「……」
連邦国内に設けられた連合軍の駐屯地にて、メアリーはそわそわした様子で佇んでおり。輸送車が来訪する度に期待を込めた目を向けるも、消沈するを繰り返していた。
そんな彼女の隣に立つリリーヤが、笑いを堪えた様子で話しかける。
「…メアリー」
「何?リリーヤ?」
「うん、まあ、その少し落ち着いた方がいいよ。今のあなた不審者にしか見えないから」
え、嘘っ!?と目を点にしてわたわたと慌てだす友に、リリーヤは遂に耐え切れずふふっ、と笑いだしてしまった。
祖国での任務を無事に終えたメアリーは、別行動している特派の面々よりも一足先で連邦国内の戦線へと戻ってきており、1人寂しく留守番をする形となっていたのだった。
そして、彼らと合流日となったこの日は朝早くから、輸送隊の発着場で待機しているのだった。
――ただ、主人の帰りを待つペットのように、落ち着きなく辺りを見ている彼女は、傍から見ると挙動不審の不審者に見えており。
彼女1人でいたら憲兵騒ぎになりかねないと見越したリリーヤが、こうして側で見守っている状況となっていた。
「あ、あれかな?」
特派のマークが描かれたトラックが停車すると、ドアが開き見慣れた顔ぶれが姿を現していく。
その中から目当ての人物を見つけると、メアリーはたまらずといった様子で駆け出した。
「トウガっ!」
「やあ、メアリー」
飛びつくように勢いよく抱き着く彼女を、トウガは受け止めると、倒れないように勢いを逸らすためにその場で共にくるりと回転する。
「お帰りなさい!」
「ただいま」
満面の笑みを向けるメアリーの頭を撫でると、心地良さそうに目を細めながら胸に頬擦りしてくる。
「(わぁ…)」
そんな光景をリリーヤは、微笑ましくはあるも砂糖を吐き出しそうな想いで見ていた。
甘ったるい空間を見せつけてくるあの2人だが、あれでも当人らとしては交際はしていませんと言い放つ段階なのだそうだ。いや、最近のメアリーは「付き合うって”今”はまだ早いよ――って何言わせるのっ!!」とか恋愛小説じみたことをやらかすようになってきたが…。
「(まあ、当人らがいいならいいか…)」
秋津洲皇国では、人の恋路に下手に関わると馬に蹴られて死ぬと言われているらしいので、取り敢えずは放っておこうと結論づけ、自分も目的の人物の元へ向かう。
「オーライ、オーライ」
その視線の先には、主任の立場なのになぜか工事現場で見かけるヘルメットを被り、部下に混じって上機嫌に誘導棒を振って荷台からネクストを搬送作業を手伝っているロイドがいた。
クリスマス以降、彼のことをつい目で追ってしまったりと意識することが増えていき。こうして話しかけようとすると胸の鼓動が高まり、顔が熱を帯びるようになるが、政治将校として培った演技力で何気なさを見せながら声をかける。
「フレッド主任、お帰りなさいませ」
「んあ?べっぴんさんかい、久しいのぉ」
彼女の存在に気がついたロイドが、そちらに向き直りながらヘルメットを脱ぐと、その顔を見たリリーヤがぶふッ、と吹き出しそうになり慌てて口を抑える。
「どうしたのかね中尉?」
「いえ…あの…そのお顔、は?」
直視できないのか顔を背け、ぷるぷると体を震わせながら問うリリーヤ。彼女が見たのは
――額にデカデカと書かれた秋津洲語で『肉』という文字であった。しかもやたら達筆でその文字の上にmeatとまで書かれており。どういう意味があるのか皆目見当もつかないが、余りの珍妙さに思わず笑ってしまいそうになる。
「ああ、これかね。ふっ寝ている人間に悪戯しようとした者の末路だよ。良く見ておくといい」
なぜかやたらと格好つけた顔をするロイド。そして、そんな顔でちなみにこれは油性だ、と止めを刺しにくるのだった。
特派の宿舎に戻ると、自然と互いに不在の間の出来事についての話題となっていた。
「…そうか、やはり現地人からは歓迎されなかったか。彼らの立場としてはむべからぬことだが」
メアリーから話を聞いたトウガは、予想通りといった様子で湯飲み注がれた茶を啜る。
帝国に抗う同士を支援するという名目で行われた協商連合圏への派兵だが、それは世界の敵帝国に団結して対抗するという国際的なパフォーマンスといった側面が強く、悪く言ってしまえば国と国の体裁を保つ大人の都合のようなものだ。
だが、それは現地で活動する者――パルチザンにとって都合が良いものということにはならなかった。
「うん。『帝国の連中を追い出せても、住む場所がなくなったら意味がない。だから今は奴らを怒らせないでくれ』って…」
「無理もない。誰だってアレーヌの二の舞は避けたいさ」
戦火によって国内が荒れはしたが、それはあくまで平野や山岳部といった人の集まらない土地やあるいは少数の人が暮らす村落部のみであり。近代化に伴い複雑な構造の建物がひしめく都市という地での戦訓が存在しないことと、非戦闘員に明確に被害を与えることによる国際社会からの反発を恐れ、当事者両国共に都市を戦場にすることを避けた結果。首都を始めとした都市や工業地帯はさした被害を受けることはなかったのである。
仮に帝国を追い出せたとしても、それで全てが元通りになるわけではないのだ。戦火に晒された国の人々は、荒れた国土を立て直す『復興』という更なる困難な道を歩ばねばならず、そためにはこれ以上自分達が暮らす地を傷つけることは許容できないのだ。突き詰めて彼らが守りたいのは自分達の生活なのだから。
そして、帝国は必要とあれば都市を焼くことを辞さない覚悟をアレーヌで見せており、過度に刺激したくないというのが本音であろう。
そのため、パルチザンからの要求は都市部といった生活圏ではなく、沿岸部の
その消極的姿勢に、祖国奪還のために軍に志願したメアリーは少なからぬショックを受けてしまったらしい。とはいえ、事前にトウガからあり得る可能性として聞かされていたこともあり、どうにか事実として不満を飲み込むことはできたようではあるが。
「だが、『今は』と彼らは言ったのだろう?」
「うん」
「ならば何も問題はないさ。彼らは忍耐という弱者が持つべき『強さ』を持っているということなのだからな」
パルチザン――抵抗戦力と聞こえはいいが、軍事訓練を受けていない素人が大半であり、現役軍人の生き残りか退役軍人もいるにはいる程度な集団が貧弱な武装をしているだけなのが実態なのだ。
当然正規の軍隊に真正面から戦える力などなく、勝者となるには外部からの支援が必要不可欠となる。それを理解しているからこそ、邪魔に思いながらも此度の連合軍からの派遣を受け入れたのだ。
パルチザン最終目的は帝国を祖国から追い出すことであり、将来連合軍が協商連合解放のための戦いを起こした時に手を取り合える存在だという意思を示すために。
そして、その時が来るまで自分達は『耐えられる』のだという姿勢を支援者に見せつけるために。
「にしてもこういうのって派手に暴れたがるもんよね。それこそアレーヌみたいに」
背もたれを正面にして置いた椅子に、顎を乗せてだらけながら煎餅をを齧る
軍事知識のない人間は目の前の戦果した見ようとせず、それも誰の目にも見える多大な成果を欲するものなのだ。
そして、鎮圧する側としてはそうして見境なく暴れてもらった方が、危険分子排除の大義名分をもって手荒な方法での解決も取りやすくなるのである。
「彼らを今の苦境に陥らせた環境がそうさせたのだろうな」
パルチザンが生まれる要因となった帝国との戦争、その発端となったのは協商連合の越境行為であり。政権交代をなした当時の首脳部が安易なパフォーマンスに走った結果、戦争を招き挙句の果て国を破滅に向かわせてしまった。そのことを反面教師とした協商連合人らは焦りと軽率を禁物とし冷静と慎重を尊ぶことを学んだのだ。
「帝国を疲弊させられたことも含め、今回のことは良い投資ができたと考えばいいさ。何事も目先のことだけでなく、その先を見据えることも大人になるということさ」
「うん、わかった。それでトウガや主任の方はどうだった?」
「俺は『家の名を汚すような、間抜けな死に方はするなよ』とか『トウガ君や職場の人に迷惑をかけないように』とか小言しか言われなかったがね」
「お前は好き勝手に生き過ぎなんだよ」
興味深々な様子で話題を変えるメアリーに、ロイドがカッカッカッカッ!と愉快気に話し。そんな兄弟分にトウガは辟易するようにツッコむ。
「そういうお前は俺に黙ってどっか行ってやがったやんけ、俺に黙って」
「黙ってをなぜ2回言った…。あれはメアリーのご家族に挨拶に行ってだな――」
「え?」
「お?」
トウガの発した言葉に他の2人が固まるが、それに気づかず彼は言葉を続ける。
「トウガ」
「アップルパイをご馳走になったが、あれはとても美味かったよ――」
「トウガ」
「できることならまたご馳走に…」
「トウガ、待ってトウガ。お願い」
「む?どうしたメアリー?そんな切羽詰まった顔をして…」
喜々として話すトウガに、冷や汗をかきながらメアリーが待ったをかけた。そして、その間に再起動した額肉が動きだず。
具体的に言うと、咥えていた煎餅を全力でお馬鹿に投擲した。
「うぉらあィ!!!」
「うぉぉい!?何しやがる貴様ァ!!食べ物を粗末にするんじゃないッ」
難なく回避されるも、その隙に胸倉を掴まれるトウガ。
「やかましい!!なぜ勝手に1人で行ったワレェ!?!?」
「預かる者として必要だろうがっ、おいやめろっ揺するなッ!!」
そのまま取っ組み合いを始める野郎共を、メアリーがどうどうと宥めながら仲裁に入る。
「そ、それでお母さん達は何か言っていましたか?」
「ああ、今度は君と2人で顔を見せてほしいと仰られていた――っておい肉ッレンチで俺を殴ろうとするなッッッ」
「おんどれェェェェッ。そういう段取りはもっとちゃぁんとせんかァァアァァァァアア!!!」
「遂に狂った…いや元からか…。って、ええい、何だこのパワーは!?メアリー援護をッ」
抑えようとするも、普段ではありえない腕力で抵抗してくる肉に助けを求めるも、当にメアリーはぶつくさと独り言を呟いていてなんか駄目そうであった。
「――いや、これはこれで面倒なことはすっ飛ばせてあり、かな?」
「メアリー?
「これが葱を背負って鍋に入って自分から蓋をしたってやつだよね。なら問題ないよね、うん」
「メアリー?メアリーさん??」
ふふふ、となんか怪しげに笑いだす部下に、戦場のものとは違った危機感を感じるトウガ。
「ならば、良し!!!」
「何がッッッ!?!?!?」
出会った頃な絶対にしないであろう、まるで劇画にでも出てきそうな顔で叫ぶ少女に、これまでの人生で最大の困惑を混ぜ込んでトウガはツッコむのだった。