セイント・アンガー from biohazard 作:逸 宗一
アメリカには、かつて大きな企業があった。何の企業かと聞かれると、答えは簡単だ。その企業は製薬会社だった。つまりは薬を――あと医療器具も――作っていた。幼稚園児にも理解できる、単純明快な業務内容だった。
その会社は、「アンブレラ」と言った。その名の通り赤と白の傘を模したシンボルマークが特徴的で、「傘で人々を庇護する」という理念からとられたらしい。業界シェアはナンバー1で、世界各国にも支社を持つ国際的なガリバー企業へと成長した。
人命を保護するアンブレラの名を知らないものはアメリカにはいなかったが、その裏の顔を知るものもほとんどいなかった。
アンブレラは製薬企業の皮をかぶって病人や市民を庇護するふりをし、裏では、新種のウイルスを改造したTウイルスを用いた生体有機兵器(Bio Organic Weapon)通称BOWを次々と開発していた。恐ろしいのは暴走した一部の研究員が起こしたことなどではなく、もとからアンブレラが生体兵器をメインビジネスとして操業していたことだった。病弱なお母さんを救っていたのは世間を欺く副業のようなもので、本業は兵士だけでなく女子供も見境なく虐殺するBOWを売りさばく文字通りの死の商人だったわけだ。
そしてアメリカには、かつてある町があった。アメリカ中西部、アークレイ山地に囲まれた町だった。
その町は、アライグマの町、つまり「ラクーンシティ」と言った。
ラクーンシティは元々は小さな町だったけど、進出していたアンブレラの支部や施設のおかげでまあまあそれなりの人口と発展を誇っていた。
――ところが、一九九八年、秋。
それまでも兆候のあった内部対立が、アンブレラのお抱え研究員がさらに強力なGウイルスを開発してしまったことで一気に激化した。焦った本社はGウイルスを回収しようとラクーンシティのその研究員のもとへ特殊部隊を派遣するも、ドジを踏んだ隊員がGウイルスを町の下水道へと放ってしまった。
ウイルスはネズミを媒介として街全体に瞬く間に拡がった。ウイルスに感染した人間はやがて並外れた食欲と体調不良を訴え、死亡する。死亡率は高く、かつてペストが大流行した中世ヨーロッパのごとく、人々は未知の恐怖と戦わなければならなくなった。
そしてウイルスで死んだ人間は――まるでホラー映画みたいで、ぼく自身もそれを目の当たりにするまで信じられなかったのだけど――『よみがえる』のだ。
そう、よみがえるんだ。
それはつまり、もっとわかりやすく言うと、『ゾンビ』となって復活するってことだ。
食欲に突き動かされ、生者の肉を貪り、よたよたと徘徊する生ける屍。文字通りのリヴィングデッド。
未知の宇宙線でも、ヴードゥーの呪術でもなく、眼に見えないほどにちっぽけなウイルスによって操られるかつての友人や家族を眼前にして、人々に出来ることはほとんどなかった。
ラクーンシティは即座に地獄と化した。
警察も、アンブレラが放った特殊部隊も、映画ではなく現実に現れたゾンビの群れの前では無力だった。特に死体を保管していた病院や警察の被害は尋常ではなく、避難所としての機能も果たせなかった。
事態を重く見たアメリカ政府は、軍をラクーンシティの郊外に派遣。街を封鎖し住民の出入り禁止した。
ホワイトハウスでの激論を経て、大統領とその議会はある決定を下した。ラクーンシティを、ひいてはアメリカ合衆国を『救う』ための重大な決断。より強力な軍隊や医療チームを送るののではなく、その代わりにミサイルを発射し、ラクーンシティごと全てを焼き尽くす『滅菌作戦』を実行したのだ。
シティが誇っていた荘厳なセント・ミカエル時計塔も、病院も、市鉄も、住宅地も、Tウイルスも、Gウイルスも、ゾンビも、生き残って震えていた街の人々も全て、本当に全てが真っ白に焼き払われ、ミサイルの穿ったクレーターにすりつぶされた。
ラクーン事件後、アンブレラの生体兵器事業や人体実験、その他ありとあらゆる非道な行為が露呈し、アンブレラは徹底的なバッシングにあい、彼らと仲の良かった政治家や大統領は残らず辞任した。
ウイルス兵器の存在と、その被害によって街一つが壊滅したという事実に、全世界は恐怖のどん底に叩き込まれた。
アンブレラは無期限の操業停止に追い込まれたその後もしぶとくBOWの研究や開発を続けたが、二〇〇三年にロシアのコーカサス地方において、復活のための最終計画を実行していた基地を、政府主導の私設対バイオハザード特殊部隊が急襲。作戦は成功し、アンブレラはようやく壊滅した。
しかしそれで終わりではなかった。
アンブレラが一連のスキャンダルで崩壊すると、彼らが檻の中で飼っていた愛すべき化け物たちは、途端に自由の身になった。彼らはやがて新たな飼い主となる戦争するのが大好きな反政府組織やゲリラ、独裁者たちによって、世界各国の紛争地域に投入された。南米で、東欧で、中東で、アジアで、アフリカで。
全地球規模のラクーンシティ。――それはつまり、全世界で起こりうるバイオハザード、そのものだった。
その最悪の事態に直面したアメリカは、ロシアでアンブレラをノックアウトした対バイオハザード部隊を国連直轄の対バイオテロ部隊BSAA(Bioterrorism Security Assessment Alliance)として再編し、新たな『テロとの戦い』が始まった。
それから十数年。
バイオテロの脅威は、とどまるところを知らなかった。
アンブレラの残した負の遺産から、彼らのマネゴトをする会社やテロリストたちが後を絶たず、彼らは新型のウイルスやBOWを生み出し続けていた。
新たなテロが起こるたびに、ラクーンシティと同じ、もしくはそれ以上の人数が犠牲になり続けている。今この瞬間にも。
ぼくはかつて、バイオテロにさらされたアフリカのキジュジュ自治区に火消し役として派遣されたことがある。キジュジュはもともと鉱山そばの街として栄えていたけど、長年続いた内戦の終結と政権交替の影響で混乱の極みにあり、テロリストの隠れ家としては最高の状況だった。そこが狙われたのだ。
酷いものだった。派遣された地区では、寄生生物の形をとった新型BOWによって操られた住民による虐殺が続いており、死体は細切れにされてぶら下げられ、女子供までもが血祭りにあげられていた。現地に潜入していたエージェントはすでに斬首されていて、支援用のヘリもなすすべもなく撃墜された。
一つのちっぽけな地区が、一つの立派な戦場として、アフリカの青い空に狼煙を立ち上げる。もはや「紛争地帯にBOWが投入された」と一概に言える状況ではない。世間の流行は、「地域にBOWを投入することでの、地域の戦争化」という最悪のテロリズムにまで移り変わっていったのだ。
奇声を上げ、鉈やマチェーテ、戦争が置き忘れたAKを振りかざしながら追ってくる人型のBOWに殺された仲間の数は、ぼくの両手の指の数じゃ効かない。部隊の追加投入につぐ追加投入を繰り返すことで、やっとこさBSAAはキジュジュを制圧した。しかし、ぼくら鎮圧部隊が僅かな待機要員を残して撤退したあとでも、キジュジュやその周辺地域ではBOWによる被害が絶えないという。戦争はまだ終わっていないのだ。
キジュジュから命からがら生還したぼくたちは、その後も様々な『ラクーンシティ』へと出向いて行った。
――東スラヴ、ザイン、イドニア、蘭祥……。
どこもかしこも化け物だらけ。動く死体も動かない死体も、みんなひっくるめて地獄そのものだった。もちろんそこで、銃を構えて突撃していく、ぼくたちBSAAも。
世界は、バイオテロの恐怖にさらされていた。