|剣士《The Fencer》だが、それだけじゃない 作:星の空
迷宮攻略を行った日から5日が経過していた。
そしてここ、ハイリヒ王国王宮内で召喚者達に与えられた部屋の一室にて八重樫雫は暗く沈んだ表情で未だに眠る親友を見つめていた。
あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、無能扱いだったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。
それに厳しくはあるが、こんな所で折れてしまっては困るのだ。致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアが必要だという判断もあった。
雫は、王国に帰って来てからのことを思い出し、香織に早く目覚めて欲しいと思いながらも、同時に眠ったままで良かったとも思っていた。
「はぁ、そこまで思い詰めた顔をするでない。ここは儂に任せてお主はちと外に出て心を落ち着かせい。」
そんなことを思っていたら部屋にいるもう1人が声を掛けてきた。
「そんな事言われても…………貴方も何か食べてきたらいいじゃない。貴方、この5日間ずっと飲まず食わずでそこから1歩も動いてないじゃない。餓死しても知らないわよ涼愛。」
「それはそうじゃろう。香織は想い人が行方不明となったことによるショックで眠っておる。その要因をつくった儂の落ち度じゃ。南雲も恐らく落ちてからも飲まず食わずでおるじゃろうし…これは儂の罪滅ぼしじゃし、香織に打たれる覚悟もある。故に香織が目を覚まして儂を罰するまでここから動く気はない。」
扉付近に王宮に帰還してから1度も動いてない涼愛は誰がどう見ても痩せこけていた。
雫は涼愛を心配して忠告をする。だが、確固たる意思で微動打にしない涼愛。
「雫よ、汝は香織が眠ったままで良かったと思っておるじゃろうが、儂は真実を曲げずに話す。香織を試すという面もある故に止めるでないぞ。」
真実とは、香織が眠る5日間の王国側の言動を平野から聞いており、それを偽ることなく香織に全てを話す。
この場では関係無いことだが、クラスメイト達は精神的なショックなどで籠り気味である。
特に檜山なんかは大きいだろう。
なんせ、涼愛に触れたら発動する転移系トラップであることを言われたのにも関わらず触れて、あの様な窮地に陥れた挙句、南雲を殺した(ことになってる)のである。
周りからは軽蔑の視線を向けられていたたまれなくなり部屋に籠りきりだ。出入口にはアランという騎士が常についている。
「あなたが知ったら……怒るのでしょうね?」
話を戻すが、あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取り、そう呟く雫。
医者の診断では、体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。
雫は香織の手を握りながら、「どうかこれ以上、私の優しい親友を傷つけないで下さい」と、誰ともなしに祈った。
その時、不意に、握り締めた香織の手がピクッと動いた。
「!?香織!聞こえる!?香織!」
「ぬっ?」
雫が必死に呼びかける。すると、閉じられた香織の目蓋がふるふると震え始めた。雫は更に呼びかけた。その声に反応してか香織の手がギュッと雫の手を握り返す。
儂は閉じていた左眼を開けて2人の行く末を見守る。
そして、香織はゆっくりと目を覚ました。
「香織!」
「……雫ちゃん?」
ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす雫。香織はしばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。
「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう?違和感はない?」
「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」
「そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」
そうやって体を起こそうとする香織を補助し苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。
「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」
徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。
「それで……あ…………………………南雲くんは?」
「ッ……それは」
苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。そんな雫の様子で自分の記憶にある悲劇が現実であったことを悟る。だが、そんな現実を容易に受け入れられるほど香織は出来ていない。
「……嘘だよ、ね。そうでしょ?雫ちゃん。私が気絶した後、南雲くんも助かったんだよね?ね、ね?そうでしょ?ここ、お城の部屋だよね?皆で帰ってきたんだよね?南雲くんは……訓練かな?訓練所にいるよね?うん……私、ちょっと行ってくるね。南雲くんにお礼言わなきゃ……だから、離して?雫ちゃん」
現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎ南雲を探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない雫。
雫は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる。
「……香織。わかっているでしょう?……ここに彼はいないわ」
「やめて……」
「香織の覚えている通りよ」
「やめてよ……」
「彼は、南雲君は……」
「いや、やめてよ……やめてったら!」
「香織!彼は死んだのよ!」
「ちがう!死んでなんかない!絶対、そんなことない!どうして、そんな酷いこと言うの!いくら雫ちゃんでも許さないよ!」
イヤイヤと首を振りながら、何とか雫の拘束から逃れようと暴れる香織。雫は絶対離してなるものかとキツく抱き締める。ギュッと抱き締め、凍える香織の心を温めようとする。
「離して! 離してよぉ! 南雲くんを探しに行かなきゃ! お願いだからぁ……絶対、生きてるんだからぁ……離してよぉ」
いつしか香織は“離して”と叫びながら雫の胸に顔を埋め泣きじゃくっていた。
縋り付くようにしがみつき、喉を枯らさんばかりに大声を上げて泣く。雫は、唯々ひたすらに己の親友を抱き締め続けた。そうすることで、少しでも傷ついた心が痛みを和らげますようにと願って。
どれくらいそうしていたのか、窓から見える明るかった空は夕日に照らされ赤く染まっていた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら雫の腕の中で身じろぎした。雫が、心配そうに香織を伺う。
「香織……」
「……雫ちゃん……南雲くんは……落ちたんだね……ここにはいないんだね……」
囁くような、今にも消え入りそうな声で香織が呟く。雫は誤魔化さない。誤魔化して甘い言葉を囁けば一時的な慰めにはなるだろう。しかし、結局それは、後で取り返しがつかないくらいの傷となって返ってくるのだ。これ以上、親友が傷つくのは見ていられない。
「そうよ」
「あの時、南雲くんは私達の魔法が当たりそうになってた……誰なの?」
現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎ南雲を探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない雫。
「のう、ようやっと眼を覚ましたかえ、香織。」
「あ、御師………………様…………」
香織は涼愛に声をかけられてそちらに眼をやる。香織は「あ、御師様いたんだね。」と言おうとしたが出来なかった。
なんせ、先に言ったように涼愛は誰がどう見ても痩せこけていて、香織が眠っていた間は一切ものを口にしなかったのだ。治癒師という天職故に香織は直ぐに分かったのだ。だが、
「御師様…………なぜ、何も口にしてないのですか?」
飲まず食わずでいることには疑問を持った。
「お主には儂を罰する義務がある。儂が
涼愛はやや早口で帰還直後のことを香織に教えた。
帰還を果たし南雲の死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが“無能”の南雲と知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。
国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。
だが、国王やイシュタルはまだ分別のある方だっただろう。中には悪し様に南雲を罵る者までいたのだ。
もちろん、公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが。やれ死んだのが無能でよかっただの、神の使徒でありながら役立たずなど死んで当然だの、それはもう好き放題に貶していた。まさに、死人に鞭打つ行為に、雫は憤激に駆られて何度も手が出そうになった。
実際、正義感の塊である天之河が真っ先に怒らなければ飛びかかっていてもおかしくなかった。天之河が激しく抗議したことで国王や教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、南雲を罵った人物達は処分を受けたようだが……
逆に、天之河は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、天之河の株が上がっただけで、南雲は勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。
「汝はどうする?汝が何をしようと儂は咎めん。汝が雫にした問いじゃが、檜山じゃよ。儂が飛び降りようとした汝を抑えてる間に香織恋の成就連盟会員No.7の材木座が目撃しての猛ておったそうじゃ。」
「恋の………………成就連盟?」
「えぇ。貴方の一途さに行く末が気になってどうせなら幸せになってもらいたいからって躍起なってたわよ。貴方に南雲くんの趣味を詳しく教えたのもそれが理由だそうよ。因みに私は会員No.2……副長よ。」
「そっか」
「恨んでる?」
「……うん。……復讐すらしたいと思う。でも、それだと変わらない。だからそんなことはしない。」
「そう……」
俯いたままポツリポツリと会話する香織。やがて、真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔を上げ、雫を見つめる。そして、決然と宣言した。
「雫ちゃん、私、信じないよ。南雲くんは生きてる。死んだなんて信じない」
「香織、それは……」
香織の言葉に再び悲痛そうな表情で諭そうとする雫。しかし、香織は両手で雫の両頬を包むと、微笑みながら言葉を紡ぐ。
「わかってる。あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって。……でもね、確認したわけじゃない。可能性は一パーセントより低いけど、確認していないならゼロじゃない。……私、信じたいの」
「香織……」
「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くんのこと。……雫ちゃん、御師様」
「なに?」
「力を貸してください」
「……」
「……」
雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。こうなった香織はテコでも動かない。雫どころか香織の家族も手を焼く頑固者になるのだ。
普通に考えれば、香織の言っている可能性などゼロパーセントであると切って捨てていい話だ。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが普通だ。
おそらく、幼馴染である天之河や坂上も含めてほとんどの人間が香織の考えを正そうとするだろう。
だからこそ……
「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」
「雫ちゃん!」
香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。「礼なんて不要よ、親友でしょ?」と、どこまでも男前な雫。現代のサムライガールの称号は伊達ではなかった。
「……のう、お主ら……目に毒故にその体制は辞めてくれんかの。」
「「???」」
「……なんか…………百合百合しい。」
香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見える。
つまり、激しく百合百合しい光景が出来上がっているのだ。ここが漫画の世界なら背景に百合の花が咲き乱れていることだろう。
(///ω///)ボッ
直ぐに2人は気づいて正す。
2人のその様子を目を逸らしながら言葉を続ける。
「それと、儂が何時南雲が死去したと申した?」
「「え?」」
「儂はしょっちゅう南雲の背後に立ってまぁきんぐしておってな。」
涼愛が言いたいことを香織と雫は理解してきたのか、香織は希望に満ちた顔に、雫は若干驚愕した顔となる。
「このまぁきんぐは対象が死なぬ限りは永続で反映される。そして、南雲は今、位置的に全200層からなるオルクス大迷宮の101層まで湧いた滝に流されて生き長らえておる。」
「それじゃあそこに行けば………」
「香織よ、期待するのはまだ早い。ここからが問題なんじゃよ。南雲が落ちた階層が真のオルクス大迷宮の1層であり、そこに湧く魔物が全て
南雲があっている危機に真っ先に駆けつけたい香織はそれを堪えて涼愛に言った。
「なら、道中に鍛えて下さい。お願いします御師様。」
ベットの上にいても、正座をして頼み込む香織。それは覚悟を表していた。
「あいわかった。儂でよければなんなりと、じゃな。じゃがその前に、儂を罰するまでは儂は何もせんからの。」
「えぇ!?」
香織が雫と共に南雲のもとへ向かう決意をしたとき、戸が開いた。
「雫! 香織はめざ……め……」
「おう、香織はどう……だ……」
天之河と坂上だ。香織の様子を見に来たのだろう。訓練着のまま来たようで、あちこち薄汚れている。
あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになった。二人も南雲の死に思うところがあったのだろう。何せ、撤退を渋った挙句返り討ちにあい、あわや殺されるという危機を救ったのは南雲なのだ。もう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っているようである。
そんな二人だが、現在、部屋の入り口で硬直していた。訝しそうに雫が尋ねる。
「あんた達、どうし……」
「す、すまん!」
「じゃ、邪魔したな!」
雫の疑問に対して喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていく。そんな二人を見て、香織もキョトンとしている。しかし、聡い雫はその原因に気がついた。
香織は涼愛に正座して礼をしているのだが、あの角度から見たら丁度香織が雫の股の間に顔を突っ込む形となっていたのだ。
雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。
「さっさと戻ってきなさい!この大馬鹿者ども!」
雫の怒号が部屋に響き渡った。
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その部屋は以前涼愛によって拡張された部屋であった。
そこに香織恋の成就連盟メンバーは集っていた。
「今日ここに集まってもらったのは他でもない。南雲が檜山に奈落の底に落とされた。だが、我々が気落ちする必要はない!!我々が成すことは1つ!!白崎香織の恋を成就させることだ!!ならどうするか?そんなもんはまだ考えない!!だが、総長は必ず何かしている!!」
「何かって、なんだよ…」
「ほらそこ!!気落ちするな!!総長が何かするとしたら、南雲にマーキングしてたり、今からでも迷宮に向かう気かもしれんのだぞ!!総長は強いから行けるだろうが、我々はそこまで強くない!!なら、強くなればいい!!違うか!?」
会員No.7材木座義輝が皆に発破をかける。材木座の総長便りな所には呆れるが、材木座のこういうポジティブな面は好意的に捉えることが出来る。
「確かに材木座君の言う通りだ。だが、強くなると言っても限りがあるではないか。」
飯田が当たり前のような指摘をする。
「その限りを超えることが出来るから限界突破という言葉があるのだろう!!!ならば俺たちにも出来るはずだ!!いや、俺たちもするんだ!!そして南雲を救い出す!!!」
それを正論で返して材木座は宣言した。
この時に香織が覚悟を決めて雫と涼愛に協力を申し出たりしている。
材木座に触発されて、連盟メンバーらが次々と立ち上がる。
「よし!お前ら!!今まで鍛えてきたことを御復習いして、課題を見つけるぞ!!!」
『おぉ!!!!!!!!!!!!!!』
連盟メンバーらは一斉に訓練所に向かう…………前に自室に戻って装備の手入れをしてから向かう。
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香織が目覚めてから数日後、
天之河、坂上、雫、香織、谷口、中村の勇者パーティ、
永山、野村、遠藤、辻、吉野のバランスが取れたパーティ、
先日監視が解除された檜山、斎藤、中野、近藤のパーティ、
儂こと紫呉涼愛、平野、白音、小吹、御坂、白井という変則的なパーティ、
寺田、七樂、良公、林檎、怜爲鍍というこれといった情報がないパーティ、
奴良、青田、粉雪、飯田、加納、材木座の連盟メンバーのみのパーティ、
以上のパーティが再びオルクス大迷宮にやって来ていた。
何故これだけなのかと言うと理由は簡単だ。話題には出さなくとも、南雲の死(そういうことになっている)が、多くの生徒達の心に深く重い影を落としてしまったのである。“戦いの果ての死”というものを強く実感させられてしまい、まともに戦闘などできなくなったのだ。一種のトラウマというやつである。
当然、聖教教会関係者はいい顔をしなかった。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる。
しかし、それに猛然と抗議した者がいた。愛ちゃん先公と雷王の先公じゃ。
愛ちゃんは当時、遠征には参加しておらんかった。作農師という特殊かつ激レアな天職のため実戦訓練するよりも、教会側としては農地開拓の方に力を入れて欲しかったのである。愛ちゃんがいれば、糧食問題は解決してしまう可能性が限りなく高いからだ。
雷王の先公は参加しようとしたのじゃがイシュタルに足止めされた挙句、馬車が出発したため参加出来なかったのだ。
愛ちゃんが南雲の死亡を知るとショックのあまり寝込んでしまった。自分が安全圏でのんびりしている間に、生徒が死んでしまったという事実に、全員を日本に連れ帰ることができなくなったということに、責任感の強い愛ちゃんは強いショックを受けたのだ。
雷王の先公は予感していたために覚悟はしていたそうじゃ。というのは建前で本当の事は儂から聞いとるのでわりかしショックなどは少ない。
だが、戦えないという生徒をこれ以上戦場に送り出すことなど断じて許せなかった。
愛ちゃんの天職は、この世界の食料関係を一変させる可能性がある激レアである。その愛ちゃん先公が、不退転の意志で生徒達への戦闘訓練の強制に抗議しているのだ。関係の悪化を避けたい教会側は、愛ちゃんの抗議を受け入れた。
結果、自ら戦闘訓練を望んだ勇者パーティーと小悪党組、永山重吾のパーティーや連盟メンバーのパーティ+αのみが訓練を継続することになった。そんな儂らは、再び訓練を兼ねてオルクス大迷宮に挑むことになったのだ。今回もメルドと数人の騎士団員が付き添っている。
今日で迷宮攻略六日目が経ち、現在の階層は六十層だ。1日10層ぺぇすで進んでおる。確認されている最高到達階数まで後五層である。
じゃが、天之河らは現在、立ち往生しておる。正確には先へ行けないのではなく、何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのであろう。
儂らの目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ないのじゃが、やはり思い出してしまうのじゃろう。特に香織は奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめたまま動かん。
「香織……」
雫が心配そうな呼び掛けに強い眼差しで眼下を眺めていた香織はゆっくりと頭を振ると、雫に微笑んだ。
「大丈夫だよ、雫ちゃん」
「そう……無理しないでね?私に遠慮することなんてないんだから」
「えへへ、ありがと、雫ちゃん」
雫もまた親友に微笑んだ。香織の瞳は強い輝きを放っている。そこに現実逃避や絶望は見て取れない。洞察力に優れ、人の機微に敏感な雫には、香織が本心で大丈夫だと言っているのだと分かった。
(ふむ、感情に身を任せるようなことはないから大丈夫なようじゃが、馬鹿2人のちょっかいをどうするかのう。)
香織の覚悟は本物だ。じゃが、南雲が関わっておるものは感情に身を任せるようなことが多々あった。勇者(笑)が余計なことを申して香織が激昴せぬと良いが。
香織と雫の覚悟。そんな空気を読まないのが勇者クオリティー。天之河の目には眼下を見つめ諦めない覚悟を再確認した香織の姿が、南雲の死を思い出し嘆いているように映らせておるようじゃ。クラスメイトの死に、優しい香織は今も苦しんでいるのだと無理に結論づけた。故に思い込みというフィルターがかかり、微笑む香織の姿も無理をしているとしか見ていない。
そして、香織が南雲を特別に想っていて、生存しているなどと露ほどにも思っていない天之河は、度々、香織にズレた慰めの言葉をかけてしまうのだ。
「香織……君の優しいところ俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない!前へ進むんだ。きっと、南雲もそれを望んでる」
「ちょっと、光輝……」
「雫は黙っていてくれ!例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……香織、大丈夫だ。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」
「はぁ~、何時もの暴走ね……香織……」
「あはは、大丈夫だよ、雫ちゃん。……えっと、光輝くんも言いたいことは分かったから大丈夫だよ」
「そうか、わかってくれたか!」
「南雲くんが死んだことが嬉しいんでしょう?まだ生きてる事は分かってるもん。なのに
「そんなことはない!だが、この高さじゃ「香織の言う通りじゃ天之河。この迷宮の中間地点には地下水脈がある。南雲はそれに巻き込まれて流されたわ。」
天之河に口を挟んで言う。口を挟まれた事に不服そうな顔をしながら口答えをする天之河。
「また君か。変な事を言って香織を惑わせないでくれ!!」
「変な事は言っておらんぞ?儂は南雲にまぁきんぐ?というじぃぴぃえす?のような魔術で常に南雲の位置が分かるようにしたんじゃ。故にまだ生きてる事は常に分かっておる。今は…………
「泥棒猫…………ッ!!!」
『どうした?』
儂が南雲の位置を把握しておる事を言って天之河を黙らせて南雲の現状を調べたら丁度、謎の少女を助け、蠍もどきと死闘を繰り出しておった。
そしたら、香織から怒気と共に一言呟いた。それは皆疑問を持ったようじゃが、この事を香織に教えたら暴走しそうじゃな。
そのようなことを儂は内心思っておった。
「香織ちゃん、私、応援しているから、出来ることがあったら言ってね」
「そうだよ~、鈴は何時でもカオリンの味方だからね!」
いきなり怒気を孕んだ香織を宥めたのは中村恵里と谷口鈴だ。
二人共、高校に入ってからではあるが香織達の親友と言っていい程仲の良い関係で、天之河率いる勇者パーティーにも加わっているかなりの実力者じゃ。
中村恵里はメガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているポジションだ。本が好きで、まさに典型的な図書委員といった感じの女の子である。実際、図書委員である。
谷口鈴は、身長百四十二センチのちみっ子である。もっとも、その小さな体には何処に隠しているのかと思うほど無尽蔵の元気が詰まっており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。その姿は微笑ましく、クラスのマスコット的な存在だ。
そんな二人も、南雲が奈落に落ちた日の香織の取り乱し様に、その気持ちを悟り、香織の目的にも賛同してくれている。
「うん、恵里ちゃん、鈴ちゃん、ありがとう」
高校で出来た親友二人に、嬉しげに微笑む香織。
「うぅ~、カオリンは健気だねぇ~、南雲君め!鈴のカオリンをこんなに悲しませて!帰ってこなかったら鈴が殺っちゃうんだからね!」
「す、鈴?それは香織が悲しむから……」
「細かいことはいいの!そうだ、死んでたらエリリンの降霊術でカオリンに侍せちゃえばいいんだよ!」
「す、鈴、デリカシーないよ!香織ちゃんは、南雲君は生きてるって信じてるんだから!それに、私、降霊術は……」
谷口が暴走し中村が諌める。それがデフォだ。
何時も通りの光景を見せる姦しい二人に、楽しげな表情を見せる香織と雫。ちなみに、天之河達は少し離れているので聞こえていない。肝心な話やセリフに限って聞こえなくなる難聴スキルは、当然の如く天之河にも備わっている。
全く、公正が出来んことが悔しい。
「恵里ちゃん、私は気にしてないから平気だよ?」
「鈴もそれくらいにしなさい。恵里が困ってるわよ?」
香織と雫の苦笑い混じりの言葉に「むぅ~」と頬を膨らませる谷口。中村は、香織が谷口の言葉を本気で気にしていない様子にホッとしながら、降霊術という言葉に顔を青褪めさせる。
「エリリン、やっぱり降霊術苦手?せっかくの天職なのに……」
「……うん、ごめんね。ちゃんと使えれば、もっと役に立てるのに……」
「恵里。誰にだって得手不得手はあるわ。魔法の適性だって高いんだから気にすることないわよ?」
「そうだよ、恵里ちゃん。天職って言っても、その分野の才能があるというだけで好き嫌いとは別なんだから。恵里ちゃんの魔法は的確で正確だから皆助かってるよ?」
「うん、でもやっぱり頑張って克服する。もっと、皆の役に立ちたいから」
中村が小さく拳を握って決意を表す。谷口はそんな様子に「その意気だよ、エリリン!」とぴょんぴょん飛び跳ね、香織と雫は友人の頑張りに頬を緩める。
中村の天職は、“降霊術師”である。
闇系魔法は精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。
降霊術は、その闇系魔法の中でも超高難度魔法で、死者の残留思念に作用する魔法だ。聖教教会の司祭の中にも幾人かの使い手がおり、死者の残留思念を汲み取り遺族等に伝えるという何とも聖職者らしい使用方法がなされている。
「…………降霊術……のう。」
独りでに呟く。なんせ、間接的にじゃが儂の右眼に傷を付けた輩で本体は他人を巣食うという。何より、逃げ足が素早い。
「ちっ…………死して尚儂の脳裏にチラつくか、間桐臓硯。」
儂の認識じゃが、英霊召喚は降霊術に類するものじゃ。神代で死した英雄の霊の1部を魔力のみで物理体を創って宿させるんじゃからそう認識しても間違いではないはずじゃ。
もっとも、この世界の降霊術の真髄は其処(聖職者ry)ではない。この魔法の本当の使い方は、遺体の残留思念を魔法で包み実体化の能力を与えて使役したり、遺体に憑依させて傀儡化するというものだ。つまり、生前の技能や実力を劣化してはいるが発揮できる死人、それを使役できるのである。また、生身の人間に憑依させることでその技術や能力をある程度投影することもできるらしい。
会話をしておる女子四人の姿を、正確には香織を後方から暗い瞳で見つめる者がいた。
檜山大介である。あの日王都に戻ってしばらく経ち、謹慎と監視が解除されてからは案の定、あの窮地を招いた檜山には厳しい批難が待っていた。
檜山は当然予想していたのか、唯ひたすら土下座で謝罪するに徹しておった。こういう時、反論することが下策以外なのは流石の檜山も知っておったようじゃな。特に、謝罪するタイミングと場所は重要である。
檜山は天之河の目の前で土下座をすれば確実に謝罪する自分を許しクラスメイトを執り成してくれると予想し狙っておったのは直ぐに分かった。
その予想は正しく天之河の許しの言葉で檜山に対する批難は連盟メンバー以外からは収まった。香織は檜山に特大な殺意を抱いておったが特段責めるようなことはしなかった。この事を察したのは1部の感が鋭い者らで、檜山は計算通りと、土下座して見えぬ顔をニヤニヤと嗤っておったわ。
もっとも、雫や意外な事に御坂は薄々檜山の魂胆に気がついており、本心ではなかったことに嫌悪感を抱いたようじゃがの。
チラリと檜山を見てみれば、悦びを感じさせる笑みが浮かぶ檜山。
「おい、大介? どうかしたのか?」
檜山のおかしな様子に、近藤や中野、斎藤が怪訝そうな表情をしておる。この三人は今でも檜山とつるんでいる。元々、類は友を呼ぶと言うように似た者同士の四人。一時期はギクシャクしたものの、檜山の殊勝な態度に友情を取り戻していた。
もっとも、それが本当の意味での友情と言えるかは甚だ微妙ではあるが……
「い、いや、何でもない。もう六十層を越えたんだと思うと嬉しくてな」
「あ~、確かにな。あと五層で歴代最高だもんな~」
「俺等、相当強くなってるよな。全く、居残り組は根性なさすぎだろ」
「まぁ、そう言うなって。俺らみたいな方が特別なんだからよ」
檜山の咄嗟な誤魔化しに、特に何の疑問も抱かず同調する三人。
戦い続ける自分達を特別と思って調子づいておるのは小悪党が小悪党たる所以じゃろう。王宮でも居残り組に対して実に態度がでかい。横柄な態度に苦情が出ているくらいじゃ。しかし、六十層を突破できるだけの確かな実力がある(儂にとってはチャンバラ同然じゃが)ので、強く文句を言えないところである。
もっとも、勇者パーティーには及ばないので、彼らも光輝達の傍では実に大人しい。小物らしい行動原理である。
儂らは特に問題もなく、遂に歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。
「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」
付き添いのメルドの声が響く。光輝達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。
しばらく進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感を孕む儂以外。
その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がった。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣じゃった。
「ま、まさか……アイツなのか!?」
天之河が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。
「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」
坂上も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルドだ。
「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ!退路の確保を忘れるな!」
いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド。それに部下が即座に従う。だが、天之河がそれに不満そうに言葉を返した。
「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ!もう負けはしない!必ず勝ってみせます!」
「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」
坂上も不敵な笑みを浮かべて呼応する。メルドはやれやれと肩を竦め、確かに今の天之河達の実力なら大丈夫だろうと、同じく不敵な笑みを浮かべた。
そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再び天之河達の前に現れた。
「グゥガァアアア!!!」
咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが天之河達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。
全員に緊張が走る中、そんなものとは無縁の決然とした表情で真っ直ぐ睨み返す女の子が一人。
香織である。香織は誰にも聞こえないくらいの、しかし、確かな意志の力を宿らせた声音で宣言した。
「もう誰も奪わせない。あなたを踏み越えて、私は彼のもとへ行く」
今、過去を乗り越える戦いが始まった。
儂は皆がベヒモスに集中する中、
その時の儂は獲物を見つけた時のような獰猛な顔じゃったと御坂に後から言われたの。