とある不良神官の話   作:キササギ

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2話 とある不良神官と冒険者ギルド

――冒険者ギルド。

 

 元々は勇者を支援していた酒場や宿屋を起源とする冒険者の支援組織。

現在は国営の組織であり、冒険者の信用を等級という形で保証し、冒険者に依頼の斡旋を行う。

 

冒険者の等級は、全部で10等級。

1番下が白磁。そこから、黒曜、鋼鉄、青玉、翠玉、紅玉、銅、銀、金、白金と上がっていく。

おとぎ話に出てくるような勇者が『白金等級』。

国のお抱えとなる超一流が『金等級』。

そのため、実質的な在野の最上位は『銀等級』、だと言われている。

 

――と言っても、誰でも頑張れば銀等級になれるわけではない。俺には無理だろうなぁ……。

 

 黒曜の身分証を首から吊り下げ、冒険者ギルドの扉を開ける。

時刻は朝というにはやや遅く、昼というのには早い、そんな微妙な時間。

ギルドへの依頼は朝一で張り出されるため、大半の冒険者は既に出払った後。

ギルド内にいる冒険者の数は疎らで、弛緩した空気が流れていた。

 

一応、ギルドの壁に立てかけられた巨大な掲示板を確認してみるが、下水道の鼠退治のような恒常の依頼を除いて、めぼしい依頼は1つも残っていなかった。

 

「珍しい。いつもはゴブリン退治ぐらいは残っているのに……まあ、そういう日もあるか」

 

 元々、固定の一党を組んでいない自分には、こちらの掲示板に用はない。

掲示板から視線を外し、ギルドの奥に移動する。

冒険者ギルドには依頼を張り出すための掲示板の他に、もう1つ小さな掲示板がある。

こちらは冒険者同士の連絡用で、単純な伝言から、一党(パーティ)の募集、マジックアイテムの取引希望(トレード)などが掲示されている。

 

「どれどれ……」

 

 その掲示板には、自分も『臨時の神官やります』と募集の張り紙を出しているのだが……。

どうやら自分への依頼はなさそうだ。

 

「……帰るか」

 

「ちょっと待とうか、不良神官くん」

 

 振り向くと、そこにはギルドの制服に身を包んだ受付嬢がいた。

腰まで届く整えられた茶色の髪に、皺ひとつない制服を着こなした姿は、見目麗しく華やかだ。

だが、彼女は見た目が良いだけではない。

彼女は法と秩序を司る至高神の神官でもあり、ギルド内で監督官も勤めている。

 

 信仰する神は違っていても同じ神官ということもあり、自分の依頼の対応は彼女にお願いすることが多い。

しかし、何か用事などあっただろうか?

 

「その不良神官という呼び名は止めてくれませんかね。

まあいいですけど、何か御用ですか?」

 

その疑問に対して、彼女は呆れたようにため息を付く。

 

「君、最近ギルドの依頼を請けてないでしょう?

別に毎月何件の依頼を請けなきゃいけない、って決まりはないけどさ。

ほら、君の場合、色々あるでしょ、色々」

 

「ええ、はい。ありますねぇ……色々と」

 

 彼女が言う『色々』というのは、主に自分がヤクザと親しくしていることについてだ。

明言しないのは、彼女なりの優しさだろう。

 

「君の事情はある程度察しているけど……

だからこそ、ギルドに対してもっと貢献して欲しいなって、お姉さんはそう思うのですよ」

 

彼女はピンと指を立てると、まるで姉が弟に言って聞かせるような口調で言う。

 

――ああ、なるほど。

 

 彼女の口調は冗談めいているが、その内容まで冗談として受け取ってはいけない。

彼女は『今なら冗談で済むから、冗談で済んでいるうちに何とかしろ』と、そう言っているのだ。

 

 冒険者ギルドは、ならず者に冒険者という身分を与えて、仕事を斡旋する組織である。

この身分の保証というのは、大変にありがたいことだ。

 

 幸いにして、自分は地母神の神官であるため、身元は神殿が保証してくれる。

しかし、多くの冒険者はそうではない。

冒険者の多くは、家や畑を継げない元農民だ。

身分などあってないようなもので、彼らの扱いなど何処の生まれかも定かではない『不逞の輩』だ。

そして、いくら腕っ節があろうとも、そんな輩に仕事を頼もうと思う人間などいない。

 

 だが、これが身分証を持つ冒険者なら対応は変わってくる。

それが例え最底辺の白磁だとしても、それがある以上は『ならず者』ではなく、『冒険者』なのだから。

 

 

 結局のところ、冒険者とならず者を分けるのは、冒険者ギルドからの信用だ。

だからこそ、冒険者ギルドは等級審査を厳重にやっているし、冒険者の日々の行為にも目を光らせている。

 

――なぜギルドが酒場、武器屋、道具屋、宿屋を営んでいるかと言えば、冒険者の金の流れを追うためだしなぁ……

 

 大抵の犯罪は金の流れを追えば、だいたい分かる。ギルドの監視は甘くはないのだ。

だから、自分がヤクザと親しくしていることなど、もちろんギルドは知っている。

冒険者の信用を担保しているギルドからしてみれば、自分の行為は迷惑この上ないだろう。

 

 それでも自分がまだ冒険者をやれているのは、明確な犯罪行為をしていないのは当然として、何だかんだで経験を積んだ神官は貴重であるためだ。

あるいは裏家業の人間に対してコネを持っている冒険者を抱えておきたい、という理由もあるかもしれない。

 

 しかし、それはそれとして、ギルドにだって立場がある。

ギルドに対して何の貢献もしない人間を庇ってくれるほどお人よしではない。

目こぼしはしてやるから、そのためにもギルドに貢献をして欲しい、というのがギルドの言い分である。

 

――だから、こうして忠告してくれるのは、ありあがたいのだが……

 

「ええ、もちろん俺だってギルドに貢献はしたいんですけどね。

ほら、非常に残念ながら、臨時の神官の依頼は無いんですよねぇ……」

 

 自分には固定の一党はいない。

なぜなら、俺がヤクザとつるんでいるのはギルド内では公然の秘密であるからだ。

俺と組むと昇級に響く。

よって、俺を一党に迎え入れようなどという奇特な者はいない。

 

 だが、それでも俺は地母神の神官(ヒーラー)だ。

職業柄、怪我の多い冒険者にとって癒しの奇跡は貴重なもの。

神官のいない一党や、神官が病気や怪我で冒険に出られない一党から、『臨時でなら雇いたい』という声はそれなりにある。

 

 あとは、たまにある大規模レイド戦。

鉱山で発生した『ロックイーター』の討伐や、町はずれの牧場でおきた『ゴブリンロード』の討伐。

 

自分はそういった依頼をこなして、今までやってきた。

 

――しかし、どちらにしても不定期な依頼だから、依頼がない時は本当にないんだよなぁ……。

 

 こういう時、単独(ソロ)は辛い。

神官のソロで請けることができる依頼は、せいぜい下水道の鼠退治ぐらい。

やってやれないことはないのだが、それでも進んでやりたいとは思わない。

 

 ギルドのお姉さんもその辺りの事情は察しているから、さすがに神官ソロで冒険に行けとまでは言わない。

彼女はあごに手を当て「困ったねぇ」と言いながら、掲示板を眺める。

 

「うーん、これは?

白磁の子達が神官を募集しているみたいだけど?」

 

「非常に申し訳ないのですが、白磁からの依頼は請けていません」

 

「なんで?」

 

「だって、後から『ヤクザと関係のある神官だとは思わなかった。騙された』なんて面倒は避けたいですし。

俺を雇うなら、最低限、俺が何をしていて、俺を雇うことのデメリットを理解した上で雇ってもらいたい。

まあ、新人へのお気遣いってやつです」

 

その言葉に、彼女は呆れたように息を吐く。

 

「何と言うか、君って努力の方向音痴だよね。

そんな気遣いをするぐらいなら、彼らと縁を切ってくれる方がギルド的には嬉しいんだけど」

 

「……俺はあいつらを救うと決めた。今更の話だ」

 

 地母神の信仰は単純明快で分かりやすい。

『守り、癒し、救え』

俺の信仰はここにある。

 

「もっと先に救うべき人たちがいると思うけど?」

 

「それは、俺以外が救えばいい」

 

「君も頑固だね」

 

「そりゃな。その程度で揺らぐようなら、もっと早くに止めている」

 

 彼女の言うことは間違ってはいない。

ギルドからは彼らとの付き合いを止めれば、すぐに昇級させてやるとは言われている。

彼女の言うとおりにするのが、賢い生き方だろう。

 

 だが、考えてみて欲しい。

自分の栄誉、栄達のために、彼らとの関わりを断つ。

それは正しいことだろうか? 少なくとも俺は正しいとは思わない。

そんな事をした後に、どんな思いを込めて地母神様に祈りを捧げれば良い?

 

『いと慈悲深き地母神よ、私はあの者達を見捨てましたが、これまでと変わらず奇跡をお与えください』

 

 とでも、クソ喰らえだ。

俺が彼らを見捨てた時、おそらく自分は奇跡を失うだろう。

だから、自分はこれでいいのだ。

 

「まったくもう……看破(センスライ)でも揺るがぬ意志っていうのは、神官としては見習うべきなんだけど。

あ、でも昇級審査のたびに『地母神の教義』について演説をぶつの止めようね。

あれ、そういう場じゃないから」

 

「いやぁ、お恥ずかしい。

でも、あいつらを救うことは地母神の教義に反していない、ということはやっぱり言っておくべきかなって」

 

「君のそういうところを努力の方向音痴って言ってるんだよ?

とにかく、ギルドからの用件は伝えたよ。

おっと、忘れてた。はいこれ」

 

そういうと彼女は一冊の手紙を取り出す。

 

「手紙?」

 

「うん、君の故郷の村から」

 

――今更、俺に何のようだ?

 

「どうしたの?」

 

「いえ……ありがとうございます」

 

 手紙を受け取り、礼を述べる。

彼女は少し怪訝な表情をしたが、すぐに気を取り直す。

 

「それじゃ、私は行くね」

 

 彼女はそういうと、ギルドの受付に戻っていった。

普段の自分なら彼女の尻……もとい後姿を見送るのだが、視線の先にあるのは彼女から渡された手紙。

 

「……本当に、何の用なんだか」

 

 少なくとも明るい話題ではないことだけは予想がついた。

ギルドに併設された酒場に移動し、適当な席に座り、手紙を確認する。

手紙は確かに故郷の村長から。内容は――。

 

「……ゴブリン」

 

 村長曰く、村の近くにある洞窟にゴブリンが住み着いた。

白磁の冒険者が討伐に赴いたが、帰ってこない。

何とかしてくれ。

 

「……チッ、何を今更」

 

思わずもれたその声は、自分でも驚くほど冷えたものだった。

 

 

 10年前……この町に来たばかりの頃は、自分は良い神官になろうと考えていた。

だから頑張って文字の読み書きも覚えたし、神殿内の仕事も積極的に手伝った。

だが、今まで野山を駆け回っていた無学な自分にとって、それは容易なことではなく、神殿の暮らしに慣れる頃には1年の月日が経っていた。

 

 そんなある日、神殿の使いで買い出しに出かけたとき、偶然、同じく買い付けに来ていた故郷の村の人間に会った。

そこで知った。――自分の両親が半年前にモンスターに襲われて亡くなったことに。

 

 両親がモンスターに殺されたことは……残念だが……仕方がない。

この世界において、よくあることだ。

それよりも自分がショックだったことは、その事を村の者が知らせてくれなかったこと。

知らせようと思えば、こうして手紙で知らせることもできたのに。

 

 いや、これもまた仕方がないことではあるのだ。

自分が村を出たあの日、自分はあの村の子供ではなく、神殿の子供になった。

コミュニティの外に出る、とはそういうこと。

手紙を出すのもただではない。わざわざ部外者に教えてやる必要は無いのだ。

 

「……だが、それなら、今更頼るな!」

 

 いくらなんでも図々しい。どんな面の皮の厚さだ。

知ったことか。村人の一人二人ぐらいゴブリンに殺された方が良いのではないか?

 

「いや、違う。そうではない。

……これは試練だ。今、俺の信仰が試されている」

 

 俺はこの手紙を見なかったことにしても良いし、ゴブリン退治をしても良い。

どうすることが、地母神の神官として相応しいか。

 

「……」

 

 愛用のキセルを取り出し、刻みタバコを火皿に詰め、火を入れる。

そうして、タバコの煙をゆっくりと口に含み……同じようにして時間をかけてゆっくりと吐く。

 

「……」

 

それを2、3度繰り返し、燃え尽きた灰を振り落とす。

 

「フゥー……ったく、しょうがねぇなぁ!」

 

 いいさ、やってやる。

だが、これはあの開拓村のためではなく、ゴブリンの巣から帰ってこない冒険者の救出。

そして何より重要なのが、俺のギルドへの貢献度稼ぎ。

 

「うーむ、ここで自分の貢献度稼ぎとか思っちゃうのが、もう神官として駄目。

まあ、いいさ。俺はやる。やるのだ」

 

 やると決めたのなら、決断的にやる。

だが、実際問題どうするか?

ゴブリンは雑魚だ。1対1なら100回やれば99回は楽に勝てる。

余程の不運でもなければ負けない。

 

 だが、ゴブリンは数が多い。

自分が後衛職である以前に、ソロでは非常に相性が悪い。

人を集める必要がある。

誰に頼む?

これでも臨時の神官として5年以上やっているから、手伝ってくれと頼めば、話ぐらいは聞いてもらえるだろう。

そういう顔なじみは何人かいる。

 

 問題なのは、今回の依頼はゴブリン退治だ。

ゴブリン退治ははっきり言って、人気がない。

ゴブリンは雑魚だが、臭いし、汚いし、数ばかりが多く、面倒くさい。

そして何より、報酬が安い。

普通の冒険者なら、請けてくれる者はいないだろう。

 

「……やはり、頼むならあいつか」

 

 一人だけ、絶対に断らないであろう人間に心当たりがある。

安っぽい鉄兜、薄汚れた皮鎧、腕に小振りな円盾、腰には中途半端な剣を差した冒険者。

自分が知る限り5年間、ゴブリン退治ばかりをしている変わり者。

 

「――『ゴブリンスレイヤー』」

 





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