とある不良神官の話   作:キササギ

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6話 とある不良神官と冒険の終わり

 パチパチと薪が燃える音。暖かな火が暗い洞窟を優しく照らす。

ゴブリン退治は無事に終わったが、自分達はまだ洞窟内に留まっていた。

夕方から始めたゴブリン退治は、まるで丸一日戦っていたように感じたが、実際にはそれほど時間は経っていなかった。

空には赤と緑の2つの月が輝いており、夜明けまではまだ遠い。

 

 この洞窟から村までは、そう大した距離はない。

しかし、救助者を連れた状態で、夜の森を移動するのは躊躇われた。

人間の脅威となるのはゴブリンだけではない。野犬に狼、それに猪。野生の動物ですら怖いものだ。

せっかくゴブリン共から冒険者を助けたのに、それで死なせてしまっては元も子もない。

そんな訳で、夜が明けるまでこの洞窟で野営することになったのだ。

 

 ゴブリンスレイヤーは洞窟の入り口で見張りをしており、お嬢は冒険者達の様子を見ている。

残った自分は、火の番とか、湯を沸かしたり、飯の支度をしたり等々……

実際、焚き火の上に備え付けられた鍋からは、食欲をそそる良い臭いがしてきたところだ。

 

――もう少ししたら完成っと。ゴブリンスレイヤーとお嬢に持って行ってやらないとな。

 

 冒険者は体力勝負。飯を食わねば戦えない。

そんなことを考えていると、洞窟の奥からお嬢がやってくる。

彼女の顔に疲労はあるが、深刻な様子はない。一先ず問題はなさそうだ。

 

「お疲れ。彼女達はどんな塩梅だ」

 

「身体には別状はありません。

まだ食事が取れる状態ではありませんので、スタミナポーションを飲んでもらって。

先程、お休みになられました」

 

「そうか、体力の方はこれからゆっくり戻していけば良いだろうさ。

お嬢も今のうちに休んでおくと良い。

ほら、豆のスープだ」

 

 鍋の中身は、数種類の豆を煮込んだスープ。

普段はあっさりとした味付けだが、今回は冒険の後なので、やや濃い目に調整している。

それをたっぷりと椀によそい、お嬢に渡す。

 

「あ……はい。いただきますね」

 

そうして、彼女は地母神に祈りを捧げ、スープに口をつける。

 

「……懐かしい味ですね」

 

「神殿で炊き出しをする時に、よく作ってたからなぁ」

 

 見習いの神官の仕事なんて、炊事洗濯などの雑用全般だ。

おふくろの味、と言っていいかは迷うところだが、神殿育ちの神官にとって、このスープは慣れたものだった。

彼女は懐かしむようにスープを啜る。

濃い目の味付けも悪くないようで、一安心だ。

 

「あの……今回はありがとうございました」

 

食事もひと段落したところで、お嬢はそう口にする。

 

「いやいや、むしろ礼を言うのは俺の方さ。

自分だけではゴブリンを退治することさえ出来なかった。

冒険者の方も……1人は残念だったが、残りの3人は救うことができた。

これも、2人が手伝ってくれたおかげだ」

 

お嬢に向けて頭を下げるが、彼女は慌てて制止する。

 

「いえ、えっと、あの、そうではなくて……」

 

彼女はそこで一旦言葉を区切ると、意を決して口を開く。

 

「私の最初の冒険では、魔術師の子が、毒の短剣で刺されて……私は、助けることが、できませんでした。

彼女とあの子は違います……だけど、それでも……今回は助かって、良かったと思います。

だから、ありがとうございました」

 

 そう言うと、お嬢はぺこりと頭を下げる。

なるほど、彼女はやたらとあの毒について警戒していたが、その理由がようやく分かった。

 

「……冒険とは困難なものだからな。

そういうこともある。あまり気にしすぎないことだ」

 

「はい……彼女達は、これからどうなるのでしょう?」

 

「しばらくは神殿で療養となるが……そこから先はどうだろうな。彼女達次第だ」

 

「……そう、ですよね」

 

 失敗した冒険者が再び立ち上がれるかは分からない。

復讐心で立ち上がる者もいれば、ぽっきりと心が折れてそのまま消えていく者もいる。

そういう意味では、お嬢は強い冒険者なのだろう。

最初の冒険で仲間を失っても、失敗した冒険者、彼女達の将来、そういったものに心を痛めても……

こうして冒険者を続けている。

酷い目にあっても、つらい事があっても、へこたれずに踏み止まれる。

それもまた冒険者の資質だろう。

 

ただ、彼女の場合は耐えられるというだけで、辛くない訳ではない。

 

「別に、お嬢が気に病むことじゃあない。

君は命を懸けて冒険を行い、確かに彼女達を救った。

こう言うと卑怯なのかもしれないが、あとは神殿勤めの神官の仕事だ」

 

 人を救うという事は、難しいものだ。

身体は奇跡で治せても、傷ついた心は簡単には治せない。

本気で治療をしようと思ったら長い時間が必要で、とても冒険の片手間でできる訳がないのだ。

 

「俺達は神殿の外で、地母神様の御力を使うことを選んだ。

それが良い悪いではなく、そういう役割分担だ。

なにも神官は俺らだけじゃないんだからさ。任せてしまっても良いだろうよ」

 

 その説明に、彼女はゆっくりと頷いた。

完全に割り切れた訳ではなさそうだが、それでも少しは納得できたように思う。

それから、彼女は一度、躊躇するように視線を彷徨わせ、言葉を選ぶように慎重に口を開く。

 

「あの、えっと……あなたの噂は、聞いたことがありました。

『不良神官』、そう呼ばれている神官がいることを」

 

「ああ、まったくもって不名誉なことだが、それは確かに俺のことだ」

 

「でも、とてもそうだとは思いません。

奇跡だって、治療の手際だって、私よりも……」

 

 噂で聞くのとは全然違ったと、彼女はひどく申し訳なさそうに言う。

自分の知り合いは、一切そんな配慮をしないので、その様子はとても新鮮だった。

 

「そりゃ、腐っても神官だからなぁ。単純にお嬢よりも長く神官をやってるし。

で、んー……なぜそんな風に言われているのか、か……」

 

「あ、嫌なら良いんですけど……」

 

「いや、別に大した理由じゃあない。

俺が普段面倒を見ているのは、主に裏家業の人間だ。

あいつらのシノギは、賭場、用心棒、金貸し、娼館……

人によってはこれらを賤業と言うし、そんな職業についている奴は碌でもない人間だとも言う。

まあ、確かに真っ当ではないかもしれないな。

だが、彼らは別に生きてはいけないほどの悪人というわけではない。

それに……」

 

 一旦、言葉を区切ると、懐から愛用のキセルを取り出す。

火皿に火を入れ、煙を燻らせる。

 

「……彼らのことは他人事ではない。

彼らの中には元冒険者もいる。

冒険の中で怪我を負い、冒険を続けられなくなった者達。彼らの受け皿でもある。

俺らだって、いつそうなってもおかしくはない」

 

そう言って、煙を吸い込み、お嬢にかからないように煙をゆっくりと吐き出す。

 

「しかし、彼らはならず者めいた扱いを受けるし、彼ら自身もそんな境遇に負い目を感じている。

例えば……娼婦の中には病気になっても、神殿を頼りたがらない者がいる」

 

 曰く、『自分は穢れているから』とか。

神官からすれば、そんなの気にしないから症状が軽い内に来て欲しいと思うが、中々難しいものだ。

 

「彼女らにしてみれば、俺の様な多少不真面目な神官の方が頼りやすかったり、するわけだ」

 

燃え尽きた灰を振り払うと、キセルを懐にしまう。

 

「結局のところ、地母神の教えは『守り、癒し、救え』だ。

俺は彼らのことも救うべき対象だと考えて、その教えを実践している。

ただ、それだけの話だな」

 

「……そう、だったんですね」

 

 知らなかったと、彼女は言う。

まあ、無理もないだろう。

自分だって、あのヤクザの若頭に誘われなければ、きっと知らないまま一生を終えたに違いない。

 

――いや、違うか。自分も神殿の暮らしには馴染めなかった、はみ出し者だ。

あいつに誘われなくても遅かれ早かれ、こうなっていただろう。

だからこそ、思う。

 

「ただ、お嬢は俺の真似をする必要は無い。

なぜなら、一番に救われなければならないのは、善良な一般人だからだ」

 

実際、そうでなければ、真面目に生活している人が馬鹿みたいではないか。

 

「だから、彼らは俺が救う。俺一人で十分だ。

君はもっと多くの人を救うと良いだろう」

 

「……はい」

 

 彼女は錫杖を握り締めると、戸惑いながらも頷いた。

その様子に内心で、反省する。

同じ地母神の神官だからと、つい話しすぎた。

こんな神官もいると、軽く受け流すぐらいで良いのだが……

 

「……俺からも質問をしても良いだろうか?」

 

場の空気を換えるため、強引に話題を変える。

 

「あ、はい。何でしょうか?」

 

「なぜ、お嬢はゴブリンスレイヤーと行動を共にしているんだ?

別にケチをつけようってんじゃない。純粋な疑問だ。

ゴブリンスレイヤーは仕方がないにしても、君はあそこまでゴブリンに拘っている訳ではないのだろう?」

 

 もちろん、ゴブリン退治は重要だ。

実際、俺の故郷の村が被害にあいそうになった。

農村にとっては、間違いなく身近な脅威である。

 

「だが、都の方では今でも魔人が蠢いているし、そうでなくてもゴブリンよりも厄介な怪物は多い。

こう言っては何だが……ゴブリンは白磁の冒険者でも倒せる。

君には才能があるのだから、もっと前線でやっている冒険者に付いて行く、そういう選択肢もあるのではないか?」

 

 これは自分が持つ純粋な疑問だ。

もちろん、この質問は不躾で失礼であるとは思う。

ただ、これは冒険をするなら常について回る問題だ。

仮にゴブリンスレイヤーと共に冒険を続けるのなら……一生をゴブリン退治で終えることになるだろう。

 

 そして、ゴブリン退治に限らず、冒険は困難で、失敗すれば死ぬ。

仮にドラゴンに挑んで負けたのなら、負けたとしても格好はつく。

しかし、ゴブリンに負けたのなら……あえて言う必要はないだろう。

 

 生き残ったとしても、失敗したとしても、その結果に後悔はしないのか?

その問いに、彼女は真っ直ぐに自分の目を見て答える。

 

「確かにそうなのかもしれません。

だけど……私はゴブリンスレイヤーさんに助けて貰ったんです」

 

最初の冒険で、窮地を救ってくれたのはゴブリンスレイヤーなのだと彼女は言う。

 

「ゴブリンは怖いモンスターです。今回だって、そうです」

 

 ゴブリン。

それは身体が小さく、愚かで非力な最弱のモンスター。

だが、夜目は利くし、子供程度には知恵が回り、残忍で、間抜けではない。

 

「だから、彼を放ってはおけません。

ゴブリンスレイヤーさんは、私よりもずっと強くて、冒険にも詳しくて……

でも、目を離してしまったら、手を離してしまったら……そのまま、消えてしまいそうで……」

 

 彼女の懸念は良く分かる。

実際、モンスターに家族を殺された。だから、復讐のため冒険者になった。

そういう手合いは稀にいる。

そして、そういう人間は多くの場合、続かないものだ。

なぜなら、復讐者の多くは生きることに執着しない。気持ちよく死んでいってしまう。

 

「……私が、どれだけのお役に立てているかは分かりません。

今だって、色々と迷惑をかけています。

それでも……私はゴブリンスレイヤーさんを助けたい、と思います」

 

 それは、しっかりとした力のある言葉だった。

迷いもある、悩みもある。それでも彼女の救いは、確かにそこにあるのだ。

それがあるなら、神官として彼女は一人前だ。

 

バンバンと、彼女の背中を叩く。

 

「良いじゃないか!

なに、俺達は神官だ。遠慮することはない。堂々と救っちまえば良いんだよ」

 

その言葉に彼女は一瞬、呆気に取られていたが……笑顔で頷いた。

 

「……はい!」

 

その顔は、この薄暗い洞窟内でも陰ることのない、まるで花が咲いたような笑顔だった。

 

 

「――こうして、ゴブリンは無事退治された。

と、こんな感じでお願いします」

 

 あれから冒険者を無事に町まで送り届け、今回の冒険は無事に終わった。

冒険の顛末を書類にまとめ、受付嬢に提出する。

 

「はい、問題はありませんね。

少々お待ちください。報酬をお渡ししますね」

 

 受付嬢は書類を確認し頷くと、ギルドの金庫から報酬を持ってくる。

報酬の宝石は、既に換金されて金貨一袋となっていた。

その袋を受け取ると、そのままゴブリンスレイヤーに渡す。

 

「今回は世話になった。報酬の方はそちらで良い感じに分配してくれ」

 

 冒険で得た報酬をどうするのかは、その一党の頭目が決めることだ。

出来ればお嬢にも、それなりの額を渡して欲しいが、こればかりは部外者の自分が口を挟むものではない。

 

 ゴブリンスレイヤーは、お嬢の方を向き頷くと、彼女もまた頷き返す。

彼は袋の中の金貨を3等分に分けると、その1つを適当な袋に詰めて自分に放り投げる。

 

「っと……おい、この報酬はお前らの分だぞ」

 

 そもそも、今回の依頼は自分一人でゴブリン退治は無理だから、ゴブリンスレイヤーの一党を雇ったのだ。

つまり、自分は依頼主でもあるわけで、報酬を貰う側ではなく、渡す側なのだ。

 

「報酬は山分けと相場が決まっている。それはお前のだ」

 

彼は平然とそう言うと、残った金貨の一方をお嬢に渡し、最後の残りを雑嚢の中に押し込んだ。

 

「……良いのか?

俺はこういうのは遠慮をしないで、貰う性質だぜ?」

 

 貰えるものは貰っておく。多少は図々しくないと裏家業の連中とは付き合えない。

それに対して、ゴブリンスレイヤーは面倒くさそうに「構わない」と言う。

そして、お嬢はその様子に微笑んで言う。

 

「みんなの協力あってのことですから、ね」

 

 彼らが良いというのなら、良いのだろう。

必要以上の謙遜もまた失礼。遠慮なく貰っておく。

 

「では、今回の依頼はこれで終わりだ。

冒険者を助けることもできたし……

まあ……あれだ。俺にとってあの村は故郷だからな。

村の人間に被害が出なくて良かったよ。

改めて、2人には礼を言う」

 

ありがとう、と2人に頭を下げる。

 

「それと、あんたの一党にはお嬢がいるから必要ないかもしれないが……

もし俺の力が必要な時は言ってくれ。力になるぜ」

 

「分かった。必要な時は声をかけよう」

 

 そうして、3人でギルドを出て、それぞれの帰路につく。

お嬢は神殿へ、ゴブリンスレイヤーは牧場へ、自分は下宿先へ。

 

 終わってみれば、いつも通りだ。

別に今回の冒険で、世界が救われることもない。

どこにでもあるような開拓村の1つが救われ、やはり、どこにでもいるような冒険者が助かった。

何のことはない。今回の冒険は、ただそれだけの話なのだ。

 




報告書も提出し、報酬も貰い、彼らの冒険はここで終わりです。

本当なら後日談も一緒に投稿して最終話のつもりでしたが、
間に合わなかったので今回はここまでとなります。

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