくれ」

 

聞き慣れた声で入室を促され、扉を開くと。呼び出し人であるドレイクと、最近知己となったミケルがテーブルを挟んで椅子に腰かけていた。

部屋には他に人の姿はなく、政治将校に不審がられそうな構図だが。ロイド経由で堂々と呼び出しを受けており、敢えて目立つようにしていることから、これをそういった目で疑う方が難しいだろう。後ろめたい人間こそ隠そうとして逆に人目を引くものなのだ。

 

「呼び出して済まないな。君に意見を聞きたいことができてな」

「自分にですか?」

 

勧められた椅子に腰かけながら、不思議そうに首を傾げるトウガ。

テーブルには彼らが身を置く司令部のある地区を記した地図が広げられており。何かしらかの作戦の打ち合わせをしているのだろう。

直属の部下でなく、あくまで外様である自分をわざわざ頼る理由などない筈だが…。

 

「フレッド主任から、君は何かと『冴える』から困ったことがあれば、頼るといいと勧められたものでね」

「…あ奴は何かと私を持ち上げたがるので、当てにしない方がよろしいかと」

「ははは、相変わらず謙遜だな。まあ、とりあえずこれを見てくれ」

 

何を吹き込んだんだあの馬鹿(ロイド)は、と戻ったらとっちめることを決めながら、テーブル上の地図に目を通す。

 

「実は急遽数日後にこの村落を強襲するよう党から要請があってな。だが、どのような意図があるのか読み切れなくてな。一応は『限定的な攻勢による帝国軍の損耗極大化』だそうだが」

「この時期に攻勢、ですか…」

 

困り顔のミケルの言葉に、眉を顰め顎に手を当てながら思案するトウガ。

既に雪一面となった状況下では、戦車等の車両が雪に足を取られる影響で、機動戦を得意とする帝国軍は、その力を大きく削がれているため五分に戦えるが。それは敵が攻め手である場合であり、こちらから攻め込んでは冬将軍の利点を生かすことができなくなってしまう。歩兵主体の連邦軍とて雪の影響は免れず、満足な機動は取れないのだから。

いくら軍事に疎い政治屋が中心の共産党と言えど、それくらいの理解度はあると仮定し。無理に攻勢に出る必要のない情勢でこのような手を取るのか?

 

「――我々の目標地点は『自治評議会』領にある村落、で間違いないのですねミケル大佐」

「ああ、モスコーでも相当に上からの、とつく厳命だ」

 

彼が指し示したのは、帝国軍陣地でなく(・・・・・・・・)そこから離れたどこにでもある村落(・・・・・・・・・・・・・・)であった。

自治評議会とは、冬将軍の到来から暫くして、帝国が占領した連邦領に対し完全な独立国に近いほどの自治を認め現地民にその土地の支配権を譲り渡し始めたのである。

それまでは、従来通り占領した土地を帝国領として統治しようとしていたが。元々連邦に強引に組み込まれていた地域も少なくなく、開戦前から独立を求める声が強かったこともあり、侵略者には従うまいとする意志が強く。恐らくそういった感情を共産党が煽っている影響で、現地民は激しい抵抗運動を起こし衝突が絶えず起きていたのだ。

従来の帝国であれば、そういった輩は力づくで排除しようとする筈だったが、意外なことに彼らは現地民に歩み寄る姿勢を見せ、今ではより良いパートナーであろうとしているのだ。

戦争機械とまで呼ばれ、愚直なまでに軍隊としての暴力装置として振舞ってきた軍が国を主導しているとさえ言えた帝国が、断固排除してきた敵対者に『寛容』というべき『外交』のカードを切ったのだ。トウガを始め、この事実を理解しえた者達の衝撃は大きく、特に『平穏を脅かす邪悪な帝国と、祖国を護らんとする解放者である正義の連邦』という構図を描きたかった共産党員らは先の首都襲撃以上の衝撃を受けていることだろう。

故に早急な対策を立てようと躍起になっていると考えれば、今回の強引な攻勢の理由にも合点がいく。

 

「…恐らくですが。党は帝国と自治評議会が、どれだけの協力関係を築けているか見極めたいのではないでしょうか?」

「つまり、見せかけだけのものか本当の友人になろうとしているのか見たいということか」

「はい。帝国軍と自治評議会が同時に攻撃を受けている状況下で、仮に帝国が自分達の身を守ることを優先すれば、評議会側は『所詮口先だけで信用できない侵略者』と再び帝国に牙を剥くようになるでしょう。逆に評議会を優先して守るのであれば、帝国が本気であることがはっきりとします」

「なる程。前者であればそれで良し。例え後者であろうとも、両者の関係の深度を図れて損は無しということか」

「…モスコーにいる連中にとっては、ね」

 

苦々し気に吸っていたタバコを灰皿に押し付けるミケル。

弾の飛んでこない後方にいる人間からすれば、どう転ぼうとも良き結果をもたらすことだろう。…政治の都合で戦場に放り込まれる側からすれば、たまったものではないが。

 

「党の連中の思惑はともかく、この作戦で得られるものは後々必ず我々の助けとなるかと」

「わかっているよ中尉。親愛なる『祖国』のために全身全霊を尽くすさ。ただ、な」

「何か問題が?」

 

言いにくいことでもあるのか、ミケルは渋い趣きでティーポットを手にすると、カップに気持ち程度に紅茶を注ぎ、続いてスコッチのミニボトルに手を伸ばし追加で盛大に注いでいく。…メインと付け合わせの比率が戦場の霧並に不可解なことになっているが。これはドレイクら連合王国軍人が上の理不尽に振り回される時に『気分転換』に嗜む紳士の秘儀。どうやら異文化交流は順調に執り行われているらしい。

カップを手にし、ぐびり、と呷ると、ミケルはポツリと漏らす。

 

「困ったことだな友人らよ」

 

妙に渋い言葉に。無理もないなといった様子で、礼儀として黙って同じようにスコッチ――ティーを呷るドレイクと、彼らを静かに見守るトウガ。

多言を要するものではない。

暫し、無言で酒精に身を委ねた末のことだった。唐突にミケルは本題を切り出した。

 

「公式には『限定攻勢』に地歩を確保。以って、予定されている春季大反撃に備えよとのことだが。現状では、随分と無理をしているというのが私の私見だ」

 

窓の外を眺めるように、遠いところを見やって吐き出される言葉は重い。

 

「無謀とまでは言うまい。だが、愛国者として断言しよう。危うい」

「それなり以上の体制が整っているのは事実でしょうに」

「書類上では、だがね」

 

まさか、と目線で問うドレイクへミケルは肩を竦めてみせる。

 

「つまるところ、新兵ばかりなのだよ。下手をすれば、目下、徴募中の連中が先行して登録されている事例すらあるだろうな」

 

重大極まりない示唆だと悟った瞬間、ドレイクの血管内は氷を突っ込まれたかのような冷たさで満たされる。

トウガもその可能性も予想はできていたが、当事者の口から直接伝えられると寒気を覚えずにはいられなかった。

 

「正直に言わせて頂くと。必要以上に見栄を張りたがるだろう共産党なら、数の水増しくらいはするだろうと見ていましたが、まさかひよこですらない卵まで持ち出してくるとは思いませんでしたよ」

「知らなかっただろう?」

 

呆れを隠せない声音のトウガに、ミケルは滑稽だろう?といった様子で嗤ってみせる。

ドレイクはやってられないと言いたげに、付け合わせという大義名分を捨ててスコッチをそのまま呷る。

これが本当であれば、深刻極まりない事態だ。そして悲しいかな、この場にいる誰もが事実だろうと踏んでいる。

各国駐在武官に連邦側から伝えられている情報と、現場の実態が乖離しているということは周知の事実だ。

驚くべきことでない、という事実こそが連合軍の――対帝国協調がいかに麗しいものかの証左だろう。

 

「我々には、精鋭部隊が後続に揃っていると伝えられているのですがね」

 

連合王国、合衆国の情報部が意図的にドレイクらに虚報を流していないとすれば、結論は単純にして明解。友邦国に流されている連邦の情報は、完全な偽りでないにせよ、完璧とは程遠い代物ということだ。

 

「情報保全、という意味あいもあるのだろうが…弱さを隠したがる党の本能だろうな」

「やれやれ。実際のところ、どうなのです?春季大反攻、あり得るとお思いで?」

 

ドレイクの問いかけに対し、ミケルは眉間に皺を寄せた末に吐き出すように言葉を絞り出す。

 

「正直に言えば、やれるだろう」

「戦力は回復していると?」

「ある程度再建も進んでいるが、それ以上に…相当どころでない無茶をして間に合わせようとしている。対帝国戦線以外の国境線は事実上、子供と老人しか残っていないとまで聞いた」

「随分な気合の入れようですな。秋津島皇国等と領土問題で揉めている筈なのに」

「…上の考えていることは、私の理解の範疇を超えているよ」

 

比喩などでなく本音だと言うように額に手を当てるミケル。奴隷・家畜以下の存在としてラーゲリ――強制収容所で使い潰そうとしていた、自分達魔導師を復帰させたことといい、共産党の変化は色々な意味で心臓に悪いと言えた。

 

「まあ、先のことは一先ず置いておくとしましょう。大事なのは今作戦が政治的意図を多分に含んでいることです」

「ふむ?」

 

トウガの物言いに、ミケルは不思議そうに視線を向ける。

そんな彼にドレイクは立場上の責務として指摘すべく口を開く。

 

「我々は損害を受けたくない。まして、連邦軍の無謀に付き合う義理もなし」

「ああ、なる程。貴官らの立場は改めて了解した」

 

ドレイクとトウガが本国から与えられている権限は広範なものだ。それこそ、必要とあれば連邦軍からの要請を拒否するのも当然のこととして認められている。

連邦軍のバカげた面子や意地に付き合うのは、彼らとしても憚られるのだ。将兵を預かる軍人として、為すべき義務がある。指揮官に課される神聖にして不可侵な責務があるのだ。

 

「…同道してくれ、とは強制できないな。確かに、この軍事行動には不純なものが多すぎる。地獄に付き合てくれとは君達に言いたくはない」

「あなた方は?」

「党が。それを命じるのであれば否応はない」

 

拒否権のなさを自嘲するミケルの表情は清々しい。

 

「否応なし、ですか」

「ああ、我々にはな。元より、選択肢などあってないようなものだろう」

 

ラーゲリに家族を残している人間の言葉は、はっきりとしていた。ドレイクらには想像することしかできない壮絶な覚悟があればこそだろう。

…だが、彼らは戦うことを選ぶ。戦友諸君は、行くということだ。

 

「貴官らとその部隊が、積極的に加入しないという事情は了解だ。この点で最低限の支援を願えるならば、『後方警戒』の任務でも用意するが」

 

よって、ミケルの言葉はひどく心外極まりない。

はぁ、溜息を盛大にこぼし、ドレイクは古い友人たるスコッチのミニボトルを傾け、琥珀色の液体を飲み干す。バカバカしい遠慮と言わざるを得ない。

 

「ミケル大佐は水臭い。一言(・・)、仰って頂ければ問題ありませんが」

 

じっとドレイクの目を覗き込んでいるミケル。

理解しかねるとばかりに、言葉を失っている彼に、トウガが見損なわないでもらいたい!と言わんばかりに口を挟む。

 

「我々は軍人です。言葉は簡素を極めるべきでしょう。ゴタゴタと理屈をこねるのは司令部と政治将校の仕事かと」

 

畢竟(ひっきょう)、ドレイクもトウガも魔導将校である。

 

連合王国だろうが合衆国だろうが、海であろうが陸であろうが、戦士として臆病者になるくらいならば、敵弾に突っ込んでいくことを誉れとする連中である。

危険だからと言って、仲間を見捨てて逃げ出す奴は。海底や谷底に突き落とす方がまだマシだ。

 

「雨の日に傘を持っているのです。一言、頂けませんか」

「……」

 

煩悶の末にミケルは口を開く。

 

「すまん、手を貸してくれ」

 

互いに顔を見合わせるドレイクとトウガ。最早語ることなどありはしない。発すべきはただ一言。

お偉いさんが何と言うか知ったことではない。軍人ならば理解してくれるだろう。仲間のために戦場に向かうのだから。

 

「「喜んで」」




「……」

あの後、友情を祝して執り行われたささやかな酒宴にて。ミケルはカップに注がれたスコッチ――ティーをちびちびと味わっているトウガの姿に、思わず目を丸くする。
小動物のような仕草に何と言うか…。外見とのギャップが凄かった。

「…中尉」
「はい、何でしゅ(・・)か大佐」

普段と変わない表情と声音であるが、明らかに異常であると確信できた。
目をよく見れば、焦点が合わなくなってきており。泥酔していると直感が告げていた。
弱いのか?とドレイクに視線を送ると、そうですと視線で返ってきた。

「お酒はいいでふね。お酒は心を潤してくれまふ。リリンの生み出した文化の極みでしゅよ。ふふふ、このために生きてふのだって思いましぇんか?」

何か深みがありそうに聞こえんでもない、酔っ払い特有の不可思議なこと言い出すトウガ。
好きなのか酒?と問うと、大好きだそうでと返ってくる。
先の話の最中に、彼がティーしか手を出さなかったのは、このためだったようだ。

「秋津島酒っていぅ清酒があるんでぇふが、これがまた美味しィんでふよぉ…。今度ふぉほきゅうぶっしにィ、まへぇてぇましゅんでっ、おふたりぃにもォのんへぇいひゃだきしゃくおも――」

カップ一杯程飲んだ辺りから完全に呂律が死に、二杯目を意地でもと言わんばかりに飲み終えると。ぶっ倒れるようにテーブルに突っ伏して動かなくなってしまうトウガ。
そして、暫くすると寝息が漏れ聞こえてくる。

「…中佐」
「はい」
「何というか。色々と凄いな彼は」
「ええ、何かと度肝を抜かされます」

ミケルの反応に、自分も初めて見た時は同じだったといった様子で、ははは、と笑うドレイク。
それからすぐに、このことを予見していたように迎えに来たおかん(ロイド)によって、トウガは回収されていくのであった。
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