苦労人戦記   作:Mk-Ⅳ

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第五話

お母様、お祖母様お元気ですか?私は元気です。

詳しくは言えませんが、私の所属する部隊は再編──

今まで一緒に頑張って来た仲間がたくさんいなくなってしまったりと、とても怖くて辛かったですけど新しい上官さんのおかげで負けずに頑張っていこうと思います。

それでその上官さんなんだけど。合衆国から一緒に来ていた人で、今までの人と違ってどこか軍人さんらしくないって言うと失礼だけど、まるで学校の先生のように、軍人としてのこと以外に人としても大切なことも教えてくれるの。

それに、どこかお父さんと似た暖かい感じがしてとても落ち着けるの、兄がいたらこんな感じなのかな?

この人となら、この先何があって生き残れるような気がするんだ。だからいつも心配ばかりかけてごめんなさい。でも、必ず帰るから待っててね。

 

                                     メアリーより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これより近接戦闘訓練を始める」

 

連合王国本土内にある訓練場にて、メアリーら義勇兵の前に立ったトウガがスコップを地面に立て柄に両手を置きながら告げた。

 

「あの中尉、よろしいでしょうか?」

「何だねスー少尉」

「いえ、武器が見当たらないのですが…」、

「諸君らの手元にあるだろう」

 

トウガの言葉に、一同の視線がそれぞれ手にしているシャベルに注がれる。

 

「シャベルでですか?」

 

彼女らの認識では、シャベルは地面を掘るものであり、武器として使うものではないのではないため。一般的に当然の反応と言えよう。

 

「うむ、塹壕の様な閉鎖した空間では不意遭遇戦が起きやすく、銃器よりもこいつの方が適していることが多くてな」

「ですが、我々は航空魔導士ですよ?そのような状況で戦うこと等あるのですか?」

 

義勇兵の1人が最もな疑問をあげる。閉鎖した空間とは無縁の。空中戦が主流の自分達には本来無関係な話と言えよう。

 

「魔導士は空で戦うものと見られがちだが。前線の野営地で待機しているところを、奇襲を受けて白兵戦をせざるを得ないケースは珍しくなくてな。そして、魔導士の死亡理由の上位に、こういった状況下が割と多くてな、白兵戦の訓練不足のために、碌な対応ができず撲殺される訳だ。俺も10年程前に起きた連邦の内戦に派遣された際に、待機していた野営地をゲリラに襲撃されてな、こいつのおかげで生き残れたよ」

 

その時のことを思い出してか、どこか遠くを見るような目で、手にしているシャベルを見ながら語るトウガ。

 

「まあ、そんな訳で覚えておいて損はせんよ。それでは、手本を見せよう」

 

そう言うとトウガは、メアリーらを連れて移動する。移動した先には地面に突き立てられた人数分の棒と、その先端には豚の頭部が刺されていた。

 

「これは諸君らに人を殴り殺すとはどういうものか理解してらうため、肉屋から頂いたものだ。ではシャベル扱い方だが、基本は野球のバットと同じ感じだ」

 

トウガが棒の前に立ちシャベルをフルスイングすると、豚の頭部がひしゃげると中身が飛び散った。その光景を見たメアリーらは一様に顔を青ざめ、吐き気を抑えるように口を手で押さえる者もいた。

 

「他にも突いたり叩いたりもあるが、まずは殴るを50回からいこうか。ああ、吐く場合はそのままぶちまけたまえ、汚物を埋める訓練もできるからな」

 

涼しい顔をして言い放つトウガの背後には、荷台に積み重ねられた豚の頭部を載せた数台のトラックが並んでおり。それを見たメアリーらはこの人鬼か!?と心の中で悲鳴を上げた。

 

「ウェルフ・ハーゲル准尉、行きますッ!!」

 

そんな中で、1人率先して挑む者がいた。以前にアレーヌでの議論を起こすきっかけを作った若き男性であった。

果敢に挑む彼を追いかけるように続く他の義勇兵らを、トウガは満足そうな目で見守るのであった。

 

 

 

その日の訓練が終わり、夕食のために食堂にいる義勇兵一同。その姿はいつも以上に疲労の色が見られた。

 

「つ、疲れた~」

 

誰ともなく疲労を吐き出すように呟いた。皆がその言葉に同意するも、それでも食事の手を休めることは誰もしなかった。

この地に来た時から『いかなる時でも、食べることは兵隊の仕事の1つである』と体調不良でもない限り残すことを固く禁じられ、無理やりにでも胃袋に詰め込み続けてきた成果だった。

 

「でも、俺達今本当に戦争しているんだなってのを実感させられるよな」

「あ~それ分かるなぁ。今ままでの訓練は何だったんだって感じだよね」

 

しみじみとした様子の同僚の言葉は、皆が感じていたことだった。

トウガの指揮下に入るまでの訓練は、後方支援が前提の『敵と戦う訳ではないから、優しくしてもいいだろう』といった甘い見積もりの元で行われていたものだった。

メアリーらもどこか遊び感覚が抜けきれず、人と人が殺し合う戦争に参加するという実感が湧かなかった。

それらの結果、突然の実戦に対処できず多くの命が失われることとなった。

それを踏まえてなのか。トウガの考案する訓練は、軍人とは英雄譚に出てくる主役のような華やかさ等無い泥臭い惨めさすら感じられる存在ということ、そしていかなる状況であっても対応できる柔軟さを徹底的に教え込むことを優先していた。

これまでの訓練が生温く感じられるような容赦のなさを見せるトウガだが。不思議と一同に不満はなく寧ろ同情や後ろめたさのせいかどこか遠慮があった以前の上官らよりも、自分達を対等な相手として接してくれるので親しみさえ感じていた。

 

「それにしても、中尉って見た目は怖いけど話してみると以外と話がわかる人だよな。考え方は独特だけど、そこが面白いって言うかさ」

「それと見た目のこと結構気にしててさ、怖いって言われたらいじけちゃうところなんか愛嬌あるしね。やっぱ付き合うならああいう人がいいよねぇ。ね、メアリー」

「え、?あ、うん。そう、かな」

 

話を振られて顔を赤くするメアリーに、女性陣がキャッキャッと茶化す。

もー止めてよ~!!と照れ隠ししているメアリーの反応を一同が楽しんでいる中、ウェルフだけは複雑そうな顔をしているのであった。

 

 

 

「まさか、連邦と共に戦うことになるとはな。しかも向こうから打診してくるとは」

 

自室にて、以外そうな様子で顎に手を添えているトウガ。

ことの発端は、連邦から帝国と敵対している国々へ連携を要請されたことだった。

資本主義を目の敵にする連邦がそのような行動に出ることに、各国は訝しみながらも帝国打倒のためこの提案を了承したのである。

 

「ま、軍人も粛正し過ぎて碌に軍が機能してないからなあの国は。それを埋めたいだけだろうがな」

「我らが合衆国としても、奴らが帝国と潰し合ってくれるのは大歓迎か」

「とは言え。首都を殴られてからというものの、奴らの行動はより変な感じだな。かなり強く打たれたのかね」

「俺としては、そのままくたばってくれれば嬉しかったがな」

 

迷いなく本音を吐き出すトウガに、ロイドは笑みを浮かべる。

 

「まったくだな。ともかく、俺らもドレイク中佐らと共に連邦へお出かけだとさ」

「…ネクストを持っていくのか?いくら何でも危険だろうに」

 

最大の仮想敵国の領内へ、機密の塊であるネクストを持ち込むことに強い危惧の念を抱くトウガ。

 

「どうも奴ら、最近は何かと(・・・)大人しくなっているらしくてな。上としては帝国と戦り合ってる間は、こちらと敵対することはしないだろうと判断したそうだ。無論気を許す訳じゃないがね」

「であればいいが。まあ、上を信じるとしよう。それで、どのようにして伺うのかな?」

「向こうへのお土産(支援物資)を載せた船を護衛しながらだな。名前は、RMSクイーン・オブ・アンジュ―…ほう、大型客船か。いいねぇ、帝国の封鎖線笑いながら通してもらうには最適だな」

 

命令書を手にしながら感心したような声を上げるロイド。

 

「で、預かり子らの調子はどうよ?」

「どうにか兵隊ごっこができるようになってきたところだ。もう少しゆっくりさせてもらいたかったがな」

 

そう言って、憂いを見せながら嘆息するトウガ。義勇兵らの練度は当初よりも向上しているが、一人前と言うにはまだまだ不足していることが多い状態だった。

 

「ま、今回はお使いだけだし、あんな化け物連中と出くわすことなんて早々ないだろうよ。あ、何かフラグ立てちゃった気がするんだけど、大丈夫かな?大丈夫だよね!?」

「…立てまくれば無効になるとか聞いたことがあったな」

「よし、やるぞ!」

 

俺、生きて帰ったらパインサラダやステーキを食んだ!と、自分に降りかかりそうな旗を立てている友を色々な意味で心配しつつ。窓の外から見える夜空を見上げる。

 

「(何があろうとも、せめてあの子らだけでも無事に帰してやらねばな)」

 

指揮官として1人の大人として、未来ある若者を護る決意を確認するトウガ。

だが燃え広がる戦火は、そんなささやかな願いすら容易く燃やし尽くしてしまうことを、まだ知ることはなかったのだった。


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