とある不良神官の話   作:キササギ

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4話 とある不良神官のゴブリン退治

「よろしかったのですか、馬車まで手配して頂いて」

 

「ああ、気にしなくて良いよ。どうせあぶく銭だ」

 

 依頼を請けた後、馬車を手配し、その日の内に開拓村へ直行した。

時刻は夕方。件の洞窟は、村外れの森のなかにある。

故郷の開拓村は自分の記憶からは随分と大きくなっていた。

畑も大きくなっていたし、自分の知らない新しい入植者も増えていた。

確かに自分はあの村の人間ではないのだ、と思う。

自分はあの村の発展に何の貢献もしていないのだから。

 

 それはそれとして、この森は子供の時に遊んだときのままだ。

村長から毛布と水と食料を買い込み、借りた荷車に乗せて洞窟を目指す。

 

「ゴブリンスレイヤー、もう少しで洞窟のはずだ」

 

「そうか。では、荷車を隠し、ここからは慎重に行くぞ」

 

 茂みの中に荷車を隠し、森の中を進んでいく。

程なくして洞窟に辿り着く。

洞窟の入り口が見える位置に隠れ、様子を伺う。

 

「……見張りが居るな。

どうする、夜を待つか?」

 

 洞窟の入り口の前には1匹のゴブリン。

手には粗雑な棍棒を持ち、眠そうに欠伸をしている。

あの一匹をどうにかするのは容易いが、さてどうするべきか。

 

「いや、今は奴らにとっての『早朝』だ。仕掛けるなら今だ」

 

 そう言うと、ゴブリンスレイヤーは手ごろな石を拾い、紐に結びつける。

それをぐるぐると回転させ、勢いよく投げる。

投石紐(スリング)から打ち出された石は、吸い込まれるようにゴブリンの顔面を砕き、破壊した。

 

「まず1つ」

 

 ゴブリンが動かなくなったことを確認すると、茂みから出る。

洞窟はただ無言で口を開いており、後続のゴブリンが出てくる気配はない。

さらに洞窟の周囲をざっと確認するが、特に異変はなさそうだ。

いや、1つ気になる点と言えば……洞窟のわきに置いてあるカラスの羽とねずみの骸骨で作られたオブジェクトか。

ここが祈らぬ者(NPC)の拠点でございと、主張しているようだ。

 

「ゴブリンのトーテムか」

 

ぬっと横から出てきたゴブリンスレイヤーがぼそりと呟く。

 

「トーテム? 混沌のシンボル的な何かか?」

 

その質問に、お嬢が補足するように付け加える。

 

「えっと……ゴブリンシャーマンが居るってことです」

 

「シャーマン……確かゴブリンの呪文使いだったか。

悪いが俺に交戦経験はない。どんな呪文を使うんだ?」

 

 呪文の種類は気になるところだ。

魔法にしろ、奇跡にしろ、日に数回しか使えないとはいえ、状況をひっくり返すことが出来る鬼札(ジョーカー)だ。

それを敵が使うというのなら、警戒しない理由はない。

 

祈る者(PC)の呪文使いがそうであるように、シャーマンの呪文も決まったものはない。

何れにしろ、奴らに呪文を使わせるな」

 

ゴブリンスレイヤーの返答は身も蓋もなく、端的だった。

 

「『まず呪文使いから殺れ』。まあ、定石だな」

 

 だからこそ自分やお嬢のような神官は、敵に真っ先に狙われるわけだが……

それはそれだ。

 

「どう攻める。ゴブリンスレイヤー」

 

「まずは、戦力の確認がしたい。お前は何が出来る」

 

小癒(ヒール)解毒(キュア)浄化(ピュアリファイ)解呪(ディスペル)の奇跡を賜っている。

奇跡の回数は4回。

あとは……そうだな。俺は農民の倅だ。これでも体はそれなりに鍛えている。

本職の戦士ほどではないが、前衛もやれないことはない」

 

 そう言って、腰のベルトに固定している愛用のメイスを叩く。

現在のメンバーは戦士1、神官2。サポートは手厚いだろうが、その分前衛は薄い。

必要なら前衛に回る覚悟はある。

 

「いや、前衛は俺がやる。

お前はその娘を守ってくれ」

 

「おう、任された。

ちなみに、お嬢の使える奇跡は?」

 

小癒(ヒール)聖光(ホーリーライト)聖壁(プロテクション)沈黙(サイレンス)を賜っています。

回数は3回です」

 

「奇跡4種に、回数3回だと……」

 

遠慮がちに言われたその内容に、思わず声が漏れる。

 

「えっと、あの……何かおかしいでしょうか?」

 

「いや、お嬢は優秀だなぁと」

 

 自分がお嬢と同じぐらいのときには、使える奇跡は『小癒』、『解毒』の2つだけ。回数は2回だった。

それでも平均以上であったのだから、この娘は間違いなく優秀だ。

まあ、奇跡の種類と数で張り合うものではない。

神は必要な奇跡を授けてくれる。今できないのなら、まだその時でない、という事なのだろう。

 

「確認は済んだか。済んだのなら、準備をしろ」

 

 そう言うと、ゴブリンスレイヤーは雑嚢の中身をゴソゴソと漁り、中身を整える。

さらに、身に着けた鎧や腕にくくりつけた円盾、剣の調子を確認する。

 

 それに習い、自分も装備を点検する。

今回は荒事になるため、普段よりも重武装だ。

と言っても、地母神の戒律で、体を覆い隠す鎧のような装備は認められていない。

そのため、戒律に違反しない程度の武装だ。

 

 身体にはいつもの継ぎ接ぎだらけの神官衣。

手足には、それぞれ部分的に金属で補強した革製の篭手とブーツ。

そして、腰のベルトポーチの中に各種ポーション。

愛用のカバンに薬草、軟膏、包帯、消毒用のアルコール等の医療器具。

左手に松明を持ち、右手にメイスを握る。

 

「問題なし。俺はいつでも行けるぜ……って何をしているんだ?」

 

 見れば、ゴブリンスレイヤーは先程倒したゴブリンの腹を割き、臓物を取り出していた。

相手はゴブリンとはいえ、死した身体に無意味に傷を負わせる行為は褒められた行いではない。

注意しようと口を開きかけたところに、ゴブリンスレイヤーは先回りするように言う。

 

「勘違いするな。これは臭い消しだ」

 

彼が言うには、ゴブリンは女や子供、エルフの臭いに敏感らしい。

 

「いや、理屈は分かったが……」

 

 この中で女性と言えば、1人しかいない。

その視線の先、まるで悟りを開いたかのように、あるいは全てを諦めたように微笑むお嬢。

 

「大丈夫です。私は慣れました」

 

そんな彼女に対して、ゴブリンスレイヤーは躊躇することなくゴブリンの血をぶっ掛けた。

 

「……余裕があれば、あとで『浄化』の奇跡を使おう」

 

「はい……余裕があれば、お願いします」

 

 神官衣を血でべっとりと濡らした彼女は、それでも挫けずに準備を行う。

自分と同じく左手に松明、右手に錫杖を持ち、準備完了。

 

ゴブリンスレイヤーは自分たちをぐるりと見回すと、頷く。

 

「では、踏み込むぞ――ゴブリン共は皆殺しだ」

 

 

 洞窟の中に踏み込む。

暗く湿った洞窟内の空気。その中に自分の嗅ぎ慣れた匂いがあった。

垢と糞尿、そして、生臭い据えた匂い。路地裏の匂いだ。

分かっていたことだが、ここには間違いなくゴブリンが居る。

 

 先頭を行くのはゴブリンスレイヤー。

次に、お嬢。最後尾が俺だ。

お嬢と自分が、それぞれ1つずつ松明を持ち、光源を確保する。

 

 先頭を歩くゴブリンスレイヤーは斥候として、罠がないか、ゴブリンが居ないか、慎重に調べながら進んでいく。

しばらく進んだところで、彼は不意に小さく舌打ちすると、腰を低くし剣を構える。

 

「おい、前に松明を投げろ」

 

「……ゴブリンか?」

 

 自分には分からないが、ゴブリンスレイヤーの指示だ。

彼を信じて、前方に向けて松明を投げ入れる。

松明は放物線の軌跡を描き、地面に落ちるとからん、からんと音を立てて転がっていく。

そこへ――

 

「GROB!」

 

「ゴブリン!」

 

「ふん!」

 

 ゴブリンスレイヤーは鼻を鳴らすと、腰のベルトから短剣を抜き放つ。

転がる松明に注意が向いていたゴブリンの喉に、短剣が突き刺さる。

 

「GRROO!」

 

さらに剣を腰だめに構えると、そのまま身体ごとぶつかり、剣を深々と突き刺し止めを刺す。

 

「2つ」

 

一瞬の早業。しかし、ゴブリンスレイヤーは事も無げに淡々とカウントする。

 

「先程の投石といい、よく当てるものだ」

 

「練習したからな」

 

彼はゴブリンの死体を引きずりながら戻ってくると、ゴブリンが持っていた手斧を奪い取り、ベルトに挟む。

 

「見つかってしまったでしょうか?」

 

「かもしれん」

 

「まあ、仕方がない。切り替えていこうぜ。

この洞窟は奥まで一本道だ。見回りがいるなら、仕方がないさ」

 

 お嬢にゴブリンの血をぶっ掛けた事は無駄になってしまったが、こればかりは仕方がない。

運がなかった。だが、致命的な失敗(ファンブル)と言うほどではない。

 

「そうだな。だが、気をつけろ。

お前が知っているのは10年前までだろう。

今がそうだとは限らん」

 

彼の言葉を補足するように、お嬢が続ける。

 

「ゴブリンは、穴を掘るのが得意ですから」

 

お嬢が言うには、ゴブリンは横穴を掘り、奇襲してくることがあるらしい。

 

「なるほど、憶えておこう」

 

――何と言うか、さすがゴブリン殺しの一党だ。

 

 この洞窟に入ってから彼と彼女からもたらされる知識は、どれも知らないことばかり。

自分も白磁の時にゴブリン退治をしたことはあったが、巣穴に居たのはゴブリンが10匹程度。

全員で、わーっと突撃し、めちゃくちゃに武器を振り回し、叩き潰した。

怪我をした者もいたが、自分の『小癒』の奇跡で治療した。

今にして思うと新人丸出しのクソみたいな冒険だったが、それでどうにかなってしまうのがゴブリンなのだ。

 

――だが、今回はそうではない。切り替えなければ。

 

 この巣穴には、少なくとも呪文使い(シャーマン)がいる。

奴はゴブリンの知恵者であり、これに率いられた群れは見張りを立て、見回りを行い、罠を仕掛けることもするらしい。

気をつけなければならない。

 

 意識を切り替えると、地面に落ちた松明を拾い、隊列を組み直す。

まだ、ゴブリン退治は始まったばかりなのだ。

 

 

 先程のゴブリンとの遭遇戦(ランダムエンカウント)の後。

幸いかどうかは分からないが、ゴブリンとは出くわしていない。

工程としては、洞窟の半分くらいまで到達と行ったところか。

 

 洞窟内の汚臭は、歩くたびに深くなる。

鼻で大きく匂いを吸い、匂いに慣らす。

 

――全く反吐が出そうだ。

 

 先頭を歩くゴブリンスレイヤーが止まる。

彼の目線の先、そこにあったのは洞窟の入口にもあったトーテム。

 

 それにいち早く反応したのは、お嬢だった。

彼女はトーテムを確認した途端、いきなり松明を背後、つまり俺の方に向ける。

 

「っと、あぶね。

おい、いきなりどうした?」

 

「……ッ!ゴブリンです!!」

 

 彼女が向けた松明の先を振り向く。

その瞬間、30フィート(約9メートル)後方の壁に穴が空き、ゴブリンが這い出してきた。

 

――バックアタック!! いや、まだだ!!

 

 見ればゴブリンの顔にも驚愕の表情が浮かんでいる。

そりゃそうだ。奇襲するつもりで襲いかかったにもかかわらず、彼女は突然、振り向いたのだ。

実際、自分にもなぜ彼女が背後のゴブリンに気がついたのか分からない。

 

――直感か、経験則か……どちらにしても、まだ奇襲は成立していない。

 

手に持った松明をゴブリンに投げつける。

 

「GOB!!」

 

 投げつけられた松明、その炎にゴブリンが怯む。

同時に松明の明りによって、暗闇が照らし出される。

洞窟の壁には穴が空いており、その先に小さな空間があった。

 

 その中には合計3匹のゴブリン。這い出てくるゴブリンと合わせれば合計4匹。

こちらの隊列は、俺、お嬢、ゴブリンスレイヤーの順番。

隊列を入れ替える時間はあるが……

 

――いや、ここは前に出る。

 

 ゴブリン共が掘った横穴は小さい。

見れば、松明を投げつけられたゴブリンがまごついているせいで、後ろのゴブリンはまだ穴から出てこれていない。

むしろ、今ならこちらから奇襲できる。ここで叩かない手はない。

 

「うぉおお!!」

 

 右手に持ったメイスを両手持ちにして、ゴブリンに走り寄り、勢いを乗せて振り下ろす。

メイスとは棒の先に金属の鉄塊がついた鈍器だ。

用途は、刃の通らないようなフルプレートメイル、あるいは怪物(モンスター)の硬い鱗を粉砕することにある。

 

 その破壊の一撃をゴブリンの頭部に叩きつけたのだ。

グシャリという手応えと共に、頭蓋が砕け、脳漿が飛び散る。

 

――まず、1つ。

 

 振り下ろした体制の自分に対して、ちょうど穴蔵から抜け出したゴブリンが飛びかかる。

その手には黒い短剣。――だが、問題ない。

 

「どっせい!!」

 

腕だけでなく腰にも力を入れ、ひねるようにメイスを振り上げる(アッパースイング)

 

「GBOO!!」

 

 ゴボッという内臓を叩き潰した感触。だが――

腹を叩かれたゴブリンは、しかし、メイスにしがみつく。

ただでさえメイスは先端に重心が偏っているのに、さらにゴブリンの体重も加わる。

想定外の加重にメイスを支えきれず、咄嗟にメイスを手放す。

 

 武器を取り落とした自分に対して、ゴブリンはほくそ笑む様に笑う。

そのムカつく笑みをメイスごと踏み潰すことで終わらせる。

 

――これで、2つ。

 

 こうして雑に扱えるのもメイスの魅力だ。

だが、武器をなくした自分に対して、さらに奥からもう一体のゴブリンが手槍を手に飛びかかる。

 

「チィッ!……舐めてくれるなゴブリン!!」

 

 俺が普段相手にしているのは、最底辺の人間達だ。

彼らはゴブリンよりも身体が大きく、力も強く、知恵も回る。

そして、彼らはゴブリンほどに残虐ではないが、堅気ではいられない程度にはクズ。

そんな人間達に『暴力の愚かさ』を説いたところで、話を聞いては貰えない。

ならば、どうするか?

 

――まず彼らの顔面に拳を叩き込め! 話はそれからだ!

 

 飛びかかるゴブリンに対して、逆に一歩踏み込み間合いを詰める。

目指すは手槍の間合い、その内側へ。

迫る手槍を左の篭手で打ち払い(パリング)、その勢いを利用して、右の拳を叩き込む(右ストレート)

 

「GOBBB!!」

 

 顔面に突き刺さった拳はゴブリンの鼻をへし折り、吹き飛ばす。

ゴミクズのように宙を舞ったゴブリンは、洞窟の壁に叩きつけられ動かなくなった。

 

――俺の拳闘(ボクシング)は、路地裏(ストリート)仕込みよ。とは言え――

 

「ハッッ!ハッ!」

 

 倒したゴブリンは3匹。残り1匹。

しかし、3連続の攻防に、さすがに息が切れてくる。

肺の中の空気がない。深く息を吸いたい。

だが、ゴブリンはそんなことはお構いなしに攻めてくる。

 

 最後の1匹。

錆びて刃こぼれをした剣を持つゴブリンが飛びかかる。

大上段から振り下ろされる一撃。

問題ない。手入れをしていないナマクラだ。

ゴブリン程度の重さと技量なら、篭手で防ぐことも出来る――

 

「下がれ!」

 

 その声に、後ろに転がるようにして避ける。

ゴブリンの剣が空を切り、その代りにゴブリンスレイヤーが投げた手斧がゴブリンの顔面に突き刺さる。

顔から斧を生やしたゴブリンは、盛大に血をぶちまけると、どさりと崩れ落ちた。

 

「3つ」

 

「ふぅ~……やれやれだ。

すまない、ゴブリンスレイヤー。助かった」

 

「まったく、無茶をする」

 

ゴブリンスレイヤーから差し出された手を掴み、起き上がる。

 

「本当ですよ!怪我はないですか?」

 

「大丈夫。

なに、仮に一撃食らったとしても、ゴブリン程度なら急所さえ外せばどうとでも――」

 

その声は、彼女の必死な声にかき消される。

 

「いえ、たとえ掠り傷でも危ないんです!

あ……やっぱり……」

 

 彼女はそう言うと、ゴブリンが使っていた短剣を拾い上げ見せる。

その短剣には、ドス黒い粘ついた液体がべったりと塗りたくられていた。

 

「これは、毒か?」

 

「はい……この毒の短剣で刺されると……

息が詰まって、舌が震えて……全身が硬直して……死んで、しまいます……」

 

 震えるように絞り出される声は、まるで見てきたかのようだった。

いや、実際に見たのだろう。

彼女はゴブリンスレイヤーの一党なのだから。

 

 今更ながら、背筋が凍える。

解毒の奇跡もポーションも持っている。

しかし、手足が痺れ、舌が回らないような状況では治療はできない。

知らないということは、恐ろしいことだ。

 

「分かった、もう無茶はしない。次からは後衛に専念する」

 

「そうして、下さい。

ゴブリンスレイヤーさんも私も居ます。

もう少し頼って下さい。無茶をしても、うまくは行きません」

 

 ゴブリンスレイヤーは、俺がお嬢と話している間に、倒れたゴブリン達に止めを刺す。

錆びついた剣を見分するが、お気に召さなかったのか、舌打ちと共に放り捨てる。

代わりに、手槍を腰のベルトに差し込む。

 

――手際が良いな。

 

彼がどうやって単独(ソロ)でゴブリン退治をしていたのか、分かったような気がした。

 

「……」

 

 武器を回収した後、ゴブリンスレイヤーはゴブリンが出てきた横穴の点検を始める。

穴の大きさから予想するに、おそらくゴブリン達の寝床だろうか。

彼は何かを見つけたのか、横穴の奥で動きを止めると、ごそごそと弄りだした。

 

「……何か目ぼしい物でもあったのか?」

 

「これは、お前が持っておけ」

 

 ゴブリンスレイヤーが投げたものを受け取る。

それは血で赤黒く変色した白磁の身分証。書かれていた名前はゴブリン退治を引き受けた戦士のものだ。

 

「……戦士は駄目だったか」

 

「ああ、ここに食い荒らされた死体がある」

 

ゴブリンスレイヤーは少し考えて付け加える。

 

「お前達は見る必要はない」

 

 それは彼なりの気遣いだろう。

まあ、自分は良い。残念だが、予想通りではあった。

ゴブリンにとって男は食い物。ただのエサだ。

 

問題は――

 

「……う、えぇ」

 

お嬢は口元を抑え、うずくまる。

 

「大丈夫か?」

 

 彼女は直接見ていなくとも、分かるのだろう。

いや、ゴブリンに負けた者の末路など、最初から分かっていたことだ。

彼女の背をさすりながら考える。

 

――さて、どうしたものか。

 

 自分としては、このゴブリン退治は絶対に成功させたい。

しかし、この状態の彼女を連れて行くのに不安がある。

 

 どうするのかと、視線でゴブリンスレイヤーに問いかけると、

彼はずかずかと彼女の前に進み、うずくまる彼女に視線を合わせる。

 

「……ゴブリンスレイヤーさん」

 

「俺達はゴブリンを殺しに行く。

……行くか、戻るか。それはお前が決めろ」

 

それは、あまりにも端的な言葉だった。

 

「おい、ゴブリンスレイヤー!

もう少し言い方ってものがあるだろう!」

 

 もっと、こう、彼女を労わる言葉とか!

しかし、お嬢は歯を食いしばり、口元についた胃液を拭うと、錫杖を手に取り立ち上がる。

 

「……いえ、私は行きます。早く彼女たちを助けないと」

 

 ようやく覚悟が決まったのだろう。

身体の震えは止まり、目には決意の光が灯る。

しかし――

 

――たとえ生きていたとしても……

 

ゴブリンに捕らえられた女の末路など、わざわざ口に出すまでもない。

 

――いや、そんなことは彼女の方が良く分かっているはずだ。

 

 首を振り、切り替える。

彼女は俺が出した『冒険者の救出』の依頼をこなそうとしているのだ。

俺が信じないでどうする。

 

ゴブリンスレイヤーは頷き、確認するように言う。

 

「あの穴蔵に他の死体はなかった。女達は洞窟の奥だろう」

 

「はい!」

 

 彼女は錫杖を両手で握り締めると、力強く頷いた。

まあ、何はともあれ。お嬢が覚悟を決めたのならば、依頼は続行だ。

 

「さて、工程としては洞窟の半分ぐらいまで到達。

倒したゴブリンは俺が3匹、ゴブリンスレイヤーが3匹。合計6匹。

残りはどの程度だ?」

 

「この規模の巣穴なら、精々20匹程度だ。

あとは先に潜った白磁の一党次第だ」

 

「なるほど、残りは最大14匹か。

出来れば先に潜った一党が10匹ぐらい殺してくれていると楽なのだが……」

 

 ――まあ、そううまくは行かないだろう。

それに、最低でもまだゴブリンシャーマンが居る。

過度な期待は身を滅ぼすだけだ。

 

「心構えとして後14匹は相手にするつもりでいておくよ」

 

「そうしておくと良い。

水を飲み、呼吸を整えろ。終わったら行くぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーに言われた通りに水を飲み、呼吸を整える。

装備を点検し、問題がないことを確認する。

怪我なし、道具、奇跡の消費なし。

体力はまだある、集中力も落ちてない。

 

 洞窟の奥まで残り半分、ペース配分としては順調だ。

だから、後は行くだけ。洞窟の更に奥へ。

 

 




不良神官さんは、意外と正統派の純ヒーラー。
ただし、紙装甲と侮っていると、ぶん殴ってくる。
解呪の奇跡は、外伝のダイカタナで交易神の神官である蟲人僧侶が使用していますが、
まあ、地母神の奇跡にも似たようなのあるだろうの精神で採用しています。
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