セイント・アンガー from biohazard   作:逸 宗一

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エピソード2

「今回の作戦目標はこの男だ」

 ブラボー隊長。レイトンが壇上の端末を操作し、薄暗いブリーフィングルームの前方のスクリーンに画像を出力していく。

 男の顔写真が映し出される。その大きな顔写真の隣には、国籍、性別、身長、体重、その他諸々の情報が連続して並べ立てられていく。パスポートからそのまま抜き出したかのような、無愛想で何の面白みもない人物紹介だ。ぼくはその男の顔写真を見やる。

 気味が悪い、そう思った。白人男性。国籍はアメリカ。(いや、『元』アメリカと言うべきか)年齢四十五。頭髪は見事な銀髪で、がっしりとエラの張った重厚な顔立ちをしている。

 ――そしてその雰囲気。

 こういう時、死の商人というのはぼくの経験上、どこか共通点を隠していることが多い。キジュジュ事件のリカルド・アーヴィング。ニューヨークでテロを起こしたグレン・アリアス。国家どころか地球規模で未曾有の厄災を引き起こしたディレック・シモンズ――。どこがどうとは言えないんだけど、その顔の表情だとかオーラだとか、それらのどこかに同じ空気がある。見開いた眼か、歪んだ唇か、そんなところかもしれないけど。

 

 けど、スクリーンに映るその男。コニー・スマートにはそんなものが一切存在しなかった。いや、それどころか彼の顔からは、『人間らしさ』の欠片も感じ取れない。

 大きいけれどどこか矮小な印象の眼、厚みのある頬にこれまた決して小さいわけでもないのに、記憶に残らない薄い唇。スッと通った鼻筋。割と小ぶりな耳。全体的にのっぺりとした顔だち。

 何かの罰で神様から「人間性」という漠然としたものの全てを剥奪されたかのようだ。マネキンの画像を凝視しているのかと思うほどの錯覚に襲われ、ぼくは思わず呻く。

 ここまで気持ち悪い顔にはお目にかかったことがない。どの国のどんな小悪党でも、もう少し小ズルそうでもう少し下品で、ものすごく好意的に言ってみればもう少しは「人間らしい」顔はしていた。

 何が不快なのかわからない、その曖昧さが最高に不快だった。

 同じことを感じたのか、ぼくの隣に座っていたチームメイトのフィッシュが小さく身じろぎし、

「気持ち悪いやつだな」

「コニー・スマート。世界を股にかけてBOWを各地のゲリラや反政府軍に流している。俗にいう『死の商人』の一人だな」

 レイトン隊長が低く言う。

「経歴は?」

 最前列に座るダニエラが言う。ドイツ系の彼女の短い金髪に、青白いスクリーンの光が照り返って、キレイだな、とぼんやり思う。

「『トライセル』の元幹部だ。兵器開発畑の所属だったが、キジュジュ自治区にプラーガが放たれた二〇〇九年の『ウロボロス計画』。あれには関わっていない」

「何故です?」

「スマートは、二〇〇八年に『トライセル』を離反している」

 『トライセル』――アンブレラのマネゴトをしていた企業の一つで代表格だ。表向きは製薬会社や資源開発を装い、BSAAにも多額の出資をしていた最大のスポンサーだったものの、アフリカのキジュジュに端を発する新型BOW計画兼バイオテロの『ウロボロス計画』を推し進めていた。

 その後、事件を感知したBSAAの敏腕エージェントたちによって計画は頓挫。トライセルは大好きだった憧れの先輩であるアンブレラと同じ運命をたどった。

「何でですかね」

「そこはまだわからん。しかし、やつにとっては絶好のタイミングだった。そのころはまだ、トライセルの世間の認識は製薬会社でしかなかったし、BOWの研究もそれなりのレベルまでは行っていたはずだ。事実、スマートは離反の際、自身の持っていた研究データを全て持ち逃げしている。結果、リッカーやらキメラやらそこらへんのマイナーチェンジBOWが世界中で生産されるようになっちまった」

「そんなに簡単に?」

 フランシス・オカンポが驚いた声を上げる。フィリピン系の彼は、二十歳の最年少で、しかも新人と来ていた。

「別に珍しいことじゃない。東スラヴではプラーガと一緒にリッカー、タイラントも投入されたし、二〇〇四年の『テラグリジア・パニック』ではもともと一介の愛国者団体だった連中がハンターを運用していた記録もある。残念ながらBOWは我々が思っている以上に簡単に作れて簡単に運用が可能になってきているんだ」

 ぼくの前に座っていたビショップが振り返り、ニヤニヤしながら言った。

「『ヴェルトロ』のおじいちゃんでも運用できるんだからな。おれたちでもバイオテロ起こせるぜ。明日やるか? クリス」

 ぼくはため息をついて言う。

「不謹慎すぎんだろ。あと、クリスはやめろ。あの人と間違われる」

「ビショップ、ビアズリー。おしゃべりはやめろ」

 レイトン隊長の叱責が飛ぶ。

「スマートってのが武器商人でBOWを売り歩いてるのはわかりましたよ。で、この男がどうかしたんで?」

 ビショップが前を向いて言った。

「実は最近、各地の紛争地帯やテロ現場でこのスマートの目撃情報が相次いでいる。めんどくさいことに、こいつはマルハワ、イドニア、そして中国の蘭祥にもいたとの情報がある」

 ブリーフィングルームがざわついた。お調子者のビショップでさえ、この時だけは笑顔を無理やり貼り付けているようで、その口角は歪んでいる。

 その意味するところを、この部屋にいる全員が知っているからだ。Cウイルス。アルファベットの三番目をぶっきらぼうな名前として与えられたこのウイルスの恐怖を。

「またCウイルスによるテロが――つまり、イドニアとかトールオークスとか中国とか、ああいうのが起こる可能性が無きにしも非ずってことですか」

 タルボットが言った。

「残念ながら大正解だ」

 ビショップが呻く。

「大正解なら、ハワイ旅行でもプレゼントしてほしいもんだね。いや、もういっそのことウイルスの脅威のないトコがいいや。そんなもんねーけど」

「ピッタリな場所があるぜ。無菌室だ」

「最高、無茶苦茶笑えるぜクリストファー」

 ビショップが真顔で返してきた。

「そして、最後にスマートが確認されたのがここだ」

 あきらめたのか、レイトン隊長はぼくらのことをガン無視して端末を操作する。

 のっぺりとしたマネキン・スマートが消え、メルカトル図法の世界地図が描き出された。その中心のちょっと下あたりが赤く染まり拡大される。かなり広い範囲だ。

「ここは……」

 そのいびつな形状には見覚えがあった。

「――――インド?」

「そうだ、インドだ」

 インドの逆三角形がさらにズームアップし、パキスタンとの国境近くにまで視点が移動した。

「実は数カ月前からパキスタン国境近くの地域で、謎の虐殺が多発している。インド政府は最初、対立するパキスタン政府による秘密作戦だと断定し、戦争寸前までいったが、パキスタン政府は当然認めなかった。しかし、そのあまりにひどい被害の状況や生存者の証言から、不審に思ったテラセイブの連中が現地で調査を行ったところ、BOWを使用した形跡があった」

 ぼくは印パの国境線を見つめる。点在する小さな町や村を表すポツポツとしたテクスチャが、それぞれ赤く染まっている。その赤はきっと、現実の「赤」でもあるだろう。BOWによって切り刻まれた男たち、女たち、子供たち。その血潮や脳みそや髄液が、一つの街を、まるごとサイケデリックな赤色で染め上げる。

「要請を受けたBSAA極東支部はこれをバイオテロと断定し、本格的な調査を開始した。そこで浮かび上がってきたのが――」

「――コニー・スマート」

 ダニエラが後を継いだ。

「その通りだ。その意図や所属、支援組織も全く持って不明だが、現在でもインドでは極東支部の努力の甲斐なくいまだにBOWによる虐殺が続いているため、スマートはまだインドを出ていないと思われる。そこで今回の任務だ」

 レイトン隊長がブリーフィングルームを見渡す。

 背景のスクリーンのインドの地図が今度は映像に切り替わる。燃えている市街の映像だ。撮影者の手ブレが激しく、まともに見られたものじゃないが、それでも人が折り重なって倒れているアスファルトの上で、飛び跳ねてさらに住民を襲うBOWの姿をいくつか確認できた。

 動画自体の長さは数秒間だけらしく、下部のシークバーが右に行ききると、素早く左側に移動してエンドレスで映像を流し続ける。BOWが何度も何度も住人たちに襲い掛かり、そして襲われた住人たちは何度も何度も死んでいく。背後で、夜空に向かってチロチロと手を伸ばす炎も、何度も何度も街を焼き尽くしていく。その様子は何だかタチの悪いコメディみたいだったけど、ぞっとするほど笑えなかった。

「極東支部からの応援要請だ。インドで現在進行形で起こっているバイオテロを鎮圧し、コニー・スマートを拘束しろ」

「拘束でありますか?」

 オカンポが言った。彼が、かつてバイオテロで家族を亡くしたと言っていたことを思い出した。誰か、大事な人をバイオテロで亡くすという経験のないぼくが、オカンポの胸の内を完全にくみ取ることはできないだろうけど、それでもその憎しみを少しは想像できるつもりだった。

 彼は、そんなバイオテロを仲介する死の商人など、拘束など生易しいものではなく、正々堂々とぶち殺したいのだろう。冗談などではなく、本気で。

 そんな彼の怒りなど知ったことではないとでも言うかのように、そうだ、拘束だ、とレイトン隊長が言う。

「バイオテロだと認定されたとは言っても、インド政府はパキスタン政府がスマートからBOWを仕入れて攻撃をしてきたと考えている。ここでスマートを殺したりすれば、証言が得られず、疑惑が強くなってさらに印パの対立が激化する可能性もある。だからこそ、コニー・スマートを生きたまま連れて帰るんだ」

「要するに、おれたちは平和の使者ってわけ」

 ビショップがその減らず口で言う。

「印パを救う天使。本当の意味のPKO(平和維持活動)だよな」

「インドへの出撃は今から三時間後だ」

 レイトン隊長が大きな声で言った。

「現地での作戦説明は移動中に行う。各員、出撃準備。神のご加護を」

 


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