ラルフを無事レイナード本社まで送り届け別れたトウガは、その足で1人首都圏の郊外を訪れていた。
日が傾き始め、夕陽が照らす中を歩き進むと、木製らしき物をぶつけ合う音と、幼さの残る掛け声が耳に届くようになる。
それらの音の元を目指すと、近代的な合衆国の外観の住宅の中に、道場と呼ばれる秋津島皇国式の木製の建物が見えてきた。
慣れた様子でトウガは、木製の戸を開けると道場内へ足を踏み入ると、十数人の10代の男女が剣道と呼ばれる秋津島皇国特有の武道用の防具を纏い、かつてかの国で流通していた刃物――刀を竹で模した竹刀を振るい稽古に励んでいた。
「(…変わらないな、ここは)」
その様子を懐かし気に眺めていると、子供らの1人がトウガの存在に気がつくと、あっ!嬉しそうに声を上げる。
「トウガ兄ちゃんだ!!」
「わっホントだ!!おかえりなさい!!」
わいわいとその場にいた子らが皆トウガの元に集まり、腰や腕に抱き着いたりとじゃれついたり労いの言葉をかけたりと盛り上がる。
「ただいま。皆息災でなによりだ」
そんな彼らの頭を撫でたりと可愛がっていると、道着を着た女性が声をかけてくる。
「おかえりなさいトウガ」
「ただいま帰りました。母さんも息災でなによりです」
腰まで届く艶のある黒髪を一本に結び、凛とした顔つきと佇まいをした秋津島人女性の美称である大和撫子という言葉を体現したような女性。アサギ・オルフェスーートウガの生みの親にして武術の師であった。
この道場は彼女が営むものであり、トウガと戯れている子らはその門下生なのである。
彼女は久方ぶりに帰郷してきた我が子に、安堵したように微笑む。
「かなりの無茶をしたとロイド君から聞きましたが具合は?」
「もうなんともありませんので、ご心配なく。いつでも職務に復帰できますよ」
その言葉に、アサギはそうですか、と頷くと、自分の防具を身に着け始めたではないか。
「トウガ、用意なさい」
「あの、母さん…」
嫌な予感に冷や汗をかきまくるトウガに、アサギは防具を着け終えると、ニッコリと微笑みかける。
その様子を見た門下生らは、すぐさまトウガから離れて安全圏に避難していた。
「せっかく帰ってきたですから、どれくらい腕を上げたか見せてもらいましょうか?」
竹刀を手にした彼女は、笑みこそ受かべているものの、穏やかだった雰囲気は刃を喉元に突きつけられたかのような威圧感を放つものへと変わっていた。
こうなったら回避するという選択肢は消え去ったので、トウガは慌てて防具を身に着けるのであった。
「今日はこれくらいにしましょうか。腕を上げましたねトウガ」
「あ――ありがとう、ござい…ます…」
暫くして、息も絶え絶えな状態で、床に倒れ伏すトウガに、息一つ乱していないアサギは満足げに声をかける。
「ですが、自分を顧みることを忘れてしまう癖は直っていませんね。己すら守れない者が、誰かを守れはしないということをゆめゆめ忘れないように」
「――はい」
そんなやり取りをしていると、居住スペースに繋がる戸が豪快に開かれ、1人の作業着姿の男性が姿を現す。
その顔立ちはトウガに似ているが、仏頂面な彼とは違い、子供のような無邪気で人懐っこい大らかな印象を与えるものであった。
「ようトウガ!!待っていたぞい!!」
ババーンッ!とでもいう効果音が聞こえてきそうな勢いで登場した男性はワハハッ、と笑いながらトウガに歩み寄ると力強く背中をバシバシと叩きだす。
「ほれ、お前のために猪とか狩ってきてあるから、無事に帰って来た祝いで皆でパーティすんぞ!!」
「…痛いんですけど父さん…」
アサギとの稽古であちこち竹刀を打ち込まれたせいで、痛む体に容赦なく衝撃を与えてくる父親――ミハイル・オルフェスに恨めし気な視線を向けるトウガ。
「がははっ若いもんがそんなことで音を上げてどうすんじゃい!せっかく帰ってきたんだ、飯食った後に根性直しに狩りに行くか!」
「ぜっっっっっっっっっっっったいに嫌だ」
もう間もなく陽が沈む窓の外を親指で刺しながら、とんでもないことを言い出す父に、本気で、心底、これでもかと言わんばかりに嫌な顔をしながら拒絶するトウガ。
えー行こうよぉ~、と年甲斐もなく駄々をこねるミハイルの頭を、アサギが竹刀で小突いた。
「ほら、夕食の用意をするので、いつまでも遊んでいないで手伝って下さいあなた」
「う~い」
その後は門下生らも交え、アジア地域伝統の鍋料理でささやかではあるがパーティが開かれ。両親や懐かしい顔ぶれとの再会を喜び合ったトウガ。
それから陽が完全に沈み、門下生の皆は名残惜しさを残しながらもそれぞれ帰宅していき、食卓に残るのはオルフェス一家のみとなっていた。
「んで、ショーンの奴がよぉ、狩った得物分けに久々に会いに行ったら『相変わらず子供みたいに自由な奴だ』とか言いやがってよぉ」
鍋の残り物をつつきながら、門下生らが帰った後から飲み始めたビールの入ったグラスを片手に愚痴り出す
ちなみにショーンとは、ラルフとロイドの父でありレイナードグループの現総裁である人物である。ミハイルとは幼少期からの親友であり、その縁がトウガとロイドが知り合うきっかけとなったのである。
「どうせ周りのことを気にせず馬鹿騒ぎしたからでしょう」
「あいつからかうのは面白いんで」
「いや、そんなキリッとした顔で言うことではないですからね…」
ゲラゲラ、と爆笑している父に、呆れ気味にツッコミを入れるトウガ。
とはいえ、家族の変わりない近況を知れて内心安堵すると共に、2人とも軍属であったこともあり、過酷でしかない戦地でのことを無闇に聞こうとしない姿勢がありがたかった。
「そういや、トウガぁ。お前女ができたんだってなぁ」
突然ぶち込まれた爆弾に、口に含んでいた酒を呑み込もうとした状態で固まるトウガ。数瞬後に再起動したように飲み込むと、何を馬鹿な…と言いたげに
「何の話ですか?」
「ん~ロイド坊から、『あの朴念仁に、あの朴念仁に…、春が来ましたッッッッッッ!!!!!!』とかって異様なテンションの手紙がきてたぁで」
あの野郎ぉ!!と次に会った時に処刑することが決定されるのをよそに、ミハイルはアサギになぁ?と話を振る。
「私としては、あなたが女気が皆無ですから、最悪ロイド君とそういう話がくることも覚悟していましたが…」
「そんなものは今すぐ捨て去って下さい、そんなことは絶対にありえないのでッッッ」
末恐ろしいことぶちまけてきた母に、トウガは土下座せんばかりの勢いで懇願するのだった。
「で、どんな娘なの?10くらい下らしいけど、お前年下好きだったんだな。まあ、そんくらいの歳なら俺はとやかく言わんが」
「あなたがそういった好みだったとは、この母の目をもってしても見抜けませんでした。――いえ、子供好きでしたからそうでもなかったですね。まあ、幼子に手を出さないのなら問題ないですね」
「おい待て、彼女はただの部下だ。話を勝手に広げるなやッ」
暴走特急と化した両親にブレーキをかけようとするも、母の口からはそんな御託は聞きたくありません、と爆走は続く。
「いいから、さっさと本音をぶちまけておしまいなさい」
「…母さん、飲み過ぎですよ」
「何ですか、私が酔っているとでも?しょんなことはありませんよ、ねぇ、あなた」
「相変わらず酒に弱い俺の嫁がクッッッソ可愛い件について」
普段の凛々しさはどこにいったやら、当人以外からは酔ってますねとしか言いようがない有様の母に、あらやだ!と何故か乙女のようにのろけ始める父。
変わることのないノリを見せて下さる偉大な我が両親に、もう好きにしてくれ、と匙を投げ捨てるトウガなのであった。
「おや?父さん、それはミハイルさんからですか?」
フレッド家宅にて、ラルフは父親の手元にある干し肉の入った瓶を見て興味深そうに声をかける。
ちなみに、休めと帰郷させられたロイドが、その肉をうまっ!うまっ!とソファで寛ぎながら頬張っていた。
「ああ、あの馬鹿が『社会のために働きずめの貴様に、自然の恵みをくれてやろう!!ありがたく受け取るが良いわッ!!』と置いていきおった」
口調こそ呆れ果てているものの、厳格で感情を表に余り出さない父が確かに喜んでいるのを息子らは感じるのであった。