ホントはいくつか本編を間に挟む予定でしたが、10話目の終わり方が丁度良い感じだったので、零章はあれで終わりにします。行き当たりばったりで申し訳ありません。
では、幕間2をどうぞ。
これは、済とはやてがまだ出会っていない頃の、ある母子の会話である。
* * *
目の前に提示された資料の数々に、『彼』は大いに悩んでいた。その資料とは、バスケの強豪校と言われている大学のパンフレットだ。
『彼』の高校のバスケ部は今年、IHで優勝した。そして『彼』はその大会にて最優秀選手に選ばれた将来有望の高校生である。そのため『彼』はそれらの強豪校からスカウトを受けている。そのどれかに色好い返事をすれば、他の同学年よりも先に受験という名の戦争から解放されるため、『彼』はそのどれかのスカウトを受ける気でいた。
故に『彼』はこうして、スカウトしてきた大学に関する資料に目を通しているのだが、
「あ゛ー、決まんない……」
正確にいえば、十校程の大学から二校にまで絞り込んだのだが、そこから先が進まないのである。
一つ目は実家から通える距離にあるスポーツ大学だ。スポーツ大学なだけあって運動関係の設備が一番整っているため、非常に充実したバスケット生活を送ることが出来るだろう。二つ目は実家から遠方の県に位置する総合大学だ。その大学は県外にもその名を轟かす国立大学であり、それが理由であるのかは分からないが、先程のスポーツ大学同等の設備態勢が整っていた。
『彼』個人としては後者に傾いているのだが、やはり遠方の大学であることがネックだった。運動は勿論のこと、勉強もそれなりに優秀な部類に入る『彼』ではあるが、唯一料理が壊滅的であるという欠点があった。それ故に『彼』は一人暮らしに躊躇する。尤も、ある事情から一緒に住んでいる恋人についてきてもらったなら話は別であるが。
「んなこと出来ないだろ、常識的に考えて」
学生という身でありながら同じ年頃の異性――しかも恋人――と二人きりで生活して何も起こらないと断言できる程、『彼』の理性は鉄壁ではない。いくら結婚を視野に入れている相手とはいえ、『彼』の理性的にも世間体的にも自分の力で生活が安定するまでは止めておいた方が良いと思う程度には、『彼』は現実思考であった。
「…………いっそ、母さん経由で頼んでみるか?」
総合大学のある市内には、『彼』の実の父親がいるらしい。『らしい』というのは、その血の繋がった父親に『彼』は会ったことがないからだ。詳しいことは知らないが、『彼』が産まれる前にはすでに関係が終わっていたらしいので、何か複雑な事情があるのだろうと気にしないようにしていた、血の繋がった赤の他人。
了承してもらえる可能性は限りなく低いが、聞いてみるだけ聞いてみよう。そう思って『彼』は母親の居るリビングへと足を運ぶ。リビングのドアを開いた時、『彼』の母親は電話を終わらせたところらしく、丁度受話器を置いたところだった。早速話を持ち掛けようと『彼』が口を開くと、『彼』が来たことに気付いた母親が『彼』話しかけた。
「ああ、丁度良かった。アンタ、海鳴大学からスカウトが来ていたわよね?」
「え? あ、そうだけど……」
出端をくじかれた形ではあるが、話そうとしていた内容と一致していたため『彼』は素直に頷く。その答えに何を思ったのか、母親は満足したように頷いた。
「良し! アンタそこに行きなさい!!」
「は? え、ホントに!?」
願ったり叶ったりの言葉に『彼』は喜ぶ前に混乱した。『彼』の母親は『彼』の壊滅的な料理の腕を知っている。そのため、食事の問題を解決しない限り『彼』の一人暮らしを母親は認めないことを、『彼』は知っている。その母親が他県の大学へ通うことを認めたということは、その食の問題が解決したことに等しい。
しかしだからこそ、『彼』は疑問に思った。総合大学には学生寮は無いし、通学圏内にある下宿できる場所も空きが無かった。だというのに、母親は総合大学に行けと言う。母親の心意を測りかねていると、『彼』の考えを見通したように母親は説明を始めた。
「実はあの馬鹿……ああ、アンタの父親のことなんだけど、つい先日交通事故で死んだらしいのよ。しかも、小さくて可愛いはやてちゃん……アンタの異母妹を残してね」
「は?」
「で、奥さんの方は数年前に病気で他界している上、二人して親族いないから、はやてちゃんはアンタ以外の血縁者がいないの」
「えーと……?」
「だから私が引き取ろうと思ったんだけど、はやてちゃんは原因不明の麻痺で足が動かないせいで海鳴大学病院に通院しないといけないらしくて……そうなると私達、海鳴に引越さなきゃいけないじゃない?」
「え、ああうん。そうだな」
「でも今母さん、どうしてもやり遂げなきゃならないプロジェクト抱えているから、今の仕事を辞めようにも辞められないのよね」
「………………つまり、そのはやてって名前の異母妹と一緒に暮らせと」
別れた相手の家庭事情に妙に詳しいなとか、話し方からして『彼』の父親とは何ら蟠りを持ってなさそうだなとか、プロジェクト抱えてなかったら即行で仕事辞めて海鳴に引越す気だったんだとか、異母妹を引き取ることについて何も聞いてないんだけどとか、『彼』にとって気になった点はいくつもあったが、取り敢えず話の結論を口にすると、母親はその通りだと言わんばかりに頷いた。
「さっきの反応を見るに、アンタは海鳴大学に行きたいんでしょ? 丁度良いじゃない」
「いやまぁそうだけど……いきなり俺が行っても向こうは戸惑わないか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。寧ろ喜んでたから、アンタ達が来るのを楽しみにしてるって」
「俺が行くこと確定済み!? 海鳴大学に行きたいと思ってなかったらどうする気だったんだよ!?」
「え、何を言ってるの?」
『彼』の言葉が理解できないと言わんばかりに、母親は首を傾げる。例え行くことを望んでなくてもそこに行かせる気だったと、その表情は物語っていた。
「つーか、『アンタ達』って、まさかとは思うけど……」
「ええ、そのまさかよ」
「何考えてんだよ!?」
母親の言葉に、『彼』は思わず叫んだ。『彼』の考えが正しければ、母親は『彼』と恋人を異母妹の家に住まわせる気だ。
「あのねぇ、アンタの料理の腕は言わずもがな。はやてちゃんもまだ六歳なんだから料理が出来るわけないでしょうが。それとも何? アンタはやてちゃんがいるのにあの娘に手を出す気でいるの?」
「んなわけあるか! その子の情操教育に悪いわっ!!」
「なら良いじゃない」
母親の言葉に『彼』は口を噤む。丸め込まれた気がしてならないが、母親の言う通りなのだ。
「まぁそういう訳だがら、海鳴大学に進学する方向でよろしくねー」
「…………分かった」
希望通りの進学先に決まったことは喜ばしいことなのだが、『彼』は疲れたように肩を落としたのだった。
【おまけ】
「そういや、何で父さんと別れたんだよ?」
「別れたも何も元々付き合ってないわよ。仲の良い男友達ではあったけど」
「は?」
「あの日もいつも通り二人で宅飲みしていたことだったわ。互いに第一希望の就職先に内定が決まったからって羽目を外してねー。深酒して記憶飛んでる間に……アンタが出来てたのよ」
「はぁ!?」
「まぁアンタに罪は無いし、就職先は福利厚生がしっかりしていたから産んで育てることにしたけど。あの馬鹿に内緒で」
「…………」
「因みにあの馬鹿がアンタの存在を知ったのは、はやてちゃんが産まれた後だったわ。ホント、どこで嗅ぎ付けてきたのやら」
「うわぁ……マジ知りたくなかった」