苦労人戦記   作:Mk-Ⅳ

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第八話

数年に及ぶ血を血で洗う泥沼の戦いの末、帝国領へと編入された旧協商連合領北端部に仮設された拠点に展開した第二〇三航空魔導大隊。

今回彼らに与えられた任務は、連合王国から連邦へ向かっている豪華客船クイーン・オブ・アンジュ―の機関部を破壊し航行の阻害せよというものであった。

海上という本来なら陸軍所属の彼らには無縁の現場に放り込まれたのは、海軍において魔導師は艦隊の直掩戦力としか運用されておらず、陸軍のように偵察・観測能力を持たないという。誕生間もなく運用方法が確立されていない兵科故の事情があったのだ。

結果、陸海合同という大規模となった今作戦を何としても成功させようと、参謀本部肝いりの彼らが投入されたが。当人らからしてみれば、情報部が太鼓判を押してもたらされた情報に、経験上懐疑的にならざるを得なかった。

 

「さて、情報部の掴んだ情報。当てになればいいが…」

「彼らには振り回されている記憶しかありませんからね」

 

出撃準備に追われる中、ターニャの呟きに隣にいる副官であり背中を預けるバディのヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ――ヴィーシャが辟易気味に相槌を打つ。

彼らが持ち込んで来る情報には致命的な齟齬が生じている事が多く、その尻ぬぐいにヴァルハラへ旅立ちかけることが日常であり。そもそも今日まで戦火が続いているのは、情報部が情報の把握にしくじり、他国に付け入る隙を与えていることが起因していると言っても過言ではなかろう。

 

「今回は余程自信があるらしい、信じるしかあるまい。…とはいえ、連合王国、か…」

「先に遭遇したという未確認の魔導師ですか?」

「ああ、そう何度も遭遇するとは思わんがな」

「確かにあんなのとは出くわしたくありませんね」

 

心底御免被ると言いたそうに肩を竦めるセレブリャコーフ。

ターニャとは開戦期から共に戦場にいるが。いかなる相手も歯牙にもかけず屠ってきた彼女が、単体の相手に手傷を負わされる姿など見たことが無く、まして得意分野であるデコイで翻弄されるなど本人から聞かされても信じがたいことであった。

ただでさえ二〇三は今回のように厄介ごとを押しつけられるのだ、少しは楽をしたいと望んでも罰は当たるまい。

 

「今は目の前の任務に専念するぞ。行こうヴィーシャ」

「はい!中佐!」

 

ターニャを先頭に次々と飛び立っていくと、慣れた動作で瞬く間に隊列形成していく二〇三大隊。

この時のターニャは知る由もなかった。その出会いたくない相手が、彼女個人のために送り込まれた討伐者であること、単なる一士官としか見ていない己が他国にどれだけ危険視されているのかを。

 

 

 

 

旧協商連合海域を進むクイーン・オブ・アンジュ―。その船内は未だかつてない程の緊迫感に包まれていた。

この船へ接近する敵部隊をレーダーが捕捉。それを迎え撃つべく護衛部隊総出で歓迎の準備を行っているのだ。

外縁部に身を隠しながら、飛び交う通信回線に耳を傾けるトウガに、次々と各部隊からの報告が流れてくる。

 

『第三大隊展開完了!』

『第六大隊も展開完了!』

『アンジュ―CP(コマンドポスト)より全部隊配置完了。以後別命あるまで待機せよ』

 

了解の意をCPへ返すと、背後に控えているメアリーらに視線を向ける。2度目のそれも前回のような不意な出撃ではないにせよ、やはり緊張した趣きで指示を待っていた。

 

『気負い過ぎだ。やることは訓練と変わらん。安心しろ、以前よりもお前達は強くなっている、自信を持っていけ』

 

激励の言葉にはいッ!と力強い声が返って来る。不足がないとまでは言えないも、事実彼らの技量は目覚ましく向上しているのは事実なのだ。連合王国の情報部は自分達が流した欺瞞情報によって、帝国が派遣してくるのは少数の部隊だけだと太鼓判を押していた。対してこちらは連隊規模の布陣で待ち構えているのだ。できることなら自分達に出番が回ることがなく終わってほしいものである。

 

『CPより全部隊へ、敵部隊は大隊規模の魔導部隊と見られる!ただちに迎撃体制へ移行せよ!』

 

発せられた警告に、トウガは即座に部隊に射撃体勢を取らせ、自身もヴェスパーを展開させる。

敵部隊はこちらの様子を探るように徐々に距離を詰めて来ていた。

聞いた話では敵情報部はアンジューの設計図を手にしていないらしく、敵指揮官はその巨体さ目の当たりにしどのように攻めるか今頃頭を悩ませていることだろう。

 

『パイレーツ01より全隊へ、計画通りに統制射撃にて迎撃する。ただし、敵に悟らせぬよう魔導反応はぎりぎりまで抑えよ!』

 

護衛魔導部隊を束ねるドレイクの号令に合わせ各部隊が動いていく。

部隊ごとに指定したポイントに一斉射を行うことで波状攻撃となす、魔導部隊の基本戦術と言える戦法である。特に数的優位にある程有効であり、奇襲性を高めるべく魔導反応を攻撃直前まで抑えるというこれ以上ない程に最適解な選択に、誰も異議を唱えることなく従っていく。

 

『敵部隊突撃体制に移行!来ますッ!』

『まだだ!もっと引きつけろ!!』

 

逸る者を抑えながら急降下してくる敵を見据える。

一秒が何十倍にも引き延ばされそうな緊張感と、通信から誰かの息遣いが聞こえてくる程の静寂の中。ドレイクがその静寂を破り号令を発する。

 

『全隊へ魔力封鎖解除!射撃用意ッ!!』

 

待ってました!と言わんばかりに、各自術式を展開していき照準を合わせていく。敵との距離は必中と呼べるまで迫っており、仮に回避行動に入ろうと少なくとも半数は堕とせるだろう。

誰もがそう確信する中、トウガは敵の動きが変化したことに気がつく。

先頭にいた指揮官と見られる者が停止すると、それに続くように敵部隊全体が足を止めたのである。

 

「(――まさか、読まれたのかッ!?)」

『撃てェッ!!!』

 

警告を発するよりも前に、ドレイクの号令が響き一斉射が開始されてしまい、駄目もとでトウガもヴェスパーを放つも。敵部隊はそれよりも前に上昇を始めており、渾身の一撃は虚しく空を切るのだった。

突入するよりも前にこちらの動きを読んだとしか思えない動きに、どよめき立つ声が通信機から流れ込んでくる。

 

『避けられた!?!?』

『そんな…!』

『慌てるなッ!まだこちらの優位が崩れた訳ではない!』

 

動揺する部下を宥めるトウガの脳内に最悪の事態がよぎると、それを裏付けるように管制から警告が飛んできた。

 

『敵部隊にライブラリーに登録のある魔導反応あり!対象はラインの悪魔!繰り返す、敵部隊にネームドあり!登録名はラインの悪魔!!』

『チッやはり奴か…ッ』

 

もたらされた情報に、思わず舌打ちしてしまうトウガ。対抗するために送り込まれたとはいえ、新兵を引き連れた状態で相対したい相手ではないのだ。どれだけのベテランであろうと、狩りで羊を連れて行こうしないのと同じである。

 

『パイレーツ01からヤンキー01、聞こえるか?』

『こちらヤンキー01感度良好、聞こえています』

『敵部隊の迎撃は海兵魔導部隊で引き受ける。貴隊には対潜警戒を任せたい』

『了解です。武運を』

 

そちらもな、と通信が切れると、すぐに部下らへと向き直る。

 

『ヤンキー01より中隊各員へ!我が隊はこれよりアンジュ―の直掩に当たる!敵魔導部隊は友軍のジェントルマン諸君に任せ、対潜警戒を厳とせよ!!』

『!?何故です!?我々も戦えます!』

 

予想外の展開といった様子で反論してくるウェルフ。仲間の仇を討ちたいのだろうし足手纏いと見られたくないのだろう。他の者達も同感といった趣であり、その心理も理解できるが、軍人としてトウガは彼らの判断を正すべく口を開く。

 

『いいか、諸君らの練度以前に我々と連合王国ではドクトリンが異なるのだ。連携訓練を行っていない以上、我々が混ざっても彼らの足を引っ張ることにしかならん」

 

魔導師に限らず、どの兵科であろうとも、国ごとの事情によってドクトリン――運用方法は千差万別に存在する。

魔導士に限っても、合衆国のように敵対国家が少ない国は、数的有利を生かすために部隊ごとの連携を重視し、帝国のように四方に領土問題を持ち、多数の国を相手にし数的不利にならざるを得ない国は個人の技量を生かすことに重点をおいた真逆のドクトリンとなる傾向にある。

スポーツでも異なるチームが即興で組んでも上手く機能しないのと一緒であり、より高度な組織である軍隊においては言わずもがなであろう。

 

『何より本作戦の目的を忘れるな!我々の至上命題はこの船を目的地まで送り届けることである。大隊程度の魔導士の攻撃では足を止めるのが関の山だ。敵の本命は潜水艦による魚雷攻撃だ、空にいる奴らはあくまで撹乱と補助役に過ぎん。いいか、我々こそが最後の砦であると考えよ!海面のいかなる変化も見逃すな!!行くぞ!!』

 

今この瞬間にも海に潜む猟犬が牙を剥くかもしれない現状。これ以上有無を言わせる時間も惜しいと言わんばかりにトウガが飛び立つと、他の者達もそれに続いていく。

だが、事態は彼の想像を超えて進展していた。通信機から届くのは友軍の奮戦とそれ以上の困惑と驚愕の声であった。

 

『緊急!突破された!』

『馬鹿な!?あの戦力差だぞ!?』

 

前線からの報告に、冷静さを特に求められるCPから悲鳴じみた声が響く。5倍は優にあろう戦力差がものの数分も経たずに抜かれたのだ、彼を責めるのは酷というものだろう。

視線を急ぎ上空に向ければ、こちらへ向けて迫って来るて敵影と、それを追おうとする部隊とその場で射撃しようとする部隊に別れている友軍が見える。

 

「(あの戦力差で突破戦をしかけたのか!何たる度胸!!)」

 

ドレイク中佐ら海兵魔導部隊の指揮官らは数的有利な状況において、いかに逃げる相手を追うかを思考を固定させてしまい。ラインの悪魔はその裏をかき、敢えて自分達から接近し、混乱を誘ったのだ!

そしてその選択は、追おうとする味方に射線を塞がれ半数近くが遊軍と化してしまった海兵魔導隊という、満点回答と言わざるを得ない結果として眼前に広がっており、不意を突かれただろうあの状況で瞬時に腹を決めた悪魔の判断力と、その命に迷わず従った配下らの信頼と忠節心に、改めて彼女らの練度に敬意の念を抱かざるを得なかった。

 

『オルフェス中尉、すまない抜かれた!!』

『受け止めます!挟撃を!!』

 

文字通り最後の砦となった義勇軍魔導部隊を金床にし敵を拘束し、海兵魔導部隊を金槌とし強烈な一撃を加える。数も練度も遥かに勝る相手に無謀の極みだが、最早トウガに取れる選択肢はないのである。

敵を侮った己の無能さを呪いながら、密集隊形を取らせるトウガ。範囲攻撃の的になるが、防衛側である上数で劣っている以上、敵を抜かせないことを優先したのだ。

 

『総員俺の背後へ!俺の防殻に重ねろ!!』

 

左前腕の発振器から最大出力で展開した防殻を中心に、部隊総がかりで重ねがけしていく。直後敵から放たれた無数の術式弾が激突し強烈な衝撃が襲い掛かった。

 

『――ッッッ!!!』

 

余りの衝撃に押し込まれていくも、メアリーらに背後から支えられながら歯を食いしばって踏みとどまる。

防殻が全て吹き飛び機体が火花を散らし肉体すら悲鳴を上げるも、辛うじて耐えきることに成功する。

 

『中尉!』

『問題ない!反撃!爆裂術式を敵部隊中心に斉射ッ!!』

 

メアリーが心配そうに声をかけてくれるも。悠長に答えている余裕などなく、ライフルを構えながら即座に反撃を命じるトウガ。

ラインの悪魔がいるであろう中心部へ向けて術式を叩きこむと、ライフルを腰部のハードポイントへ懸架すると、両手で発振器をそれぞれ手にし魔導刃を展開して突撃を開始する。

 

『総員援護に徹しろ!ラインの悪魔をここで討つ!!!』

 

爆炎を突っ切って飛び出してきたラインの悪魔に肉薄すると、トウガは驚愕している相手目がけ刃を振り下ろすのであった。


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