苦労人戦記   作:Mk-Ⅳ

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第二十話

「…帰ってきた」

 

腹の底まで凍えそうな冷ややかな風を送りつけてくる晴天の下。海上にて、メアリーは鉄でできた地(・・・・・)に足を着け、人知れず呟いていた。

彼女が立っているのは、連邦海軍保有の潜水艦の甲板であり。視線の先に微かに見えるは、生まれ育った祖国――協商連合の大いなる大地が輪郭を覗かせていた。

帝国の支配下にある協商連合圏内へのパルチザン支援にあたり、最大の問題である部隊の上陸方法に連合王国・連邦両軍部は頭を悩ませることとなった。

連邦にて、先に起きた不穏分子排除運動(粛正)によって多くの人材を喪失したのは陸軍だけでなく、海軍も同様であり。素人としか形容できない人員で、プロでさえ困難を極める敵地上陸を成し得るか右往左往することとなる。

更に最悪だったのか、敵である帝国の底力であった。

今作戦に際し、敵の戦力配置を図る目的で連合王国海軍によって、協商連合地域を含めた帝国西部沿岸部へ同時襲撃を敢行したのである。

――その結果、全域においてものの見事に撃退されてしまい、主力艦に至っては大空能力の不備さえ露呈する惨事となってしまったのだ。

何よりの頭痛の種は、迎撃に出た帝国戦力は教育部隊(ヒヨッコ未満)を多数含む二線級のみを相手にした上での結果であり。敵の防御がいかに堅固であるかを嫌がおうに認めるざるを得ず、計画の作成段階から分厚過ぎる暗雲が立ち込めてしまっていた。

そんな危機的状況に、連合王国の海のジェントルマンであるドレイクより、一筋の光明が差し込まれたのである。

彼から持ち掛けられたのは、端的に言うと帝国がライン戦線にて、フランソワ共和国主力を包囲撃滅に持ち込んだ手腕の一環である、『魔導師を潜水艦にて輸送し敵の背後を強襲する』という手法の模倣であった。

世界中で魔導師の軍事的運用法を模索している昨今において、海を用いた一つの回答案ともいえるこの手法は、海の王者という自負を持つ連合王国ですら心惹かれるものがあり。使えるものは真似しよう、プライドなんて魚の餌にでもしてばら撒いてしまえと海の益荒男らを頷かせ、上陸艇すら持たない連邦からも助け舟と言わんばかりに歓迎され。史上最大級のコマンド上陸作戦は決行される運びとなったのであった。

最も、そんな大人らの涙ぐましい努力など、一介の兵士でしかないメアリーの知る由のないことではあるが。かくして彼女は故郷の空の下へと帰還するに至る。

これも彼女が知る由もないことだが、政治的な配慮(大人の都合)によって、今作戦での主役は彼女を始め、協商連合出身者であり。帝国よって占領された国の人々が華々しく活躍する絵を政治家は求めていた。

そのため、上陸にあたり先導役を拝命していたメアリーは、使命への重圧と祖国の土を再び踏みしめることへの高揚で逸る心を落ち着けようと、何度も頬を叩いたり深呼吸をする。傍から見れば、遠足前の子供のようにソワソワとしたみっともない姿だと自嘲し、同時にこういった時に支えてくれるトウガの存在の大きさを実感させられるのだった。

そんな彼女に、部隊を纏め終えたドレイクが声をかける。

 

「スー少尉」

「ドレイク中佐」

 

落ち着けるように肩に手を置きながら話すドレイク。歴戦の勇士を感じさせるその手の力強さと、彼の背後で控えている戦友である海兵魔導師らのジェスチャー等で励まそうとしてくれる姿に。まるで勇気をもらうように、不安や恐怖といったものが和らぐようであった。

 

「そう気負うな。与えられた任務をこなす、やることはいつもと違わんのだ。我々もフォローする。まあ、オルフェス中尉に比べたら頼りないがね」

「そ、そんなことはありません!」

 

情けないが、といいたげなドレイクに、メアリーは否定するように首を左右に強く振る。

 

「中佐や皆さんには、いつも助けて頂いて感謝しています。その、これからもご迷惑をかくてしまうかもしれませんが、足手まといにならないよう精進しますので、よろしくお願いします!!」

 

深々と頭を下げるメアリーに、ドレイク始め誰もが迎え入れるような暖かな笑みを浮かべる。

 

「少尉、君はもう既に我らの同胞――背中を預けるに足る戦友だ。そうだろうお前達!!」

 

意気に感じる言葉に、誰もがおおっ!!と賛同の意思を示すように気勢を上げる。

そんな仲間の暖かさに、感極まり零れそうになる涙を兵士としての教示として堪えながら、メアリーは笑顔で応える。

 

「良し、仕事の時間だ!!往くぞ野郎共っ!!レディにエスコートして頂くんだ、無様を晒すなよっ!!」

 

号令に合わせ先陣を切るメアリーに続き、鉄の大地を蹴って一人一人と宙に舞うと、即座に陣形を形成していくと、天翔ける戦士達は次なる戦地へと旅立っていくのであった。

 

 

 

 

「ここまでで結構です。そう時間はかからないので待っていて下さい」

 

タクシーの運転手に多めのチップ含め代金を渡しながら告げると、トウガはタクシーから降りると、舗装されていな道路を歩き出す。

視界一杯に広がるのは麦畑や牧場といった、自然の恵みを活かした人々の生活であり。時折顔を覗かせる家屋は全て木造で、コンクリートに包まれた都市部や、殺伐とした戦場で育ったトウガにとっては新鮮に感じられ。排気ガスの混じっていないありのままの空気を取り込んでいると、自然と心に安らぎを得ていることに、戦場暮らしに無意識に心がささくれ立っていたことに気づかされた。

兵士のメンタルケアに役立つかもしれないので、今度ラルフに話してみようと考えながら、目的地に辿り着く。

懐から取り出したメモに記されている住所――メアリーの実家と違いないことを確認し、敷地内に足を踏み入れる。

家で同然に軍に志願した彼女の家族に、預かる者として一言ご挨拶しておくべきだろうと考え、こうして自ら足を運んできたのであった。

庭にはちょうど高齢の女性が手入れをしており、メアリーの面影を感じられることから彼女が話に聞いていた祖母であると見て声をかける。

 

「失礼、こちらメアリー・スーさんのお住まいで間違いないでしょうか?」

「はい、そうですが?」

 

機密の観点からも事前に連絡できずに押しかけてしまったが、祖母は不審がる様子もなくにこやかに対応してくれた。

 

「突然の来訪をお許し頂きたい。自分はトウガ・オルフェスと申します。合衆国軍特別派遣魔導技術部所属の魔導中尉であります」

「軍人、さん?――――っ!!まさかあの子に、メアリーに何か!?!?!?」

 

見る見るうちに顔面蒼白となり、手にしていた器具を落とし膝から崩れ落ちて倒れそうになる祖母をトウガは慌てて支えると、誤解を解くべく奮戦することとなるのだった。

 

 

 

 

「そうですか、メアリーは無事なのですね」

「はい。鋭意軍務に服しております。…ただ、機密故詳細は話すことは…」

 

あの後、どうにか誤解を解けたトウガは、自宅に招かれリビングにてテーブルを挟んで椅子に腰かけ祖母へ孫の近況を可能な限り伝えていた。

…とはいえ、身内とはいえ伝えられることは非常に限られており、精々元気であること程度しか話せないのだが。

 

「気になさらないで下さい中尉。夫も軍人でしたから、そういったことは理解しております」

 

申し訳なさそうにしているトウガに、祖母よりも年若い成人女性がリビングから現れると優しく声をかえける。

祖母以上にメアリーの面影を感じられる――彼女が成長したらこうなるのだろうという容姿をした女性で、一目で母親なのだと理解できる風貌をしていた。

目の前にカップを置いてくれた母に、会釈しながらカップを手にし中身の紅茶を口にする。苦みと甘さが同居した特有の味に、最後に訪れる爽やかさが舌を彩り楽しませてくれた。

近年はティーバッグの普及で誰でも簡単に楽しめるようになってきたが、この深みのある味わいは一から煎じたものでしか得られないものであった。

 

「よかったらこちらもどうぞ」

 

そういって新たに置かれたのはアップルパイの載った皿であった、焼きたて特有の香ばしい匂いが鼻腔を刺激して食欲が否応なく引き立てられた。

 

「すみません。押しかけてきてしまったのに…」

「いえ、ちょうど母と食べようと焼いていたところでしたので、お気になさらずに」

 

申し訳なさそうにするトウガに、母は柔らかな笑みで深く包むように応じてくれた。

戦争が始まってからの心労が積み重なっているのだろう、少しやつれてしまってこそいるが。まるで慈母神のような慈しみ深い気品ある佇まいは、誰からも愛される彼女の輝きは、初めて顔を合わせるトウガでも感じ取ることができ。メアリーの父親もそんな彼女に、惹かれたのだろうかとつい考えてしまった。

 

「さあ、冷めてしまわない内にどうぞ」

「では、いただきます」

 

彼女に勧められるままに、ナイフとフォークを使い切り分けたパイを口に運ぶ。生地の外はサクサクとしながらも、中はフワフワとした心地よい感触に、詰められたリンゴの甘さが染み込んでいて、高級店にも負けない逸品だと断言できるものであった。

無心で食べ進めるトウガを見て、ふふっと楽し気に笑いう母に。ハッとして気恥ずかし気に顔を赤くする。

 

「ごめんなさい。アンソンと――夫と始めて会った時のことを思い出してしまって」

「旦那様と、ですか?」

「ええ、友人の紹介で知り合って。その時もこうしてパイを振舞ったのですけど。彼もあなたのように子供のように夢中で食べてくれて、思えばそんな彼に惹かれていたのでしょうね」

「良い方なのですね」

「はい。祖国の、家族のために最後まで帝国と戦ってくれた、正直で優しい人でした…。――ごめんなさい、こんな話…」

「いえ、そうやって想い遣ってくれる人がいるからこそ、兵士は過酷な戦場に赴けるのですから…」

 

兵士が初めて戦場に向かう時、誰もが生まれ育った国のためにと心に誓う。だが、死が常に付きまとう余りに過酷な戦場は、それだけでは心を支えるには至らず。最後まで力を与えるのは肩を並べ苦楽を共にした戦友と、国に残した家族や恋人といった愛する者を守ろうとする意思であると、心理学といった科学的な分野でも示されているのだ。

 

「ありがとうございます。さ、暗い話は止めにしましょう。おかわりお持ちしますね」

 

空になった皿を回収し、キッチンへ向かう母に、お構いなく、と社交辞令を交える。

 

「…ありがとうございます。オルフェス中尉」

「はい?」

 

娘の背中を見送った祖母が、神妙な趣で口にした謝罪に、キョトンとした顔をしてしまうトウガ。

 

「夫の死を知ってからのあの子は、日なかラジオや新聞に嚙り付いて帝国が倒されることを願い、夜な夜な寂しさに泣いていました。メアリーが軍に志願すると言い出した時は、今まで見たこともないまで取り乱して反対しました。あの子――メアリーなりに、母の助けになろうと考えたのでしょうけど…。メアリーが家を飛び出してからは生きる希望を亡くしたように無気力に生きていました。でも、あの子からの手紙を読んでいる内に、次第に元気を取り戻していってくれたんです」

「…失礼ながら、それに私とどのような関係が」

「始めは訓練の大変さや、食事が貧相でお婆ちゃんアップルパイが恋しいなんてことばかりでしたけど、いつからかあなたのことが書かれるようになったんです」

「…余り良いことは書かれていないのでは?」

 

褒めらるような内容はないのではないかと不安を見せるトウガに、祖母はいいえ、と楽し気に笑う。

 

「『お父さんみたいに、とても立派で尊敬できる人だと』しきりに書かれていました。最近では、自分のことよりもあなたのことばかり書いてるんですよ。本当に楽しそうに書いている娘に、あの子は元気を分けてもらったんです」

「そう、なのですか…」

 

悪く書かれていないのかと安堵すると同時に、自分のことをそんな風に家族に紹介されていることに、嬉しさと恥ずかしさが混在して反応に困ってしまうのだった。

 

 

 

「申し訳ない。すっかりお邪魔してしてしまいました」

「いいえ。近所の方以外、滅多にお客様なんていらっしゃらないので、とても楽しかったです」

 

暫くして帰宅する自分を、玄関前まで足を運び送る母と祖母に、深々と頭を下げるトウガ。

 

「それでは失礼します」

 

去ろうとするトウガに、母が中尉、と呼び止めた。

 

「また、いらして下さい。今度はメアリーも一緒に(・・・・・・・・・・・)

「?はい」

 

何やら意味深に告げられるも。良くわかっていない様子で、取り敢えず答えるトウガであったのだった。




今話で触れたメアリー母関連の話は本作オリジナルです。
原作でメアリーが軍に志願したことについては、彼女がどのような反応をしたのか触れられておらす。今さらながら、親の承諾なく未成年が志願できるのか?と思ったのですが、そこはツッコまないでもらえると助かります。
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