苦労人戦記   作:Mk-Ⅳ

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第十八話

合衆国行きの輸送機の中。座席で眠るトウガを隣のロイドが揺すって起こす。

 

「起きろー。起きないと額に『肉』って書くぞ~油性で」

「水性にしろ。どれだけ晒し者にしたいんだお前は。というか何で肉なんだよ」

「将来流行りそうだから」

「何を予知しているんだよ」

 

本気で油性ペンを持っている馬鹿をヘッドロックで締め上げながら、ツッコミを入れるトウガ。

窓の外を見れば見慣れた空が広がっており、祖国に帰ってきたのだと実感することができた。

多国籍部隊が協商連合での任務に就く間、トウガら特派は酷使し続けていたネクストのオーバーホールや休暇を兼ねて一時帰国することとなったのである。

トウガとしては戦友達が戦地に赴く中、安寧を貪ることに抵抗がないと言えないが。ドレイク始め同僚だけでなく、ミケルら連邦の人々からも不平不満の声がないどころか。ラインの悪魔を何度も相手取るだけでなく、普段の任務も人一倍励んでいるのだから、休める時はしっかりと休むようにと送り出してくれたのだった。

 

「…公共事業での艦艇建造、上手くいっているようだな」

 

眼下に視線を映せば、絶賛稼働中の造船場が視界に入る。

ドックで組み立てられているのは客船や輸送船ではなく、一際巨大な船体にまな板のように平らな甲板が特徴的な空母であった。

不景気のあおりを受けていた合衆国は、欧州で戦乱が起きるとそれを口述に失業対策に公共事業(・・・・)で軍需品の増産を始めたのである。

それには軍艦も入っており、関係者曰く『簡易な設計なら空母でも週一で作り出せる』という触れ込みであった。

海の王者でもある連合王国でもそのような力技は不可能であり、今や戦車一台作るだけでも四苦八苦しているであろう帝国は卒倒して羨むことだろう。

更に驚異的なのはフランソワ、連合王国、最近では連邦と帝国と交戦している国々を支援しながらのうえでの話なのだから、自国民であるトウガですら畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

 

「(帝国の上層部は、このことを知っていても戦い続けるのだろうか)」

 

フランソワに勝利した時点で、既に満身創痍であり。その上で南方大陸で抵抗を続ける亡命政権、連合王国、連邦との戦いで振り絞っていた国力を磨り潰している状態であり。仮にその全てに勝利しようとも、それらの国全てを圧倒する合衆国が控えているのだ。

帝国政府も軍部もそのことを当然理解してはいるのだろう。それでも、これまで流した血の代償を得るべく勝利を信じて戦い続けるのだろう。更なる流血の先にあるのが例え破滅であろうとも。

まして、そういった世情に疎い大衆は自分達が進む先のことなど考えず、怒りと悲しみを晴らすためだけに戦うことを選んでしまう。

非合理的であろうとも、人が感情という絶対原則に縛られている以上、それは人種、思想を問わず起きうることなのであろう。

 

「失礼します。これより着陸態勢に入りますのでご準備を」

「ああ、ありがとう。快適なフライトだったよ」

 

放送でなく、わざわざ顔を出して伝達してくれた乗組員に、労いの言葉をかける。

そうしていると腕をペチペチと叩かれる。

 

「そろ…そろはな、ちて…。お、ちる…」

 

顔面蒼白で抗議してくる馬鹿に、締め上たままだったことを思い出すのだった。

 

 

 

 

「…こちらは平和だな」

 

帰還後、その日の内に済ませられる仕事を片付けたトウガは。合衆国首都圏にあるオフィス街を訪れていた。

空を仰げば天を突かんばかりに連立するビル群がそびえ立ち。地を見れば昼頃ということもあり、レストランやカフェテリア等で昼食を楽しむサラリーマンや家族連れで道路は賑わい。車道はひっきりなしに車が行き交っており。不景気に負けまいとする人々の気概が感じ取られた。

銃声も砲撃の奏でる破壊音もしない、健全な人の営みが響かせるコーラスに平和な世界を再認識していた。

 

「そうだねー。こっちじゃ欧州のことはまだ(・・)対岸の火事ってやつだからねー」

 

そんな彼の前を歩いていたスーツ姿の男性が反応する。ロイドに似た顔立ちをしているが、彼よりも少し年月を感じさせる風貌をしており。どこにでもいるサラリーマンといった雰囲気を醸し出していた。

彼の名はラルフ・フレッド。ロイドの実兄であり、実家が経営する合衆国有数の巨大複合企業体『レイナード』の幹部で、次期総裁として期待されている人物である。そして、特派の設立――ひいてはネクストの開発におけるスポンサーでもあった。

 

「戦地経験者としては落ち着かない?」

「…そうですね。以前よりは人の視線や、何気ない動作などが気になってしまいますね」

「ん~やっぱり従軍者のメンタル面でのアフターケアも大事になるよね~」

 

顎に人差し指を当てながら、ああすべきかこうすべきかと思案しながら歩く彼を、トウガは守るように周囲を警戒しながら、従者のような様子でその後に続き。やがて一行は個人経営されているらしいカフェテリアへと入店していく。

店員に案内され対面するように席につくと、慣れた様子でオーダーを済ませる。その際に店員と名前を呼び合い、今日はロイドはいないのかといった談笑を交えながらであったことから、常連と言える頻度で足を通っているらしい。

 

「……」

「ん?どうしたんだいトウガ君?」

「いえ、護衛を着けずに出かけるのはいかがなものかと。しかも車も使わずに」

「最近オフィスに篭り過ぎて運動不足気味でね。なのに皆散歩の一つもさせてくれないんだよねぇ」

「でしょうね。ただでさえ敵が多いんですからあなたは」

 

その立場上、ライバル企業は元より。現実的でないネクストの開発を推進したりと、独創的で奔放な方針を好む性格のため。身内からもラルフを疎ましく思う者も少なくないのだ。

今この瞬間にも命を狙われてもおかしくないにも関わらず、当人は気にした様子もなく、戦地での話が聞きたいと呼び出したトウガだけを護衛に遊びに出かけているのだ。

 

「だから、君がいないと中々出歩かせてくれないんだよ」

「私なんかを過信しすぎですよ。何かあったらどうするんですか?」

「君だから信頼しているのさ。一人で遭難した中で小規模とはいえ、敵基地を壊滅させたりしたことのある君をね」

「あれは敵が間抜け過ぎただけです。夜襲で通信設備を潰して、同士打ちさせた程度のことです。運がよかっただけですよ」

「運も実力の内って言うけど。まあ、そういう謙虚なところは好きなんだけどねぇ」

 

昔から自分のことを過小評価するトウガに、軽く溜息をつくラルフ。幼い頃から付き合いのある身としては、もっと胸を張って生きてもいいのにと考えていた。

そんな話をしていると、注文していたコーヒーとパフェが運ばれてくる。

早速ラルフは、スプーンでパフェを掬うと口に運び入れる。

 

「ん~やっぱりここのは絶品だねぇ。足を運ぶ価値があるよ」

「…せめて店を貸切るくらいはした方がいいと思いますけどね」

「それじゃあ他の人の迷惑になるじゃないか」

「暗殺に巻き込まれる方が迷惑ですよ」

 

当たり前のように身の危険を顧みないラルフに、至極当然の指摘をするトウガ。

 

「ちゃんとそこら辺は『調べて』あるから大丈夫だよ。今はどこも欧州絡みで忙しいから僕なんかに構っている暇はないさ」

「流石は魔術師(ウィザード)。抜かりなしと」

「その呼び方はやめてくれよ。好きじゃないんだ」

 

周りが勝手に言ってるだけだからね、と唇を尖らせるラルフ。

 

「ただ、『情報』こそが僕にとって最大の武器なだけさ。それ一つで相手を欺くことも、自分の身を守ることだってできる。それこそ世界が動くことだってある」

「現に欧州では、情報一つで戦局どころか国一つが動いていますからね」

「だから私は目を凝らし、耳を澄ます。何にも勝る武器を手にするためにね。…まあ、ペンは剣よりも強しとは言うけど、だからといって剣をおざなりにする気は毛頭ないけどね」

 

剣という部分でだから仲良くしてね、とにこやかに視線を送るラルフに。やはり、この人は敵に回したくないな、と内心畏怖の念を抱きながらも、応じるように頷くトウガ。

 

「それで、どうだい?欧州の様子は?」

「悲惨、としか言いようがありませんね。未来を生きるべき若者が、我々大人の失態で今この瞬間も命を散らしているのですから」

 

その言葉と共に思い出されるのはラインの悪魔であり。10を超えたかという(よわい)の子供が軍属の英雄としてもてはやされ、当たり前のように人を殺めている姿は、現代の戦乱の狂気を体現してしまっていると言えるであろう。

 

「嘆かわしい…。なんてことは、安全地帯でいくらでも言えることだよね。そんなことを言っている暇があれば、一刻でも早い終結に向けて努力をすべきだよね」

「同感です。合衆国議会の動きはどうなっていますか?」

「大統領や一部はやる気を出しているけど、大半の議員は尻込みしているね。レンドリース以上のことはすべきでないってさ。まあ、赤の他人のために命をかけましょうって言われてはい、そうですね、とはならないよね」

 

如何ともし難いと言いたげに肩を竦めるラルフ。

元より己だけでも国を成り立たせられる合衆国は、長きに渡り他国との関りを避ける方針を取って来たため、国民だけでなく政財界でも欧州の戦乱に対し無関心な人間が多いのである。

 

「しかし、連邦が参戦した以上、座して待つことは後々の災厄を受け入れるのに等しいかと」

「そうだね。共産党のペテン師共が蔓延(はびこ)るのは勘弁願いたいものだよ」

 

今までの陽気さから一転して、不快さを隠すことなく吐き捨てるように話すラルフ。

仮に帝国が敗北した場合。主戦線を担っている連邦が戦後処理において強い発言力を得て、帝国の領地の大半を取り込むこととなり、欧州の覇者として世界に与える影響力が増すことで、共産主義を受け入れる国が増加していく可能性を、一部の有識者が示していた。

大統領始め、直接的な介入論を支持している者達はそうなる事態を恐れており。それはレイナードグループら一部の財界も同様であり、世論――ひいては議会を動かすべく工作を進めているのであった。

 

「…とはいえ、現状できることと言えば、海上輸送を担っている我が国の船舶の情報を帝国にそれとなく流す(・・・・・・・・・・)くらいしかできないけどね」

「…民間船を含めて、ですか」

 

言葉の意図を察したトウガは、僅かだが眉を潜ませる。

 

「ああ。義勇兵でもない無辜の同胞の血が流れたとなれば、世論は一気に直接介入へと熱を帯びる。帝国も今は艦船の所属を確認したりと慎重に通商破壊を行っているけど、いずれはなりふり構わなくなるだろうね」

「……」

「最低だろう?何の罪もない同胞を生贄にしようとしているんだ、蔑んでくれて構わないよ」

「あなたのせいでは…」

「確かに提案したのは僕ではないよ。でもね、それを知った上船舶を手配している以上同罪だよ。いや、そうでなくても、知っていながら意義を唱えないのなら共犯者と何ら変わりないさ」

 

自嘲するように話すラルフも、トウガは何も言えずただ耳を傾けることしかできなかった。

 

「僕はこの国を祖国を、そこに暮らす人々を愛している。それを守るためなら地獄に落ちることも辞さないつもりだ」

「…あなたのような愛国者を非難する言葉を、私は持ち合わせていません」

「君にそう言ってもらえると、幾分肩の荷が降りるよ」

 

ありがとう、と笑みを浮かべながら、コーヒーを口にすると。ラルフは何かを思い出したように口を開く。

 

「そうだ。君の所で預かっている義勇兵のスー少尉だったね。彼女を正式に特派所属にするようにと、ネクストの使用許可について手配しておいたよ。細かい仕様はロイドに投げたから」

「ありがとうございます。お手数をおかけしてすみません」

「気にしなくていいさ、大して難しいことじゃないからね。ネクストも魔力保持者が使用した場合のデータも欲しかったからね」

 

深々と頭を下げるトウガに、ラルフはいやいや、と大らかに笑う。

メアリーと接する中で、軍属に向かない気質や特異な素質を鑑みて、正規の編成に組み込むのは難しいと考えたトウガは、引き続き自分の元で指導するのが最善であろうと判断したのだ。

 

「それにしても彼女のデータを見せてもらったけど。これまでの出撃で何度も宝珠を自壊させているなんて、魔力量がケタ違いだねぇ。確かにネクストでもなければ耐えられるものではないだろうね」

 

数百年に1人と言える規格外の数値を思い出し、感心したように話すラルフ。

それに対し、トウガは自らの不甲斐なさを吐露するように懸念を示す。

 

「ただ、彼女自身、自らの力を制御できていませんので、それが原因でもありますが。…情けないことですが、自分だけでは指導するのが難しい問題なので」

 

これまで、ドレイクらの協力を得ながら訓練を続けているが、年齢の幼さからくる感情面での未成熟さもあるのか、未だ安定した魔力の使用ができていなかった。

トウガ自身は魔力を持たない身のため、こればかりは教えられることは少なく、歯痒い思いをしていた。

 

「こればかりは先天性のものだからね。君は君にできることをしてあげるのが、その子のためになるさ」

「そうであれば良いとは思います」

 

少なくとも先人として恥ずかしくない姿を見せるよう努力しているが、彼女には実際にどのように見られているのかという不安を駆られる時もあるのだ。…傍から見ればそのような心配は無用なのだが。

 

「ん~まぁ、あれだよね」

「…何ですか、変な笑みを浮かべて…」

 

何やらニヤニヤと愉しげに見てくるラルフに、訝し気な目を向けて警戒するトウガ。

 

「いやなにね。随分その子のことを気に入っているなーって。うん、いいことだいいことだ」

「上司としてすべきことをしているだけですが?」

「へーソウナンダー」

「信じてないだろ」

「ソンナコトナイヨー。コノスミキッタメヲミテヨー」

 

完全にとぼけきった態度をかましてくる愉快人に、内心イラっとくるトウガ。

 

「あ、式を挙げるなら言ってね。式場でも何でも特別価格で手配してするから」

「……」

「ちょ、怖い!?そこらマフィアよりも怖いから!!ごめん、謝るからっ!!」

 

本職すら尻尾を巻いて逃げ出レベルの顔で凄んでくトウガに、ビビって平謝りするラルフであった。


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