苦労人戦記   作:Mk-Ⅳ

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第二話

『連合王国臣民の皆様、私は、ここにお伝え致します。帝国が、あの恐るべき軍事国家が今や我らにその鋭鋒(えいほう)を向ける日を迎えてしまっていることを』

 

トウガら義勇兵が連合王国本土に到着して2ヶ月程が過ぎた。

その間王国の精鋭魔導士部隊との演習や、ネクストの調整をしつつ情勢を伺う日々を過ごしていた。

欧州の戦乱は、帝国が自由共和国が展開する南方大陸へ侵攻し泥沼の戦いを繰り広げていた。そして、統一歴1925年11月1日――遂に連合王国は帝国との戦端を開く準備が整ったとして、首相チャーブルが全国民に向けてその旨宣言がなされていた。

 

『さて、紳士淑女諸君、それでは我々の最悪の時代に乾杯しましょう。そして、願わくば我らが子孫に言わせたいものではありませんか。その時代こそが、帝国にとって最良の時代だった、と。そして今、永久の祖国が味わう最悪の時代に乾杯!』

 

至る所から歓声が響く。それをトウガとロイドは、彼ら特派に貸し与えられた兵舎の一室で聞いていた。

 

「始まったな」

「ああ、もう後には戻れん。勝つまで突き進むまでだ。俺達もな」

 

椅子の背もたれを前にしてそこに肘を乗せて座り、演説を聞いていたロイドが神妙な顔つきで語り掛けると。壁に背を預けて寄りかかって立っていたトウガも同じ表情で答える。

賽は投げられた。国家総動員戦という、どちらかの国が完全に壊れる(・・・)まで行われる殺し合う、人類が今まで経験のしたことのなかった未曾有の戦火に飛び込むのだ。生きて帰れる保証などどこにもなかった。

 

「頼むから死んでくれるなよ?お前がいないと退屈でしょうがねぇからな」

「そちらもな。前線に出ないとはいえ、戦場では何が起きるか分からんのだからな」

 

互いに誓い合うように拳を突き合わせる両者。彼らの『夢』はまだ始まったばかりなのだ、こんな所で終わるつもりは毛頭なかった。

そうしていると、部屋のドアがノックされる。トウガが入室を促すと、1人も男性が入って来る。

 

「2人ともいるな」

「ドレイク中佐、ご足労頂き恐縮です」

 

敬礼する男性に対し、トウガとロイドは姿勢を正して返礼する。

男性の名はウィリアム・ドレイク。海兵魔導部隊の指揮官で、演習等を通じて親しくなった仲でもある。魔導師としての能力の高さのほか、経験豊かな野戦将校として信頼できる人物だ。

 

「首相の演説は聞いてもらえただろうか?」

「ハッ、我々の出番も近いようですな」

「ああ、と言ってもラインの悪魔の動き次第になるがな」

 

彼はライン戦線末期にラインの悪魔率いる部隊と交戦しており、その脅威を肌で感じ取った人物でもあった。

そのため彼の部隊は対ラインの悪魔対応を最優先で行うこととなっており、特派は彼の指揮する部隊と行動を共にすることになっている。

とはいえ、現在ラインの悪魔とその部隊は、南方大陸に配置されていることが確認されているので、当面は予備戦力として後方待機となりそうではあるが。

 

「ご期待に添えるよう努力致します」

「それにしても、あのネクストと言う宝珠は凄いものだな。我が隊にも是非とも欲しいものだ」

 

羨むように語るドレイク。多くの部下を預かる身としては、質の良い装備を求めるのは当然と言えるだろう。

 

「残念ながらアレは試作型で量産性は考慮していないので。1つ作るのに、貴国の最新型30機分はかかるのでオススメしませんね」

 

どれだけ優れた性能を持とうとも、単独で行えることには限度がある。それよりも均一な戦力を複数揃え有機的に運用するのがベストなのだ。結局の所戦いは数が多いほうが勝つものである。

 

「そもそも機密の塊ですからね。他国に輸出できるようになるまでどれだけかかるか…」

「私が現役の間までには無理そうだな。まぁ、こればかりは仕方ないか」

 

ふぅ、と息を吐くドレイク、本気で残念そうに見えた。

 

「それ程ラインの悪魔の部隊はやっかいなので?」

「ああ、中隊と軽く当たっただけだが。ラインの悪魔は当然ながら、末端に至るまでネームドクラスときたもんだ。それが1つの生物であるかのように襲い掛かってくるなど、悪夢以外の何物でもないな」

 

ラインの悪魔の部隊の規模はおおよそ増強大隊48人。確かに相手取る側からしたら脅威としか言えなかった。

 

「それでも敵である以上叩くまでですな。自分がラインの悪魔を撃墜すれば、どうとでもなるでしょう」

「ハハハ、頼もしいな、貴官には期待しているよトウガ中尉。君ならあの悪魔も討ち取れるだろう」

 

期待の籠った目しながらトウガの肩に手を置くドレイク。それは、演習で彼の実力を確かめた故のものであった。

 

 

 

 

連合王国本土に来て早半年になろうとする中、メアリーは他の訓練生と共に鍛錬に明け暮れた日々を過ごしていた。

厳しい選抜試験を乗り越えて、無事航空魔導士としての訓練が新たに始まり、四苦八苦しながらも本日の過程を終えて帰投する。

 

「あ~終わった終わった」

「腹減った~」

 

着陸して格納庫へ向けて歩いていく同僚が、教官に聞こえないように注意しながら、思い思いに雑談する。軍属となったとは言え、年齢層が若い者が多いこともあって、スクールライフの感覚が抜けきっていなかった。

 

「早くシャワー浴びた~い。ね、メアリー」

「うん、そうだね」

 

それはメアリーもであり、訓練は厳しいが充実した気分を味わっていた。

 

「あれ、あれって何だ?」

 

1人の同僚が空を見上げて何かに気づいたように声を上げた。

その視線を追うと、1つの人影が空を駆けていた。術式で視力を強化してみると、それは全身を白色の鎧のような者で覆っており、重厚そうな見た目に反して縦横無尽に宙を舞っている。

 

「共和国の魔導士かな?」

「でも、なんか違くないか?」

 

共和国の魔導士の装備は、騎士鎧に通ずるデザインをしてるのが特徴であった。

だが、空を舞っているのは似てはいるも、まるでSF小説なんかに出てきそうな未来感を感じさせる姿をしていた。

 

「綺麗…。それに楽しそう」

 

その飛び方を見ていたメアリーは人知れず呟いていた。自分達の幼稚な飛行とは比べ物にならない程洗礼された飛行をしており、まるで野原を駆け回る子供のように自在に飛んでいた。

他の者達も感嘆の声を上げていた。

 

「あ、戻ってきた」

 

飛んでいた魔導士はゆっくりと高度を落とし始め、自分達とは少し離れた格納庫の前に、慣れた様子で難なく着地すると、兜に当たる部分に手を添えて外すとその素顔が晒され、見知った顔に思わずあ、とメアリーの口から漏れた。

 

「オルフェス中尉…」

「何メアリーあの人のこと知ってるの?」

「うん、こっちに来る時に乗った船で知り合って」

「いいな~!めっちゃカッコイイじゃん!」

 

整備士と見られる人達と何やら話し合っているトウガを、女性組が興奮気味で見ている。

メアリーには良くは分からないが、言われてみると彼の顔立ちは整っているのだろう。

 

「ねぇねぇその後は?」

「その後?」

「あの人と会ったりしてるのかって話よ!」

「いや、ないけど…」

 

そう答えると、ええ~やらもったいないやら友人らが騒ぐが。訓練で忙しかったし、そもそもただの訓練生が理由もなく会えるとは思えないが、彼女らは何を期待しているのメアリーには分からなかった。

 

 

 

 

飛行試験中に一度帰投しロイドと整備士らと検証していると、訓練を終えて撤収しようとしている訓練生を見かけ、その中にメアリーがいることに気がつくトウガ。

 

「……」

 

彼女と目が合うも、私的に異性と関わる経験をしたことがないのでどうすべきか迷うも、とりあえずぎこちなくだが、軽く手を振ってみると向こうも同じように返してくれた。すると、周りにいた女性訓練生から黄色い声とやらが上がった。

そして、ロイドが驚愕に染まった顔でガンガンと腕の装甲を叩いてくる。というか整備士達も同じ顔をこちらを見ている。

 

「何だ?」

「いや、何だ?じゃねぇよ!?何、あの仲良さそうな娘は!」

 

謎の興奮をしている相棒に、メアリーと知り合った経緯を説明するトウガ。

 

「やだ、お前も隅におけないじゃないの!そういうのは早く言いなさいよ、もう!」

「何で嬉しそうなのだ?」

 

おばさん臭い口調と仕草をしながら、肘で脇の装甲を小突いてくるロイド。正直気色悪い。

 

「別に対して親しくもないが。偶然知り合っただけだからな。というよりそんなに驚くな」

「女っ気とは別次元に生きていたお前が、さっきのやり取りをしていただでも奇跡なんだよ馬鹿野郎!」

 

とりあえず馬鹿にされていることは理解できたので、拳を握り締めて熱く語る馬鹿を蹴り飛ばすトウガであった。


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