統一歴一九二七年四月末連邦戦線――
北欧特有の豪雪期――冬将軍の猛威の過ぎ去った春先。新年度が始まり新たな生活に勤しんでいる時節、欧州の戦乱は次なる段階へと移り変わる。
戦線が停滞した数ヶ月の間に、志願、徴兵による兵力の増加、支援国からの援助による装備の強化、人事の刷新による軍の組織改編。書記長に次ぐ影響力を持つ内務人民委員部長官の涙ぐましい努力によって、新生とも言える軍事的変異と遂げた連邦は大規模攻勢に打って出たのである。
相対する帝国も当然想定していた事態であり、同じく戦力を増強して迎え撃つ備えをしており、両軍激しくぶつかり合うこととなる。
結果として初戦こそ物量による圧力によって連邦優位に進むも、他戦線から引き抜かれた戦力の増強を得た帝国軍の反抗によって、連邦軍は前線司令部が壊滅させられ戦線の後退を余儀なくされる形で再度の停滞を迎えるのであった。
それから暫しの時が過ぎた6月――早くも年の境目を迎える中、連邦、帝国双方とも事態打開のための次なる行動に移るのだった。
次なる攻勢の一翼として、トウガら多国籍合同軍は戦線の中央部へと配置されていた。
帝国が資源地帯である南部への大攻勢のため戦力を増強させており、連邦はその支援を目的とした北部集団との境目を分断し各個撃破を狙っており、その先鋒としての華々しい戦果によって国際協調という麗しい文言を世界に協調しようとしていたのであった。
――そんな政治家の都合でやらされる身としては、しくじれば大いなる失望と心無い叱責を浴びせられる重圧に野次の1つでも飛ばしたくなるが、誰もが祖国の輝かしい未来のためと己に言い聞かせて責務に励む中、そんな義勇の士の1人であるトウガは、気晴らしも兼ねて陣地内を散策していたのだった。
ロイドもメアリーも装備の調整にかかりっきりであり、戦地で許された娯楽など友人と語り合うかカードで賭博するくらいのものであり、ありたいに言えば暇を持て余していたのである。
「オルフェス中尉!」
そんな彼に、ドレイクがやあ、と軽く手を挙げながら声をかける。
彼の元に歩み寄ると、その隣に初めて見る男性の存在に気づく。野外での活動を優先したラフな服装に、肩にかけているカメラからつい最近派遣されてきた記者団の一員らしい。
「紹介しよう。彼は本国のWTNから派遣されたアンドリューだ」
「初めまして、WTNのアンドリューです」
礼儀正しい所作で懐から取り出した名刺を受け取るトウガ。印刷されてから間の経ってない真新しい質感の書面に目を通す。
帝国との開戦前までは、連邦の――共産党の機関紙は連合王国含む西側の諸国を『頑迷な反動主義者の巣窟』といった優雅な言葉を並べ立てていたが、そんな資本主義国家らのジャーナリストが堂々と連邦の領地に足を踏み入れているなど一昔前なら悪冗談として笑い話にもならなかったであろう。
「自分は合衆国義勇兵団所属のトウガ・オルフェス魔道中尉であります。以後お見知りお気を」
握手を求めるとアンドリューは快く応じてくれる。
「彼こそ、我ら多国籍合同軍のエースだよアンドリュー」
「やめてください中佐。戯れが過ぎます」
「謙遜するな。君がいなければ、私もこの世にいなかったかもしれんのだからな」
困り気味な様子のトウガに、愉快そうに笑いながら肩を叩くドレイク。からかい交じりもあるにはあるが、本心からの称賛なのも事実であった。
「失礼ながらアンドリューさん。あなたの他にWTNからの記者は?」
「いえ、僕だけです。というより『例外』を除けばどこも似たようなものですよ」
トウガからの問いに、アンドリューは辟易したように肩を竦めると、ある方向へ視線を向けた。
それを追うと、
「なるほど。連邦は随分と露骨なことしていらっしゃるようで」
「ええ。記者団で資本主義が好きな人間は、僕みたいな若手しかいないんじゃないですかね」
帝国という国難を抱えた者同士の、主義主張を超えた麗しい友情と喧伝している割には、腹の内は深く探ってくれるなという本音が垣間見えていたのだった。
そんな折、ドレイクが何かを感じ取ったのかピクリと反応すると、居心地悪げにそわそわと周囲を見回し始める。
「…ん」
「中佐殿?」
その様子に、アンドリューがライン戦線での従軍経験から嫌な予感を覚えている間に、トウガは全速力で格納庫へ駆け出していた。
「警報!魔力探知!」
敷地内に響くけたたましい警報音と叫び声が走ると、連合王国軍部隊の魔導師らが慌てふためきなが装具を担いで塹壕から飛び出していく。
「アンドリュー、君達は、退避しろ!」
そう言い残し、ドレイクも駆け出していくが、ここで尻尾を巻いて穴倉に逃げ込むようでは、従軍記者失格であると、アンドリューは喜々として、駐屯地内の喧騒に目を向ける。
「くそっ、先制されるだと!?」
当直将校の叫び声に、通信士が怒号で応じる。
「コード照合!『レルゲン戦闘団』のものです!」
「応戦しろ!迎撃魔導師を上げろ!」
「敵の規模は!?」
「敵陣陣地より一個中隊規模!突発進出です!レルゲン戦闘団の魔道部隊です!」
どうやら包囲下に置いている敵からの逆襲を受けたらしい。ライン戦線では日常茶飯事であったが、帝国軍は西でも東でも変わらず活動的なようだ。
「くそっ、陣地防衛なら陣地防衛らしく引きこもっていればいいものを!」
「弾幕射撃!ええい、外周警戒は何をしていた!」
「翻訳担当を早く招集しを!連邦軍が、くそ、なんと言っているんだ!?」
多国籍部隊とは聞こえがいいが、要するに、こういう時に脆弱さを曝け出す。共和国軍のみだったライン戦線と違い、連合王国、連邦に旧協商連合系やダキア、はてはトウガのような合衆国人も混じれば混乱は大きくなってしまうのだ。
「(してやられたなぁ…)」
素人目からしても右往左往している味方側の対応に、アンドリューは首を振り、どんな連中が襲い掛かってきたものかと視界を上に向けなおす。その目は流れ弾による死の恐怖よりも、不利な状況下で果敢に攻めに転じる敵への好奇心に満ちていた。
「ん?」
一瞬、空にありえないものが飛んでいるように見え、我が目を疑う。
気のせいでなければ、子供が飛んでいた。いや、子供の魔導師というべきか?
粒のような点なので距離を見誤った可能性もあるが、近接格闘戦を行っているサイズ比からして余りにもおかしい。味方に比べて、その帝国魔導師は余りにも小さ過ぎた。
「『勇者』だっ!『勇者』が出るぞっ!」
不意に耳に届く将校らの歓声に何事か?と気が逸れている間に、流星のように味方陣地から飛翔した人影が、撃墜されそうになっていた友軍との間に割って入り、小柄な敵魔導師と対峙した。
その外観は中世の騎士の鎧のような重厚な装甲に全身が包まれており、初めて見るSF映画から飛び出したかのような造形に、アンドリューは思わず目を奪われる。
その異形の魔導師は敵魔導師と幾度と斬り結びながら、術式による閃光と爆発を空に彩っており、その光景を収めようと急いでカメラを取り出し、レンズを向ける。
ピントを合わせるのに四苦八苦しながらも、劇的なスクープをものにしようとしていた彼の肩に、いかつい手が乗せられる。
「ミスター」
「なんだい!?」
仕事の邪魔をされて苛立つアンドリューだが、周囲を囲む連邦の案内役に、思わず肝を冷やす。
「カメラをしまって下さい」
どうやら、彼らは下手なクィーンズでお話したいことがあるらしい。敵襲にも関わらず、物腰だけは丁寧にプリーズを言われる経験はここだけにしてもらいたい。
「…あれを、撮るなと?」
黙って頷く連邦人の断固たる態度に、アンドリューは小さくため息をこぼす。この調子では、はい、わかりましたでは済まないだろう。
案に相違せず、彼らは手を差し出してくる。
「フィルムを頂けますか」
「…OK、代わりのフィルムはもらえるんだろうね?」
「それは、もう、もちろんですよ」
ああ、さようなら、我が特ダネよ――目の前で刻まれるフィルムに愕然と肩を落としながらも、次は周囲に気を配って隠し撮ろうと心に誓うアンドリューであった。
しかし、襲い掛かってきた帝国軍はそれっきり陣地に引きこもり始める。向こうとしてはこちらの出鼻を挫ければそれで満足らしい。
やたら有能な敵指揮官に、暫しの間呪詛の声を愚痴る日々を過ごすこととなるのであった…。