Q:目の前に心から愛でたいと思っていた動物がいます。どうしたら良いでしょうか?
A:思う存分愛でれば良いと思うよ。但し、嫌がったら止めること。
そんな決まりきったQ&Aを脳内で終わらせ、
「イヌマルかくほぉぉぉおおおおお!!!!」
「ばふぅ!?」
イヌマルと思われる仔犬に思い切り抱きついた。いや、これは間違いなくイヌマルだ。
ああもうリアルイヌマル可愛い可愛すぎる! 毛は短いけどふわふわしてるし動物特有の臭い香りもしないから思う存分顔を押し付けて堪能できる!! ちょっ……帽子の生地柔らかっ!? イヌマルって忍犬だから、てっきり鎖帷子みたいなのを想像していたけど柔らかいし肌触りも良いからあっても全然邪魔にならない!! 肉球は鍛えているせいかちょっと硬いけどそれでも質感が損なわれて無くて良い!! 今の体じゃ抱えられないけど抱き枕みたいに抱きつけるから寧ろお得感半端無い!!
「………………ワタル、その犬は何だ?」
「イヌマルだよ!」
「いや、名前を聞いた訳じゃない。ソレが一体何なのかを聞いている」
「イヌマルはイヌマルだよ! それとこのここんなにかわいいんだから、『ソレ』あつかいしないでよ、おじ――……」
はたと、イヌマルをとことん愛でる作業を止めた。
いやいや待って、超待って。今おれ誰と会話した? や、おじさんだっていうのはもうばっちりと分かってるんですけどね。
ギギギ、と、油を差していないブリキの人形のごとく、首を部屋の出入口の方へと向ける。
「………………オジサンイツノマニソコニ?」
「お前が突然『可愛い』と絶叫してその犬に抱きついた所からだ。あとそろそろ放してやれ、顔が青くなってるぞ」
「え、ちょ……っ、わぁぁああああああああ!?!? イヌマルごめん!! だいじょうぶ!?」
やっば! あまりの可愛さに力加減間違えてた!!
おじさんに言われて即座に解放すると、イヌマルは肺に酸素を取り込むべく、ぜーぜーはーはーと体全身を使って状態回復へと勤しんでいた。自分が草臥れているのにも拘らず、原因であるおれを気遣う様に大丈夫だと気丈に振舞うもんだから罪悪感がさらに増す。
それからしばらくして、無事に息を整えたイヌマルを見て、おれはホッと息を吐いた。
あああ良かったイヌマル無事だよぉ……しかもあんな目に遭ったのにおれから離れたり逃げたりすること無く足に擦り寄りながら尻尾を振ってるって何でこの仔こんなに健気可愛いのさ!? 次からはこんなことが無いように、ちゃんと優しく愛でるからね!!
「それで、その犬はどこから湧いて出たんだ、ワタル」
………………ん?
「――みぎゃあっ!?」
おじさんがいるってこと忘れてたぁぁぁあああああああああああああぁあぁああああああああああああああ!!!!!
あれからおじさんの手によって混乱・恐慌状態から解除され、トラウマが再発した経緯とイヌマルについて話を聞かれた。前者の件についてはしらを切ろうと思ったけど……何でかおじさんには嘘を吐きづらいんだよね。おかげで隠していたデバイスの存在が明らかになり、おじさんの表情が少しの間だけ凍っていた。でもすぐに氷解させ後者の件を聞いてきた。
とは言え、イヌマルのことは自分自身よく分かっていない。気が付いたらいつの間にかいたし。そう伝えたら、おじさんは少し怪訝な表情をしていたが、イヌマルに視線を向けてしばらくしたら何かに納得した様に頷いてそれ以上は何も言わなかった。
そのことを疑問に思いつつも、イヌマルをペットとして飼いたいと願い出たら快い返事が貰えた。勿論、躾や餌やりといった世話はするように言われたけど(散歩については一人でするのは――年齢からいって当然だが――禁止された)。
さて何度も繰り返すが、今日はおれの誕生日だ。
そのため、出てくる夕食も最後のデザートのケーキも全部好きなものばかり。とは言え体は未だ四歳児、沢山出されても食べきれないんでアイリスさんも姉さんも作る量自重して、割と切実に。
まぁこういった日は仕事で普段は十時以降に帰ってくるおじさんも夕飯までには帰ってくるし、数日前から仕事で出て行ったためまだ一度も会っていない父さんも、誕生日を祝うためにおれが居るここに来るだろうから料理が残る心配は無いだろうけど。
と、思っていたんだけど……
「そう、ええ……分かったわ。お仕事、無理しない程度に頑張ってね」
音声だけの通信を終え、アイリスさんは通信機を元の場所に戻した。おじさん側の声は聞こえてこないけど、話していた内容はアイリスさんの表情や今の時間帯から予想がつく。
「お父さん、何て?」
「『どうしても外せない緊急の仕事が入ったから、夕食は共に出来ん。ワタルには謝っておいてくれ』ですって」
「そっか……」
ビンゴ、やっぱりそうか。
「あの人がごめんね、ワタルちゃん」
「ううん、いいよ。だっておじさん、みんなのためにがんばってるヒーローだもん! それにあたらしいかぞくだっているし!」
そう言ってイヌマルを抱えてみせた。イヌマルにとっては負担が掛かってるかもしれない持ち方なのに、嫌がる素振りも暴れようともせずおれの方に顔を向けて頬を舐めてきた。慰めてくれるんだね、ありがとう。
そんなおれらの様子を見てアイリスさんも姉さんも微笑ましそうに笑ってくれ、それぞれの席に着く。
「それじゃあ、三人で食べちゃいましょうか?」
「うん、お父さんの好きな物は片っ端から食べようかな」
「えー、それおじさんかなしんじゃうよ?」
「ワタルよりも仕事を取ったんだから良いの! それじゃあ早速――」
そこで姉さんは一端言葉を切って、アイリスさんを見る。そして二人とも同時に頷く素振りをした後、
「「ワタル(ちゃん)、お誕生日おめでとう!」」「わふっ!!」
イヌマルも含めて、そう祝ってくれた。
「ありがとう、みんな!」
そして皆で並べられた御馳走を食べ始める。相変わらずアイリスさんと姉さんの食事は美味しくて、すぐにお腹いっぱいになってしまった。
満腹になって眠たくなったけれど、寝るのを我慢してイヌマルにじゃれついていた。今日はまだ父さんに会っていないからだ。
唯我独尊の俺様で、おれの世話をおじさん家族に押し付けて仕事に飛び出していく様な、父親としてはどうしようもない人だけど、一度こうと決めた事は絶対にやり遂げる人だと数少ない触れ合いで理解していたから、今日だって誕生日を祝うために帰って来るに決まってる。
だからギリギリまで起きて待つんだ…………決して、寝ているおれを叩き起こして行動するだろうと確信しているからじゃないよ、ホントだよ。
そういう訳で普段なら寝る時間になっても無理して起きていたんだけど、体が睡眠を欲していたのか、結局ギリギリまで起きておくことが出来ずに意識は夢の中。
叩き起こされることも無く、翌朝まで気持ち良く寝ているのだった。
――――そして、一ヶ月以上の月日が流れた。
誕生日どころか、今日という日まで父さんは一度も顔を見せに来ることは無く、おじさんが家に帰ってくる回数も極端に減った。何があったんだろうかと嫌な予感を覚えつつも、気のせいだと自分を誤魔化し、イヌマルとのじゃれ合いも組み込まれた今まで通りの日常を送っていた。
けれど、
「――――――――――え?」
何気なくテレビを点け、ただ何となくニュースを見て――――一気に、頭が真っ白になった。
“おとぉさん?”
何で、どうして。そんな疑問が思考を埋め尽くし、頭が混乱する。
“おかぁさん?”
信じなかった、信じたくなかった。
“ねぇ、なんでこんなところでねてるの?”
「あ……」
“ふくもこんなによごしてる……わたしとおにーちゃんには『よごしちゃダメ!』っていつもいってるのに”
今まで散々持て囃されていたあの人が。
常に自信満々で自分を最強と言って憚らない俺様が。
例え虚数空間に落ちようとも、しばらくすれば笑って生還するだろうと思ってしまう父さんが。
“かぜひいちゃうよ? ほら、こんなにつめたくなってる”
「ああ……」
“ねぇ、おきて。ふたりともおきてよ”
「あああああああああああああああああああああああああああああああぁああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
“おきてってば”
『一ヶ月前、任務によって意識不明の重体を負った如月徹一等陸尉は未だ目を覚ますこと無く――』
“生存――――ぞ!! 急――――――!!”
それ以降その日の記憶が、おれには無い。