苦労人戦記   作:Mk-Ⅳ

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第十七話

「イルドアが動員令を発令、か。連中自分達の軍隊がただの飾りでないということをお思い出したか?」

 

聖なる夜も過ぎ去り、新年を迎えた欧州大陸。戦乱に包まれ早四年もも月日が経とうとする中。トウガは煎餅片手に、回されてきた報告書に目を通しながら皮肉げな口調を漏らす。

東部は連邦、帝国共に春の雪解けに備えていることもあり、大規模な衝突はなく嵐の前の静けさを保っていたが。それを見越したかのように、帝国南部と国境を接するイルドア王国が北部で(・・・)大規模な動員令を発令したことで、各国に少なくないざわめきが起きていたのだった。

 

「連中あくまで演習だとのたまっているが。よりによって同盟国(・・・)の国境付近でとは笑えんね」

 

アホかと言いたげに呆れた顔で、背もたれを側を前にしたパイプ椅子に腰かけ、背もたれに腕を乗せて寄りかかりながら煎餅を齧るロイド。

 

「あの、それが何か問題が?自国内で演習を行うだけですよね?」

 

リスのように煎餅をポリポリと食べていたメアリーが、教師に質問するように軽く手を挙げながら問いかけてくる。

 

「いいかね。まず軍隊を動員するというのは、多大な時間と労力が必要となる、故にしようと思ってすぐにできることではない。敵に攻め込まれてからでは遅すぎるのだ。そして、軍隊を動員するということは『軍事的行動をする』という合図だ。隣国が動員令を発令したならば、狙いが何であれそれに合わせて自分達も動員しなければならんのだよ、万が一の最悪に備えてな」

「でも、帝国とイルドア王国は同盟関係にあるんだから。そんな心配は必要ないんじゃないの?」

「覚えておくといいメアリー。国家間に『永遠の友も永遠の敵もいない』。あるのはその時代の情勢と得られる利益による『都合のいい関係』だけだ」

「?」

「旨味があればいくらでも仲良くするけど、それがなくなれば簡単に切り捨てる――つまり、国益になるかならないか次第ってことよ」

「そういうもの何ですか?」

「悲しいがな。国家が数千万単位の人の群れである以上。友情だ愛情だと綺麗ごとだけでは済ませられんのさ」

 

肩を竦めながら話すトウガに、嫌だねぇ、と辟易しながら賛同するロイド。

 

「ま、辛気臭っせえ話はやめるとして。イルドアは何がしたいと思うよ?」

「平和の使者にでもなりたいのだろうよ。連邦は知らんが、今戦っているどの国もこんな無意味な争いなんぞさっさと終わらせたいだろうからな。終わらせてくれるなら神どころか悪魔にすら縋りつきたいだろうよ」

「和平の仲介をしてやるから色々と便宜を図れってか。こういうのを漁夫の利って言うんだっけか?」

「ああ。今回の動員は戦争諸外国へのパフォーマンス、といったところか。『我々にはこれだけの力がある。だから話を聞け』とな。事実、帝国はその対応に最前線から余裕のない戦力を割り振らざるを得なくなったからな。その手腕にはどの国も関心を持ったことだろうよ。…最も遅すぎたがな」

 

そういって湯飲みに注がれている茶を啜るトウガ。その顔には憂いの色さえ見られた。

 

「どういうことトウガ?」

「恐らくイルドアの連中、『戦前の価値観』で動いているのだろう。『総力戦』と呼ばれることになるだろうこの戦乱が起きる前、のな」

「総力戦?」

 

初めて聞く言葉に首を傾げるメアリー。それを見てロイドがああ、と何かを思い出したように声を漏らす。

 

「嬢ちゃんは知らないわな。協商連合と帝国が戦争を始めてすぐのフランソワも参加したくらいの頃に、こいつが言い出したもんだよ。確か国家同士がの総力を結集した戦争形態だったか」

「それまでの戦争は単に軍隊同士の衝突をさし、関わるのは軍事関係者だけだったが。鉄道や航空技術の登場による輸送能力の向上、そしてメディアの発達によって、国民も深く関われることができるようになったことにより、今後の戦争は『国の関わるもの全てを用いた戦争行為』となるかもしれんと思っただけだ」

「んで、それを俺の兄貴に話したら、それ経由で軍のお偉方の耳に入ったらしくて、『詳細なのものを論文にして出せ』って言われたんだよな~。それからうちの軍じゃ今の欧州の戦争をそう呼ぶようになったのよね~」

「そんなこともできるんだ、やっぱり凄いんだねトウガって」

「…あれはあの人が俺の考えを聞かせろとしつこいから言っただけで、広めるつもりはなかったんだがな」

 

尊敬の眼差しを向けるメアリーだが。当のトウガは、ここにいない人物に文句を言いたげに眉を顰めていた。

 

「ともかく。イルドアが求めるのは話し合いによる解決。だが、それを求めるには余りにも血が流れ過ぎた…。政府や軍の高官はまだ話し合える筈だ。しかし、夫を父を息子を恋人を――愛する者を失った国民はそれを許さないだろう。怒りという感情の奔流は合理的な正しさを容易く押し流してしまう。世論という名の怪物が目覚めた以上、もはや当事者ですら止まりたくても己れでは止まれんだろうよ」

「そこら辺をイルドアの諸君が理解できないと痛い目見そうだぁねぇ」

「まあ、上手くいく分には文句はないんで、頑張ってもらいたいものだ」

 

そう口にしてはいるが。正直期待はしていないが、という一文が添えられそうなまでの軽さを感じられる口調であった。

 

 

 

 

「はぁ…」

 

雪が解け始め、春先が見えてきた三月末。多国籍部隊駐屯地の食堂にて、食事の席に着きながら、メアリーは深々と息を吐いていた。

 

「どうしたのメアリー?何か心配事?」

 

そんな彼女に、対面に座るリリーヤが心配そうな目で語り掛ける。

歳が近い同姓ということもあり、そう時間もかからず友人と呼べる関係となった彼女らは、タイミングが合えばこうして食事の席を共にすることも少なくなかった。

 

「ああ、ごめんリリーヤ。何でもないよ」

「とてもそうは見えないけど…。あ、もしかして今度の作戦にオルフェス中尉が参加しないこと?」

「…うん」

 

自分なんかよりも責務ある立場の友人に、負担をかけまいと振舞おうとするも、あっさりと看破され白旗を上げるメアリー。

東部における春季大攻勢を前に、帝国に目を逸らすために発案された陽動プラン――旧協商連合圏でのパルチザン支援という大役を多国籍部隊所属航空魔導隊が担うこととなったのである。

それ自体にメアリーは不満などなく、寧ろ制圧された環境で帝国に抵抗を続ける同胞らの手助けができることに、今までで最もやりがいをを感じていた。

ただ、予想外のだったのがその任務にトウガが不参加であることだった。

 

「不安なのはわかるけど、こればっかりは仕方ないの。彼は良くも悪くも目立ってしまうから」

 

申し訳なさそうに話すリリーヤに、大丈夫、わかってるから、と返すメアリー。

今回の作戦は敵を倒す戦闘力よりも、撹乱し欺く隠密性が求めらるものであり。下手に敵を刺激し、パルチザンへの圧迫を強めてしまうことは避けなければならないのだ。

そして、ネクストはその外見上正体を隠すことが難しく。帝国屈指のエースであるラインの悪魔と互角に渡り合えるトウガの存在の露呈は、不都合なことが多くなると判断されたのである。

初陣以降彼と共にいるメアリーにとって、その不在は想像以上のプレッシャーとなっているのだろう。

 

「…それもあるけど。中尉にも故郷の空を見てほしかったなーって」

 

両手の人差し指をツンツンと合わせながら、不謹慎だけど、と付け加えるメアリー。そんないじらしい彼女の姿に、リリーヤは思わずふふ、と笑みを浮かべる。

 

「な、何?リリーヤ」

「ん~?メアリーはオルフェス中尉が大好きなんだな~って」

「ッ~~。そ、そういうんじゃなくて!ただトウガ――中尉は空を飛ぶのが好きだから、気に入ってくれるかなってだけだから!!」

 

からかうように言うと。メアリーはトマトのように顔を真っ赤にして、わたわたと慌てだす。

実際2人が互いにどこまで考えているかはともかく、リリーヤ含め周囲としては『そういう関係』と見れるくらいには距離が近いと言えるだろう。

 

「じゃあ、そういうことにしておいてあげる」

「む~そういうリリーヤはどうなの?誰か気になる人はいないの?」

 

おかえしといった様子で問うと、リリーヤは動じる様子もなく肩を竦める。

 

「私は今はいいかな。このご時世だし、党員としてやらなければならないことが多いから」

「それはそうだけど…」

「あ、あなたのことを悪く言いたい訳じゃないの。あなたくらいの年頃は色恋に花を咲かせるべきなんだから」

「リリーヤ~?」

 

またからかうように言うとムスッとしながら睨またので、ごめんごめんと両手を合わながら謝るリリーヤ。

 

「もう。…でも、いつかは見つかるといいね、リリーヤにも素敵な人が」

「…そうね。でも私とはいるべき世界(・・・・・・)が違うから…」

「リリーヤ?」

 

いつもの凛としたものでなく、どこか寂しそうに話す友人に、メアリーがどうしたの?と問うと。リリーヤはううん。何でもないよ、といつもの様に微笑むのであった。


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