「…酷いものだな」
ラインの悪魔との戦闘の翌日。友軍の損害報告を受けていたトウガは、思わず感想を吐露する。
迎撃出た義勇軍魔導部隊は、大半が戦死か負傷による戦線離脱という壊滅状態となっていた。
「全滅しなかっただけマシだろうよ。相手さんが殲滅目的で来なかったのが幸いだわな」
どうやら敵部隊の目的は本土に墜落した友軍の救助だったらしい。そのため遅滞とを目的とした嫌がらせ程度の攻撃しかしてこなかったようだが、それで未練成とはいえ大隊を1個中隊で一方的に翻弄するとはタチが悪いとしか言いようがなかった。
「それで頼んでいたものは?」
「ああ、解析できたよ。撤退直前にラインの悪魔の魔力量が跳ね上がっていやがった」
ロイドが見せてきた用紙には、ネクストに記録させていたラインの悪魔の魔力量が、一瞬だけ大幅に上昇していることが記されていた。
「似たようなことが過去に何度か確認されている。あの悪魔、実力を隠して戦ってやがるな。にしても単独でこの魔力量叩きだすとは、人間なのかすら怪しくなるな。人造的に生み出されたって言われた方が納得できるね」
「なんでもいい。敵なら墜とすだけだ」
最後の方は興味なさそうな様子のトウガ。彼にとっては敵の正体等よりも、自分にとって倒す必要があるか否かのみが重要であった。
「ま、それもそうだがね。それはそうと、例のお気に入りの娘の所には見舞いに行ったんか?」
「お気に入り?」
なんのことだ?と言わんばかりに首を傾げるトウガに、盛大に溜息をつくロイド。
「スーって義勇軍の娘さんだよ」
「ああ。この後行くが、お前も来るか?」
「行くか!1人で行かんかいィ!」
ズレたことを言う友に、全力でツッコむロイドであった。
ロイドに部屋から蹴り出されたトウガは、義勇軍の兵舎を訪れていた。
メアリーの部屋に辿り着くと扉をノックし。部屋からどうぞ、という声が聞こえると扉を開けて入室する。
部屋には軍服に身を包み、至る所に包帯を巻いたメアリーがトランクに荷物を纏めていた。
「あ、オルフェス中尉…」
トウガの顔を見たメアリーは、どこか気まずそうに顔を伏せる。
「どこか具合が悪いのかね?なら軍医に…」
「いえ、そういうことではなく…!」
体調がまだ優れないのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。他に原因があるのかと話題を変えることにするトウガ。
「そうか。…それは同室の者のかね?」
「…はい。昨日の戦闘で…」
部屋の状況と経験からの推測を述べると、トーンの下がった声で肯定するメアリー。
戦死者の遺品整理。軍属の長いトウガには慣れてしまったことだが、初めての経験である彼女には堪えるものがあるだろう。
「私より歳が上だからって、よく気遣ってくれたいい人でした。なのに…」
「それが戦場だ。どんな善人であれ悪人であれ、弾丸1つで死んでいく」
いつものように話していた者が、数刻後には物言わぬ死体となっているのが当たり前の世界、それが戦争であった。
「……」
「戦争というものが理解できただろう少尉。今ならまだ間に合う、君は家族の元に帰るべきだ」
奇跡的に生き残った新兵の中には、ストレスで精神に変調をきたす者も出ていた。多少の演技をすればその者達と共に本国へ戻ることもできる。
今はまだ耐えられているメアリーだが、それがいつまでも続く保証はない。彼女が戦争に壊されてしまう姿をトウガは見たくなかった。
「それはできません。私には、やらなければならないことがありますから」
「やらなければならないこと?」
だが、その願いを拒むように顔を上げたメアリー。その目には確かな怒りが宿っていた。
「ラインの悪魔を、父の仇を討たないといけないんです」
「仇?ラインの悪魔がかね?」
メアリーの言葉に眉を顰めるトウガ。彼女の父がどのように戦死したのか、具体的には知らなかった筈だったが、どのような確証を持ったのだろうか。
「はい、奴が持っていた短機関銃は、父と別れる前に私がプレゼントしたものだったんです」
「どうして、そう言い切れるのかね?」
「銃には父のイニシャルを刻んでもらったんです。あの短機関銃にはそれがありました」
「…奴が帝国では採用していない物を用いているのは気になっていたが。それなら納得ができんでもない、か」
ラインの悪魔が手にしていた短機関銃は、森林三州誓約同盟と呼ばれる中立国にある連合王国出資の企業製であり、鹵獲品でもなければ帝国の者が手にすることはできないのである。
「そうか、それでラインの悪魔を無理にでも追撃しようとしたのか」
あの時の鬼気迫る様子の彼女を思い出すトウガ。確かにそうなるのも無理からぬことであろう。
「その、申し訳ありませんでした。取り乱してしまい、酷いことを言ってしまって…」
しょんぼりとした様子で俯いてしまうメアリー。もしや先程から元気がないのはそのことが原因なのだろうかと見当をつけるトウガ。
「理由が理由である以上仕方あるまい。反省してくれているのなら俺はそれで構わない」
「あ、ありがとうございます!」
特に気にしていないことを告げると、安堵したように顔を上げるメアリー。心なしか大分元気になったようにも見えた。
「それで、話を戻すが。仇を討ちたいという君の気持は理解した。だが、憎しみだけで戦ってもらいたくはないな」
「!?なぜです!家族の仇を討つのが悪いと言うのですか!?」
否定されたのが予想外だったのか、憤慨した様子で詰め寄って来るメアリー。
「悪いとは言わん、それが人間なのだからな。ただ、それだけで戦うべきではないと言っているのだ」
「?」
これだけでは伝えたいことを理解できていない様子のメアリーに、トウガがいいかね、と言葉を続ける。
「我々軍人が戦うのは、あくまで戦争を終わらせるため、そして国を家族を大切な人を守るためだ。君も言っていたな、戦争で自分のように大切な人を失う悲しみを広げないために、そのために戦争を終わらせるたくて志願したと」
「…はい」
「それは敵――帝国も同じだ。彼らも守るべきもののために、戦っていることを忘れてはいけない。それを忘れ、感情だけで戦っていては戦争は終わらず、最後は何も残らなくなってしまう。国も愛する人達もな」
「……」
沈黙して顔を伏せるメアリー。考えは伝わっただろうが、それでも仇を討ちたいという想いは捨てれないのだろう。
「すぐに理解はできないだろう。今は心の片隅にでも留めておいてくれ」
「…わかりました」
トウガが肩に手を置き、諭すように語り掛けると、メアリーはゆっくりと頷くのであった。
悪魔と矛を交えてから数日経ち。トウガは連合王国内にある演習場にいた。
「……」
いつも以上に険しい顔をした彼の目の前には、合衆国義勇軍の若き航空魔導士が、10名程横並びに規則正しく立っていた。
「…今日から俺が諸君らの指揮を執ることになった、トウガ・オルフェス中尉だ。よろしく頼む」
疲労が滲んだ声で話すと、部下となる者達が敬礼しながら応じる。
「(どうしてこうなった…)」
そんな彼らを、どこか遠くを見る目で見ながら過去を思い起こすのだった。
「俺に義勇軍の指揮を執れだと?」
「んだ」
秋津島皇国で好まれている煎餅という菓子を頬張りながら、辞令を送って来る上官兼友を不機嫌そうに睨みつけるトウガ。
「この前の戦闘で、指揮官経験のある者がいなくなっちまったからな。代わりが来るまでの繋ぎってことでよろしく」
「部隊の指揮経験はないのだが…」
士官学校卒業と同時に特派に所属し、以降単独行動しかしてこなかったトウガにとって、いきなり指揮官――それも中隊規模を率いろと言われても納得のできるものではなかった。
「それでも、碌に経験ない素人同然にやらせるよりもマシだろうよ」
「……」
ロイドの正論に反論できないトウガ。ベテラン組が身を挺した結果、義勇軍で無事だったのはメアリー始めとする新兵だけとなってしまった。上としても手段を選ぶ余裕がないということだろう。
「ま、そんなに長くはならんだろうから我慢してくれや」
「あの中尉。どうかされましたか?」
隣に立つ副官であるメアリーの声に意識を戻すトウガ。どうやら考え込み過ぎていたらしい。
「いや、何でもない。さて、隊長として言っておきたいことは、昨日の戦闘で諸君らは多くの仲間を失ったが、その上で言わせてもらう。憎しみだけで戦わないでほしい」
トウガの言葉に部下らはざわつきだす。
「戸惑うのも当然だろう。スー少尉には既に話しているが、何も憎しみを捨てろとは言っていない。ただそれだけで戦うべきではないのだ。諸君らが戦った帝国兵も、君ら同様守るべきもののために戦っている同じ人間だということを忘れないでもらいたい。我々はあくまで国を仲間を愛する人を守るために戦うのだ」
「お言葉ですが中尉!」
困惑する部下の中から1人の男性――メアリーとさほど年が変わらないため男子と言える年齢だが――が、不満の色を隠さず声を上げた。
「何かなハーゲル准尉」
「奴ら帝国は民間人すら焼き殺す非道な連中です!誇りある我らと同列に語らないで頂きたい!」
ハーゲルと呼ばれた男性の言葉に、他の者達も同意するような視線を向けてきた。
空気が悪くなったことに、メアリーが戸惑いながらもハーゲルを止めようとすると、それをトウガは手で制止した。
「准尉それはアレーヌ市のできごとを踏まえての発言かね?」
「その通りであります!」
昨年、帝国がフランソワ共和国とライン戦線で対峙していた時期に。帝国の補給の要であったアレーヌと呼ばれる都市で共和国シンパが武装蜂起し、浸透強襲した共和国軍と共に占拠する事態が発生。
帝国の補給を大幅に阻害し、戦線の瓦解を狙い持久戦を狙う共和国軍。戦時国際法によって非戦闘民への攻撃が禁じられていることもあり、有効な手立てを持たない帝国は苦戦すると思われた――が、帝国は即座にアレーヌへ進軍し、市民ごと都市を攻撃したのである。
この暴挙に対し共和国を始め各国家が帝国を非難し、交戦国はこの出来事を例にして『帝国は残虐で卑劣な敵である』とプロパガンダに利用していたのである。
恐らくハーゲルら義勇軍の新兵は、連合王国が『用意した』帝国という国家の実態を教えられたのだろう。智謀策謀三枚舌が国技と言えるかの国が用意したものだ、さぞ素晴らしい国にされているのだろう。――その中に真実がどれだけ含まれているか甚だ疑問だが。
「では、諸君らはその件に関する帝国の言い分を知っているかね?」
「は?いえ…」
言い淀むハーゲルや、知っているか?といった様子で互いの顔を見合わせる他の部下。メアリーにも視線を向けてみると、首を横に振った。
当然であるか、と内心思うトウガ。彼らのような年若い者達、特に戦時下で自国の正義のためと志願した者は視野が狭くなりやすく、大人に教えられたことを素直に信じ込むものだ。
「いいかね。帝国は攻撃開始前に再三の勧告を行っており、攻撃時には既にアレーヌ市には『民間人はいなかった』と述べている。つまり、帝国が攻撃したのは『共和国兵』なのだよ」
「そ、そんなの詭弁では!」
「そうだな詭弁だな。だが、国際法には一切抵触していないという見解を出している憲法学者は少なくないし、俺もそう考えている。それに非難されるなら共和国も同様だ、ともな」
「あの、それはなぜでしょうか中尉?」
メアリーが遠慮がちに問いかけるも、反論したいというよりもトウガの考えが知りたいといった様子であった。
「いいかね。この件での共和国の作戦は『民間人がいるから手荒なことはしないだろう』という前提で立てられている。つまり、本来守るべき市民を盾としているのだよ。君たちは市民の影に隠れて戦うことが誇りになるのかね?」
「それは…」
トウガの言い分に、ハーゲルらは反論できず沈黙する。
トウガの考えとしては、共和国の犯した過ちは相手の――帝国の人間性、善意をあてにし過ぎてしまったことであろう。長年の戦争で疲弊した状態で更に追い詰めれば、帝国でなくとも手段を選ばなくなるのは自明の理と言えよう。
「とは言っても、別に俺はこの件で、どちらが正しいか悪いのかを決める気はない。どちらも己を守るために必要なことをしただけなのだからな。戦争なんてのは、とにかく自分が守りたいものを守れることを考えるくらいがちょうどいいのさ。それ以外のことを考え出すとキリがなくなるからな」
人間の善悪など、個人の立ち位置よっていくらでも違ってくるのだから、絶対的な基準を設けることなどできはしないのだ。
自分の正義だけを信じ続ける真面目な奴は、必ずろくなことをしなくなる。だから正義だ悪だと深く考えず、適度に生きていく方が真っ当に生きていけるものだ。
「まぁ、俺みたいに不真面目に生きる奴は、お偉いさんに嫌われるから出世したい奴は真似をせんことだ」
俺は出世に興味がないから問題ないんでな、と付け加えるトウガに、反応に困る部下達。
「さて、不満はあるだろうが、これも社会勉強だ。諦めてくれたまえ」
堅物そうな外見と裏腹に。なんとも言えない締めくくりをするトウガに、一抹の不安を覚える一同であった。