白き英雄   作:蕾琉&昇華

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どうもお久しぶりです、蕾琉です。
今回、更新が大幅に遅れてしまい誠に申し訳ありませんでした。
これからも今回のように更新が大幅に遅れてしまうことがあるかもしれませんが、読んでいただけると嬉しいです。
それでは本編をどうぞ


11.十章

「よろしくお願いするわね? シオン君」

 

「ああ、と言っても前の恋人のふりをしてほしいってやつの延長だろ?」

 

 全竜戦二日目、俺は朝からクルルシファーの恋人として街に出払った。ちなみに昼からはティルファーと、夜はアイリとデートすることになっている。バラバラのタイミングでデートしたいと言われ、話し合いの結果、時間をずらしてデートをすることになった。

 お互いに制服で出た俺達は朝食を丁度いいカフェで取り、様々な場所を見て回ることになった。俺にエスコートを任せると言い、ニコニコと楽しそうに笑いながら俺の後ろをついて来るクルルシファーのかわいらしい姿に心臓がいつも以上に高鳴る。

 クルルシファーも頬を軽く赤らめ、少し恥ずかしそうにしていて、その綺麗な手を俺は意を決して取ると驚いたのか珍しく驚いた表情に大きく変えながらも、本当に嬉しそうに笑いながら俺の手を取り返してくる。

 

「危ないだろ? はぐれたら......ほら、いくぞ!」

 

「......ええ、わかったわ。ふふふ」

 

 赤くなっている顔を見られるのは嫌なので、クルルシファーと顔を会わせること無く、手を引っ張る。

 大通りは多くの露店が出ており、外国からの旅行客等でごった返していて、その中をクルルシファーの手を引きながら歩いていく。軽く露店を見て回ったが高価そうな装飾品(アクセサリ)や異国の布等、手の届きそうに無いものばかりだった。

 そうして大通りで露店を見て回ること一時間。俺はクレープを買って近くのベンチにクルルシファーと座った。

 

「予想以上に人が多かったな。大丈夫か? 疲れたりしてないか?」

 

「ふふふ、ええ大丈夫よ」

 

 クレープを手渡し、モグモグと食べる。

 クルルシファーも美味しそうに頬を緩めながら食べていく。数分後にはどちらともクレープを食べ終わり、

 

「さてと、次は何処に行く?」

 

「貴方に任せるわ、と言いたいところだけどアルテリーゼも見ている訳だし......そう言えば貴方は社交会に出たりはしているのかしら?」

 

「一応出たことはあるな、まあ、貴族の護衛と言う形で何回かだけどもな」

 

「そう、なら月灯館に行かない?」

 

 俺にそう問いかけて来たクルルシファーに頷き、周りに見せつけるようにして手をとる。クルルシファーは俺の手を繋ぎ指を絡めてくる。それに俺は苦笑しつつ、月灯館に向かう。その後ろで誰かがつけてきているのを確認しながら。

 

 

 月灯館は王都の貴族街の近くにある三階建ての赤い煉瓦で出来た建物だ。酒場やレストラン等も併設されている月灯館の大半を占めているのはダンスホールで、少しお金はかかるものの衣装を借りることも出来る。

 俺は白い礼服を来てダンスホールの入り口にある柱の一つに背をつけてクルルシファーを待っていた。

 

「あら、待たせてしまったかしら?」

 

「いや、そんなことは......っ!?」

 

 横からクルルシファーの声が聞こえ、振り向いた時に思わず声が上擦ってしまった。

 白磁のような綺麗な肌は黒いシックなドレスによってより映え、いつもは下ろしている絹のような水色の髪を頭の後ろでまとめていて、見慣れていたとは言え綺麗なその姿に見惚れていた。

 

「ふふふ、いきなりドレスを選ぶのは難しいわね。どうかしら? 似合っていたらいいのだけど」

 

「あ、ああ。似合っている」

 

「ありがとう。貴方にそう言われるなら大丈夫ね」

 

 くすりと笑うクルルシファーは、スッと俺の胸元によってくると下から見上げるように俺の顔を覗きこむ。

 

「ふふふ、貴方も似合っているわよシオン。それじゃあ行きましょうか?」

 

 俺がドギマギしていると一歩下がってクスッと笑う。そして俺の手をとって横に並ぶ。

 

「悪い、見とれてた」

 

 そう言うとクルルシファーは顔を朱に染めてギュッと俺の手を握る力を強める。

 可愛らしいクルルシファーの一面に笑みをこぼしながら一歩前に出る。

 

 

「ふぅ、意外と疲れたわね」

 

 月灯館で数時間踊った後に近くにあったベンチに腰掛け休んでいた。

 軽い飲み物を飲んだ後で雑談をしていたのだが、

 

「ねぇ、シオン」

 

「ん、どうした?」

 

 隣に座っているクルルシファーがこちらを向いて少し間を開ける。

 

「いえ、今日のデートはとても楽しかったわ。それで最後なのだけど......」

 

 顔を赤くして目を少し反らして、うつむきながら口をモゴモゴと動かす。俺はアルテリーゼさんが見ているのを感じる。クルルシファーにさも普通そうに顔を近付け、

 

「アルテリーゼさんが見てるぞ、恋人っぽいところを見せるには絶好の機会じゃないか?」

 

 ボソッと耳打ちする。それに顔を真っ赤に変えながらも、俺の方を向いて、

 

「貴方から、キスを、してほしいの」

 

 途切れ途切れながら、キスをしてほしいと言う。

 

「わかった。じゃあするな」

 

 それにすぐに答える。

 クイッとクルルシファーの顎を上げ、顔がこちらに向き、目が会う状態でいきなり唇を奪う。

 

「んんんっ!」

 

 唇に唇を重ねるだけではなく、こちらから強引に舌を差し込み歯や歯茎の味を堪能しながらクルルシファーの口を掻き乱す。

 十数秒だが、十分に蕩けきったクルルシファーの唇から俺の唇を離すと、顔を真っ赤にしながらも蕩けた目をしたクルルシファーが舌を出したままいて。

 

「大丈夫、か?」

 

「ハァ、ハァ......え、ええ。大丈夫よ。アルテリーゼにも恋人のように映っただろうし」

 

 大丈夫とは言うものの顔を真っ赤にして蕩けきった目をしているクルルシファーを一人にするのはどうかと思ったので、俺達が泊まっている宿に連れていった。その間顔を赤くさせたままいたし、何故か色っぽく息をするのだから心臓がバクバクと早鐘をうっていて、なんだか危なかった気がする。

 宿につく頃には落ち着いたのか息は整っていたが顔は赤いままだった。

 自分の部屋に戻ると言ったクルルシファーと別れ、少し時間を潰してからティルファーとの待ち合わせ場所に向かう。

 

 

「ごめーん、待たせちゃった?」

 

 俺が待ち合わせ場所に来てから数分後にティルファーがやって来た。いつもの制服だがふんわりと香る香水の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「いいや、ついさっき来たところだ」

 

 よく聞く気がする言葉だが、気のせいだろう。

 

「それじゃあ、行こっか? シオン(・・・)

 

「応、ってどうした? シオンって」

 

「ええー、いいじゃんそう呼んでも」

 

 腕を絡めてくるティルファーを適当にあしらいながら歩き出す。それにトコトコと後ろを笑顔で歩いてくるティルファーも満更でも無さそうなのでそのまま屋台で食べ歩きながらちょうどいいところに座って、何処にいくかの相談をする。

 

「私はショッピングがいいかなー。シオンはー? ねぇねぇ!」

 

「子供か! ......まあ、いいけどよ。何処行くんだ?」

 

「いいの!? やった! じゃあ速く行こ!」

 

「子供か! ......ってまて!」

 

 子供のようにはしゃぎまくるティルファーをたしなめながらも、楽しそうなティルファーの姿に頬が緩む。

 

「ほら! 何してるの! 速く行こ!」

 

「わかったから、グイグイ来るな!」

 

 俺がそんな風に考え事をしていたらいつの間にか俺の腕を見た目以上にある胸の間に挟んで両腕でホールドしていた。

 グニッと俺の腕の上でつぶれる胸を意識しないようにするため、目線を反らすと、俺を見上げてくるティルファーと目線が合った。

 なぜだか目線をはずせない。いつも可愛いとは思っているが、特に何も変わっていないはずのティルファーがいつも以上にかわいく見える。

 

「にへへ、そんなに見つめられたら恥ずかしいよ。シオン」

 

「あ、悪い。その......いつも以上にかわいく見えてな......見惚れてた」

 

「惚れっ!? そ、それは嬉しいけど、いきなり過ぎるよぉ......///」

 

 お互いに顔が赤くなる。

 よくよく考えてみれば恥ずかしい言葉をティルファーに吐いてしまい、思った以上に恥ずかしい。

 ティルファーも見惚れてたとは言われると思っていなかったのだろうか、顔を真っ赤にしてアワアワと焦っている。

 しかし、数分もすればお互いに落ち着きを取り戻し、数回深呼吸をして乱れた呼吸を整える。

 

「ティルファー」

 

「えっ?」

 

 そっとティルファーに近付き、手を繋ぐ。指を絡める。俗に言う恋人繋ぎで、ティルファーは顔を再び真っ赤にしていたが、そこまで意識は出来なかった。

 

「ショッピングだろ? 満足にエスコート出来るかはわかんないけどよ」

 

「ぁ......うん! お願い! シオン!」

俺の手をギュッ! と強く握り、とびきりの笑顔で頷くティルファー。彼女の手を引き大通りに出る。

 

 

 ティルファーとデートを始めて数時間。太陽が沈み、オレンジ色に空が変わっていく頃にははしゃいでいたティルファーも疲れたのか、最初程の活発さは無くなっていた。

 それでも嬉しそうにニコニコと笑い続けているのは見ていて嬉しくなる。前に守れなかったものを守れている気がして。

 

「えへへー、シオン! 今日はありがと! 楽しかったよ! シオンとのデート!」

 

 太陽のような笑顔で俺に感謝を告げるティルファーはデートをしていた中で最も輝いていた。

 

「そうか、ならよかったよティルファー」

 

 ティルファーの笑みにつられて俺も笑みがこぼれる。次にアイリとのデートもあるわけだしあと少し話をして宿に一緒に戻ろうかな、と今後の行動について考えていると、

 

「ねぇ、シオン。少しいいかな?」

 

「ん? いいぞ? どうした?」

 

 珍しく小さな声で呟くティルファーに思わず心配をしてしまう。

 

「もう少し顔を寄せて? 回りに聞かれたくないし」

 

 回りには少ないとは言え人が歩いており、少し端に逸れてから、耳を近付けると、不意に両方の頬を捕まれティルファーと顔が向き合う。顔が赤く上気していてしっとりと汗で濡れた額には栗色の髪がついていて、扇情的にも見える表情に驚いていると顔が近付き、唇が重ねられる。唇と唇を重ね会うだけの初々しいキス。それは数秒程度のものだったが、ティルファーの甘い匂いと瑞々しい唇の感触を堪能するには十二分で。

 

「えへへ、私のハジメテだよ? どうだった?」

 

 赤いままの顔で笑いながらそう言ってくるティルファーに思わず苦笑が漏れる。

 

「むー、なんで笑うのさー」

 

「ああ、ごめん。ティルファーは変わんないなって」

 

 と言いながら頭を撫でる。撫で心地は一番じゃないかな、撫でやすいし。

 

「むむー、次のアイリちゃんとのデートまで頭撫でて」

 

「ギリギリまでだったらいいけどよ。とりあえず近すぎないか?」

 

「そんなこと無いと思うけど? ほら! 撫でて撫でて!」

 

「子供か!」

 

 そう言いつつ頭を撫でると目を細めて嬉しそうにするティルファーに自然と頬が緩む。

 ティルファーが抱きついてきているせいで歩きにくいものの、人の少なくなってきた大通りをゆっくりと歩く。名目はデートだが、端から見れば中のいい兄妹のようなものだ。しかし、そんなことを気にすることもなく宿に向かって歩いていった。

 

 

 空のオレンジ色が少しずつ群青に変わっていく頃に俺とティルファーは宿に戻ることが出来た。そこでティルファーとは別れてロビーでアイリちゃんを待つ。

 レリィさんが言うにはおめかしをしているとのこと。

 宿に戻って十分がたっただろうか?そんなことを考えていたとき、

 

「おーい! シオンくーん! アイリちゃんの準備が出来たわよー!」

 

 レリィさんに呼ばれ後ろを振り向くと、階段の上からアイリちゃんがレリィさんに連れられて降りてきた。

 しかし服装はいつもの制服ではなく、鈍色のドレスを身に纏い、顔を真っ赤にしながら俺の前まで来て。

 

「シオン、兄さん......そのぉ、似合っていますか?」

 

 そう上目遣いに聞いてくる。

 ほんのりと香る匂いは、ラベンダーだろうか?落ち着くその匂いを意識しながらも目の前にいるアイリちゃんの姿をしっかりと見る。

肩を出した鈍色のドレスはいつもとは違う貴族の令嬢のような雰囲気を醸し出す。

 

「ああ、凄く似合ってる」

 

俺が絞り出して出せた返答がこれなんだから笑える。それでも似合っているの一言でアイリちゃんが笑顔になったからいいか。

 

「ふふふ、甘いわねー。ほら速く行ってらっしゃい。もう精霊像が大通りを通る頃よ」

 

レリィさんにそう言われ時計を見ればだいたいそのぐらいだった。

 

「それじゃあ、アイリちゃん、行こうか?」

 

「はい!」

 

俺がスッと出した手をとって満面の笑みを浮かべるアイリちゃんの手を握って宿を出る。

大通りから一つ外れたところにある宿の前ですら人が増え、人の波が出来ていた。

俺はアイリちゃんと離れないようにしっかりと手を握り近くに抱き寄せる、とまではいかないが近くに引き寄せる。

大通りに出れば人がもっと多くなるだろうからと言うことで俺はアイリちゃんを連れて、とある建物に入る。

 

「誰かいませんかー」

 

中に人は居らず出払っているのだろう。まあ、そんなことは関係ないが一応聞いておく。反応は無いものの上を使っていいと貼り紙が貼ってあったので上を使わせてもらう。

 

「ここは?」

 

「ん、俺が前に手伝いをしてたところなんだが。この時期になると上っていうか屋上を解放しててな」

 

俺が働いていたカフェだが、意外と皆知らないんだよな。だから二人っきりになれるだろうと思い来たんだが、正解だったようだ。屋上にはベンチが二個おいてあるだけだが、俺達以外には誰もいなかった。

ベンチに座り大通りを通る人やライトアップされました幻想的な雰囲気を纏わせた精霊像が馬車に引かれて大通りの真ん中を通ってきていた。

 

「綺麗だな」

 

「ええ、綺麗です」

 

特に意識することもなく距離を詰め合い、寄り添うようにしながらゆっくりと練り歩く精霊像を見る。

言葉数は少なく、お互いに何かを言い出すこともなく精霊像が通りすぎていく。

夜の帳も降り、暗くなってきたカフェの屋上から俺達は降り、大通りに一旦出る。人通りは少なくなっているものの、相変わらず人はいるので離れてしまわないようにと、無意識の内にアイリちゃんの手を握る力が強くなる。

アイリちゃんと共に人混みをかき分け、どんどんと進む。向かう先は精霊像が止まる王城の前の中央広場。

どんどんと人が多くなって行くなかで、アイリちゃんと離れないように手を握るだけでは少し足りなくなってきたので、抱き寄せる。

ひゃっ!?と可愛らしい悲鳴が上がった気がするが、人混みに流されないようにするのでいっぱいいっぱいの俺にはそれを確認する余裕もなく、アイリちゃんを抱き寄せたまま中央広場にたどり着く。

そこで俺は一つ外れた道に出て、高台に昇る。

 

「ここは?」

 

「俺のお気に入りの場所だな。王都の大半を見回せる数少ない場所でな」

 

「そうなんですか......良い眺めですね」

 

アイリちゃんは高台の手すりに手をかけながら辺りを見渡し、笑いながらそう言う。

 

「ああ、夜は特に綺麗でな。ここだったら精霊像も見えるだろうしな」

 

そう言って広場を見れば、人でごった返しになっている中心にライトアップされた精霊像が止まっていた。

 

「そうですね、ありがとうございます」

 

手すりに手をかけ、こちらに微笑むアイリちゃんは着ている服と相まって貴族の令嬢にしか見えない。

 

「ああ、気に入ってくれたなら何よりだ」

 

「はい、こんなに綺麗に精霊像が見れるなんて思わなかったです」

 

「そうか、なら良かった」

 

会話は短く、少ないながらも嬉しそうに笑いながら話をする貴族の令嬢と、その話を聞く幼馴染み、運良く高台を見つけたカップル達はその光景を見てほっこりしながらその場を離れていく。それをシオンは気付いていたが隣で手を繋いで、嬉しそうに精霊像を見ている(アイリ)に余計なことを考えさせまいと、伝えずにその横顔を見て微笑んでいた。

それから数分精霊像を見てから、俺とアイリちゃんは圧倒的に人通りの少なくなった大通りを歩いていた。

手は俗にいう恋人繋ぎで、いつもより歩を遅くしながら歩いていく。

 

「シオン兄さん、今日は楽しかったです」

 

「ん、なら良かった」

 

少し疲れを見せながらもそう気丈に振る舞いながら言うアイリちゃんにそっけない態度を取りながら、アイリちゃんの両膝の後ろに手を置き、ぐっと抱き上げる。

 

「ひゃっ!?い、いきなり何ですかっ!?シオン兄さんっ!?」

 

「いや、疲れてるみたいだったから。嫌だったか?」

 

お姫様抱っこを唐突にされたことで驚いたものの、嫌だったか?と聞いて来たシオンが顔を近付けて来たことで押し黙ってしまう。

 

「大丈夫か?アイリちゃん?」

 

「ひゃっ!?は、はい。大丈夫、です」

 

「なら良いけど、このまま宿まで行くよ?」

 

「えっ?......あっ、はい。......って途中で下ろしてくださいよ?さすがに恥ずかしいので」

 

「ははは、そう?なら途中で下ろすね」

 

恥ずかしそうに顔を反らすアイリちゃんを見て思わず笑いがこぼれる。

そのあとも特に会話をする事なく、途中でアイリちゃんをから下ろして宿に戻った。

 

「シオン兄さん、デート楽しかったです」

 

いつもの背伸びをしているような笑いではなく、年相応の可愛らしい笑みを浮かべるアイリちゃんの頭をさわさわと撫でる。

最初こそ驚いた表情だったものの、少し嬉しそうに表情を緩めされるがままになる。一分ほど頭を撫で、手を離すと少し残念そうにしながらもせがんでくることはなく。少しの沈黙の後にアイリちゃんが口を開く。

 

「今から行くんですよね、シオン兄さん」

 

その言葉の意味を理解しかねたが、すぐに意味を理解し頷く。

その返答に残念そうに表情を変えながらも言葉を続ける。

 

「〈ジャバウォッグ〉の使用可能時間は今の見立てでは五分です」

 

「そんなに短いんだ。無茶しすぎかー」

 

「そうです!シオン兄さんは巻き込まれてるだけなのに無茶をしますから!自分のことも考えてください」

 

アイリちゃんは俺が戦う事が嫌らしい、それはルクスに対してもだろうが、

 

「大丈夫だよ、帰ってくる。妹に寂しい思いなんてさせたくないしな」

 

ポンポンとアイリちゃんの頭を優しく撫でる。それにアイリちゃんは恨めしそうにこちらを睨みつけるように視線を送るが、諦めたように軽いため息を付きながら、

 

「本当に帰ってきてくださいよ?」

 

「ああ、誓うさ」

 

そう答える俺にアイリちゃんは、

 

「少しこっちを向いてください」

 

「ん?どうしたの......っ!?」

 

背伸びをして、一気に背の伸びた俺の唇に自身の唇を軽く重ねる。

俺からされたときのように目をギュッと瞑り、顔を真っ赤にしながらも自分の唇を俺の唇に重ねていて、

 

「んむっ、んはぁ......報酬先払いですちゃんと帰って来てください」

 

啄むようなバードキスながらも顔を朱に染め、恥じらうようにするアイリちゃんに思わず笑いが漏れる。

 

「なっ!?何で笑うんですかっ!?」

 

「ああ、ごめん......じゃあ俺からも」

 

憤慨していたアイリちゃんの頬にそっと手を置き、唇を重ねる。バードキスだが、ちゅっ、ちゅっ、と数回重ねて行う。

そして最後に離すときにアイリちゃんの唇をペロッと舐め、

 

「報酬はこれで足りたよ」

 

「ぅ......」

 

数回繰り返したキスに顔を真っ赤どころではなく、ショートしているように頭から湯気が出ている。

 

「行ってくるよ、大丈夫、戻って来るから」

 

「ぁ......はい」

 

「んー、じゃあ後一つ。『アイリ』って呼んでいい?」

 

なんだか意気消沈しているアイリちゃんにそう聞く、するとアイリちゃんは嬉しそうな、残念そうな曖昧な表情を浮かべながら、

 

「シオン兄さんはそうですよね......はい、いいですよ?」

 

「そう、ならこれからそうするよアイリ」

 

「はい」

 

許可をくれたので呼び捨てで呼ぶと、嬉しそうに笑いながら答えるアイリちゃんの頭をポンポンと触り、俺は宿から出る。すると、ちょうどフィーアとのデートから戻って来ていたルクスがいた。

 

「先に行っとく、そこまで急がなくていいぞ」

 

それだけ言って脇を通り過ぎていく。

つい先日、地響きがする。と言った話と巨大な人影のようなものが遠くに見えるという話を衛兵達から聞いた。

対策が思い付かない訳では無いが、ルクスに任せておいた方が良い。ルクスが考える策は良く綺麗に嵌まる。

 

「さてと、俺はさっさと行くか」

 

軍の訓練所にて機攻殻剣を引き抜き、呼び出すのは〈ドレイク〉。

接続をした俺は、出来るだけ音を立てずに王都からでる。目指す南の隠し要塞までは凡そ二十キロ。

俺は〈ドレイク〉の脚を駆動させ、要塞まで急ぐ。空は藍色に染まりきり、平野に〈ドレイク〉の静かな駆動音が響く。

 

 

 〈ドレイク〉を走らせること十数分、南の隠し要塞にたどり着いた俺はディスト卿の部下に話を通し、ディスト卿と要塞の外縁部、南の廃村方面を見渡せる位置で話をしていた。

 

「ふむ、ルクスはまだ来ないと」

 

「ああ、と言うかあいつは直接向こうに行くんだろ」

 

「ああ、そうだったな」

 

 隣のディスト卿は俺に話しかけてくるがそれをすぐに終わらせるので会話が続かない。

 何とかして会話をしようとするが、俺がそれを無視して南の廃村方面を見る。

 すると突然、気分を害する不協和音が響いてきた。

 

「これはっ!全員に機竜を接続させろっ!いつ来るかわからない!」

 

 ディスト卿の反応を待たずに〈ドレイク〉の機攻殻剣を引き抜き、思念で呼び出し、接続する。

 脚に力を込め、一気に要塞を飛び出す。

 途中で〈激竜槍牙〉を取り出し、補助脚を吹かして加速する。少しして開けたところに出れば、すでにルクスが視界一杯を埋め尽くす幻神獣を引き連れて、こちらに向かっていた。

俺が来たことに気付いたルクスは驚いたような表情を浮かべ、なにかを言ってくるが、それを無視して脇をすり抜け迫っていた幻神獣の頭部を貫く。

勢いのままその背後から俺を狙う幻神獣に貫いた幻神獣の死骸をぶつけ、引き抜いたブレードで死骸ごと切り裂く。

 

「ルクス! 支配権はとれないのかっ!?」

 

「シオン!? 何で......いや......うん! 何だか特殊な幻神獣がいるみたいで奪えない!」

 

 ルクスはリーシャが作ったブレードを使って隙を作り、それを俺が叩く。視界を埋め尽くす幻神獣は百を優に越えていた。

 

「っ! なら、このまま倒しつつ要塞まで行くぞ!」

 

「わかった!」

 

 槍で貫き、ブレードで切り裂いてもさらに襲ってくる幻神獣を捌きながら撤退していると、竜声に男の声が届く。

 

『おい貴様っ! 何故勝手に飛び出した!』

 

『お前は、そんなことはどうでもいい!  いまそっちに幻神獣を引き連れているが、数が多い! 一斉射撃何かで減らさないとヤバイぞ!』

 

『ふん! 貴様のことなんぞ知るか! さっさと引き連れてこい!』

 

 将校はそれだけ言うと通信を切った。

 

「ルクス! 後少しだが、お前はこれからのこともある。要塞に入って仮眠をとっとけ!」

 

「え? でもシオンや他の人が......」

 

「俺が死ぬわけねぇだろ? 任せろ」

 

 そう言いながら幻神獣の核を貫き、頭と体をブレードで別れさせる。

 既に視界には要塞が見えており、そこでは焦ったように動き回る将校や兵士達の姿が見えて、

 

『おい! 早くそこをどけ! 巻き込まれるぞ!』

 

 先程竜声で通信を入れてきた将校から通信が入り、そう叫ぶ。

 

『何だ? 一斉射撃でもするのか?』

 

『ああそうだ! だから早くどけ!』

 

 将校の通信はルクスにも届いていたのか、こちらに視線を向ける。俺が頷いたのを見た瞬間に左右に弾けるようにして別れる。

 それを見計らっていた将校の声で一斉射撃が始まり、先頭にいた幻神獣は大半が死に、その後ろにいた幻神獣にも被害を与えていたが、あまりの多さに一斉射撃もあまり意味を成していなかった。

 

「ルクス! ここは任せてお前は休め!」

 

「......っ、わかった。お願いシオン!」

 

 ルクスは要塞内部に撤退し、俺一人が幻神獣の前にいる状態になった。

 幻神獣は砂糖に群がる蟻のように一斉に襲いかかって来た。

 先頭の幻神獣にブレードを投擲、核を貫く。核を貫かれた幻神獣が動きを止めたタイミングで左右から別の幻神獣が迫るが、繰り出された左からの爪を避け、右からの牙を砕き、眉間を貫く。返す刃ーーでは無いがーーで左側の幻神獣の腕を切り飛ばし、がら空きの体を貫く。核を貫いた確かな感触を感じながら、激竜槍牙を引き抜き、迫っていた幻神獣に死骸を蹴りつけてぶつける。死骸と言えどそれなりの質量がある幻神獣をぶつけたことによって動きが鈍ったのを確認し、先に投げていたブレードを回収しに行く。

 ブレードによって地面に縫い付けられていた幻神獣を踏みながら右装甲腕でブレードを引き抜く。そこでブレードを引き抜いた時を隙だと見たのか、突進してきた幻神獣の首を引き抜いた勢いのまま切り落とす。

 

「これで四匹、そして五っ!」

 

 遠くから砲撃をしようとした幻神獣にブレードを全力で投擲する。なかなかの速度で放たれたブレードは砲撃をしようとしていた幻神獣の左肩に突き刺さる。

 突然の痛覚に砲撃を止めた幻神獣に〈ドレイク〉の補助脚から炎を噴き出させ、一気に距離を詰める。

 驚き狼狽える幻神獣の肩に刺さったブレードを掴み強引に捩じ込みながら下に振り下ろす。鋼の体を引き裂きながら半場まで下ろしたところで前に踏み込み。切り上げつつ補助脚を噴かせる。

 推進力を得たブレードは普通の兵器では傷すらつけることのかなわない鋼の体を易々と切り裂き、切り上げたブレードは右肩から出る。

 五体の幻神獣を即座に始末した俺は狂気的な笑みを浮かべていることに気がつく。

 謎の高揚感が体を包み込み、顔が勝手に笑みを作り出す。

 

「あぁ、これは、あれだな」

 

 失ってたはずの記憶の中にある裏切りの一族を殺していた時の記憶と重なる。あの時は全身に剣や槍が刺さっていて満身創痍だったが、今は万全。裏切りの一族を切り裂いた時は快感を覚えるほどだった。血を吹き出しながら、裏切り、家族を殺した上で俺に呪詛を吐いて死んでいったその惨めさは、怒りも覚えたが、それを切り裂き、命を奪うのが恐ろしく楽しかった。血に濡れた体は冷えきっていたが、頭は煮えたぎった真っ赤なマグマのようで、狂ったように殺し続けた。限界を迎えて死ぬ予定だったのに、よりにもよって......

 思い出すことに集中していた俺に背後から機竜の砲撃(・・・・・)が迫る。

 

「もう少しうまく出来ねぇのかなぁ?」

 

 それを体を反らすことで避けつつ、砲撃を繰り出した機竜を確認するために、背後を見ると、そこには仲間だったはずの青色のワイバーン達は、灰色のワイバーン達によって撃ち落とされていた。

 灰色のワイバーン達の一匹が、俺を撃ってきたようだが、気にならない。ただ殺す数が増えただけ。

 

「あぁ、死にてぇのか、いいぜぇ? ああ望み通り殺してやるよ、裏切り者共よぉ!」

 

 灰色の機竜はあの裏切りの一族を思い浮かべる要因になる。異様な高揚感と、裏切りの一族を連想させる灰色の機竜共に俺は顔を狂気に染めながらブレードを振るう。

 一斉に襲いかかってくる灰色の機竜達を狂気に染まった笑みを浮かべながら迎え撃つ。お互いの初擊は灰色の竜一体の血が舞う結果となった。

 

 

「ええい! シオンは何をしている!」

 

 ディスト・ラルグリスは困惑していた。シオンが勝手に飛び出したり、予想していたより幻神獣が多かったりと、そこそこの想定内ながらもイレギュラーはあった。しかし、今起きている、旧帝国兵が自身の率いる部隊にこれほどいたとは想定していなかった。

 六割近い、後方待機していてろくに消耗していない機竜使いが旧帝国兵として寝返ったのだ。旧帝国兵にも幻神獣が襲いかかっているのがせめてもの救いとなっていたが、それよりも頭を悩ませているのはシオンのことだった。

 飛び出して少し連絡が取れたかと思ったらすぐに連絡が取れなくなったが幻神獣がこちらにあまり来ていないのだから大丈夫なのだろう。などと心配をしていたとき、近くの機竜を纏った部下が近付き、

 

「ラルグリス様! シオン殿から連絡が! ルクス殿が心配で見に行くと」

 

「......致し方あるまい、わかったここは抑えておくと連絡しろ!」

 

「ハッ! 承知いたしました!」

 

 そういいラルグリスの前からいなくなる部下を見ながら、要塞から周囲を見る。

 旧帝国兵と部下達の戦いはより激しくなり、部下達の奮闘により旧帝国兵の方が押されてはいたが、何かが崩れれば全体が一気に瓦解するのがわかった。

 

「速く戻ってこい、シオン」

 

 圧倒的な力を持つシオンが戻ってくるまで部下達が耐え続けるのを信じるしかラルグリスには出来ないのだが、

 

 

 狂気の笑みを浮かべた少年が、石造りの要塞の中を歩いている。手に持った古代兵器はテラテラと窓から入る夜光によって照らされ、赤いその刀身が時折見える。

 その背後には首を切られたり、心臓を一突きされて絶命した灰色の塗装を施した軍服の男達が転がっており、少年が殺したのは明白だった。その少年は美しく、艶やかだったであろう薄紫のかかった白髪を鮮血で赤く染め上げ、頬や首もとにも男達の血や肉片が付着し、少年に戦化粧を施していた。

 

「あははハ、まだマだいルんだロぉ?」

 

 ゆらゆらと歩く少年が呟く言葉は狂気に犯されたもので、少年を知っているものがいれば想像できないような雰囲気を纏っている。

 

「おい! あいつだ! ここにいるぞ!」

 

 灰色の軍服を着用した男達が機攻殻剣を持ち、大勢で戦化粧を施した少年に向かっていく。それに対して少年は血濡れた機攻殻剣を下ろしたままふらふらと歩くだけで、軍人の存在に気付いていないようだった。

 走って接近した軍人が上段から振り下ろした機攻殻剣は少年の左肩から右脇腹までを通り、少年の命は容易く奪われる。と思われたが、不意に少年は手に持っていた機攻殻剣を振り上げ、軍人の機攻殻剣を弾いた。予想すらしていなかった少年の行動に機攻殻剣を弾かれ硬直していた軍人の懐に少年は踏み込むと、拳を軍人の腹に突き刺す。

 少年の中段突きは軍人の腹に突き刺さり、腸などの内臓を複数潰し、致命傷を与える。

 軍人の口からは血反吐が吐き出され、少年が懐から退くとそのまま倒れる。少年は倒れた軍人の首を素早く切り落とすと予想していなかった状況に呆気にとられていた軍人達の方に首を回して視線を向ける。

 その少年の口元は弧を描いていて、軍人達は恐怖を覚えたが、こちらの人数を思いだし機攻殻剣を剣帯から引き抜き、一気に襲いかかる。

 先頭の軍人は機攻殻剣を突きだし少年を貫こうとするがそれを少年は機攻殻剣でほんの少し右に反らして、体を左側に傾けて機攻殻剣の突きを避けつつがら空きの軍人の胴を機攻殻剣で寸断する。

 残りの軍人は一斉に襲いかかるが、先に寸断された軍人の上半身を殴り付けて中心にいた軍人にぶつけて動きを抑制しつつ、左側の軍人に向かって接近する。

 まさか接近されるとは思っていなかった軍人は突然の行動に反射的に機攻殻剣を振るうが、少年はそれを予測していたかのようにしゃがみこみ、下段からの袈裟懸けで右脇腹から左肩に向けて切り裂かれる。

 その間に右側から来ていた軍人が後ろから機攻殻剣を振り下ろすが、それをターンしつつ避け、ターンした勢いのまま頭の中心から股にかけてを断絶する。

 中心にいた軍人はそれを見て、腰を抜かしていた。

 

「ひっ!? ヒィィッ!?」

 

「アはハは? どうシた? ほラカかってこいヨ?」

 

 なぶるようにゆっくりと近付く少年に怯え腰を抜かした軍人はずるずると後ろに下がり、壁に背中をぶつける。ひぃっ!? と情けない声を漏らす軍人を侮蔑するように笑いながら一歩程の距離で少年は止まる。

 少年を見上げる軍人は股間にシミを作り、水溜まりが出来始めていた。

 

「きたナいな、あのトきのイせいハどコにいった?」

 

 嘲笑を浮かべ、機攻殻剣を持ち上げた少年は顔を恐怖に染め上げた軍人の表情に満足気に頷いた後、只人の筋力では達することの出来ない速度で機攻殻剣を振り下ろし、首をはねる。とたんに吹き出した鮮血でさらに顔や髪を赤黒く染めた少年は再度歩き出す。灰色の裏切りものを殺すため、家族を殺した銀髪の怨敵に無惨な最後を与えるために血濡れた要塞を歩く。

 

 

 とある少年が殺戮を開始していた同時刻。

 新王国代表の泊まる宿にて一人の少女が朝日の昇る空を窓から見ていた。

 

「なぜかしら、胸騒ぎがするわ。大丈夫なの? シオン......」

 

 恋い焦がれるあの少年は昨日の夜からいない、何かしらこの国の貴族達から依頼を受けたと言っていた。

 夜からとは言えもう日は昇り後一時間もすれば三日目の全竜戦が始まる。

 

「大丈夫なのかしら」

 

 東側の窓から眺めていた私は不意に昨日シオンが飛んでいった南の空を眺めようと南側の窓に手をかけると、新王国の機竜使いが急いでいる様子でこちらに向かっていた。

 私はその様子を見て思わず部屋を飛び出す。勿論〈ファフニール〉の機攻殻剣を持ち、宿から飛び出す。幸いにも城壁に近い場所に宿があったため数分で城壁にたどり着いた。

 城壁の門から入ってきた兵士はぼろぼろで息絶え絶えになりながらも、門番に何かを必死に伝えているようでその話を聞いた門番は相当焦っている様子で何処かへと走っていった。

 私は息を整えていた兵士に学生証を見せて話を聞くと、百匹を越える幻神獣を要塞で迎え撃っていたところ灰色の塗装を施した機竜使いが後ろから襲ってきて陣形は崩れ、命からがらに撤退してきたと、そしていまだに要塞ではシオンとルクス君が戦い続けているとも言っていた。それを聞いた時、兵士の制止も聞かずに〈ファフニール〉を呼び出して接続、全速力で飛翔する。

 

「シオン......無理しないで......」

 

 思い人の心配で心の中を一杯にしながら南の要塞に向かって行く。詳しい場所は聞いていないが幻神獣等もいるとのことなのですぐにわかるだろうと、いつもと冷静さはなくなっていた。

 

 

 クルルシファーが新王国を飛び出す十分ほど前、二十を越える幻神獣と要塞内部に潜入していた旧帝国軍の兵士に挟まれた新王国の兵士たちは隊列もなく、撤退を始めていた。

 その騒動に目を覚ましたルクスは兵士たちから話を聞き、三つの機攻殻剣を腰の剣帯に入れ、要塞から脱出し、草原を歩いていたのだが、そこには血濡れた白髪の少年が、ルクスの友人で自称ルクスの従者であるシオン・オルバートが抜き身の機攻殻剣を切っ先を地面に向けたまま立っていた。

 シオンの持っている機攻殻剣の切っ先からは赤い液体が垂れて、ポタポタと地面に落ちて、赤い水溜まりが出来ていた。

 

「シオ、ン? どうしたの?」

 

「ア? ......ぎンパツに、はいイろのめ......ウラギりノイチぞクはコろすゥっ!!!」

 

 ルクスを見る瞳は光を失い、悪意と憤怒を闇の中で何十年も煮詰めたようなドロドロの憎悪が宿っていた。

 

「っ!?」

 

 その瞳に射抜かれたルクスは息を呑む。

 ルクスが息を呑んでいるその数秒の間に踏み込み、したから真っ赤に染まった機攻殻剣を左手で振り上げる。

 ギリギリのところで体を後ろに反らして機攻殻剣を避けるが、振り上げた機攻殻剣の柄に右手を添え、先程よりも速く振り下ろしてくる。

 頭に機攻殻剣の刃が接触する前に剣帯から引き抜いた蒼い機攻殻剣が、赤く染まった機攻殻剣を弾く。

 

「シオン!? 僕だよっ!?」

 

 ルクスはシオンの様々な方向からの斬撃を紙一重で弾き、反らして捌いていくが、重い一撃に手が痺れ、徐々に危ないところが増えていく。

 そしてついに頬をかする。

 ピュッ!と頬に横に傷がつき、ツー、と血が垂れる。

 

「っ! シオン!! 目を覚まして!!」

 

 次々と繰り出される斬撃を少しかすりながらも致命的な一撃を貰わずに数分が立ったとき、飛翔型の機竜が出す特有の音が草原に響く。

 

「っ!? ルクス君! それにシオンも! 何をしているのっ!?」

 

 全速力で飛んできたクルルシファーは想像を絶する光景に息を呑みながらも、声を張り上げた。

 その声に反応した二人は中空に浮くクルルシファーを見る。

 

「クルルシファーさんっ!? なんでここに!?」

 

 ルクスが驚いた瞬間にシオンは大きく踏み込む。

 人ではあり得ない加速でルクスに接近したシオンは機攻殻剣を大上段から振り下ろす。突然のことでクルルシファーも反応ができず、ルクスもクルルシファーに意識が行っていたため反応が遅れ、機攻殻剣がその頭を切り裂かんと迫り、触れるその寸前で機攻殻剣が止まる。

 

「ぁ、ぐぅっ!!」

 

「シオンっ!? どうしたのっ!?」

 

 突然呻きながら後退るシオンにルクスは驚きつつもシオンの身を案じて近付くが、伸ばした手をシオンは払う。

 

「来るなっ!! 抑えきれてねぇ!!」

 

 手を払ったシオンに困惑していたルクスとクルルシファーはそう言った言葉の意味を、緋黒く妖しく光る左目とカタカタと震える左手で握る機攻殻剣を見て正しく理解する。

 何か得体の知れない物がシオンの中にいて、それを抑え込んでいるだけで安全ではないと言いたいのだろう。

 

「まだ俺が抑えきれてる間に新王国まで戻れ! そこで俺ごと旧帝国軍を潰すようにしてくれ!」

 

「っ!? 何を言っているのっ!? 私と共に居てくれるんじゃなかったのっ!?」

 

 シオンの放った言葉にクルルシファーが過剰なまでに反応する。その表情はいつもの凛として涼しげな物ではなく、今にも捨てられそうな子猫を連想させる。目尻には水滴が浮かび、今にも零れ落ちそうで、その表情を見たシオンの顔は今までに見せたことの無いほど悲しい表情をしていた。

 

「悪い、クルルシファー、ちゃんと話せたら、話すから......(だから)......」

 

 バタリ、とふらふらとしていたシオンはそう言って倒れる。それに驚いたルクスとクルルシファーはシオンに斬られる可能性があったにも関わらず、近づき、脈だったりを確認する。

 確認した結果、脈はあるもののそれは細く、体の至るところに傷があり、そこからの出血で意識が薄れていたらしく、ついさっき限界を迎えたらしい。

 

「クルルシファーさん、シオンを新王国まで連れていって貰える?」

 

「ええ、それは勿論だけど、貴方は一緒に戻らないの?」

 

「そうしたいけど、僕はまだしないと行けないことがあるから」

 

 クルルシファーはルクスの言った言葉に小首を傾げると、即座にその意味を理解する。

 

「あれは、灰色の装甲っ!? じゃああれは......」

 

「クルルシファーさん、シオンをお願いしますね? 僕の大切な友人なんです」

 

「っ! わかったわ、貴方なら、あの〈黒き英雄〉なら大丈夫よね」

 

 そう言ってクルルシファーはシオンを装甲腕で抱え込み飛翔する。

 ルクスはそれを見ながら白い機攻殻剣を引き抜く。詠唱符(パスコード)を詠み背後には蒼い装甲の機竜、〈ワイバーン〉が現れる。

 

「久しいな、我が親友アベルの弟よ」

 

 ルクスが召喚した〈ワイバーン〉よりも一回り装甲の多く、灰色に塗装された〈エクス・ワイバーン〉を身に纏った男が、背後に同じ色の機竜を数十体連れて現れる。

 ルクスはブレードを構え、男も嘲笑を浮かべながらブレードを構える。

 新王国の南で一人の英雄と称えられた少年が誰にも知られずに国を守るための戦いを始めた。

 

 

 リーシャが纏う〈ティアマト〉が唐突な暴走を起こし城の一室に連れていかれていた時、新王国の控え室で寝かせられていたシオンは夢にしてはやけに現実味のある光景を見ていた。

 薄紫色が薄くかかっている白髪で蒼い瞳の年端もいかない少年と銀髪で灰色の瞳の姉妹だと思われる少女が三人。

 おそらく何処かの庭だろう。そこで四人の子供が遊んでいるのだ。

 それを見ていた俺の隣には精巧に造られたような、いや、実際に造られた造形を持つ自動人形(オートマタ)が立っていた。

 

「シオン」

 

「君が俺をシオンと呼ぶのには違和感があるよ、記憶でも破壊者(ジャガーノート)としか言われてないけど」

 

「今の貴方は(ジャガーノート)とは違う。そう判断したからです」

 

「そうか......そうか、俺の記憶にはないが彼の記憶には君がいるんだろ?」

 

「ええ、破壊者(ジャガーノート)は私とあっていますから。」

 

「そうなんだ、今見ている彼の記憶では破壊者(ジャガーノート)と呼ばれるような様子じゃないけども」

 

「彼が破壊者(ジャガーノート)と呼ばれるのには理由があります」

 

「理由?」

 

 過去の俺が少女達とじゃれあうのを見ながら話していた俺は自動人形(オートマタ)の少女、アーシャリアの言葉に首をかしげる。

 

「ええ」

 

 アーシャリアがそう呟くと目の前に広がっていた光景が真っ白になり、数秒でまた別の光景、彼が洗礼を受ける時の光景に変わった。

 背の伸びた薄く紫がかった髪の少年、シオン・エクスファーが二人の少女、ヘイズとエーリルに見守られながら洗礼を体に施していく。

 

「シオン、貴方の身体は破壊者(ジャガーノート)と同じです。思考こそ貴方と破壊者(ジャガーノート)の二つがありますが、基本的には貴方のものとなっています」

 

 破壊者(ジャガーノート)

 シオン・エクスファーの二つ名で、〈英雄〉が定めた因果の影響を受けず、洗礼の力を〈英雄〉以上に使うことができる存在。

 彼の記憶を見た俺は破壊者(ジャガーノート)の力について知識を得た。そして彼がどれだけルクスの血を怨んでいるのかもわかった。

 

「さて、そろそろ終点です。貴方が破壊者(ジャガーノート)としてこれから生きるのか、貴方として生きるのか。それを決めてもらいます」

 

 アーシャリアの意味深な言葉に俺はアーシャリアの顔を見ようとしたがそこには既にアーシャリアはおらず、辺りの景色が変わる。

 燃え盛る城の中、血溜まりがそこらじゅうにある王の間の王座には機攻殻剣が胸の中心に刺さっている王の遺骸と、その回りに首を切られたり、心臓を貫かれたりと様々な原因で死んだ反逆者達。

 そして返り血を全身に浴びて、目からハイライトが無くなり、飢えた獣のようにふらふらとしている彼だけが立っていた。

 

『貴方と破壊者(ジャガーノート)の精神は一つの身体に共に宿っている。このままであれば精神が不安定なまま最悪の場合、魂を巻き込んで崩壊する』

 

 頭に直接響いて来るアーシャリアの声は俺の今の現状を伝えてくれる。

 

「俺は、彼の記憶を見て、彼がどれだけ苦しんだのかも、どれだけの思いがあるのかも知った......それでも俺は負けれない。俺にも譲れないものがあるから」

 

 アーシャリアに、自分に、そして彼に語りかけるように言葉を紡ぐ。

 

「彼の記憶も全部受け入れて、その上で俺はルクスと共に歩む!」

 

 その決意の言葉に反応したのかどうなのかはわからないが、彼がこちらを睨む。緋黒く輝く瞳が俺を捉えた瞬間に恐ろしい速度で接近、左上大上段に構えていた機攻殻剣を振り下ろす。その咄嗟の出来事に俺は反応できずに中途半端に振り上げた機攻殻剣は叩き割られ、身体を深々と切り裂かれる......その光景が突然脳裏に投影された。

 

(っ!? 今のは?)

 

 そう思った瞬間、緋黒く輝く瞳が俺を捉え、左上大上段に機攻殻剣を構えながら恐ろしい速度で迫ってきた。

 

(これはさっき見た光景っ!?) 

 

 機攻殻剣が叩きおられる光景を見ていた俺は左下に潜り込み、左上から右下に振り下ろされた機攻殻剣をしゃがみこんで避ける。

 そうして一撃目をよけた俺が彼に反撃にと袈裟懸けに機攻殻剣を振り抜こうとしたとき、右下から少し左上に凪いだ機攻殻剣によって俺の腹部が半場まで裂かれ、そのまま動きの鈍った俺の首を彼は切り飛ばす......光景がまた脳裏に浮かび上がった。

 

(またっ!? これはなんだ?)

 

 俺はしゃがんでいた状態から後ろに飛び退くようにして視界の外から迫っていた機攻殻剣を避ける。

 飛び退いたタイミングで体勢を整え、このあとに来るであろう首を狙った一撃に備える。

 彼は左手だけで振り抜いた機攻殻剣の柄に右手を添え、大きく一歩を踏み込み首を狙った一撃が繰り出される。瞬間に俺の機攻殻剣が彼の機攻殻剣を止め、押し返す。

 弾き返され、体勢を崩した彼の胸の中心にストンと機攻殻剣を落とすように突き刺す。心臓を貫いたにもかかわらず血が噴き出す訳でもなく動きが止まる。

 

『シオン、貴方は破壊者(ジャガーノート)の精神を下しました。だから貴方の意識を中心としそれに破壊者の記憶と知識が付属する形で再構築される精神が身体に宿ります』

 

 彼の体は光る粒となり、俺の体に取り込まれていく。彼の記憶と知識が流れ込み始める。

 

「今の俺のままでいれるのか? アーシャリア。俺はこのままでいられるのか?」

 

『はい、貴方は貴方のままで戻れます。ただ、破壊者(ジャガーノート)の意識は無いものの記憶と知識は貴方に渡ります』

 

「そうか......アーシャリア、また会えたらな」

 

『......ふふふ、貴方はおかしい人です。自動人形(オートマタ)である私にこのような感情を抱かせるのですから』

 

「ん?」

 

『いえ、何でもありません。私はこれで貴方に語りかけることは出来なくなるでしょう、後悔しないでください。貴方の決断を』

 

 脳内に響くアーシャリアの声は人形なんかが出せる声ではなく、本当に俺を案じてくれているようだった。

 

「大丈夫だ、もう迷わないと、もう後悔はしないと決めたから。ありがとなアーシャリア。行ってくるよ」

 

 俺は目を閉じる。身体が浮いたような感覚がするとフッと意識が飛んだ。最後に頭の中に響いた言葉は、

 

『貴方の事が私は好きなのでしょう、人形であることが今、このときだけは怨めしいです』

 

 と諦めたような、笑っているような声音のアーシャリアの声だった。

 

 

 瞼が上がる。灰色の天井が見え、少し身体を動かすと俺は何処かのベッドの上で寝かされているのがわかった。彼の記憶からルクスに斬りかかった後で気絶し、クルルシファーに抱き抱えられてここまで連れてこられたようだ。

 ゆっくりと身体を起こして異変が無いかを調べる。一分もせずに腕などに異変が無いことはわかったが、左目が紫水晶(アメジスト)色に変わっていた。

 

「俺と彼が共になった証、か」

 

 呟きながらベッドから出て、側に置いてあった白い機攻殻剣を腰の剣帯に差して、俺が寝ていた個室から出る。

 

「ここは、全竜戦の会場か」

 

 上から聞こえて来る歓声と見たことのある内装から、そうだと仮定し、近くに貼ってあった今日の内容を見て、時計を見ると最後のヴァンハイム公国との試合があっている時間だった。

 俺は急いで新王国の控え室に向かう。扉を開くとそこには、

 

「シオン!? もう体は大丈夫なのっ!?」

「シオンさん!?」

「なっ!? シオン君!? 安静にしてなくていいのかい!?」

 

 三和音の三人と他の新王国代表メンバーがいた。

 

「ああ、大丈夫。心配してくれてありがとな」

 

 控え室にはリーシャ達神装機竜の使い手はいなかった。

 

「リーシャ達はどうした?」

 

 ティルファーに問いかけると、少しバツの悪そうな表情を浮かべながらも説明してくれた。

 リーシャは試合中に〈ティアマト〉が暴走を起こして何処かへと連れていかれたらしく。クルルシファーはアイリから何かを言われて東に、フィーアはルクスの元に、セリス先輩は城の中に行ったとティルファーは言っていた。

 俺とルクスが考えられる最悪を防ぐために皆にアイリから伝えておいてほしいと言ったが、ティルファーの話だとしっかりと伝わったらしい。

 

「もう、ヴァンハイム公国との試合は終わったのか?」

 

「ううん、最後のグライファーって言う神装機竜の使い手が相手なんだけど、私達じゃ悔しいけど勝てないから」

 

「そうか......それじゃ俺が出る」

 

 ざわりと控え室に動揺が走る、俺が控え室を出ようとしたとき、扉の前に三和音の三人が立ち塞がる。

 

「私達はクルルシファーさんに貴方が無理をしないよう見張っておくよう頼まれました」

 

「だから、悪いけどここを通す訳にはいかないんだ。怪我人の君を戦わせる訳にはいかない」

 

 三和音の二人、シャリス先輩とノクトちゃんからはそう言われて

 

「そうだよ、シオンの身体、傷だらけだったんだよ? そんな身体で無理しないでよ......自分を大切にしてよ、ねぇ、シオン!」

 

 ティルファーには泣きつかれる始末だ。俺はそんな自分を殴りたくなる。皆を守ると誓いそれを破ってルクスを傷付けて、さらにはティルファーまで泣かせてしまう最悪な俺だが、それでもしないといけないことがある。

 

「ごめんな、ティルファー。心配しなくていいから。もう俺は大丈夫だから安心して待っていてくれよ。無理はしてないし、怪我ももう大丈夫だから」

 

 泣いているティルファーの頭を撫で、頬を伝った涙を指で拭い、少し赤くなった目を見ながらそう言う。

 

「本当に? すっごく心配したんだよ? シオンが気絶して運ばれてきたんだから、もう、無茶しないでよ?」

 

「極力無茶はしないが、俺の大切な人を、皆を守るためだったら俺は無茶をする。それだけは許してくれ」

 

 その言葉にティルファーはうん! うんっ!! と頷き、手を回して俺を抱き締める。

 

「ノクトちゃんをシャリス先輩、俺は大丈夫です。そこを通してください」

 

「ふむ、では私からも、しっかりと勝ってくるんだ。負けたら容赦しないからな?」

 

「シオンさん、アイリが悲しんでしまうので怪我はしないように」

 

 シャリス先輩は笑いながら、ノクトちゃんは少し顔を反らしながらそう言う。俺はそれに頷いて答え、抱き付いているティルファーを落ち着かせてから離れてもらい、機攻殻剣に触れる。

 

 ジャバウォッグ、俺はもう迷わない。

 

 主よ、吹っ切れたのだな。

 

 ああ、まだまだ迷惑をかける。

 

 ジャバウォッグと会話をして、控え室を出る。通路を歩き、闘技場のリングに向かう。

 

「お前は......ようやく出てきたのか、待たせ過ぎたっての」

 

「悪かったな、諸事情でな」

 

 グライファーは既に複数の鱗が重なったような装甲を持つ神装機竜、彼の記憶から〈クエレブレ〉と言う機竜らしい。

 

『新王国代表! 機竜を呼び出して接続をしなさい!』

 

 審判から促された俺は、剣帯から機攻殻剣を引き抜き、柄のボタンを押して天に切っ先を向ける。紡ぐ言葉は俺の相棒にして武器である〈ジャバウォッグ〉との誓いの言葉。

 

「来たれ! 世界すらも喰らいし龍! 純白の鱗を血に染めようとも輝きを放て! 〈ジャバウォッグ〉!!」

 

 背後に雷鳴のごとき音を立てて顕れるのは、純白の鱗に鮮血のような緋色の(ライン)が装甲の上を走っており、龍の頭を模した頭部の装甲は爛々と輝く紫水晶(アメジスト)色の瞳が一対ある。腰には鋭い爪のような薄紫色の中型ブレードが二つ。翼が重なったように見える黒に近い色の銃が二つ備わっている。

 

接続・開始(コネクト・オン)ッ!!」

 

 それはその言葉にあわせて純白の龍は再度粒子となり、俺の身体の上で集まり鎧を生成していく。

 純白の鱗のような鎧が腕、脚、腰を中心に生成され、俺の身体に密着し、馴染む。

 

『両者の機竜の接続を確認! これより全竜戦最終試合を執り行う! 試合・開始(バトル・スタート)ッ!!!』

 

 両者が背翼の推進装置を噴かせ、お互いの引き抜いたブレードが火花を散らしてぶつかり合うがそこに歓声はない。

 何故ならば、東から相当な距離があるにも関わらず異様な巨大さを見せる人形の何か、いや、第五遺跡〈巨兵(ギガース)〉がこちらに向けて迫り、南からは旧帝国軍が攻めて来ているとの情報が一般市民にまで出回り、観客は全て逃げていた。

 しかし、そんなことは関係がなく、お互いの全力をかけて勝利に向かって機竜を操る。お互いに全く同じように後ろに飛んだ後、行動が別れた。

 グライファーは特殊武装のリーチの伸びるブレードを伸ばして迎撃を、俺は腰の装甲に吊るされていた〈怪竜翼銃〉を構え、一気に放つ。

 お互いの攻撃は先ほど切り結んだ場所で激突し、ブレードはグライファーの元に縮んで戻り、俺の放った光弾は全て消失した。

 

世界喰(オムニスゲイル)。続けて悠久門、解錠!」

 

 間に砂煙が舞い上がったその間に神装を発動させ、さらに付属武装を呼び出し最高の状態にする。

 

「壊竜毒霧、起動ッ!」

 

 機攻殻剣に触れて発動するのは遅効性の毒を孕んだ霧。対人においては俺の使える武装の中で最強の特殊武装だ。

 砂煙が晴れたリングには複数の小さな光球が浮いており、一定の感覚でリング内に点在していた。

 

「? こいつは......」

 

 グライファーは回りに浮かぶ光球に目を細めたとき、光球が破裂し、辺りに毒を孕んだ霧が立ち込める。不意討ちに備えて動こうとしないグライファーは深呼吸を一度すると、中段にブレードを構えてシオンの襲撃を待つが、グライファーが聞いたのはこちらに向かってくる機竜の駆動音ではなくシオンの声だった。

 

時元闊歩・加速(クロノスタンス・クイック)

 

 霧が晴れることはないがどこらへんにいるのかは声で分かったグライファーは機竜を動かそうとして、何故だか上手く行かずに前のめりに倒れかける。どうにかして踏みとどまるが前方から濃い紫色の光弾が十数発飛んできた。

 痺れているのか、上手く動かない身体を動かして避けていくが、不意にシオンが接近してきて壊竜鋭爪の一撃を受けて後ろに飛ばされる。どうにかして踏みとどまったグライファーが背翼の推進装置を全開にして近付こうとしたとき、近くに浮いた光る濃い紫色の球体があることに気がついた。

 

「怪竜息吹」

 

 シオンの声が聞こえた瞬間、光球が一瞬小さくなったかと思うと、一気に肥大化し始め、辺りの霧に引火、爆発を起こす。

 瞬時に対応できずに光球の破裂に巻き込まれたグライファーはなす統べなく接続を解除させられた。

 

 かに思えたが、グライファーの身に纏う神装機竜(クエレブレ)は微塵も欠けていないどころかゆらゆらと輝き、傷一つすらついていない。

 神装を使い爆発を無効化した上でこちらに接近するチャンスを伺っていたのだろう、爆煙が晴れた直後に突撃してきたのだから。

 一直線に小細工をすることなく、いや出来ずに突進してくる。しかし無敵化の神装を発動させながらの突撃は恐ろしいものだ。こちらの攻撃は弾かれ、相手は突進して武装を振り抜くだけでいいのだ。

 それが完全な無敵化ならば、だが。

 

「なぁっ!?」

 

 無敵化の光に包まれたクエレブレが振るう特殊武装のブレードが俺を捉えそうになった直前に、そこに俺の壊竜鋭爪を置いた(・・・)

 そこに迫ったクエレブレのブレードは砕かれた。それを機転にしてクエレブレの神装の光が消える。

 

「じゃあなグライファー」

 

 麻痺が全身に回り、動きが鈍っているグライファーの肩にあるフォースコアに斬撃を叩き込み装甲を解除させる。

 

『ヴァンハイム公国代表の装甲解除を確認! よって新王国の勝利とするっ!』

 

 いまだに残っていた新王国の国民から歓声が上がる。しかし俺はそれに答えることもなく一気に飛び上がり東に向かう。

 辺りには霧が立ち込め、重厚な駆動音が辺りに響き続けている。

 

『えっ!? シオン!?』

 

『クルルシファー、心配かけてごめんな』

 

『ううん、シオンが大丈夫ならいいわ。だけどどうしたの?』

 

『俺が今から言う言葉をノクトちゃんに伝えて、神装機竜を使える皆に伝えてくれ、じゃ』

 

『あっ、まっ......』

 

 竜声でクルルシファーに新しい作戦を伝えてすぐに切る。俺には皆にあわせる顔がないから、

 

『警告、鍵の管理者(エクスファー)様。すぐに装甲を解除し、降伏してください』

 

 俺が感傷に浸っていると、少し幼い少女の声が辺りに響いた。

 

『すぐに投降していただければ......いいえ、創造主(ロード)より通達がありました。貴方達を殲滅しろと』

 

 いきなり態度の豹変する声、おそらく自動人形(オートマタ)なのだが、俺のような鍵の管理者(エクスファー)の言うことの方が優先のはずだ。そう作ったから。なのにこれは?

 

『殲滅開始します』

 

 疑問符が頭を埋め尽くしていた俺に向けて銃口が一気に向けられる。

 

世界喰(オムニスゲイル)ッ!」

 

 何千とある内銃口の内の二十が俺に向かって巨大な鉄の塊を射出する。

 その内半数は別の方向に飛んでいくが十発程の鉄塊は俺に向かって迫ってくる。ぐっと身構えた時にとたんに頭の奥に流れ込んでくる複数の映像から一つがピックアップされ、少しの頭痛が俺を襲った後に鮮明になった映像が流れる。

 

 前方から迫る鉄塊を強引に切り裂き、左斜め前と右斜め前からほぼ同時に迫る鉄塊は神装を使って反らす。そのワンテンポ遅れて斜め上から来る鉄塊を切り抜ける事が出来ずに左装甲腕を犠牲にして防ぎ、刹那門からさっき戦った時に回収したエネルギーを放出し、遅れて来ていた四つの鉄塊を消し飛ばすが、残りの二つの鉄塊をさばききれずに直撃を受けて城壁に叩きつけられる。

 

 脳内で映像が流れきってから十秒程立って映像に逸るようにして鉄塊が飛んでくる。前方から迫る鉄塊に向けて怪竜翼銃を乱射して破壊。

 その奥から迫る七つの鉄塊を効果範囲(レンジ)内に補足し、壊竜鋭爪を振り上げる。鉄塊との距離が五メートルを切った時にスッと腕を振り下ろす。それに連動した左装甲腕は技の起動源(トリガー)となり、七つの鉄塊を巻き込んで次元を切り裂く。残った二つの鉄塊は余裕を持って怪竜翼銃で一つを破壊し、もう一つは壊竜鋭爪で引き裂く。

 完璧に鉄塊を防ぎきった俺に向かって追撃をしようと銃口を向けるがどこにどれだけあるのかはさっきの砲撃で理解した。背後に浮く刹那門が開き一条の流星が放たれる。

 流星は何十本以上に分裂し、何百に届く程の数に枝分かれ銃口を一斉に破壊する。

 上半身の砲身が爆発をお越し、大きく後ろに後退する〈巨兵(ギガース)〉に追撃を加えようと再度刹那門を開こうとしたとき、

 

 

主よ、横合いから機竜が迫っているぞ。

 

んっ、了解。

 

 

 ジャバウォッグが喋りかけてきたので〈巨兵(ギガース)〉を狙っているように見せながら横を見ると、灰色の翼腕のような装甲の機竜が、柄の上下から刃の出ている特殊な形状のブレードを振りかぶってこちらに飛んで来ていた。

 俺は〈巨兵(ギガース)〉に向けていた体を右に向けて、大上段から振り下ろされるブレードを防ぐ。灰色の機竜--〈ジャバウォッグ〉曰く〈ニーズヘッグ〉と言う機竜らしい--を纏う少女の蒼色の視線と俺の紫水晶(アメジスト)色の視線が交差する。

 

「なぜ裏切ったぁぁぁぁ!!! シオン!!!」

 

「俺はあいつらを信じたくなった」

 

 激しい怒りを瞳に宿しながら叫ぶ少女に静かに返す。

 鍔迫り合いを数秒したあと、ブレードを振るい、少女、ヘイズを吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたヘイズは空中で体勢を立て直してこちらに再度突撃しようとするが俺が撃った光弾を弾くために足を止める。その隙に背翼の推進装置を噴かして加速する。咄嗟に構えた特殊武装に叩きつけるようにしてブレードをかち合わせ、大きく弾かれ隙を晒したヘイズに追撃を加えようとブレードを引いたとき、竜声に一方的に主と認める彼の声が響いた。

 

『そこを退いて! シオンっ!!』

 

 その言葉が耳に入った瞬間に神装を発動、ヘイズの前から瞬時に消える。突然消えたシオンに困惑したヘイズだったが、その困惑も迫っていた極太の極光に掻き消された。

 障壁を容易くぶち抜き、ヘイズの纏う機竜の装甲を破壊するものの接続解除までは到達しておらず、血を流しながらも憎悪を湛えた目でこちらを睨み付ける。しかしそれは全く気にならず、すぐ横に飛んで来た漆黒の機竜を纏う少年に、ルクスに意識が向く。

 

「ごめんね、遅くなって」

 

「大丈夫だ......なぁ、俺と一緒に戦ってくれるか? 一人じゃ勝てない。お前を裏切った俺と戦ってくれるか?」

 

「......うん、シオンも何かを抱えてたんでしょ? なら後でしっかり話してね? だからまずは〈巨兵(ギガース)〉を止めよう」

 

「ああ、ヘイズは任せてくれ」

 

 少しの間の会話でお互いにすることを確認し、即座に行動に移す。リーシャは竜声で俺に後で根掘り葉掘り聞いてやるからな! と言ってきたのでお手柔らかに頼むよ、と言いブレードを構える。

 視線の先には〈ニーズヘッグ〉を纏うヘイズの姿がある。

 俺は無言で神装を発動させ、今まで使っていた予備のブレードを投擲して腰に指していた壊竜鋭爪を引き抜く。ヘイズは俺が投擲したブレードを弾き飛ばし、神装の光を帯びた特殊武装を薙ぐ。その線上に光が続き、空間が切断される。

 その光景が脳裏に浮かび、薙がれた直線上から素早く撤退する。振り抜いた後のヘイズに背翼の推進装置を噴かして加速し、接近する。返す刃で俺の振り下ろした壊竜鋭爪とぶつかり合う特殊武装は神装の光を帯びていたが、壊竜鋭爪ごと空間を切断されることはなかった。おそらく振り抜くか何かをしないと発動しないのだろう。鍔迫り合いに発展するが、すぐにヘイズは後ろに引く。特殊武装を腰に溜めて振り抜こうとするがその装甲腕を狙撃をする。

 怪竜翼銃から放たれた光弾は特殊武装を握っていた装甲腕に直撃し、振り抜かれるのを阻止する。

 衝撃で動きを止めた時に、機攻殻剣を引き抜いてヘイズに切っ先を向ける。

 

時元闊歩・超重圧(クロノスタンス・テラグラビティ)!!」

 

 ヘイズのみに向けられた超重圧は確実にヘイズを捕らえて地面に縫い付ける。

 ヘイズが動けなくなっている間にリーシャ達は〈巨兵(ギガース)〉を地下に廃坑の通っていた場所を踏ませて神装によって重圧をかけ、脆くなっていた地面を陥没させ、脚を落としていた。脚の片方だけが地面に陥没したため、上体が傾き手を付く。腕を使って起き上がろうとする〈巨兵(ギガース)〉だが、ルクスによって指や複数ある節を切断し、完全に動けなくする。

 

『シオン! 〈巨兵(ギガース)〉の動きは止めたよっ!』

 

『わかった......ルクス。夜架と戦わせてくれないか? 夜架とは決別をつけたいんだ』

 

『......うん、わかった。ヘイズは僕達で戦うよ』

 

 突然の申し出にもすぐに答えて、俺の意見も尊重してくれるルクスにありがとうと言いつつ、〈ジャバウォッグ〉の探知に引っ掛かった機竜の反応に意識を向ける。その反応は〈巨兵(ギガース)〉の右肩付近にあり、そこに背翼を噴かして最速で向かう。

 右肩には花畑が広がっており、そこにポツンと濃い青色があった。

 花畑へと降り立った純白の龍は青色の竜と向き合う。

 

「ふふふ、主様がいらっしゃると思っていたのですが、お兄様がいらっしゃるとは」

 

「なあ、夜架。なんでお前はヘイズ達に協力する?」

 

「ふふふ、おかしな事を聞きますわね。私が願うことはただひとつ。帝国の復刻ですわ」

 

「それが、あいつと帝国の契約だからか」

 

 クスりと蠱惑的な微笑を浮かべる夜架の狂気に満ちた薄紫色の瞳の視線と俺の紫水晶(アメジスト)色の瞳の視線が交差する

 

「そうか......ならお互いの道は交わらないな」

 

「ええ、そうですわね。だからお兄様もこちらにこられたのでしょう?」

 

 カチャリと音をたてて夜架の纏う機竜の装甲腕が動き、刀型のブレードが構えられる。

 

「主様の為にも、そして弟の為にも、ここでお兄様を倒させていただきますわ」

 

 妖しく輝く薄紫色の瞳が揺らめいた次の瞬間に夜架の姿がぶれる。夜架の纏う機竜は特装型で名前は〈夜刀ノ神〉前回出会った時に神装の効果は言っていた。刀で斬りつけた部位から機竜の自由を奪い、近ければ近いほど自由を奪われていき十秒程で支配下に置けるとか、だから俺は神装の効果を消去することにした。

 

時元闊歩・封印(クロノスタンス・バインド)

 

 効果はただひとつ、対象の神装か特殊武装を使用不能にすることが出来る。勿論その効果や形、性能などを知っていないと封印出来ないわけだが夜架が自分から神装の効果を話してくれたため安心して封印対象を指定できる。

 時元闊歩(クロノスタンス)の効果が発動したのか、夜架の表情が曇る。

 

「これは......? まだ力を隠していたのですか......してやられましたね」

 

 そう口では悔しそうに言うものの表情は真逆で、嬉しそうに笑みを象っている。技量はほぼ同じ、機竜の性能は力などでは勝っているものの速度はあちらの方が上。神装はこちらの方が応用力は高いし、威力も出るが夜架の対機竜に対してはほぼ最強の神装には部が悪い。

 

「そうだな、手の内を全て明かして勝てる気はしない」

 

「ふふふ、さすがはお兄様。とても昂りますわ、ええ、久しぶりに楽しめそうです」

 

 お互いに言葉を発しはするが隙は全く無く、相手の出方をも伺うだけで一分が過ぎようとしたとき、夜架が動く。

 体を前傾方向に倒し、特装型特有の補助脚を上手く使って地を這うようにして高速で迫ってくる。俺はそれに対して一歩踏み込むことで夜架の攻撃をするタイミングをずらさせて、袈裟斬りのように夜架に向かって壊竜鋭爪を振り上げる。

 夜架は寸前に刀型のブレードを盾にしたが、俺の振るう壊竜鋭爪を受け止める事が出来ずに後ろに弾き飛ばされる。

 俺は背翼と補助脚を噴かして、追撃を繰り出す。斜め上から突き刺すようにして突きだした壊竜鋭爪をギリギリで避けた夜架はその隙に俺に攻撃を加えようと刀型のブレードに手をかけるが、俺の右装甲腕を見て、後ろに跳ぶようにして俺の前からいなくなる。そしてつい先程まで夜架がいた場所をもうひとつの壊竜鋭爪が通り抜ける。

 夜架と戦う前に怪竜翼銃は腰のホルダーに収納しておき、いつでも二刀流に切り替えれるようしていたため夜架を退ける事が出来たが、さっきの間合いは危なかった。

 

「まだまだ隠していらっしゃったのですね、さすがはお兄様ですわ」

 

 微笑を湛えたままこちらに話しかけてくる夜架はすらりとこちらに接近し、刀型のブレードで突いてくる。何故か見えるのに上手く動けずに左装甲腕に少しかすってしまう。これで神装を封じていなければ危なかった。

 

「先程の一撃すらも対応してしまうとは」

 

「さっきの技は?」

 

「〈刻擊〉とでも言いましょうか、私に施された洗礼の力を使った技ですわ」

 

 夜架の瞳を思わず見てしまう。薄紫色に淡く輝く瞳はこちらを見据えており、そこから妙な力の流れを感じた。次の瞬間には意識の間に潜り込むようにして接近する夜架と目が合う。手元から突きだされる刀型のブレードを咄嗟に振るった壊竜鋭爪で弾く。体勢は崩されているが補助脚を使って強引に立て直して、もう片方の壊竜鋭爪を振るうが、刀型のブレードに止められる。素早く引いて逆の壊竜鋭爪を振るう。ギィィッ! と音と火花を立てて夜架に受け止められる。一瞬、こちらの攻撃が止まった瞬間、刀型のブレードが一瞬の内に手元まで引き戻され、上からの斬擊に変わる。

 左で弾く、弾かれた斬擊は流れるように次の横凪ぎに繋がる。それを右で受け止め、下の方に反らしてできた隙に上から壊竜鋭爪を振り下ろすが、高速で引き戻した刀型のブレードで防がれ、大きく弾き飛ばされる。

 俺は空中で体勢を整えつつ夜架の方を見ればガタガタ激しく震えだし、不自然に機竜に走るラインが激しく輝く。瞬間、一気に間合いを詰めた夜架が腰に貯めた刀型のブレードを振り抜こうとした出だしに全力で叩きつける。瞬間的には拮抗したものの、圧倒的出力に俺は押されるが振り抜く勢いに乗って距離をとり、壊竜鋭爪を腰の装甲の鞘に叩き込み、刹那門を開く。

 中空で飛ばされながらも背後に複数の門が出現、紫色の光線が一斉に放たれる。それは途中で枝分かれし、夜架に向かって殺到する。それを回避し続ける夜架だが爆風に揉まれてついに数十の内の一つがすぐ横に着弾する。爆発に巻き込まれた夜架は一瞬見えなくなるが、装甲が少し砕けただけで爆発を抜けてきた。

 間合いを詰められた俺は刹那門を閉じて、壊竜鋭爪を持ち、神速で放たれた斬擊を同じ神速の斬擊で弾き返す。その次は先程の異様な、暴走のような、否、事実暴走をさせることで力を生み出す技の構えをとり、夜架の機竜の装甲が悲鳴を上げ、光の筋が激しく輝く。俺は〈限定突破(ブレイク・リミット)〉を壊竜鋭爪で発動させて通常の一撃の十倍はあるだろう威力に対抗する。

 夜架の機竜がよりいっそう輝き、鋭い一閃が繰り出される。俺はそれに対して上段から壊竜鋭爪を振り下ろして刀型のブレードにぶつける。

 火花を大量に撒き散らし、金属同士が擦れあい、ギャリギャリィィィッ! と音をたてて拮抗する。

 鍔迫り合いとなった俺と夜架は必然的に顔が近くなり、夜架の狂気を孕んだ瞳と俺の瞳が交差する。お互いに激しい力がぶつかりあいその反発を受けてどちらとも吹き飛ばされる。俺は背翼の推進装置と補助脚を使って体勢を建て直して夜架がどこにいるかを確認すると、既にこちらに向かって中空を蹴って来ていた。

 蹴るようにして加速する夜架は瞬く間に間合いを詰めてきて、加速した勢いのまま刀型のブレードを突き出す。それをギリギリで避けるが、そのまま流れるようにして横凪ぎに派生する。咄嗟に間に壊竜鋭爪を挟み込み、防ぐが、素早く引いて逆からの逆袈裟に変わる。それを弾けば突きに変わる。

 流れるような連擊を両手に壊竜鋭爪を持ってさばき続けるが、そのうちの一撃が装甲を掠める。衝撃で体勢が崩れ、大きな隙を晒してしまう。夜架はそこに嬉々として飛び込み、肩口のフォースコアを狙って刀型のブレードを振るう。それは機竜のフォースコアに衝撃を与え、機竜は強制的に解除させられる......ことはなく、夜架の纏う機竜の手首と肩口の装甲が破壊され、フォースコアにも衝撃を加えられており、ガクンッ! と膝から崩れ落ちる。

 

「まさか、私があそこで狙ってくることまで見越して?」

 

「ああ、夜架ならあそこで必ず来ると思っていた」

 

「ふふふ、まだまだですわね、お兄様にも勝てないのでは......」

 

「夜架」

 

「......どうしたんですか?」

 

 俺の唐突な言葉にキョトンとしつつも反応を返す夜架にゆっくりと俺は口を開く。

 

「帝国は、旧帝国は、俺とルクスが潰した(・・・・・・・・・)

 

「ぇ......?」

 

 俺の言葉を理解できない様子の夜架は口から戸惑いの声を漏らす。が、徐々に言葉の意味を理解したのかこちらの表情を伺い、自虐的な笑みを浮かべる。

 

「まさか、主様が自分で帝国を潰しただなんて......私はそれなのに」

 

 夜架が肩を落として、こちらに自虐的な笑みを向けたときに〈巨兵(ギガース)〉が大きく傾く。踏ん張れた俺と違い夜架はそのまま滑り落ちていく。

 

「ふふふ、ここまでですか......主様に使えることの出来なかったのが残念ですけども......」

 

 〈巨兵(ギガース)〉の肩から滑り落ちた夜架はそう呟く。空中に投げ出された夜架は機竜の手を上に向けて空をきることはなくがっしりと掴まれる。

 

「ぇ......? 何をしているのですか? お兄様」

 

 夜架は己を助ける〈ジャバウォッグ〉の腕と俺の顔を不思議なものを見る目で見ていた。

 投げ出された夜架を助けるために、俺は〈ジャバウォッグ〉の装甲腕を伸ばして〈夜刀ノ神〉の装甲腕をしっかりと掴んでいた。

 

「血が繋がっていようといまいと、家族を助けるのに理由はいらないだろ?」

 

 ゆっくりと夜架を持ち上げて〈巨兵(ギガース)〉の肩にまで上げて降ろす。そこで緊張が解けたのか機竜の接続が解けて、夜架の機竜は粒子となって霧散した。しかし夜架は俺を見て不思議そうにしていた。

 

「何故、私を助けたのですか?」

 

 夜架の問いはそんなことだった。俺は思わず苦笑しながら夜架の頭をぽんぽんと撫でる。慈しむように優しく優しく撫でる。

 

「夜架は俺にとっての妹だ、夜架がどう思ってるかはわからないけどな? 妹を助けるのに理由がいるか?」

 

「妹、ですか......思わず嬉しいと思ってしまいました......まさか私にヒトの心が残っていたとは思いませんでしたわ」

 

「ヒトの心なんてよくわからない物だよ。俺だってわからない。だけども自分の事だってちゃんとわかってる人の方が少ないさ」

 

「そう、ですか......ありがとうございますこんな私を妹と言ってくださって」

 

 にっこりと笑う夜架の表情はいつものような作られたような笑みじゃなく、柔らかい、年相応の笑みを浮かべていた。

 俺は中空で行われていたルクス達とヘイズの戦いを見て、夜架に影響が出ないように転移で近くに向かう。

 

『ごめん、遅くなった!』

 

 竜声を使ってルクス達に俺の存在を知らせる。ルクス達と戦っていたヘイズの纏う機竜は所々装甲が砕けていた。

 

『シオン! 夜架の方はもう大丈夫なの?』

 

『ああ、後はヘイズだけだが......どうする? 何か策はあるんだろ?』

 

 ヘイズは〈ニーズヘッグ〉を身に纏い、神装の効果で出来た空間の切れ目の奥に陣取り、こちらを睨み付けるだけで何もしてこない。

 

『ああ、私の新技に当てれれば確実に倒せるんだが、あいつをこっちまで引き寄せないといけないんだ。出来るか?』

 

『僕の〈共鳴波動(リンカーパルス)〉で引き寄せれるけどあんまり効果はないんだ、だから神装で強化して引き寄せるよ』

 

 リーシャが竜声でそう聞いてくる。それにルクスが答える。俺は引き寄せるのはそこまで得意では無いのでルクスに任せて補助に回るとしよう。

 リーシャが追加武装である〈七つの竜頭(セブンスヘッズ)〉をヘイズに向け、薄紫色の球体を発射する。それはゆっくりと辺りの物を吸い込み始める。それに合わせてルクスは機竜に内蔵された特殊武装、〈共鳴波動(リンカーパルス)〉を発動させ、ほんの少しだけヘイズを引き寄せるが空間の切れ目を越えることはない。

 

「〈暴食(リロード・オン・ファイア)〉」

 

 しかし、ルクスが神装を発動させて特殊武装を強化することでヘイズは一気に引き寄せられ空間の切れ目を越える。

 

世界喰(オムニスゲイル)

 

 俺は神装を発動させ、〈バハムート〉だけの時間を停滞させることで〈共鳴波動(リンカーパルス)〉の効果時間を強引に引き伸ばす。

 空間の切れ目を越えたこと抵抗することが出来ずに一気に吸い寄せられるヘイズだったが、薄紫色の球体に当たるが全くダメージが入っているようには見えず、ヘイズもこちらを睨み声を張り上げて機竜を動かそうとしたとき、その位置に固定されたように全く動かせない事に気がつく。それどころかヘイズの纏う機竜の細い部分から折れ曲がり、へしゃげていく。

 

「それは重力球、〈天声(スプレッシャー)〉の応用で作ったものでな、それに触れたら最後。効力が無くなるまでそこにお前を縫い付け続ける。」

 

 リーシャの解説に目を剥いて罵倒を浴びせ、ギチギチと動きは硬いものの特殊武装を振り抜こうとしたが、

 

「〈暴食(リロード・オン・ファイア)〉」

 

「〈時元闊歩・爆裂(クロノスタンス・バースト)〉」

 

 俺とルクスの神装を使った神速の斬擊によって装甲腕と特殊武装が破壊される。

 

「それじゃあな、何も明かさぬヘイブルグの軍師よ。朱の戦姫である私の力の前に散っていくがいい!」

 

 神装の起点である特殊武装とそれを握る装甲腕を破壊されたヘイズにリーシャを止める手段はなく〈七つの竜頭(セブンスヘッズ)〉から放たれた、最大出力の光線に呑まれていく。

 

『なぜだ......なぜ、お前たちが......』

 

 最後に竜声で送られて来た声は途中で途切れ、爆発が起きる。灰色の破片が辺りに飛び散り、爆煙が晴れたところにヘイズは存在していなかった。

 それから俺達は〈巨兵(ギガース)〉の内部に入り夜架から聞いた通路を通って奥を目指して十数秒もすれば方舟(アーク)でも見た操作室についた。そこでは少女のような見た目の自動人形(オートマタ)が操作をしていた。

 

「これより、特攻を行います」

 

 ヘイズと言う存在がいなくなったにも関わらず王城に突撃し、爆発しようとする自動人形(オートマタ)を止めようとルクス達が動こうとするが、ガクンッ! と動かなくなる。それを見た自動人形(オートマタ)の口元が柔らかく弧を描く。そして突撃の操作をしようとして、両腕が飛び、胸からは二つの刃が生える。

 

「ふふふ、そこまではさせませんわ」

 

「やらせねぇよ、そこまでだ」

 

 俺は機攻殻剣で両腕を根本から吹き飛ばし、心臓にあたる部位を貫いた。突然現れた夜架は機攻殻剣を投擲し、俺の機攻殻剣から数ミリずれた所に突き刺さった。

 自動人形(オートマタ)は無くなった両腕と自身の胸から生えた二つの刃を見て首を折る。

 その後、俺の操作で〈巨兵(ギガース)〉はゆっくりと膝を折り、沈黙する。全竜戦最終日に起こった事件はようやく収束した。

 

 

 

 

 その後日、俺とリーシャ、ルクスとクルルシファーにセリスティア、フィルフィ、アイリに三和音がヘイブルグ共和国の侵攻時の行動が高く評価され、王家主催の立食会に呼ばれた。

 立食会は明日なので招待を受けた十人は王城に泊まることになった。

 俺はあてられた部屋のなかで機攻殻剣を拭いていた、自動人形(オートマタ)を斬った時についた血のような油を拭き取り、剣帯に入れる。

 机に立て掛け、ベッドに横たわる。

 天井を見つめ、左目を閉じて、そして閉じた瞼の上から触れる。前は時々、うっすらとしか見えなかった力の流れや力の強さが今でははっきりと見える。俺は己の今の状態を考えて溜め息をつき、両目を閉じたとき、ぐらりと大きく揺らされたような、頭のなかが揺さぶられたような感覚が俺を襲い、何故だか異常に眠たくなる。何故? だったり、どうして? と言った疑問は睡魔に呑み込まれて消えていった。

 




いかがでしたか? 昇華です。
まずは謝罪から入らせて頂きます。今回の更新が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。
今後は出来るだけ無いようにしたいと思います。

今回で十章まで来まして、今までのように二章が終わりましたが、一巻分を終わらせることが出来ませんでした。
なので後日談的な物を後で投稿します。ええ、遅れないようにします。ええ

それではこれぐらいで、また次の作品で

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