世界大戦終結からおよそ四十年後――合衆国首都
かつて欧州を中心に起きた戦乱――『世界大戦』から月日が経ち、当時を生きた抜いた生き証人も老いとともに世を去ることも珍しくなくなくなり、かつて起きた惨劇による痛みが癒えていくにつれ、人々が『過去』のできごととして関心をなくしていくことも自然の流れと言えた。
だが、まだ生のある証人の中には、同じ過ちが繰り返されぬよう後世にあの時代何があったのか、なぜあの大戦が起きてしまったのかを伝え続けることを使命とする者もいた。
カフェでテーブルを挟み対面する2人の男性の1人であるアンドリューもその一人であり、連合王国の通信社ワールド・トゥデイズ・ニュース―通称WTNに所属する記者であり、従軍記者として大戦に関わった者として、生き証人らの声を報道という形にして残すべく奔走する日々を過ごしていたのだった。
「お久しぶりです『中尉』殿」
「もう退役した身ですよアンドリューさん」
あいさつ代わりに茶化し気味に語るアンドリューに、対面に座る彼と同年代の男性は苦笑しながら、カップを手にすると、中身のコーヒーを口に運んだ。
「失礼。ですがこの呼び方がしっくりとくるもので、どうかご容赦いただけませんかね?」
「構いませんよ。『戦友』たっての頼みを断るほど無粋なことはありませんから」
そういって僅かながら笑みを浮かべる男性。不愛想で感情を出さない、一見すると裏社会の人間かと思わせるいかつい顔つきだが、話してみると寧ろ真逆の紳士的でしっかりとした教養を持つ親しみやすい人物――そのギャップがある種彼の魅力と言えるだろう。
死線に晒される己らを、嗅ぎ回る記者を邪魔者と疎んじる軍人も少なくない中、彼は苦楽を共にした友としてだけでなく、ただの数字として処理される兵士を『人』として記録してくれるかけがいのない存在として今も変わらぬ敬意を持ってくれていた。
「ありがとうございます。それと、お忙しい中、お時間を取っていただきありがとうございます」
「いえ、今はちょうど暇を持て余していたので、こちらとしてもありたがったです」
「ところで
アンドリューは戦地でも彼と共にいた、見目麗しい少女を思い出す。
まるで名画から抜き出したかのような、誰もが見とれる浮世絵離れした見た目に、何か底知れぬ神秘さを宿した『聖女』という表現しか思いつかない存在感を放っていたことが記憶に刻み込まれていた。
「ええ、妻も娘も元気でいてくれていますよ」
「せっかくの家族団らんを邪魔をしてしまって恨まれていないといいのですが…」
「家に引きこもってるのは良くないから、外に出ろと尻を叩かれたので気にしなくて大丈夫ですよ。娘ももう一人立ちしていますし」
そういって困ったようでありながらも、彼は楽し気に話す。
彼女は戦後は戦争孤児を支援する財団の設立に寄与し、その代表として世界各地で公演を開き寄付を呼び掛けたりと精力的に活動しており。上官だった彼と結婚し、子を設けてからは後進に道を譲るようにはなったが、その影響力は未だに計り知れないものがあった。
「そういえば、、主任殿はお元気ですか?今も共にお仕事をされていると聞きますが」
「アレも所帯を持ってまともになるかと期待したのですが、子供
が幼かった頃に誕生日にロケットエンジン付きの三輪車をプレゼントしようとして
彼がはぁ…と心の底から呆れたように息を漏らす姿に、あぁ…とその現場が容易に想像できて吹き出しようになってしまうアンドリュー。出会ったころから奇天烈な言動を繰り広げていたが、どうやら人はそう簡単には変われないらしい。
「さて、このまま交友を温めたいのは山々ですが、そろそろ本題に入りましょうか」
「ええ、どうぞ」
「現在我が社は、あの大戦の真実を後世に伝えるべく特集を組んでおりまして、私がその責任者を任されたのです」
「それは素晴らしいことだ。ならば私も当事者として、できる限りご協力させていただきたい」
「ありがとうございます。では、いくつかご質問をさせていただたいのでこちらを…」
アンドリューがカバンから資料の束を取り出すと彼に手渡す。それに目を通していると、ある部分に目が止まる。
「『十一番目の女神』…」
「そうです。連邦共和国――当時の帝国から提出された資料に幾度も、それも重要な軍事行動に必ず現れる存在です」
それは、××××××××××と諜報機関が用いたような暗号が複数確認され、それをタロットに関連付けた便宜上の呼び名であった。
そして調査の中で前線経験者の内幾人かに、このワードに明確な答えは得られないも敏感に反応を示すものがいたのだった。
そして、優れた洞察力と見識を持つ彼の存在を思い出し、疑念の一端でも掴めないかとこうしてアプローチをかけることにしたのだ。
「私の感が、これこそがあの大戦の隠された暗部を照らす光となると訴えているのです。何かご存知ないでしょうか?」
一瞬、ほんの刹那だが、女神の存在に触れた時に、穏健だった彼に揺らぎのようなものが生まれたことを、アンドリューの記者としての嗅覚が捉えていた。
「その痕跡を追っていますと、あることに気づきました。連邦との戦端が開いて以降、この女神が現れたとされる地と、あなたの任地が重なることが多いとね。もしかすると、あなたは十一番目の女神を目にしたことがあるのではありませんか中尉?」
アンドリューからの問いに、彼は口を噤んだまま資料をテーブルに置くと、おもむろに窓の外に視線を向ける。
その先にあるのは雲一つない快晴であり、殺意に満ちた対空砲火が乱れ飛ぶこともなく、怨嗟の混じった血の雨も降らない、今の平和となった世界を示すような実に穏やかな色合いを見せていた。
そんな景色を眺める彼の横顔から伺える目には、愁哀と共感と敬意が入り混じったかのような――戦場において生死をかけた者にしか踏み込めないような、と複雑な感情がこもっているような渦巻いているようであった――後にアンドリューは、同僚らにそう語ったのだとされている。