とある不良神官の話   作:キササギ

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1話 とある不良神官の日常

――よくある話、だという。

 

 西方辺境に無数に存在する開拓村。その村の子供が神の声を聞いたことも。

それを知った村で唯一の神官が、彼を神殿に預けることを提案したことも。

彼の両親がその提案を受け入れたことも。

そうして、彼が地母神の神官となったことも。

 

 何もかも、この世界ではありふれたことだ。

彼は村人Aではない。しかし、癒しの奇跡が使える数多くいる神官の1人でしかない。

 

 ただ、敢えて1つ付け加えるとするなら。

彼のあだ名は『不良神官』。

破門寸前の、はみ出し者だということだ。

 

 

 

――懐かしい夢を見た。

 

 故郷の開拓村からこの町に来たのは、もう10年以上も前のことになる。

この町に来たことも、神殿での暮らしも、悪くはなかったと思う。

新たな奇跡も授かったし、文字の読み書きや、最低限の礼節(エチケット)だって教わった。

あのまま開拓村にいたならば、これらは絶対に手に入らなかっただろう。

 

――ただ……ただ1つ不満を上げるとするなら、神殿での暮らしは退屈だった。

 

 清貧を良しとする神殿の暮らしは、遊びたい盛りの子供にはどうしても退屈だったのだ。

だからだろう。田舎から飛び出してきたばかりの何も知らないガキが、悪い遊びを憶え、道を大きく踏み外したのは。

 

 下宿先の自室――神殿からはとうの昔に追い出された――のテーブルにはカードや、サイコロ、空の酒瓶が無造作に置かれている。

これらは自分が道を踏み外した原因だ。

 

 博打はするし、酒も飲む。タバコも吸うし、女も抱く。

それでついたあだ名が『不良神官』。

 

「……改めて考えると悲しくなってきた。こんな大人になりたくなかったなぁ……。

おお、いと慈悲深き地母神よ。不出来な信徒を許したまえ」

 

膝を突き、毎日欠かすことのない祈りを捧げる。

 

――祈りはまだ届いている。

 

 地母神様は本当に慈悲深いと心の底から思う。

自分の祈りはまだ届いている。それはつまり、まだ奇跡が使えるということ。

そして、まだ自分が見捨てられていないという証明だ。

 

 自分の存在は神によって、許されている。

これほど心強いことがあるだろうか。

 

 

「……さて、今日もお勤め頑張りますか」

 

 一張羅である継ぎはぎだらけの神官服を着込み、腰のベルトに愛用のメイスを吊り下げる。

さらに薬草や包帯、アルコールなど雑多な道具が入った鞄を肩に引っ掛け、最後に『黒曜の身分証』をポケットの中に突っ込み準備完了。

下宿先の大家さんに挨拶をして、町に出る。

 

 この町は辺境一帯の町の中でも比較的大きく、大通りを真っ直ぐに行けば冒険者ギルドだってある。

しかし、今日の目的地はギルドではない。

ギルドとは反対方向の町の外れへ向かい、さらに路地裏に入る。

路地裏から、さらに町の奥へ。

路地裏は昼間だというのに薄暗く、湿っていて、不衛生だ。

埃とカビ、あるいは糞尿の臭いが鼻を突く。

 

 その臭いに顔をしかめつつも、建物と建物の隙間にできたような細い道を、黙々と歩く。

それはさながら迷宮(ダンジョン)のようで、あらかじめ知っていなければ大人でも迷ってしまうだろう。

 

 そうして、しばらく歩いていると一件の酒場に辿り着く。

町の大通りから外れに外れたクソ立地にあるその酒場には、当然のように一般人などまず訪れない。

それにも関わらず、酒場の扉の前には門番のように、獣人の用心棒が立っていた。

 

 その用心棒の顔には大きな傷があり、さらに片目には眼帯をしていた。

鍛えられ膨れ上がった筋肉と、隻眼の眼光は凄まじく、明らかに堅気の人間ではない。

こんな者が店の前に立っているのだから、仮にひどい不運(ファンブル)によって一般人が迷い込んだとしても、逃げ出してしまうだろう。

 

――まあ、このおっかない酒場が自分の目的地なのだが。

 

 用心棒に挨拶し、用件を伝える。

程なくして、中から身なりの良い青年が現れる。

彼はこの辺りのゴロツキ共を仕切っているヤクザの若頭であり……自分に悪い遊びを教えた悪い奴でもある。

 

「よお、『不良神官』!! 元気そうだな!!」

 

「別に好きで不良神官やってるわけじゃねぇよ。

10割ぐらいはお前のせいだ」

 

「ハハ!!なんのこったよ」

 

10年来の悪友はけらけらと笑う。

 

「まあいい。今日は何の用だ?

俺はお前の使いに呼ばれたから来ただけだぞ」

 

 そう問いかけると、目の前の男から笑みが消える。

いや顔は笑っているが、目が笑っていない。

こいつがこの顔をする時は、だいたい面倒くさい厄介ごとだ。

 

「……昨日、俺のシマで流血沙汰があってな」

 

「穏やかじゃないな。喧嘩か?」

 

「喧嘩なら良かったが……酒に酔った白磁の冒険者が、娼館で大暴れだ」

 

 本当に勘弁してくれと、彼は吐き捨てるように言う。

その彼に同意するように頷く。

白磁の冒険者など、ならず者とそう変わりない。

大方、初めての冒険を成功させて気を良くし、その足で酒場と娼館に突撃したのだろう。

 

「不幸中の幸いとして、娼婦達は無事だった。

だがなぁ……女を庇って、うちの組員が怪我をした。

だから治療を頼みたい」

 

「それは構わんが……ちなみに件の冒険者は?」

 

「ぶっ殺した。当然だよなぁ?」

 

「まあ、是非もない」

 

 冒険者は日常的に怪物(モンスター)と戦っているのだ。

そんな輩に襲われれば、一般人では太刀打ちできない。

酒で理性が飛んだ冒険者なんて、怪物と何も変わらないのだから。

 

そうである以上、『殺さずに取り押さえて貰える』、などという甘い考えは通用しない。

 

「ああ、それと治療が終わったら、クソ冒険者の弔いも頼む。

非常に遺憾だが、放置してアンデッドになられても困る」

 

「あい、分かった。じゃあ、怪我人のところに案内してくれ」

 

 

 案内された一室、その部屋のベッドの上には包帯を巻かれた男がいた。

歳は30台の半ばぐらい、屈強な身体は一般人のそれではなく、冒険者のものだ。

 

――いや、元冒険者というべきだろうか。

 

 彼の片腕はなかった。

それは明らかに昨日、今日できた傷ではない古傷だ。

実際、彼は引退した元冒険者だと聞いた。

 

――冒険から生きて帰る。それは喜ばしいことだ。……ただし、五体が無事ならば。

 

 冒険者とは危険を冒すものだ。

凶暴なモンスター、混沌の眷属、果てはドラゴン。

そういった者達と身一つで戦う。

 

 当然、死ぬこともあるだろう。

それはとても残念なことではある。しかし、それもまた冒険だ。

 

 だが、問題は中途半端に生き残ってしまった場合だ。

モンスターに襲われ、手足を食いちぎられる。

欠けた身体は、『小癒(ヒール)』の奇跡ではどうにもならない。

噂に聞く『蘇生(リザレクション)』ならあるいは――とも思うが、あれには高位の神官に、聖域となる神殿……

さらに触媒となる『処女』がいる。

おそらく、自分には一生縁のないものだろう。

 

 手足をなくした冒険者がどうなるかといえば……多くの場合、厳しい現実が待っている。

まず冒険者としては使い物にならない。

 

 では田舎に帰るのかとなるが、帰れる者は恵まれている。

冒険者の多くは農村の出身だ。手足がなければ農作業だって出来ない。

そして、そんな半端な人間を置いておける村は、そう多くはない。

結局、彼らはどうなるのか? 

 

――神官という立場上、死ねば楽になる、とは言えないが。

 

 どうにもならぬ身体で生きていくしかない。

その行き着く先の1つがこれだ。

彼らは手足を失っていても、それでも一般人よりは余程強いし、何より場慣れしている。

実際、この冒険者崩れの彼は、娼婦を庇いながら、片手で白磁の冒険者を返り討ちにしたという。

 

あの若頭はそういった一線を退いた冒険者を、彼の営む店で用心棒として雇っているのだ。

 

 

 『隻腕の用心棒』の身体を検め、怪我の具合を確認する。

揉み合いの乱闘だったのだろう。顔や身体に打ち身や細かい切り傷がある。

だが、それらは致命傷ではない。軟膏でも塗っておけば事足りる。

酷いのは背中の傷だ。元々の古傷だろう無数の傷跡の上に、まるで上書きするように真新しい大きな傷ができている。

 

――背中を刃物でばっさりか。おそらく、娼婦を庇った時にできたものだろう。

 

 最低限の止血は行われているが……顔色は悪い。

このまま自然の治癒力に任せるのは厳しい。というよりも、すぐに処置しないとまずい。

 

「ったく、普通に重症じゃねぇか!!

おい! ここがどこだか分かるか! 俺の言葉は分かるか!!」

 

耳元で声をかけ、頬を軽く叩く。

 

「あ……う……違、う。……俺は、逃げ、たんじゃ、ない……仕方が、なかったんだ……」

 

 まずいな、意識が混濁している。

ブツブツとうわ言の様に呟かれるそれは、彼の冒険者時代の話だろう。

 

 どうして彼の腕は無くなったのか。

古い方の背中の傷、それがどうして出来たのか。

どうして彼は、冒険者を辞めることになったのか。

それは知らないし、知ろうとも思わない。

ただ言える事は……彼はまだ死ぬべき人間ではないと言う事だ。

 

「なに、誰かを守ってできた傷なら、それは勲章だよ」

 

傷口に手をかざし、意識を集中する。

 

「――いと慈悲深い地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください」

 

 暖かな光と共に、裂けた肌が塞がっていく。

これこそが神の御業。傷ついた身体を癒す『小癒』の奇跡だ。

 

「ふぅ……傷は塞がった。

しばらく安静にしていれば、また動けるようになるはずだ」

 

 顔色も大分良くなったし、寝息も安定している。

包帯を新しいものに替えて、小さな傷には軟膏を塗っておく。

自分に出来るのは、ここまでだ。

 

「いつもすまんな。不良神官どの」

 

一連の処置を部屋の隅で見ていた若頭が声をかける。

 

「ったく、不良神官は余計だっつーの。

それとお礼は地母神様に言え。『地母神様、万歳』と今すぐ3回言うのだ」

 

「『地母神様、万歳』、『地母神様、万歳』、『地母神様、万歳』」

 

「……本当にやるのか」

 

「やるとも。それで俺の手下の命が助かるならな」

 

 普段は飄々とした男であるが、さすがにその目は本気だ。

まあ、そうでなければ人はついてこないし、自分もこいつに力を貸そうとは思わない。

 

「まあ、いいけどよ。怪我人がいるなら、すぐに呼んでくれ。

奇跡だって万能じゃねえんだ。今回は間に合ったが手遅れになっても知らんぞ」

 

事件が起きたのが昨夜の事だから、もっと早くに対処は出来たはずなのだ。

 

「分かっているさ。

とは言え、こちらも一応、気を使ってるんだ。

俺らのために動いてくれる神官なんて、お前ぐらいしかいないからな」

 

 彼は自嘲気味に言う。

確かに、彼らは社会の裏に生きる人間だ。

そんな彼らが、堅気の人間の世話になるわけにはいかない。

 

――だが、それだと一体誰が彼らを救ってくれるのか。

彼らは間違っても善人ではない。だからと言って、生きる価値がないほどの悪人だとも思わない。

 

「……今更、気遣いが必要な仲でもねぇだろうがよ。

まあいいさ、次は冒険者の弔いだろ?」

 

「そうだな。悪いが、そちらも頼む」

 

 

次に案内されたのは、薄暗い一室だった。

 

「なあ、お前。馬鹿なことをしたなぁ……」

 

 そこには、頭をかち割られた冒険者の姿があった。

冒険ではなく、町の中、それもしょうもない争いで死んだ者。

 

 身分証で名前を確認。知らない名前だ。

家族は居るのか、単独(ソロ)だったのか、一党(パーティ)を組んでいたのか。

何も分からない。

 

割れた頭を包帯で固定し、最低限の体裁を整える。

そうして膝を突き、略式ではあるが地母神に祈りを捧げる。

彼が死して彷徨う死体とならないように。

 

「……終わった」

 

「ああ、後始末は俺らがやっておく。」

 

 彼の死体はこの後、下水道に放置されることになる。

そうすれば、鼠なり、虫なりが食って死体はなくなる。

冒険者がいなくなるなんて良くあることだ。

まして、それが白磁なら。

 

だから……この白磁の身分証明を処分してしまっても良い。

 

「だけど……生きているか、死んでいるか、ぐらいはなぁ」

 

彼の白磁の身分証をポケットに突っ込む。

 

――さて、ギルドの受付さんには、どうやって彼の死を伝えようか。

 

そんな事を考えながら、路地裏を後にした。

 


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